先週の為替相場振り返り
先週、来年2019年の最重要テーマとなるような要因が顔を出し、ドル/円は113円台半ばから112円台に下落するなど、マーケットがざわつきました。
その要因は、FRB(米連邦準備制度理事会)当局者から、世界の経済成長について慎重な発言が相次いだことです。
9月に就任したクラリダFRB副議長はインタビューで「世界景気鈍化の兆候が見られ、FRBは世界景気の見通しを考慮に入れるべき」との見方を示しました。さらに、この世界経済成長鈍化を踏まえて、米金利はFRBが中立金利と見なす水準に近づいているとの見方を示し、「経済の現状、およびFRBの景気見通しを踏まえると、中立的であることは理にかなう」と述べました。
クラリダ副議長のこの発言は、市場が想定していたよりも早い時期 にFRBが利上げを終了させる可能性を示唆していると受け止められ、ドル売りとなり、米長期金利は低下しました。
世界経済の鈍化と米国経済に与える影響については、クラリダ氏以外にも他の地区連銀総裁たちも語り始めました。パウエル議長も「世界経済の成長鈍化が懸念事項として台頭している」との認識を示しています。
利上げ終了?今後の金利見通し
FRBは2015年末にゼロ金利政策を解除し、2018年9月までに計8回の利上げを行いました。この利上げがドル高を後押ししてきたわけですが、この利上げが終わるとドル高を支える要因がなくなることになります。この利上げ終了が想定よりも早く終了するとなると、思惑だけでもドル安となります。
そして実際に利上げが終了し、景気が鈍化してくれば今度は利下げ期待が高まり、ドル安に拍車がかかることになります。
クラリダ氏の発言は、景気鈍化によって現在の中立金利の水準が政策金利として、いいところだとかなりハト派寄りの見方を示したことになります。 それでは、現在のFRBの政策金利と今後の金利見通しはどのようになっているのでしょうか。
(1)2015年末にゼロ金利政策を解除し、2018年9月までに計8回の利上げを実施
(2)合計で2%利上げした結果、現在の政策金利となるFF金利(フェデラル・ファンド金利)の誘導目標は2~2.25%
(3)9月のFOMC(米連邦公開市場委員会)参加者が示した今後の利上げ見通しは、
「2018年は12月に1回利上げ、2019年に3回利上げ、2020年に1回利上げ、2021年はゼロ回」と合計5回の利上げ
(4)長期見通しである中立金利は3.0%程度
以上のような見通しでは、これまでのペース(各回0.25%の利上げ)で5回利上げすれば、政策金利は3.25~3.50%となり、現在の中立金利3.0%を超えることになります。
クラリダ氏の見方だと、あと3回か4回で中立水準3.0%に近づき、利上げが終了ということになります。あと3回だと、今年2018年12月に1回、来年2019年に2回となるため、ひょっとすると、来年前半には2.75~3.0%で利上げ終了ということになります。これは、これまでの予想よりもかなり前倒しの利上げサイクル終了ということになります。
ドル売りは世界経済の減速の兆しか
先週のドル売りの動きは、世界経済の減速を感じ始めているマーケットが、現在、好調であるはずの米経済にも影響し、FRBの利上げ終了が前倒しになるかもしれないと感じ取った反映かもしれません。
7~9月期の米経済(実質GDP[国内総生産]+3.5%)は前期(+4.2%)よりも減速したとはいえ、GDPは3%台で推移しています。しかし、住宅は、金利上昇によって減速し始めており、輸出は米中貿易摩擦の影響を受けて、7四半期ぶりのマイナスとなりました。そして、貿易戦争の駆け込み需要とみられる在庫増が成長率を押し上げている側面も大きいとの見方もあります。
他の地域の景気はどうでしょうか。中国経済の7~9月期GDPは実質年率で前年比+6.5%と、リーマン・ショック後に景気が落ち込んだ2009年1~3月期(+6.4%)以来、約9年半ぶりの低水準となりました。また、前期よりも0.2%減速し、2四半期連続の減速となり、減速傾向がはっきりと出てきています。
欧州はユーロ圏の7~9月期GDPは実質年率で+0.6%と、4年ぶりに1%を割り込みました。前期4~6月期(年率+1.8%)から大幅に落ち込みました。背景は自動車の排ガス検査の影響による一時的な減速といわれていますが、中国の需要の落ち込みによって欧州製造業が苦戦しているとの指摘もあり、この先も中国経済の減速は欧州経済に影響を与えそうです。
欧州委員会が11月8日に公表した経済見通しは、2019年の実質成長率(GDP)は2.0%から1.9%に下方修正しました。今回初めて示した2020年のGDPは1.7%と前年より減速する見通しとなっています。GDPが2%を割り込めば3年ぶりのこととなります。
日本はどうでしょうか。7~9月期実質年率GDPは▲1.2%と2四半期ぶりのマイナスとなりました。1.0%を超える減少幅は2015年10~12月期以来の大きさです。全国で相次いだ自然災害の影響で個人消費が伸びず、輸出も大幅なマイナスとなりました。輸出は5四半期振りにマイナスに転じました。このマイナス成長は一時的な要因で、次の10~12月期GDPは2%強に回復すると民間エコノミスト達は予測していますが、中国経済やアジア経済減速の影響が長引くことも予想されます。
異例のAPEC首脳宣言なし!ドル/円の綱引きの構図が崩れる可能性
今年のドル/円の動きを単純な構図で見ると、FRBの利上げによるドル高、円安と米中貿易戦争を嫌気した円高の綱引きによって動いていました。
米中貿易戦争については、今月末予定の米中首脳会談を控えて、トランプ米大統領が楽観的な見通しを述べましたが、一方で18日に終えたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会談では米中が通商政策をめぐり対立した結果、首脳宣言の採択を断念する異例の事態となりました。
APECに出席したペンス米副大統領は「不公正な貿易慣行をやめるべきだ」と主張し、一段と厳しい対中姿勢を示しています。
この厳しい姿勢が米国議会を含めた長期的な米国の総意だろうと推測すると、米中対立の溝はなかなか埋まらない可能性があります。つまり、円高要因は残り、ドル高を押し上げた米利上げ要因が後退してくると、綱引きの均衡状態が崩れてくることが予想されます。
まずは、12月18~19日のFOMCに注目です。
来年以降の利上げについて少しでもハト派色が出てくると、ドル売りが強まることが予想されます。それまでに発表されるいくつかの米経済指標にも注目です。今週、来週に発表される住宅指標、サンクスギビングの個人消費動向、12月に発表される米雇用統計。これらの指標が弱いと、FOMCを前にしてハト派予想が高まってくる可能性もあるため、いつもよりも注目していく必要があります。
ハッサク
大手金融機関でセールス業務、為替ディーリング(22年)に従事し、若手社員にも為替関連業務を教示してきた大ベテラン。「お金は戦後最大の成長産業」と言い切り、「新聞などの身近な情報で為替分析」がモットー。