米連邦準備制度理事会(FRB)議長交代劇が米国経済、しいては世界経済にどのような影響をおよぼすのか、様々な憶測が流れている。

典型的な経済学エリートのジャネット・イエレン前議長と、投資銀行家兼「FRBで最も裕福なメンバー」として知られるパウエル議長では様々な意味で毛色が異なるが、政策面では両者の見解はほぼ一致しているとの見方が強い。少なくとも現時点では、何かが大きく変わるということはなさそうだ。

「ハト派」イエレン前議長、理事職からも退任表明

FRB,金融政策,米国経済
(画像=shutterstock/blvdone)

イエレン前議長の退任が真実味を帯び始めたのは、トランプ大統領就任後のこと。トランプ大統領はことあるごとに議長後退を仄めかせていたが、2017年11月、パウエル議長を正式に任命した。

イエレン前議長はこれを受け、今年2月のパウエル議長就任に合わせ、2024年1月まで任期の残っていた理事職からも退く意向を表明した(ロイター2017年11月20日付記事 )。

イエレン前議長は2014年、オバマ前大統領任命によって誕生したFRB史上初の女性議員だ。イエール大学経済学部で博士号を得た後、ハーバード大学経済学部やLSEなど一流経済大学で教鞭をとり、クリントン政権の経済諮問委員会も務めた。

前金融危機の余韻から抜けだせずに低迷する米国経済を、慎重な利上げや根気強い手法で、市場を混乱させることなく回復に導いたものの、ハト派的な金利政策が「米国経済の成長を抑制している」との見方も根強かった。また「ウォール街を活気づけるために紙幣を乱発する一方で、金融危機の後遺症に苦しむ層を切り捨てた」との批判も挙がっていた。確かにS&P500銘柄は2009年から325%値を上げたにも関わらず、米国の所得格差はかつてない規模に拡大している。

ウォーレン・グローバル・アドバイザーズの設立者クリストファー・ウォーレン氏は、イエレン議長が「お人よしそうな婦人」という印象を社会にあたえると同時に、実際は「かなり革新的な手法を用いて市場に影響をあたえていた」と語っている。

イエレン議長を「ハト派」と形容するブリークレイ・アドバイザリー・グループのチーフインベストメントオフィサー、ピーター・ボックバー氏は、「現在の債権バブルや資産価格の高騰はイエレン議長が加担したもの」と批判的な見解を示した(CNBC2018年2月2日付記事)。

資産7000万ドル「FRBで最も裕福なメンバー」パウエル議長

つまりイエレン前議長は経済回復という功績とともに、解決すべき課題も残して去ったということだ。著名経済評論家ピーター・シフ氏は、「パウエル議長に手わたされたのはバトンではなく、いつ爆発するか分からない時限爆弾だ」と発言している。

肝心のパウエル議長はどのような人物なのか。イエレン前議長の後釜としては異色という印象を受ける。ジョージタウン法律ジャーナル編集長を務め、従来のFRB議長の中では経済の学士号を取得していない少数派だ。以前はカーライル・グループの投資銀行家として活躍し、資産額は推定2130万〜7220万ドル。FRBで最も裕福なメンバーといわれている(ガーディアン紙2017年11月2日付記事) 。

しかし背景はまったく異なるものの「両者の金融政策に対する見解が一致している」との意見も多々聞かれる。両者ともに利上げには非常に慎重なスタンスを維持していたことに加え、パウエル議長は2012年にFRBに参加して以来、常にFRBの政策を支持していた。

唯一意見が衝突するとすれば規制に関してだろうか。ブッシュ政権では財務次官歴任経験がある共和党派のパウエル議長は、金融セクターへの規制負担の緩和を提唱している。

プライベートセクターでの経験豊富なパウエル議長が「適任」

金融政策に関してイエレン前議長と大差がないのであれば、トランプ大統領はなぜパウエル議長を任命したのか。

あくまで憶測の範囲だが、根っからのビジネスパーソンであるトランプ大統領は、経済学をみっちり頭に詰め込んだ博士号取得集団よりも、ビジネス術に長けた官僚で地盤を固めたがっている。そう考えると、プライベートセクターでの経験豊富なパウエル議長が「適任」となったのも不思議ではない。これからの米国経済を引導するのは、経済学ではなくビジネスという発想だ。

FED総入れ替えの可能性については、政権交代当時から報じられていた。2017年11月の時点でFRBの理事席には3つも空白があり、トランプ大統領が自ら任命する理事がその空席を埋めると予想されていた。

イエレン議長「株式市場が高騰していることは認める」

2月5日に宣誓就任したパウエル議長は、「経済成長の継続や健全な雇用市場、物価安定を支援する」と同時に、「金融の安定をおびやかす危険性が現れていないか警戒を続ける」と言明。また「金利政策とバランスシートのおだやかな正常化を進めている」とも述べた(ブルームバーグ2013年2月13日付記事) 。

この発言からはイエレン前議長の意思を引き継ぐことで、現行の課題クリアを目指す方向性が見える。

一方イエレン前議長は任務継続の意思を表明していたにも関わらず、「次期議長に任命されなかったことについてがっかりしている」とコメント。しかし「米国経済が(前金融危機から)回復し、金融システムはより強固に、銀行はより弾力性がある状態になった」と、自身の功績に満足感を示した。

株式市場が過剰に高騰し、資産バブルを作りだしている懸念はないか—との質問に対しては、「過剰に高騰しているとは思わないが、高騰していることは認める」とし、「資産評価が高すぎるとの懸念はある」と述べた(ガーディアン紙2018年2月4日付記事) 。

前代未聞となった「実施の必要のない議長交替劇」が、吉とでるか凶とでるか—。世界中がその一点に注目している。(アレン・琴子、英国在住フリーランスライター)