止まらない新興国通貨安
8月31日の『日本経済新聞』夕刊一面に、「新興国通貨安 止まらず」と題された記事が載った。アルゼンチン、トルコ、ブラジル、南アフリカ、インドの通貨の年初来の対米ドルの為替レートがグラフで掲載されており、いずれの通貨もここまで下落傾向を示している。下落の率は、今挙げた順番で大きい。
特に、アルゼンチンとトルコの下落が大きいが、両国は相対的に経常赤字のGDP(国内総生産)比が大きく、経済的な状況が特に厳しいことを反映している。
投資家にとって、自分の資産運用に関係ないのであれば、世界経済の状況を把握する上で重要だとしても、これらの通貨の下落を「対岸の火事」のように眺めることができようが、残念ながら、これらの国・通貨と個人投資家の関わりは現在小さくない状況であるように見受けられる。
一般に、為替リスクやカントリーリスクのようなリスクについては、大きな損失が発生するような事態が発生しないと、注目されにくい傾向がある。すでに損失を被った投資家にとっては愉快でない話題かも知れないが、この際、個人の投資と新興国の資本市場及び通貨について考えておくことが有益だと思われる。
歓迎できない関わり
個人投資家と先に挙げたような国々との関わりは、トルコやアルゼンチンの債券、ブラジルレアルや南アフリカランドなどを使った通貨選択型の投資信託など広範囲にわたる金融商品を通じて生じているようだ。
しかし、この際はっきり指摘すると、こうした国々の経済状況や通貨について自ら分析して、自発的に投資対象を選んだ投資家は少ないのではないだろうか。
筆者の周囲でもこうした通貨に関わってしまった不運な投資家さんの話を聞くのだが、銀行で勧められた毎月分配型投資信託の選択通貨がブラジルレアルであったり、対面営業の証券会社のセールスマンに高利回りを強調されて購入した債券が南アフリカランド建てであったり、金融マンの勧めによって新興国関連商品に行き当たった人が多い。中には、下落途中のトルコリラ建ての商品を、「そろそろ底値だ」と勧められて購入したケースについても聞いた。
もちろん、こうした勧誘が的中する場合もあり、損益は結果論だと言える面があるのだが、「自分から選んだ訳ではなく」、「金融マンに勧められた商品に」たまたま共感して投資してしまったケースが多いことに気付くべきなのではないだろうか。投資対象商品そのものの分析ではなく、金融マンへの信用が、実質的な判断材料になっている。
加えて、現在の新興国通貨は金利が高いので、金融業のセールスマンや運用会社の運用商品設計者にとって、「リテラシーの低い投資家が一見魅力的だと思うような」商品を提供しやすい背景がある。
しかし、今回まさに現実のものになったように、長い目で見て、金利の高い通貨の為替レートは高い金利を相殺する程度に下落しやすい傾向がある。「外貨建ての高金利を、円ベースの利回りと混同しない」ことが大事だし、外貨建ての高利回りで誘っている可能性の大きなセールスには警戒すべきだ。
そして、新興国通貨そのもの以上に警戒すべきなのは、投資家が「騙された」と思ったり、「今度は信用できるセールスマンを見極めたい」と思ったりすることができず、セールスマンの情報提供に依存した投資から抜け出せない状態にあることだ。
はっきり言って、銀行にせよ、証券会社にせよ、個人向けのセールスマンで、新興国の通貨について深く研究している人などほとんどいないはずだ。彼らは、魅力的な話を組み立てつつ、見込み客(あなたのことです!)に調子を合わせているだけなので、彼らと一緒に投資を考える習慣から抜け出すことこそが重要なのだ。
その点、手前味噌になるが、ネット証券を利用して投資するなら、余計なセールスの影響を排除することができる。
根本原因としての米国金利
世界の資本市場の現状についても少し考えておこう。
国の状況により程度に差があるが、新興国の通貨が同時に下落していることの大きな原因は、米国の金利上昇である。
まず、グローバルに資金を運用している機関投資家にとって、信頼性の高い通貨で、多くの場合パフォーマンスを測る際の基準になる通貨でもある米ドル建ての債券が高い利回りで運用できるなら、大いに魅力的だ。
加えて、これまで新興国に投資が集まってきた背景には、リーマンショック後のFRB(米連邦準備制度理事会)金融緩和政策で、特に米国の金利が低く導かれていたことの影響があった。グローバルな資金運用の資産配分にも影響があったし、低利の米ドルで資金を調達して高利回り通貨に投資する「キャリー・トレード」を誘発する効果があった。
しかし、米経済の活況を背景に、現在、米国の金融政策は利上げの過程にあり、新興国に投資されていた資金が米国に環流するプロセスにあると考えられる。
新興国通貨安の根元には米金利の上昇にあるということなのだ。そして、今後米金利が長短ともにさらに上昇すると、米国の株式から債券に向かって資金が動く可能性があるということも頭に入れて置くべきだろう。この場合、株式が売られるので、ここまで長期的に上昇を示してきた米国の株価にも少々大きな調整局面が訪れる可能性があるということだ。
もっとも、米国の株価がそろそろ頭打ちだと判断できる強い根拠が現在ある訳ではないし、株価が下落しても、いずれ持ち直すとするなら、慌てて関連する持ち株や投資信託を売ってしまうのは得策ではない。運用にあって、プロアマの別を問わず「一時的に売って、安く買い戻す」というオペレーションは大変難しい。
新興国投資が悪い訳ではない
さて、通貨の動きだけを見ても新興国への投資には大きなリスクがあることが今回わかった。ならば、新興国への投資は止めておく方がいいのかというと、そういう訳でもないことを理解して欲しい。
もう一点、ここで、新興国の経済成長率が高いから新興国の資産に投資するといいということが直接的な理由ではないことにも注意が必要だ。「予想される経済成長率が高い国に投資すると儲かりやすい」と考えるのは正しくない。
新興国への投資が検討に値するのは、新興国投資には大きなリスクがあることを世界の投資家が知っていて、そのリスクに見合った資産価格(新興国株式の株価など)を形成してくれるからだ。
新興国の経済状況の悪化が、投資家の平均的な予想を上回っている状態では、新興国の株価も通貨も下落が止まらないかも知れないが、投資家の悲観的見通しが現実に追いついてきた段階では、新興国の資産が投資する上で魅力的な価格になっている可能性が十分ある。
投資を考える上では、向こうしばらくの期間、新興国の資産は考え甲斐のある対象だろう。意欲のある投資家は、大いに知恵を絞ってみるといい。
ただし、自分にとって適切なリスクの大きさを十分考慮して投資額を決めることと、他人(特に金融のセールスマン)の話によってではなく、自分自身で考えて判断し行動することが重要だ。
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