シンカー:財政ファイナンスは前倒して貯蓄をするとマクロ経済の縮小フィードバックがあり、目標の貯蓄が実現できないばかりか、経済パフォーマンスの悪化により所得が減少し、貯蓄が逆に減少することになってしまう。財政債務残高や高齢化を恐れる過剰な悲観マインドにより、高齢化対策や財政緊縮を過度に進めてしまうと、過剰貯蓄に陥ってしまうことになる。過剰貯蓄は投資不足を意味し、生産性が低下してしまえば、高齢化の負担の増加が、所得の増加をいずれ上回り、国内貯蓄は減少していくことになる。税収が落ち込む一方で、金利コストは増加し、高齢化の負担もあり、財政赤字は膨らんでいき、ファイナンスが著しく困難となる。マクロ経済学をしっかり学べば財政ファイナンスは、景気が過熱していない限り、前倒した貯蓄が不可能であることが分かるはずだ。ミクロ経済学の一部である財政学とマクロ経済学の違いが意識されず、財政ファイナンスが議論されていることは問題が大きい。マクロ経済学のフィードバック効果を取り入れていない財政学は古いのではないだろうか。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

財政債務残高や高齢化を恐れる過剰な悲観マインドにより、高齢化対策や財政緊縮を過度に進めてしまうと、過剰貯蓄に陥ってしまうことになる。

もともとデフレ懸念がある中で、高齢化の進行以上に貯蓄が大幅に前倒され、財政が緊縮的であることは、総需要を破壊し、短期的には更に強いデフレ圧力につながってしまう。

雇用・賃金の減少が、家計の自立的な高齢化準備を困難にし、家計は先行きを悲観し、消費は更に減少してしまう。

過剰貯蓄により国債金利は低下するが、現実以上に誇張された悲観論が蔓延しているため、経済活動はまったく刺激されない。

総需要の破壊によるデフレは国債金利の低下以上となり、実質金利は上昇してしまう。

実質金利が実質成長率を上回る状態が継続してしまい、企業活動は更に萎縮し、家計の雇用・所得環境を更に悪化させる。

そして、家計の自立的な高齢化準備を更に困難とする。

更に悪いことは、消費の増加ではなく賃金の減少による家計貯蓄率の低下が、国内貯蓄で財政支出をファイナンスできないという焦りに繋がり、財政不安が拡大する。

その不安感による増税と社会保障負担の引き上げが総需要を更に破壊し、企業の意欲を更に削ぎ、それが家計のファンダメンタルズを更に悪化させるという悪循環に陥ってしまう。

企業の意欲と活動が衰えると、イノベーションと資本ストックの積み上げが困難になる。

若年層がしっかりとした職を得ることができずに急なラーニングカーブを登れなくなる。

その結果、高齢化に備えるためにもっとも重要な生産性の向上が困難になってしまう。

デフレと景気低迷を放置しておくと生産性の向上が限界になり、生産性が低下し始めたところで、一転してインフレと景気低迷の同居のリスクとなる。

高齢化は、供給者(生産年齢人口)に対する需要者の割合が大きくなることを意味する。

生産性が低下してしまえば、高齢化の負担の増加が、所得の増加をいずれ上回り、国内貯蓄は減少していくことになる。

国際経常収支の赤字が続くとともに、日本は債務超過国となり、インフレ圧力が強くなる。

生産性の低下により、円安が経常収支の赤字の安定化につながることはなく、インフレが加速していくことになる。

企業の収益力は衰えており、海外からの資金流入は更に縮小していく。

国債金利は急騰していき、それが企業活動を更に抑制し、雇用・賃金が減少していく。

税収が落ち込む一方で、金利コストは増加し、高齢化の負担もあり、財政赤字は膨らんでいき、ファイナンスが著しく困難となる。

そして、財政破綻、またはハイパーインフレの結果となる。

財政ファイナンスは前倒して貯蓄をするとマクロ経済の縮小フィードバックがあり、目標の貯蓄が実現できないばかりか、経済パフォーマンスの悪化により所得が減少し、貯蓄が逆に減少することになってしまう。

財政ファイナンスと家計ファイナンスの大きな違いは、前倒した貯蓄ができるのかできないのかであり、マクロ経済学をしっかり学べば、景気が過熱していないかいぎり、財政ファイナンスはそれが不可能であることが分かるはずだ。

ミクロ経済学の一部である財政学とマクロ経済学の違いが意識されず、財政ファイナンスが議論されていることは問題が大きい。

マクロ経済学のフィードバック効果を取り入れていない財政学は古いのではないだろうか。

高名な国際政治学者であった高坂正堯氏の名著「文明が衰亡するとき」(新潮選書)の、「衰亡は、避けなくてはならないという気持ちをへたに持つと、かえって破局が早くやってくるというところがある」という警句が、現在の日本に一番よく当てはまる。

過剰貯蓄の状態では、クラウディングアウトによる金利の高騰を懸念することなく、市場経済の失敗の是正、教育への投資、生産性の向上や少子化対策、長期的なインフラ投資、防災対策、地方創生、貧富の格差の是正、貧困の世代連鎖の防止などを目的とする財政支出を増加させる余地があることを意味する。

ミクロ経済学では政府の現在の借金は将来世代への単純な付け回しと解釈されるが、マクロ経済学では政府の債務の返済は民間の金融資産額をほとんど変化させないため(国債が現金に変化するだけ)、現在の借金による金利の上昇で行われなかった(クラウディングアウトされた)投資の分だけが付け回しとなる。

過剰貯蓄により金利上昇によるクラウディングアウトが無く、経済厚生の向上もあり、財政支出の拡大は将来の需要(所得)の先食いではなく、現在の減少を防止し、将来の拡大の種になると考えられる。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司