「何のためにあなたは起業するのか」。そう問われた時、あなたは即答することができるか。筆者の提唱する「人生PDCA」を学びながら、目的意識の確認を行っていこう。
(本記事は、江上治氏の著書『残酷な世界で勝ち残る5%の人の考え方』KADOKAWA、2018年2月1日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
起業の失敗の原因は準備不足
サラリーマンという社畜状態から抜け出し、稼げる「オタク」になるには、いくつかの階梯を上る必要がある。
その一つが、それまで勤めていた会社の退社、そして起業という段階だ。この段階は周到な準備のもとに行わなければならない。
実に、起業した会社のうち3割以上が1年以内に、約7割が3年以内に倒産するといわれている。10年以内だと、9割以上に上る。
起業して10年もの間、会社を持たせられる人は、1割にも満たない。多くの人が起業でつまずいているのである。
失敗の原因は何か。事前の準備が不足していた、というケースが圧倒的に多い。
PDCAに当てはめれば、いきなりD(Do:行動)から始めてしまう人間のことである。 勝算があるわけではない。スキルがあるわけでもない。苦境のときに助けてくれる人脈を持っているわけでもない。
にもかかわらず、「エステを経営してみたい」「セミナー講師で独立しよう」という単なる思い付きで独立してしまう。
それで、稼げれば結構なことだが、現実は難しい。野球に例えれば、実力もないのに、いきなりプロ野球の1軍の試合に出ようとするようなものである。
当然、全打席空振り三振に決まっている。何の備えも準備もなく、「起業で人生、一発逆転」はあり得ないのだ。
「思い付き」の起業と同様に多いのが、「追い込まれ」起業をする人たちだ。50代からの起業が流行っているともいわれるが、そのほとんどが「追い込まれ」起業組である。
社内での立場が危うくなって、あわてて会社から逃げていく人たちが中心だ。私も同世代だからよく分かるが、今の50代のサラリーマンの多くは過酷な状況に置かれている。
私はバブルのはじけた年に社会に出たが、私より年上の人たちはバブル期入社ということもあり、どの年代よりも人数が多い。
その割に、会社の合併なども進んだせいで、ポストが圧倒的に不足している。年齢を重ねても役職に就けない人たちが多いのだ。
同時に、年功序列から成果主義へと制度が変わり、年下の社員が上司に就くケースも珍しくなくなってきた。
現在は、それまで機能してきた会社の人事や出世のモデルが完全に崩壊してしまっているのだ。
そのあおりをもろにくらったのが、今の50代である。備えるだけの時間も準備もなく、まったく無防備な状態で、激変の渦中に巻き込まれてしまった世代といえる。
相当なストレスを抱えているのだろう。次第に社内にいづらくなり、追い込まれるように退社・起業の道を安易に選んでしまう、というわけだ。
当然、このように追い込まれて起業する人たちも、事前の準備がまったく足りていない。居心地が悪いから独立するというだけで、もともと人生計画を基に起業を志したり、綿密に計画をしたりしていたわけではないからだ。
目の前の状況が悪くなったから、逃げるように退社し、独立する。これはうまく行かない人特有の行動に違いない。失敗するのは目に見えている。
一足飛びの成長はあり得ない
私は起業とは、人生全体を見据えた上で行うべきもの、と考えている。つまり、人生計画に位置付けて起業のあり方を考えなければいけない、ということだ。
その具体的ノウハウは後述するが、人生全体を視野に入れると、その折々で何をすべきか、という点が見えてくる。
『論語』の「為政第二」に、有名な孔子の言葉がある。
子曰く、吾れ十有五にして学に志ざす。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。
あまりにもよく知られた言葉だが、なぜ、ここで『論語』を出したかというと、人間はある日いきなり成長したり、何かを成し遂げることはない、という点を確認してもらいたいためだ。
中国最大の思想家、哲学者といわれる孔子にしても、70歳になって初めて、自由の境地ともいえる状態に達した(心の赴くままに行動しても、人の道を踏み外すことがなくなった)と、述べている。
何事も一足飛びに進展することはない。段階を踏んで一つずつ、着実に歩を進めなくてはいけないのである。
さらに、この言葉は、別の意味でも私たちに貴重な示唆を与えてくれる。人生にはその年代における課題や到達度というものがある、ということだ。
発達心理学の大家であるE・H・エリクソンは、人間はライフサイクルに沿って8つの発達段階(乳児期、幼児前期、幼児後期、児童期・学齢期、青年期、成人期、壮年期、老年期)に沿って成長するものであることを示した。
さらに、その8つの段階にはそれぞれ乗り越えるべき「発達課題」があるという。この考えは、ビジネスにおいても非常に参考になる。
大事なことは、早く、早くと前のめりになって、目の前にある課題の克服を後回しにしてはいけないということ。自分の課題を放置して、先に進もうとしても、それでは真の成長はできないのだ。
多少足踏みすることはあっても、それぞれの年代で、解決すべき課題を解決し、克服していくことが、最終的に稼げる人間になる秘訣だと言っていいだろう。
このことは、既に何度か登場いただいた東京帝国大学教授・本多静六博士も強く意識していたことだろう。
本多博士は、次のような年代ごとの計画を立てている。人生を歩む上での理想的な指標として読み解くことができそうだ。
・0~25歳 教育
・25~40歳 仕事の確立、お金の安定
・40~60歳 お金を稼ぐ(資産運用)
・60~70歳 社会奉仕
・70歳~死 晴耕雨読
0~25歳を「教育」としているが、実はこれは本多博士自身が立てた計画ではない。本多博士はドイツ留学から帰国して、東京帝国大学助教授に就任した25歳のときに、人生計画を立てた。
つまり、本多博士の計画は25歳から始まるのだが、一方で博士は次のように言っている。
<<それまでの私には、物心両面にわたって、幼少年時代から修学中に体得した信念が、すでにある一つの生活方向を指向し抜くべからざるものとなっていた。すなわち、「わが生涯の予定」は、このような基盤の上に、能う限りの細心な注意と、描き得る限りの遠大な理想とを追って、新たなる「人生計画」としてここに、いよいよ具体化されたのである。>>
何度も言うように、人間はあるときに急に何かを成し遂げるわけではない。ある時期に学んだものが基盤となり、次のステップにつながっていく、という形で人間は成長していく。
本多博士が掲げた25歳以降の計画も、博士自ら語っているように、それまでの基盤があったからこそ、立てられたものである。その基盤をつくった下積みの時期の大切さがよく分かるだろう。
それを明確にするためにも、0~25歳を「教育」という形で追加させてもらった。ちなみに、社会人になる前の「教育」は非常に重要である。
教育の重要性は必ずしも学問上の教育だけを指していない。これは江上の考えでもあるが、マナーや常識、コミュニケーションを含め、社会人として生きていくための素養も含んでいる。
ところが、現実を見渡すと、社会人としての常識やマナーを身につけていない人たちが少なくない。特に本多博士が現役だった戦前期より、現在の方がその傾向が強いと思う。
昔に比べて大学で学ぶ人たちが増えたが、人がうらやむような学歴を持っていても、社会人としての常識が著しく欠けている人がいる。
大丈夫だろうか、社会人としてやっていけるだろうか、とこちらが心配するくらいのダメダメ人間である。
これを正さなければ、社会の中で活躍することは難しい。この時点で、できる人間との大きな格差が生じている。それが現実である。
しかし、差がついてしまっているからといって、そこで意気消沈しても仕方がない。特に、これからは人生100年時代である。
定年も延びたし、世の中はこれからも慢性的な人手不足であることは確実だから、本人の気持ちやスキル次第で、仕事は続けられる。人生の中で活躍できる期間が大幅に延びたのだ。
だから、最初のスタート時点の心得が多少劣っていても、そこでの差は決定的なものではない、と見ることもできる。
もちろん、最初の格差を埋めるのは容易なことではないが、「人生PDCA」を基に、一つ一つ課題を克服していくことが求められると思う。何歳になっても人間は学ぶことができるのだ。
0~25歳を「教育」とした理由の一つは、そのことを強調したかったからでもある。
次に本多博士は、25~40歳を「仕事の確立、お金の安定」と定めている。これは、仕事人としての基礎固めの時期と言っていいだろう。
自分の仕事を確立し、お金を安定させる。すなわち、他人に評価される仕事を見つけ、そのスキルを高めると同時に、お金を貯めるということだ。
実際、本多博士は社会に出て、給料が出てからというもの、その4分の1を必ず貯金するという、独自の貯蓄法を確立し、その後の資産形成の基礎を形作っている。
40~60歳は「お金を稼ぐ」である。本多博士は林業・造園業のプロフェッショナルである。その仕事の対価のほかに、本多博士は積極的に投資をして巨額の富を手にしたことでも知られる。
自分が精通した林業・造園の分野に、それまで貯金していたお金を投じて、運用していたのだ。
よく資産運用や株式投資をする際に、「どの分野に投資したらいいのか」について、頭を悩ませる人がいるが、いちばん情報量が多く、レバレッジをかけられるのが、自分の仕事の分野であることは、昔も今も変わらない。
得意な分野だから、その業界のことをよく知っている。どの会社が成長の種を持っているかという点も把握しやすいだろう。そういう分野にお金を投じた方がリターンが大きいのは、当たり前だ。
もちろん、本多博士がこうした成果を上げられたのも、それまでの、「教育(社会人としての常識など、人生の基礎)」「仕事の確立、お金の安定(仕事人としての基礎固め)」という土台があったからである。
起業も同じように考えるべきだ。自分はいつ起業すべきなのか、起業前に何をクリアしておくべきなのか、どういう土台をつくっておくべきなのか、という点をまずは明確にする。
事前に種を蒔き、リスクに備えるからこそ、豊かな収穫のときを迎えることができるのだ。60~70歳を「社会奉仕」としている点も興味深い。注目すべきは「お金を稼ぐ」→「社会奉仕」という順序である。
数年前、若者たちの間で、社会起業家がブームとなった。目的は社会奉仕だったらしい。
しかし、私は大いに疑問を持った。
「いきなり社会奉仕を目指してどうするんだ、順序が違うのではないか」という疑問である。
現実の世界で稼ぎを得て、そのお金でもって社会にほどこす、というのが社会奉仕の王道の考え方である。
自分が豊かでなければ、人に与えられるはずがないのだ。もちろん、社会奉仕を人生の目的とする考え方があってもいい。
そうであるならば、その実現のためにも、いかにお金を稼ぐかということを、もっと計画的に考えなければいけない。
まずは起業の目的を考える
人生全体を見て、キャリア形成を考える、という意識を持つと、起業に対する認識も変わってくるだろう。
起業をより長期的な視野で、計画的に考えるようになるのだ。
その認識をより確かなものにするためにも、PDCAの考え方をぜひ参考にしてもらいたい。PDCAで人生を回し、起業というプロジェクトを事前の想定通りに着々と進めていくのである。
考え方は「人生PDCA」と同じだ。まずはその前提(準備)として、「何のために自分は起業するのか」という目的意識の確認から始める。
これが起業に備える第一ステップとなるからだ。人生の目的と照らし合わせながら、なぜ自分は起業をすべきなのか、その起業は人生の目的とどのように関連しているのか、を明確にするのである。
私の講座でも、起業を志す人は多い。ところが、「何のためにあなたは起業したいのですか」と私が聞いても、はっきりと答えられない人が多い。
勇み足で起業してはいけない。もっと自分の過去を棚卸して、これからの目指す方向性を深掘りして考えるべきだ。
その深掘りができないから、思い付きレベルで起業して、失敗してしまう。
願望でお金を稼ぐことができるほど、世の中は甘くないということは肝に銘じてもらいたい。
逆に、起業の目的を明確に言うことができる人は、起業をする資格があるといえる。目的意識が明確な人は、骨格がしっかりしている。周囲の意見や情報に翻弄されたり、ぐらついたりすることはない。
自分の信じる道を、PDCAにのっとって、コツコツと進めるメンタルの強さがある。 さらに、目的意識がはっきりしている人は、「その目的を叶えるために何が必要か」と戦略的に思考することができるようになる。
これが、起業という目標に向かって、PDCAを計画的に回すための、欠かせない前提となる。
起業に向けたプロセスを段階ごとに踏んでいくことで、
「思い付き起業」
「追い込まれ起業」
のリスクから逃れることができるのだ。
実際、私は「起業は準備が8割」だと考えている。起業が成功するか、失敗するかは、結局のところ起業前のサラリーマン時代の過ごし方次第である、と言っても過言ではない。
その過ごし方を自分でマネジメントする仕組みがPDCAだ、と考えてもらえるとイメージしやすいだろう。
解決すべき課題は何か?
起業の目的が明確になったら、起業に向けた、自分の課題をはっきりさせる段階に移る。
独立したら絶対に必要になるものであるにもかかわらず、自分に備わっていないもの、身につけていないものを見つけるのだ。
最初は具体的でなくても構わない。自分には何が足りないのか、どうしていくべきなのかを、次のワークに基づいて書き出していくだけで、次第に頭の中が戦略思考になってくるから不思議である。
ただ、矛盾するようだが、自分に足りないものをすべて満たしていこう、と考えなくてもいい。あなたが目指すべきはオタクである。
何か秀でたものを一つ持つ。それに時間とお金をかける。これが基本である。ただ、攻めがいくら強くても、防御ができなければ負けてしまう。
何が弱いのかが分からないと、対処のしようがないであろう。解決できそうな課題であれば自分で解決する。
もし難しいなら、パートナーに補ってもらう、という対応もできるはずだ。それができるのも、自分の弱みをあらかじめ把握しているからである。
そのためにも現状分析が大切なのである。現状分析には3つの方法がある。
まずは「自分(自社)分析」である。
確認すべきは次の項目だ。
・想定される経営資源(人・金・物・情報)
・現段階で考えている戦略(経営戦略、マーケティング戦略)
・技術力(自分独自の技術)
・販売力(営業力、流通チャンネル)
・商品の方向性(品質で勝負するか、価格で勝負するか)
・自分が持っている人脈
・自社の強み、弱み
起業前に、これだけの項目について考える機会を持つことは極めて重要だ。考える時間を持つことで、思考がより深くなる。
当然のことながら、こうした時間を持てば、何となく起業してしまった、という事態を避けることができるだろう。特に、技術力の確認は欠かせない。
専門職(オタク)として、活躍できる裏付けとなるのが技術力だからだ。
さらに、4つの資源の1つである「人脈」には特に注目してほしい。人脈という言葉は非常にあいまいで、厳密な定義づけはされていない。
だから、何となく理解してしまっている人も多い。中にはフェイスブックの友だちの数を指標にする人もいるが、そんなものはまったく当てにならない。
江上流に言うと、真の人脈とは、「困ったとき、苦しい状況に助けてくれる人」である。 人生の中では成功するときもあれば、失敗するときもある。
失敗したときに有効なアドバイスをくれたり、お金を貸してくれたりする人がいなければ、継続的に勝ち続けることはできない。
「自分には困ったときに助けてくれる人がいるかどうか」という視点で、あなたの人脈を確認してほしい。
「需要と供給」はビジネスの基本
「自分(自社)分析」が終わると、外的環境についても分析する必要がある。
まずは、「競合分析」だ。競合企業の市場を奪う、自社の市場の拡大を図るという視点で、次の項目をチェックしてほしい。
・競合する企業の経営資源
・競合する企業の戦略(経営戦略、マーケティング戦略)
・市場シェア
・競合する企業の売上高、利益額
・競合する企業の技術力
・競合する企業の販売力
・需要と供給
・業界自体の環境(時代の追い風を受けているか、向かい風か)
競合分析をすることで、より広い視点から自分(自社)の強み、弱みも確認できるだろう。自分の強みは結局のところ、「相手よりも強いか弱いか」で判断すべきものだからだ。
さらに、この中でしっかり分析してもらいたいのが「需要と供給」の関係である。これもシンプルに考えてほしい。
需要が供給量より多ければ、ビジネスがうまく行くのは当たり前のことである。ライバルが少ないからだ。
一方で、供給量が需要を上回れば、ビジネスは失敗する可能性が高い。同じようなサービスを提供するライバル会社が多いからだ。
そこに勝つには、相当な技術力や販売力を用意しておかなければならない。
さらに、注目してもらいたいファクターが、「業界自体の環境」である。そのビジネスは時代の追い風を受けているかどうかを見極めなければいけない。
追い風が吹いていれば、そのビジネスはうまく行く可能性が高い。向かい風であれば、失敗する危険性が高まる。風がどの方向に吹いているのかも把握しておかなければいけない。
次に「顧客分析」だ。商品・製品の購買対象となる顧客についてあらゆる側面からデータ分析する。
それぞれの項目で具体的なデータが出ない場合もあるかもしれないが、いちいちデータに向き合うという姿勢が重要だ。
それが、数値思考や経営戦略を身につける土台となるからである。
・年齢
・性別・職業
・ニーズ・ウォンツ
・購買人口
・顧客地域構成
・購買情報の集め方
・購買決定の理由
・購買適正価格
・購買頻度
課題解決に向けたロードマップ
課題が見つかれば、起業で成功するためのロードマップをつくる、というステージに入る。
・起業で何を成し遂げたいのか。(目的)
・なぜ、起業したいのか。(動機)
・何歳までに起業したいのか。(期限)
・それまでに、何をするか。(方法)
既に、この時点で起業の目的、動機は明確になっているはずなので、ここで改めて考えなければいけないのは「期限」と「方法」の2つだろう。
「何歳までに」という期限と、そのための方法(課題を解決する方法)を実際に位置付けることで、日々、どういう行動をとればいいかという逆算思考ができるようになる。
それを毎日、PDCAでマネジメントしていけばいいのである。その際、前のステップで見つかった課題を、いかに解決するかという点も大事にしてほしい。
具体的に考えてみよう。
例えば現状分析をしてみたところ、「自分には真の人脈が不足している」という課題が見つかったとする。そこで、期限と方法を考える。
これにより、いつまでに、何人の人脈をいかに増やすのか、という具体的な目標が見えてくるようになる。
江上 治(えがみ・おさむ)
1967年、熊本県生まれ。有名スポーツ選手から経営者まで年収1億円を超えるクライアントを抱える富裕層専門のファイナンシャル・プランナー。起業後は、保険営業を中心としたFP事務所を設立。これまで新規に獲得した保険料売上は600億円超に達する。