中国の国営新華社通信によると、6月中旬から「個人所得税法修正案草案」が審議されている。新たに課税の網をかける内容もあるが、所得控除の下限を大幅アップ、教育、医療支出の控除を加えるなど、大掛かりでかつ大幅減税といえる内容だ。「界面」「易網財経」など多くのメディアが取り上げている。
5月の経済指標はそろって悪化、上海株総合指数は3000ポイントを下回るなど暗雲が立ち込めてきた中国経済。所得税減税は経済政策の意味もあるのだろうか。草案とともに検討してみよう。
個人所得税の歴史
1949年の中華人民共和国成立から1979年の改革開放の開始まで、個人所得税の歴史は空白である。徴収されなかったのだ。さすがに共産主義を標榜していただけのことはある。
1980~1993年は、外国人に個人所得税を課税、新しく勃興した個人商店に課税、個人収入調節税の導入など、新たな税体系を模索した。
1994年以降は、個人所得税、増値税、企業所得税、営業税、の四大税種が確立した。
1999年、利息所得税を導入。2006年、所得控除上限を月収1600元に設定。2008年、同2000元に引き上げ。2011年、同3500元に引き上げ――となっている。
税制改正草案
このような歴史を経て現在改正草案が審議されている。個人所得税のポイントは以下の3点だ。
1 所得控除を3500元から5000元へ引き上げる。
2 累進税率の見直し。納税対象所得、月4500~2万元までの層は減税になる。
4500~9000元……20%から10%に
9000~1万元…25%から10%に
1万~2万元…25%から20%に
それぞれ下がる。さらに社会保険控除、利用可能な控除を加味すると、新華社の標準計算モデルでは次のようになる。
月収/調整前/調整後/下落率
5000元/45元/0元/100%
1万元/345元/90元/74%
2万元/2620元/1190元/55%
5万元/1万595元/8490元/20%
大多数の国民が50%以上の減税の恩恵に浴することになる。
3 新しい控除
現行の控除
1 個人基本養老保険
2 基本医療保険
3 失業保険
4 住宅積立金 に対し、
新しい控除
5 子女教育支出
6 継続教育支出
7 大病医療支出
8 住宅ローン利息
9 家賃
の5つが追加される。いずれも生活に直結するものばかりである。
草案は最後に“反避税条項”を設け、租税回避地への回避行為を阻止するとして、税務機関による徴税方法の合理化にも触れている。
年内の実施は難しい?
要するに大部分の国民生活に関わる減税案で、大きな経済効果を見込めそうである。ただし6月の全人代(国会に相当)では本会議の評決までにはいたらなかった。再審議とされたのである。
近年、各方面から所得控除については、期待の声が高かった。もちろんこうした民意は尊重され、国に活力を与えるものにしたければならない。しかしこれほど他方面から税体系の改正を論じるのは、初めてある。そして個人を重視し、家族の在り方の多様化まで考慮に入れるには、相応の時間がかかる。
しかがって再審となった以上、年内の評決は難しくなった、と経済サイトは推測している。しかし、経済状況によっては、中央集権の力を動員して、早めるかもしれない。
ともあれこれだけの景気対策になりうる、ポピュリズム的政策の準備を進めているのは驚きである。日本を含む先進国の経済政策は何らかの国民負担を求めるものばかり目につく。先進国と中進国の差はあるとしても、政策の評価には多面的な比較・検証が必要だろう。(高野悠介、中国貿易コンサルタント)