(本記事は、桑田純一郎氏の著書『こんな時代だからこそ、やっぱり会社は家族である』あさ出版、2018年11月27日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
社員だけでなく、その家族も幸せにする
●「一隅を照らす」企業でありたい
こうした他に類をみない社員を大切にする厚遇は、経済的な面だけでなく、精神的なゆとりにもつながり、経営理念に掲げる「人間愛」「正義」を養ううえでも大きな意義がありました。
友人でもある経済評論家の竹村健一先生は、当金庫の取り組みを知り、自らの著書で次のように述べています。
「お金を補助するだけで日本の少子化問題が解決するわけではないが、このような取り組みが地方の信用金庫で始まったことに意義がある。
国や地方自治体が行う施策ではなく、また大企業によるものでもない中小企業の自立した子育て支援。
私は子供の頃『一隅を照らす』といった仏教の言葉を学校で習った。ほんの一隅に光があたれば、それはやがて一面を照らすことになるという意味だが、但陽信用金庫の取り組みを見て、『国にも地方自治体にも頼らない少子化対策もあるのではないか』と強く思った」(竹村健一『激変する世界地図の本当の読み方』青春出版社)
先生がおっしゃるとおり、家族手当はますます深刻化する少子化になんとか歯止めをかけたいとの想いに加え、昨今失われつつある「家族の絆」を取り戻したいという願いも込めています。
親や子ども、兄弟姉妹を敬う気持ちが、当金庫が大事にするやさしさや思いやり、感謝などの心をはぐくむのです。
●亡くなった職員の子どもに支援金を届ける
家族手当とともに、当金庫の待遇としてもうひとつ特徴的な制度があります。「遺族育英支援金制度」です。
これは、当金庫の職員が在職中に残念ながら亡くなった場合、本人が扶養していた子どもの人数に応じて、育英資金を支給するという制度。中学生以下の子どもには1人あたり毎月5万円、高校生以上は10万円の育英資金を大学を卒業するまで支給し続けます。
この制度が生まれたのは、大切な社員を事故で亡くした悲しい経験をしたことがきっかけでした。
40代の働き盛りの男性社員でした。ある朝、奥さんが起こしにいったら、ご主人がふとんに寝たままの姿で亡くなっていたそうです。死因は心臓発作でした。
彼にはまだ幼い5歳と6歳のお子さんがいて、奥さんには本当にお気の毒でした。
私にとって社員は息子、娘。その間に生まれた子どもは孫ですから、なんとか助けになりたいと考え、育英資金制度を設立したのでした。
現在も毎月2人のお子さんには当金庫から育英資金を送り続けています。中学生までは毎月5万円、高校生から大学を卒業するまで10万円の援助があるのは、親御さんにとっては大きな安心感につながっているのではないかと思います。
育英資金について、『日本でいちばん大切にしたい会社』シリーズの著者である坂本光司先生にお話ししたとき、先生は大変驚かれ、シリーズ6においてこう書き記してくださいました。
「亡くなった父親が勤めていた会社から、毎月お金が振り込まれてくることを知ったら子どもたちはどう思うでしょうか。きっと感謝の気持ちを抱くに違いありません。その子どもが大きくなったら、世の中に感謝し、恩返しをする人間になるでしょう。いい会社は社員だけでなく、その家族も世の中も幸せにするのです」(坂本光司『日本でいちばん大切にしたい会社6』あさ出版)
過分なる言葉ですが、私としては坂本先生が評価してくださったように、社員を大切にする姿勢が、彼らの家族を幸せにし、それがひいては世の中をよくする一助となることを目指しているのはたしかです。
社会のためになることは、どんどん広がってほしいとも思っていて、経営者同士の勉強会や講演に招かれてお話しする機会があると、この育英資金について説明しています。
在職中に社員が亡くなるなど、できればあってほしくない出来事ですが、避けられない死があるのも事実です。
万一のときに備え、会社として社員の家族を守る制度を用意していることは、社員にとって安心のひとつにつながるでしょう――。
このように説明すると、人を大切にする経営を実践される経営者の方は共感してくださり、同様の制度を取り入れる企業もいくつか出てきています。
もっともっと、人を大切にする企業が増えると、日本は心の豊かさや幸せを実感できる国に変われるのではないでしょうか。