米国発の「世界同時株安」を引き起こした原因については、専門家の様々な指摘がある。その中でもインフレ懸念の台頭は、最も有力な原因の一つであり、今後もマーケットを大きく揺さぶることになるだろう。他方、ウォール街のファンドマネージャーからは「インフレ懸念もさることながら『三つ子の赤字』の拡大もマーケットの混乱に一段と拍車をかける恐れがある」とも指摘される。

三つ子の赤字とは、従来の貿易赤字と財政赤字に「家計の赤字」を加えたものだ。後段で述べるように米家計の債務残高は過去最大を更新し、90日以上返済が滞ったローンの比率もクレジットカードが7.55%、自動車ローンは4.05%に達している。要するに米国では借金を返せない国民が増え続ける恐れが浮上しているのだ。

金融市場はその後も不安定な展開を続けているが、今回はウォール街で広がる「三つ子の赤字」懸念についてリポートしたい。

貿易赤字は9年ぶりの水準、「貿易戦争」激化の兆し?

株価,予想
(画像=PIXTA)

2017年の米貿易収支を見ると、財(モノ)の貿易赤字が7962億ドルで前年比8.1%に急増し、2008年以来9年ぶりの大幅な赤字となった。トランプ大統領は貿易赤字が米国内の雇用を奪っていると考え「貿易赤字の削減」を公約に掲げていたが、政権1年目はむしろ赤字を大きく拡大させる結果となった。

米国はすでにTPP(環太平洋パートナーシップ)から離脱しているほか、NAFTA(北米自由貿易協定)も再交渉で揺れている。また、今年1月には2002年以来16年ぶりとなるセーフガードを発動し、いよいよトランプ政権が「力づく」で貿易赤字解消に乗り出した嫌いがある。

さらにトランプ大統領は12日、「米国に膨大な関税や税金を課すことを認める一方で、相手国には何も課税しないという状況を続けるわけにはいかない」と述べたうえで「相互税」を推進する考えを示している。

「相互税」の詳細は明らかにされていないが、導入が見送られた「国境調整税」を言い換えたもののようだ。トランプ大統領は昨年、国境調整税の名称は好ましくないと指摘し「相互税と呼べば誰の怒りも買うことはない」と述べているからだ。

トランプ大統領は「米国は中国、日本、韓国などに対して多額の損を出している。これらの国々には多少の困難を強いることになる」と述べ「相互税」を課す意向を表明している。ロス商務長官も「米国は長い間、通商上で多くの譲歩をしてきたのだから、当然取り戻す必要がある」と相互税に賛成の考えを示している。

ただでさえ第2、第3のセーフガードが発令される恐れがある状況下で、相互税の導入により貿易戦争が激化する可能性は否定できない。

予算教書の「見通しの甘さ」を警戒する声も

昨年末に減税法案が成立し、その景気浮揚効果に期待が集まる一方で、財政赤字拡大への危機感も強まっている。たとえば、格付け会社のムーディーズ・インベスターズ・サービスは9日、連邦債務の膨張や財政赤字の拡大を理由に「米国の最上級格付けは引き下げ方向の圧力にさらされる可能性が高い」と指摘している。

トランプ政権が12日に提出した予算教書によると、2019会計年度(2018年10月~2019年9月)の米財政赤字額は9840億ドルとなり、7年ぶりの水準に悪化する見通しだ。対GDP比では4.7%と金融危機の影響を除くと1986年度(4.9%)以来の深刻な財政悪化となる。

ただし、それでも上記の予算教書についてウォール街の市場関係者からは「見通しの甘さ」を警戒する声も聞かれる。まず、2019年の成長見通しが3.2%と高いほか、2024年まで3.0%以上の高成長が続く見通しとなっているが、本当に実現できるか疑問視する声が少なくない。また、長期金利は2018年平均で2.6%、2019年平均が3.1%を想定しているが、すでに2月現在で2.9%台に突入している。

こうした「見通しの甘さ」を踏まえると、2019年には財政赤字の対GDP比が5.0%を上回る恐れもあり、景気後退期を除くと未曾有の高さとなることが警戒されている。

加えて、米政府は財政赤字の拡大を減税の原資とし、完全雇用に近い状態で歳出を増やそうとしていることから、金融引き締めによる「金利上昇」を招く事態も警戒されている。

「家計の赤字」は過去最大、賃金の伸び悩みも続く

さらに冒頭でも述べた通り、「家計の赤字」拡大にも警戒感が強まっている。

ニューヨーク連銀によると昨年10~12月期の「米家計の債務残高」は13兆1000億ドルと4四半期連続で過去最大を更新している。特に拡大しているのが、クレジットカードと自動車ローンだ。また、両者はともに「90日以上返済が滞ったローン比率(深刻な支払い遅延)」も高く、クレジットカードで7.55%、自動車ローンは4.05%に達している。住宅ローンと学生ローンの比率は低下しているものの、予断を許せない情勢だ。

もちろん、たとえ借金が増えたとしても、所得も伸びているのであればさほど気にすることではないだろう。しかし、実際の賃金の伸びは鈍い。

1月の時間当たりの実質賃金は前月比0.2%減であり、過去6カ月で見ても増加したのはわずかに1カ月のみだ。週間での労働時間が低下していることから、週当たり実質賃金は前月比0.8%減と減少しており、前年同月比では0.4%の増加にとどまっている。また、非管理職に限ると1月の時間当たり実質賃金は前月比0.5%減、前年同月比では0.1%増と伸び悩んでいる。

さらに注目されるのは、昨年12月の米貯蓄率が2.4%と2005年9月以来、12年ぶりの低水準となっている点だ。

すなわち、家計の債務が過去最大に膨らみ、クレジットカードや自動車ローンの返済の遅延率が上昇する中で、賃金が伸び悩み、貯蓄の取り崩しも限界に近づいている姿を浮き彫りにしているのである。決して冗談ではなく、このままでは借金を返せない国民が増え続ける恐れもあるのだ。

「貯蓄よりも消費を楽しむ時代」は終わりつつある?

最後に物価動向を見てみよう。1月の米CPI(消費者物価指数)は前月比0.5%上昇と事前予想(0.3%上昇)を上回り、前年同月比では2.1%の上昇となった。変動の激しいエネルギーと食品を除いたコア指数も前年同月比で1.8%上昇しており、物価の伸びが加速していることが確認されている。

一方、1月の米小売売上高は前月比0.3%減少と事前予想(0.2%増加)を下回っている。12月分も0.4%の増加から「横ばい」へと下方修正されており、個人消費にかげりが見え始めている。

1月に限れば、インフレの加速と消費の減速で「プチ・スタグフレーション状態」に陥っている。個人消費の予想外の落ち込みを受けて、バンク・オブ・アメリカが1~3月期の米GDP成長率を2.3%から2.0%へ、バークレイズも2.5%から2.3%へと引き下げるなど、主要金融機関は軒並み成長見通しを下方修正した。2.6%だった昨年10~12月期の米GDP成長率についても下方修正が確実視される情勢である。

金融市場ではインフレ懸念の台頭をきっかけに金利が上昇し、株価が急落した、と多くのメディアでは報じられている。しかし、ウォール街の専門家が懸念しているのはインフレだけではなく、米貿易赤字の拡大を背景とした貿易戦争の深刻化であり、米財政赤字の拡大による米デフォルトリスクの上昇とそこから派生する金利の上昇にある。さらに「家計の赤字」の膨張という第3の赤字に対する懸念も広がっており、もはや「貯蓄よりも消費を楽しむ時代」は終わりに近づきつつある印象さえ受ける。

昨年末に減税法案が成立したこともあり、年初は「バラ色」と思われた2018年の米経済見通しであるが、株価の調整とともに雲行きが怪しくなりはじめている。(NY在住ジャーナリスト スーザン・グリーン)