2%の物価上昇率を2019 年度頃に達成するというコミットメントを4 月27 日の会合で廃止した。その理由と背景について、少しこだわって考えてみた。理由は、追加緩和を封じる決定打を決めたかったからだろう。背景には、今後持久戦を採るための準備がある。若田部副総裁が就任して初めての会合というワンチャンスに賭けた部分もある。

片岡委員は毎回誤解しているのか

 4 月27 日の決定会合では、コアCPI2%を達成する時期の見通しを言わないことにした。黒田総裁の説明では、「何も変わっていない」、「できるだけ早期に達成すると言っている」と、方針変更したことを問い直す質問を煙に巻く。

 長く日銀の政策をウォッチしている者には、「何も変えていない」という説明は、何かを変えたいときの常套句だと感じさせる。こうした説明を日銀がするときこそ、日銀が一体何を変えようとしているのかを見極めなくてはいけないと思う。

 まず、展望レポートの年度見通しの下方修正が、達成期限の後ずれと理解されて、追加緩和を予想させることについてである。黒田総裁は、年度見通しは達成期待ではないと強弁する。両者を同一視するのは誤解だとする。

 しかし、この誤解は、片岡委員が毎回説明している内容そのものだ。片岡委員は、「達成時期が後ずれする場合には、追加緩和手段を講じることが適当」だと繰り返している。9人のメンバーの中で、常に1人が誤解を繰り返しているというのは、非常に奇妙だ。マーケットが誤解しているのではなく、政策委員会の8人が片岡委員1人の誤解を説得できずに今までやってきた。だから、そうした解釈を成り立たなくさせるために、期限廃止を4月の会合で決めた。そうした理屈であればクリアである。

誤解ではない正解とは何か

 ポイントは、(1)誤解に対して、正しい理解とは何かということと、(2)本当に何も変わっていないと理解してよいかという点だろう。

 まず、誤解とは何か。展望レポートの年度見通しは、あくまで見通しであって、目標達成の時期を示したものではない。両者を混同するのが誤解だという。

 従来の黒田総裁の説明では、一旦、物価2%に達すると、その後はずっと2%以上の物価上昇率が継続するということだった。それを前提に、オーバーシュート・コミットメントがあったのではないか。

 確かに、2019 年10 月の消費税増税での物価上昇率のアップダウンはあることは日銀も認めていた。そこでは、趨勢的に2%軌道を維持できるから、「2019 年度頃」の達成を可能と読み替えていた。

 ところが、2020 年度の見通しが4 月27 日の展望レポートで初めて発表されると、前年比1.8%だった(除く消費税要因)。しかも、大勢の見通しは1.5%~1.8%のレンジであった。9 名のうち、最低8 名は2020 年度に平均2%は無理だとみている。これは、明らかに論理矛盾だ。2%の達成時期は、2019 年度頃ではなく、2020 年度以降になるはずだ。誤解とは、見通しと目標達成の時期は違う言葉であり、同一視をしては困るということである。しかし、目標達成の時期を正しく理解したいと思うと、それはできない。「できるだけ早期に」と「2019 年度頃」という説明は同じではないはずだ。実質は、ほとんどの政策委員が少なくとも2019 年度までに2%は達成困難であると認めていると読める。それを認めたとき、追加緩和は不要だから見守ってほしい、と言っているように聞こえる。

論理のすり替え

 次に、できるだけ早期に達成すると言っているのだから、達成期限が示されなくても何も変わらない、と考えてよいのか。

 今までは、2%の物価目標に、人々の予想物価をアンカーすると公言してきた。アンカーとは、くくり付けるという日銀の仲間内の用語だろう。日銀が必ず2%を達成すると公言するから、皆がそれを信じて行動するようになると、アンカーされる根拠を唱えてきた。しかし、その日銀でさえ2019 年度も、2020 年度も2%以上の物価上昇を予想していない。

 目標に達しないときに追加緩和して、物価をコントロールすると皆が考えるから、アンカーされるのではないか。未達の状態を放置すると2%にアンカーされることは、まず起こりそうにない。

 リフレ理論の物価コントロールの可能性を大きく後退させている。

 「何も変わっていない」という点では、むしろ、2016 年9 月に発表したイールドカーブ・コントロールの体制を言っているのだろう。すでに、脱リフレ理論へと軸足を移している。だから、今回、達成期限をあいまいにしても、イールドカーブ・コントロールの枠組みは何も変わっていません、となる。

 期待形成を重視するインフレ・ターゲットを、変更したのは、2016 年9 月からだ。だから、さらに達成年 限を示さなくしても何も変わらない。この考え方は、今までとロジックをすり替えている。

日銀の狙いは何か

 結局、日銀がインフレ目標を掲げることで、2%のインフレ率が達成できるというリフレ理論を捨てようとしているというのが筆者の理解である。2016 年9 月のイールドカーブ・コントロールは、確かにレジームチェンジだったが、その時点では量のパラダイムと両論併記だった。その後、年間80 兆円が形骸化したことは周知の事実である。

 つまり、軸足を徐々に金利コントロールの方にシフトしようとして、今回は達成期限を止めた。この理由は、見通しの下振れが追加緩和の口実になる不都合を封じて、金利だけで政策を進めたいと思うからだ。まさしく片岡委員が言っている主張を受け入れない体制を固めようとしているのだ。

 若田部副総裁が就任した初回から、そうした新ルールを認めさせることは、若田部氏を入れてリフレ強化を狙っているという思惑を大きく裏切るものだ。仮に、若田部副総裁が就任してから2回目以降に達成期限をなくしていたならば、「なぜ変えるのですか」と反論されたに違いない。初回ならば、これでお願いしますと大勢から頼まれて、若田部副総裁も同意すると読んだ。執行部はそのワンチャンスを逃さなかったということだ。

 今後は、イールドカーブ・コントロールを気長に続けて、日米金利差が大きく開くのを待つ。その一点に賭けている。米長期金利が上昇すると、日本の長期金利も上がるが、そのペースは限られる。日本の長期金利を少しずつ上昇させることで出口戦略を明らかにしたときの金利跳ね上がりを抑える。要するに、事前のガス抜きをするのである。

 過剰に追加緩和の思惑が生じると、ガス抜きはできなくなる。後々、金利上昇の反動をため込む。そうならないための達成年限の廃止なのである。

 なお、筆者は、日銀の言行不一致を批判的に述べてきたが、達成年限をなくすこと自体は賛成である。インフレ目標は、そもそも有効だとみていない。早くマイナス金利を解消することが望まれる。だから、今回、良い方向に一歩前進したと考えている。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生