10月9日の株価、原油価格の急落後、今週は一時、ともに持ち直し感が出る場面もありましたが、10月19日朝時点で、株価は軟調、原油も続落しています。

先週9日から今週にかけて、上昇、下落のさまざまな材料が出ましたが、株、原油ともに、総じて下落材料が勝ったと感じています。

特に今週に入り、サウジの記者殺害疑惑で新たな事実が発覚。今後もこの影響の拡大が予想される事態になりました。

さらに、世界的な原油の需給の緩みを示す複数のデータが公表され「世界規模の下落要因が際立った」と言えます。

そして、これらの事態は金価格を上昇させました。

また今後は、11月5日から対イラン石油関連制裁が始まり、同6日には米中間選挙が行われるなど、重要イベントが目白押しです。

直接、間接問わず、米国、欧州、中東諸国など(石油の消費国という点では日本も)の関連諸国はこの重要イベントまで、残り数週間という限られた時間の中で行動しなければならず、時間的な制約という点も情勢解決を難しくしていると言えます。

本レポートでは、これまで約10日間のうちに起きた株価や原油、金の値動きを振り返り、その値動きのきっかけとなった材料を検証し、今後の留意点を解説します。

株価・原油価格急落から10日が経過。金上昇、株は軟調、原油は続落

記者殺害疑惑,トウシル
(画像=トウシル)

図1は、株価と原油価格が急落し始めた10月9~19日までの各銘柄の価格推移を示したものです。

図1:急落が発生した10月9日以降の各銘柄の価格推移(10月9日を100として指数化)

図表1
(画像=CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)などのデータを基に筆者作成)

図のように株価が冴えない動きとなっているのは、次が要因です。

・急落の要因になった米国の利上げ懸念が払しょくされていない
・英国のEU(欧州連合)離脱について時期・条件を巡り不透明感が強まった
・サウジ・記者殺害疑惑が、重要な情報公開があり世界規模のリスクに発展しつつある

そして原油価格が続落したのは、次の要因含め、世界全体の石油需給バランスを緩ませる原因になる具体的なデータが出たためです。

・米国シェールオイル主要地区の原油生産量が過去最高になった
・米原油在庫が大幅増加となった
・サウジの記者殺害疑惑が、イラン制裁の足並みの乱れ(イラン供給増加)に発展する可能性がある

一方、10月9日以降、金価格が上昇しているのは、次が要因と見られています。

・株価が軟調に推移し、相対的に金への妙味が増しているとみられる
・米国とサウジの関係悪化という、これまでになかった新たなリスクが生じている
・重要イベントまで時間が限られ、諸情勢の事態が急変する可能性がある

記者殺害疑惑が世界規模のリスクに発展か。理由は当事国が複数存在

報道によれば、この事件は10月2日、サウジの記者がトルコ人女性との婚姻手続きのためにトルコのサウジ領事館に入って以降、消息を絶ったことに端を発しています。領事館の外にいた婚約者がトルコ当局に通報したことで事件が明るみになったとされています。

当該記者は、近年、米国内で活動をしていて、かねてからサウジ政府を批判していたと言われています。また、事件の関係者はサウジのムハンマド皇太子の側近など、サウジの中枢部に位置する人物と報道されています。この疑惑は、数年前、サウジ国内で複数の王子が粛清される出来事を連想させます。

この疑惑が世界的なリスクに発展した過程を、筆者なりにイメージしたのが図2です。

図2:サウジの記者殺害疑惑が世界規模のリスクに発展した過程(イメージ)

図表2
(画像=筆者作成)

事件がトルコで起き、その影響がEU離脱問題で揺れる欧州、中間選挙前で諸情勢に神経質になる米国に波及し、事態がより深刻化。そしてサウジが原油供給を止めることをほのめかしたことも加わり、世界的なリスク懸念に発展したと考えられます。

「新たなリスク」金市場は上昇要因と認識か?

元々、米国とサウジは同盟関係にあります。イランけん制、中東地域の実行支配したいなどの思惑が一致すること、そして、サウジは米国に石油を、米国はサウジに武器を輸出する、互いが重要な貿易相手国であるという関係にあります。

図3:これまでの米国とサウジの関係(イメージ)

図表3
(画像=筆者作成)

図4は、サウジの石油輸出相手国別のシェアです。

図4:サウジの石油輸出相手国別シェア(米ドル換算の金額ベース:2017年)

図表4
(画像=UNCTAD(国連貿易開発会議)のデータを基に筆者作成)

サウジの輸出相手国はアジアが中心ですが、米国もまた、サウジにとって重要な国であることが分かります。

また、サウジの国防費が2017年にロシアを抜いて世界3位になったという報道があります。その額の多くは米国の収入となったと考えられます。

「思惑の一致」「互いに貿易における重要国」であることで、これまで米国とサウジは緊密に関わってきましたが、今回の記者の事件でさまざまな情報が明らかになるにつれ、米国(トランプ大統領)がサウジをかばい切れるか、という点に注目が集まってきています。

今回の疑惑を機に、米国とサウジの関係が不安定化する事態に発展すれば、先述のとおり世界規模に発展しつつあるこの件は、「新たなリスク」となる可能性があります。

筆者は過去のレポート「危機に強い金がリーマンショックで変わった?金を脅かす新たなリスク」 で、情報が市場に与える影響が低下しつつある可能性、リスク関連情報が金相場に与える影響が低下しつつある可能性を指摘しました。

ただその中で、例外として、「新たなリスクの発生」が市場にサプライズ感をもたらし、これが金価格を押し上げる要因になる可能性について指摘しました。

重要イベントが迫り、時間が限られる中、関連国の対応次第では、今回の事件が大きな新たなリスクに発展する可能性があり、この点を現在の金市場が織り込みつつあるのではないかと筆者は考えています。

現在の株価軟調も相まって、ドル金利上昇という大きなマイナス要素がありながら上昇する金相場は、各種市場が今回の事件を深刻に受け止め始めたことを示唆しているのかもしれません。

原油の続落は記者殺害疑惑、需給の緩みを示す複数のデータ

図5:原油市場の材料整理(10月19日時点)

図表5
(画像=筆者作成)

サウジの殺害疑惑をきっかけに、米国とサウジの対立深まり、サウジが石油の供給を止めるのではないか、という思惑が広がり、原油価格の上昇要因と目されたことがありましたが、先述のとおり、この事件は世界規模のリスクに発展しつつあるとみられます。

11月5日から始まるイランへの石油関連の制裁で、米国とサウジの間に溝があれば、イラン制裁を徹底できるのかという疑問が浮上します。米国とサウジの関係が悪化すればイラン制裁の不安定化、引いてはイランの原油生産量の減少が止まる(むしろ増える)可能性が生じます。

また、今週初めにはEIA(米エネルギー省)が公表したデータでは、米シェール主要地区の原油生産量が過去最高になり、米国の原油生産量の増加に貢献していることが明らかになりました。加えて、17日に公表された週間石油統計で、米国の原油在庫が大幅増加となったことも明らかになりました。

米国に関わるデータは、米国の生産シェアの規模の大きさから、世界全体の需給を緩める直接的な材料になります。

このようなサウジの殺害疑惑が下落要因に発展する可能性があること、米国の供給が増加し、世界の需給を緩める直接的なデータが出たことが、足元の原油急落の背景にあるとみられます。

金、原油ともに、サウジの記者殺害疑惑は大きく相場展開に影響するとみられます。鎮静化が進めば、金にとっては下落、原油にとっては上昇に動きます。逆に悪化すれば、金にとっては上昇、原油にとっては下落要因になると考えられます。

また、これに加えて、原油については米国の生産や在庫のデータに一喜一憂する展開が続くとみられ、引き続き、注視が必要です。

吉田 哲(よしだ さとる)
楽天証券経済研究所  コモディティアナリスト
1977年生まれ。大学卒業後、2000年からコモディティ業界に入る。2007年からコモディティアナリストとして商品の個別銘柄や分析や情報配信を担当し、2014年より現職。ビギナーにも上級者にも役立つ解説がモットー。

(提供=トウシル

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