シンカー:米国と中国が完全な貿易戦争に入る可能性、まして20世紀初めのようなグローバル貿易戦争が発生する可能性は、非常に低いとみている。米政権が貿易赤字の削減にコミットメントしすぎると、最終的に未達となり、求心力を失う恐れがあるからだ。米政権は支持率を維持するため、堅固な支持者に恩恵を早急に実感させなければならない。早急な効果が期待できるのは、財政政策である。しかし、財政支出の増加や減税が財政赤字を拡大させれば、国内貯蓄の増加がなければ、必然的に経常収支の赤字が広がる。その内、貿易赤字が拡大する部分もある。一方、経常収支の赤字が一定で、財政赤字が増加している場合、国内貯蓄が増加しているはずである。これは、減税がそのまま貯蓄に回ってしまい、需要の拡大効果がないこと、そして需要の中身が民間から公的に変わり、経済効率が低下してしまっていることを意味する。米政権が、二国間の取引の材料として貿易赤字削減を使うことはあるだろうが、マクロ政策として貿易赤字の削減に強くコミットメントし、それがグローバルな貿易戦争につながるリスクは大きくないとみる。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

最新のSGグローバル・レポートと要約

●米国経済(5/7):5月FOMC…インフレリスクは警戒せず

FRBは大勢の見方と同じく、FFレート誘導目標レンジを1.50-1.75%で据え置いた。FOMC声明ではインフレや成長率に関する文言が見込み通り変更され、前者には、インフレリスクを重視していないと示すことが目的とみられるものもあった。実際、市場参加者は最近になりインフレ加速を懸念しているが、FRBは(インフレ加速リスクに)楽観的となっている。

●米国経済(4/27):米中貿易戦争にはならないが、各所で小競り合いに

米国と中国が完全な貿易戦争に入る可能性、まして20世紀初めのようなグローバル貿易戦争が発生する可能性は、非常に低いと弊社ではみている。だが貿易を巡る米国と世界の他国・地域との摩擦は続くと見込まれる。

米中間の貿易摩擦が唯一のケースではない。貿易に関する米国の懸念が、主に中国に向かっていることは明らかだが、摩擦はNAFTA加盟国(カナダとメキシコ)、EU、韓国、日本、鉄鋼かアルミニウムを米国が輸入している全ての国に広がっている。言い換えると米中2国間の問題ではなく多国間に広がった。また貿易に関する世論の対立がすぐ再燃するだろう。

中国の貿易慣行に対し、米国は不満を複数抱えている。米国政府は、対中国の貿易不均衡が大きくなっており、しかも急拡大していることを懸念している(急拡大の一因は、不公正な貿易慣行とみている)。また、米国の知的財財産権が十分守られないこと、非対称的な直接投資に関する政策が非対称的なこと、市場アクセスなどに懸念が広がっている。

米中間では妥協が成立しつつある。弊社の想定する基本シナリオは、関税が互いに繰返し課されて全面的な貿易戦争が発生することは無い、というものだ。米中ともに、最近は紛争を落ち着かせることを探っている。中国は、様々なセクター(金融、自動車)の開放加速、知的財産権保護の強化、関税緩和、過剰設備の削減などを示してきた。これにより、約500億ドルの輸入に対し米国と中国が互いに関税をかけ合う事態は(また言うまでもなく、警告されている追加措置も)は避けられる見込みだ(ただし、以前に発表された関税は残るだろうが)。

妥協の成否にかかわらず、米中間の緊張は解消しない。中国は経済、テクノロジー、軍事、政治で世界の超大国になるという中国の野望が、現行の米国支配を直接脅かしている。その結果、緊張はおそらくは今後何十年も続くと見込まれる。

貿易を巡る小競り合いが至る所で発生している。NAFTA(北米自由貿易協定)に対する米国の不満は解決が近づいたようだ。米韓自由貿易協定の再交渉も大部分完了したとみられる。だが鉄鋼とアルミニウムに対する米国の関税免除措置は5月1日に期限切れとなるため、(特にEU、中でもドイツとの)緊張関係が再浮上しよう。日本との貿易問題も解決には遠い。

米国は、鉄鋼に対する関税と割当量設定の両方または一方が不可避。韓国との摩擦の解決には、多少のコストが伴うだろう(特に、韓国に対米鉄鋼輸出の割当量が設定されたり、自動車でも様々な条件が課される)。これらは、米国にとって最優先課題である鉄鋼と自動車に関するトピックであり、他国との交渉解決の青写真となる可能性がある。このセクター(鉄鋼と自動車)は、EUや日本などとの交渉でも大きな位置を占めることが、ほぼ確実だ。大半のケースはWTOルールに反するが、輸入量割当ては復活するとみられる。     

現時点で示されている制裁、実行されても影響は軽微。弊社は、米中両国がお互いに500億ドルの輸入に関税を課した場合に(弊社も実行されるとは考えていないが)発生する影響を試算した。すると、一部セクターでは比較的重大になるが大半は軽微、という結果になった。世界景気の拡大には、関税を課す動きのエスカレートはリスクとなる。各中央銀行は、関税によるインフレへの一時的影響や、景気拡大へのネガティブな影響を精査すると見込まれる。

●欧州経済(4/27):ECB理事会 ? 退任するコンスタンシオ副総裁に感謝

4月ECB理事会後の記者会見は大部分が低調だったが、ドラギ総裁は過度にタカ派的、またはハト派的のどちらにもならないようにバランスを取り、市場には大きな影響を与えなかった。ドラギ氏も述べていたが、現在は実体経済の状況と、最近モメンタムが減速した理由を評価・検討することが重要だ。本日明らかになった情報を基にすると、理事会は、インフレ率がECB目標に達するという自信を引き続き持っており、(政策引締めに)慎重な立場をとっている。弊社はこうした自信には賛成できないが、深刻なショックが発生しない限り堅調な景気拡大が続くという見方には同意する。またドラギ総裁は予想通り、より多くのデータと政策決定上の安定したパートナー(副総裁の後任)が必要だとして、その他の質問の大半には短く答えた。6月(または7月)の理事会で、今年残りの行程表が示されることが望まれる。弊社は「資産買入れが月150億ユーロ(に縮小された)ペースで2018年末まで続き、初回利上げが2019年6月に実施される」と見込んでいる。

過去の翻訳レポートを弊社のリサーチサイト( https://insight.sgmarkets.com/#/page/japanese )に掲載しています。

また、原文の英語レポートもご覧いただけます。

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ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司