要旨

● 総務省「家計調査」に対する批判の主たる原因としては、調査サンプルの少なさが挙げられる。日々の詳細な支出内容にわたる調査であるため、報告者側の負担も大きく、調査に応じる世帯の偏りがあるとの指摘もある。

● 厚生労働省『毎月勤労統計』の問題点としては、サンプル替えの問題により遡及改定幅が大きいことがある。財務省『法人企業統計季報』も、資本金一億円未満の企業の抽出率が低く回答率にもばらつきがあることから、中堅・中小企業に関するデータが不安定であり、毎年四月のサンプル替えの際、調査結果に連続性が損なわれる。

● GDP速報の問題点として、1次速報から2次速報への改訂幅の大きさが挙げられる。かい離の主因は、2次速報で法人企業統計季報の情報が加わることで、設備投資と民間在庫の推計値が大幅に修正されることである。

● 家計調査の改善策としては、調査項目を限定してサンプルを拡大した家計消費状況調査をメイン指標とし、家計調査をサブ指標として取り扱うことが考えられよう。毎月勤労統計の改善策としては、サンプル入れ替え時のギャップ修正を過去に遡って変化率が変わらない平行移動方式を適用することが考えられる。

● 法人企業統計の改善の方向性としては、季節調整系列の拡張や、サンプル替えの影響を調整した数値の公表、資本金1億円未満の企業の抽出率を引き上げることが考えられよう。売上高や経常利益、設備投資、在庫等の重要項目については早期に別途集計して速報を発表することも可能。集計方法次第では地域別のデータや、連結ベースの集計、更には原材料費の内訳や売上高の輸出向け・国内向け等の集計も可能。

● GDP1次速報から2次速報への改訂幅の大きさに対する対応は、家計調査や法人企業統計に代表されるような需要側統計の採用を取りやめること。供給側統計を中心に推計される確報との整合性を高め、実質GDP成長率の四半期ごとの変動のブレを小さくすることにもつながる。

● 我が国の統計は他の先進国、特に米国等と比べて全般的に調査結果の公表が遅く、公表までに時間がかかるとの批判が多い。こうしたことは、企業の経営判断や政府の迅速な経済情勢の把握を妨げ、適切な政策運営の障害となる。

● 統計作成にあたる組織や予算面を含めた統計行政の抜本的見直しが必要。主要な経済統計については、企画・立案面でも可能な限り集中化することが合理的。経済統計の企画・立案が集中化されれば、多くの省庁にまたがる所轄業種の垣根にとらわれない横断的・整合的な統計整備が可能となり、統計調査の重複排除にもつながると考えられる。現在の厳しい財政事情の下においても、統計予算全体の拡充も検討されるべき。

はじめに

 2012 年12月から始まったアベノミクスは、2014年4月の消費増税をきっかけにピークアウトしたとの見方が昨年夏頃から急速に高まり、エコノミストの経済見通しも急激に下方修正された。こうした中、景気の先行きについては一段と注目が集まっており、その判断材料となる経済指標の役割も高まっている。

 特に、家計調査や毎月勤労統計調査、法人企業統計季報は実態を捉えているのか、GDPの速報値はなぜここまでぶれるのか等、政策判断への影響が大きいため、これら経済統計の信頼性について関心が高まっており、内閣府の統計委員会でも改善に向けて検討が進められている。そこで本稿では、経済統計の問題点を踏まえて、日本の経済統計はどうあるべきなのかについて考察する。

経済統計の問題点

(1)一次統計の問題点
 まず、一次統計で最も問題点が多いのが、総務省『家計調査』である。家計調査は、家計が購入した財・サービスに対する全ての支出を網羅していることに加え、調査世帯の収入や品目別の消費支出など詳細なデータを提供している。そのため利用価値が高く、消費動向を見る上でも重要な判断材料とされてきた。こうしたことから、GDP速報の民間最終消費支出の推計にも用いられているが、家計調査については従来から「消費の実態を反映していない」等の批判がある。この主たる原因としては、調査サンプルの少なさが挙げられる。家計調査は調査世帯数が8千世帯に限られており、個人消費の実態を必ずしも正確に反映しない場合がある。特に、自動車など購入頻度の少ない高額消費がサンプル世帯に集中した場合、全体の消費がかく乱される傾向があることや、定義の近い家計調査の実収入が毎月勤労統計の結果と大きく乖離することは、消費動向を把握する上で大きな問題点とされている。

統計改革の理想と現実
(画像=第一生命経済研究)

 具体的には、家計調査の調査対象のうち「二人以上の世帯」は全国で約3500 万世帯に達しているが、家計調査における調査世帯数の約8000 世帯は全世帯数の約0.02%にとどまっている。このため、家計調査の精度は低いと指摘されている。また、日々の詳細な支出内容にわたる調査であるため、報告者側の負担も大きく、調査に応じる世帯の偏りがあるとの指摘もある。更に、家計調査は単身世帯も調査対象としているが、単身世帯数が全国で約1300 万世帯に達しているのに対して、家計調査における調査世帯数は約750 世帯と全世帯数の約0.006%に過ぎず、精度面では二人以上世帯よりも大きな問題があるといえる。一方、近年では統計環境の悪化も指摘されている。女性の社会進出が進む中で、家計調査のように報告者負担が大きい調査に応じられるケースは大幅に減少していると思われ、こうした傾向が進めば統計の精度が更に低下する恐れもある。このように、統計調査環境の悪化が進む中にあっては、もはや家計調査は月次の景気指標としては限界があるものと考えられる。

 一方、厚生労働省『毎月勤労統計』の問題点としては、何と言ってもサンプル替えの問題により遡及改定幅が大きいことがある。特に現金給与総額では、サンプル替えに伴うギャップ修正により過去に遡って変化率が改定されることが、大きな問題点として指摘されている。

統計改革の理想と現実
(画像=第一生命経済研究)

 他方、財務省『法人企業統計季報』における最大の問題点としては、資本金一億円未満の企業の抽出率が低く回答率にもばらつきがあることから、中堅・中小企業に関するデータが不安定であり、毎年四月のサンプル替えの際、調査結果に連続性が損なわれることである。こうしたことから、雇用者や人件費の変動を見ても、他の労働関連統計と連動しないことも指摘されている。

統計改革の理想と現実
(画像=第一生命経済研究)

(2)GDPの問題点
 多くの民間エコノミストは、GDP速報の問題点として1次速報から2次速報への改訂幅の大きさを挙げている。実際、一次速報から二次速報への改定幅の大きさを確認すると、実質GDP成長率のかい離幅は平均0.8ポイントとなる。特に、2014年7-9月期は一次速報と二次速報で成長率の符号が逆転した。この時は2014年4-6月期がマイナス成長であったため、二期連続マイナス成長を景気後退の定義とするテクニカルリセッションとなるか否かのタイミングだった。その時点で成長率の符号が逆転したことが、市場関係者の不満をより高めている。現行の推計方法に基づくGDP速報は景気判断を行う指標として重大な欠陥を抱えているといわざるを得ない。

統計改革の理想と現実
(画像=第一生命経済研究)

 こうしたかい離の主因は、2次速報で法人企業統計季報の情報が加わることで、設備投資と民間在庫の推計値が大幅に修正されることである。そもそも法人企業統計は、前述したとおり資本金一億円未満の抽出率が低く回答率にもばらつきがあるため、中堅・中小企業に関するデータが不安定であり、サンプル替えの際に調査結果に連続性が損なわれることや、公表時期が遅いという問題がある。この背景には、資本金1000万円以上の営利法人における財務諸表を広範に調査していることがあろう。

経済統計はどうあるべきか

(1)短期的な改革
 家計調査の改善策としては、今後はよりマクロの消費動向をとらえやすくすべく、例えば調査項目を限定してサンプルを拡大した家計消費状況調査をメイン指標とし、家計調査をサブ指標として取り扱うことが考えられよう。総務省は2001年10月より約3万世帯を調査対象とした大サンプルの高額商品購入調査として『家計消費状況調査』を開始し、2002 年から公表している。これは、調査項目を高額商品・サービスへの支出やIT 関連消費支出に限定する代わりに調査世帯を拡充することにより、消費動向を安定的にとらえることを目的としている。市場での認知度は低いが、日本銀行等では個人消費の需要側の統計として家計調査よりも消費の実態を表していると見ており、家計消費状況調査を重視している。しかし、家計消費状況調査がGDPの個人消費の推計に反映されるのはごく一部であり、かなりの部分は家計調査が使われることからすれば、GDPの実態も統計から乖離している可能性があるといえる。従って、GDP速報の推計についても、もし需要側からの推計を継続するのであれば、統計精度の維持・向上を図る観点から可能な限り家計消費状況調査の結果を活用する等の改善策を検討すべきである。このように、個人消費の実勢を判断するには、家計調査よりもサンプル数が多く安定的な動きをする家計消費状況調査をメイン指標として見ることが重要といえる。ただ、問題なのは、調査対象世帯が多くデータ収集にも時間を要する等の理由から、速報の公表時期が当該月の翌々月上旬と遅い。このため、現在の当該月の翌月下旬となっている家計調査の公表時期を遅らせる等して、家計消費状況調査の公表を現在の家計調査並に早めるべきであろう。更に、家計消費状況調査については、実質値や季節調整値が無い等、データが充実しておらず、消費のメイン指標としては物足りない。従って、メイン指標とするにはデータを拡充することが求められよう。

統計改革の理想と現実
(画像=第一生命経済研究)

 一方、毎月勤労統計の改善策としては、筆者も委員を務めた毎月勤労統計改善検討会でも指摘しているように、サンプル入れ替え時のギャップ修正を過去に遡って変化率が変わらない平行移動方式を適用することが考えられる。また、特に所定内給与においてサンプルは少ないが月次データの毎月勤労統計とサンプルは多いが年次データの賃金構造基本調査との整合性の問題も指摘できる。このため、サンプルの拡充も含めて、毎月勤労統計改善の方向性として指摘しておきたい。

統計改革の理想と現実
(画像=第一生命経済研究)

 他方、法人企業統計の改善の方向性としては、現時点では売上高、経常利益、設備投資のみである季節調整系列の拡張や、サンプル替えの影響を調整した数値の公表および、資本金1億円未満の企業の抽出率を引き上げることが考えられよう。また、法人企業統計季報はGDP2次速報の民間企業設備等の推計に用いられるが、公表は当該四半期の2ヵ月以上後と遅いことも問題点としてよく指摘される。この背景として、本統計では資本金1,000 万円以上の営利法人における財務諸表を広範に調査していることがある。しかし、例えば売上高や経常利益、設備投資、在庫等の重要項目については早期に別途集計して速報を発表することも可能ではないだろうか。また、集計方法次第では地域別のデータや、連結ベースの集計、更には原材料費の内訳や売上高の輸出向け・国内向け等の集計が可能と考えられる。こうした方向性で、法人企業統計が更に改善されることが望まれる。

 ただ、エコノミストの多くが問題と指摘するGDP1次速報から2次速報への改訂幅の大きさに対して最もシンプルで根本的な対応は、振れの原因となっている法人企業統計季報を基礎統計として採用することを取りやめることであろう。家計調査や法人企業統計に代表されるような需要側統計の採用を取りやめ、生産関連など供給側統計を中心とした推計に切り替えることは、元々供給側統計を中心に推計されている確報との整合性を高めることにもつながる。さらに、実質GDP成長率の四半期ごとの変動のブレを小さくすることにもつながることが期待される。法人企業統計とならんで需要側統計の代表格である家計調査が成長率のブレの一因になっているとの意見が民間エコノミストの中でも強い。このように、供給側統計中心の推計に一本化することは早急な対応が求められる。さらに、需要側推計値と供給側推計値の早期公表も望みたい。

(2)長期的な改革案
 一次統計で圧倒的に不十分な分野に、海外関連の統計がある。グローバル化による国際的な工程間分業であるオフショアリングやサービス部門の国際的なアウトソーシングの動向を把握するための情報は極めて乏しい。海外に進出した企業の活動や、対外取引に関する決済通貨の実態、M&A(合併・買収)の動きなどの統計整備が求められる。

 更には、速報性の向上がある。我が国の統計は他の先進国、特に米国等と比べて全般的に調査結果の公表が遅く、公表までに時間がかかるとの批判が多い。こうしたことは、企業の経営判断や政府の迅速な経済情勢の把握を妨げ、適切な政策運営の障害となる。特に、景気関連統計には速報性が求められるものが多いことからすれば、集計の迅速化や作成方法の改善等によって、できる限り公表を前倒しする必要があろう。

 結局、経済社会の急速な構造変化が進む中、既存の統計手法が変化に適切に対応しきれず、統計と経済実態とのズレが顕著となっているが、こうした変化への対応の遅れは経済主体の意思決定の質を低下させる恐れがある。従って、統計が経済社会の変化を的確に反映した情報を提供するよう不断の見直しが求められる。

(3)経済統計改革における留意点
 また、統計の国際比較の改善も求められ、特に時系列での比較可能性を高める工夫が必要であろう。同時に、各種統計が多数の省庁により実施されているため、統計の整合性や利便性の面で問題が生じるケースも多く、経済統計の一元化管理を進める必要がある。併せて、政府の有する統計情報の公開を一層推進し、透明性を高めていくことも重要である。

 なお、経済統計の改善を図っていく上では、個別の問題点の対応だけでなく、統計作成にあたる組織や予算面を含めた統計行政の抜本的見直しが必要となろう。主要な経済統計については、企画・立案面でも可能な限り集中化することが合理的と考えられる。そして、経済統計の企画・立案が集中化されれば、多くの省庁にまたがる所轄業種の垣根にとらわれない横断的・整合的な統計整備が可能となり、統計調査の重複排除にもつながると考えられる。

 更に、経済社会のグローバル化・IT 化や、企業組織形勢の多様化などが進むに伴って、経済実態を把握する上での経済統計の役割はますます重要となっており、経済運営に当たっても、信頼できる経済統計による現状把握が不可欠である。従って、現在の厳しい財政事情の下においても、統計予算全体の拡充も検討されるべきである。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣