2018年9月、中国のIT最大手のアリババグループ(阿里巴巴集団)の創業者で会長のジャック・マー氏(馬雲)がアリババ20周年を迎える2019年9月10日に会長職を引退すると発表し、世界中を驚かせました。事業承継を検討したい経営者はアリババの承継プロセスをもとに自社のサクセッションプランを検討してみるのがよさそうです。

「絶対に諦めない」 時代の寵児ジャック・マー氏

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(写真=Sek Samyan/Shutterstock.com)

アリババグループの創業者、ジャック・マー氏は観光都市でも有名な杭州で誕生。小さい頃から英語に興味を持ち、英語表記の無料ガイドブックを読み、観光客とホテルで話して英語力を磨いたのは有名な話です。

マー氏は2度の大学受験に失敗し、一度は三輪自動車に就職して運転手として働きましたが、再チャレンジをして杭州師範大学に補欠入学。大学では優秀な成績を収め、1988年の大学卒業後は杭州電子工業学院で英語と国際貿易の科目で教鞭をとることになります。そして、1995年までの7年の教師生活を経て、本格的に起業家の道を歩む選択をします。

アリババグループでは「淘宝網(Taobao・タオバオ)」や「天猫(Tmall・ティエンマオ)」といったECサイトだけではなく、アントフィナンシャル(蚂蚁金服)のモバイル決済「支付宝(Alipay・アリペイ)」、信用スコア「芝麻信用(Zhima Credit・ジーマ信用)、「ユリウン(阿里雲)」のクラウドサービス・アリババクラウド(AWS・Alibaba Cloud)などさまざまな事業を展開していますが、これらはPCやスマホによって手軽に使えることから、中国のみならず世界の人から愛されるサービスに成長しています。

マー氏はこれらの多数の事業をずば抜けたコミュニケーション能力を持ち、得意な英語を活かしてビジネスを展開。世界有数のIT集団のトップとして駆け上がりました。

「アリババグループを102年間続く企業にする」 事業承継に秘めた思い

マー氏は尊敬するビル・ゲイツが58歳で引退したように、自身も「教育や慈善事業に力を入れていきたい」と54歳の若さでAlibabaから退くと発表しました。後継者は「独立の日」の大セールを発案し、2013年より最高経営責任者(CEO)を務めるダニエル・チャン氏です。2019年にチャン氏に代替わりしても2020年までの1年間は取締役として在籍しますが、その後は次の夢に向かって進む予定としています。

もともと「教育に戻りたい」と発言していたマー氏ですが、引退発表を中国の「教師の日」である9月10日に行ったことからも、同氏の「教育」に対する並々ならぬ思いが伝わってきます。

マー氏は「絶対に諦めない」信念の持ち主。アリババの創業時に「中国と世界に誇れる企業を作る」「アリババを102年間続く企業にする」と志を立て、10年前から「自分がいなくなっても企業が成長を続けられるように」と事業承継の準備に取り掛かりました。

1世紀以上3代経営が続く会社を作りたい。そのためには経営者の資質によらず、企業として成長する仕組みが必要だと考え、人々のためになり、愛され続ける企業を目指しました。企業の利益はもちろんのこと、「企業風土」や「人材」を大切に、自分がいなくなってもアリババという企業が独り立ちしていくためにはどうすべきかという本質を考え、事業承継計画を開始したのです。

アリババの事業承継が成功するワケ 中長期戦略、企業統治、人材育成

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(写真=Sek Samyan/Shutterstock.com)

●中長期戦略
マー氏はすべての経営を中期・長期と戦略を立てた上で経営を行いました。一時的に業績が下がったとしても中長期の戦略に基づいた施策を実行し、利益成長を遂げています。19年という短い間に中国という枠を超えて世界中で知られるようになったのは、短期目線ではなく長期的なゴールを定めた経営をしていたからです。これは、企業統治や人材育成でも同様に10年計画の中でしっかり行われました。こうした中長期の考え方をマー氏は従業員たちにも教え続け、企業戦略・企業文化として根付かせていったのです。

●パートナー制度
アリババでは2009年に「パートナー制度」を導入。パートナーは取締役の大部分の指名権を持つ他、会社の文化や使命を伝える役割を持っています。なお、パートナーには1980年代生まれが2人、女性が3分の1選ばれています。これまで若手や女性も積極的に採用し、育成をしてきた結果だといえるでしょう。ちなみに、パートナーになるには、勤続5年以上、かつ、アリババ株の保有者で、パートナー委員会に推薦され、投票で75%以上の賛成が得られることが条件です。マー氏が退任した後もアリババの価値観やバリューを伝承していける組織カルチャーが作られています。

●コアバリューと人事評価制度
アリババグループでは企業統治を進めるためにコアバリュー(六脈神剣)を作り、6つのバリューを共通の価値観として、グループ全員で共有しています。加えて、人事は3つの階層に分けられ、業務運営が行われています。さらに、人事評価ではA,B,Cの評価で行われる「361評価」を採用し、Aを取れば昇格できますが、Cを2回取ると会社を解雇されます。これにより、毎年10%の人が会社から離れますが、これもアリババグループの文化として根付いているのです。

ちなみに人事評価では、コアバリューの理解・行動に関する内容が2割のボリュームを占め、従業員への浸透を確認しています。6つのコアバリューは30の行動特性に分解され、アリババが目指すべき方向性に向けて行動できているかを評価されますから、日々の業務でもアリババグループのミッションやバリューを意識しなければ良い評価は得られないでしょう。

アリババグループではすでに事業承継が行われていた

マー氏の交代は世界中で話題になりましたが、実は主要なグループ会社のいくつかではすでに経営交代が行われていました。それでも、売上が下がるところか右肩上がりに成長を続けています。マー氏はトップが変わっても経営難に陥らず、グループの理念が浸透され、自分がいなくなっても永続的な成長に向けて経営が行われると確信したのかもしれません。

グループとしても2013年から5年間チャン氏に経営を任せ、後継者育成を行い、このような発表に至ったのだと推測されます。退任1年前に世界に向けて発表することで株主、取引先、そして従業員への動揺を最小限にしたと言えます。勇退後もマー氏はパートナーとしてアリババに残りますが、アリババグループはチャン氏のもと企業カルチャーを伝承し、さらなる強い集団になる可能性を秘めています。

アリババの事業承継が中国のモデルケースになる可能性も

アリババの事業承継は10年という時間をかけてしっかりと自社のカルチャーや理念、価値観を浸透させ、マー氏がいなくなっても企業が成長できる土台を作りました。しかし、中国の他企業はまだまだ追いついていないのが現状です。実は中国では1984年に初めて民間企業の立ち上げが許可されたのです。民間企業が中国経済に登場してからまだ30年ほどしか経っておらず、大半の経営者は事業承継をこれから検討します。

また、中国では利益追求型の積極的な経営を推進するあまり、短期的な経営ビジョンによる参入・撤退が短期間で繰り返されています。売上が落ち込めば不動産や金融といった事業に参入し、短期的に利益をあげるというビジネスモデルで対処し、中長期的な考え方に及んでいないのです。加えて、中国はキャリアアップや報酬アップの観点からジョブチェンジを頻繁に行う風習があり、企業は優秀な人材の流出に悩む一方、事業成長のために優秀な人材の確保が必須だというサイクルがあります。そのため、永続的な事業承継を検討する経営者はアリババをモデルケースとして自社ではどうすべきかを検討し、実行していく必要があるのです。

日本の事業承継も10年計画で早めに行動することが大事

一方、日本は企業を代々受け継ぐ文化はあります。しかし、自社の事業を成り立たせることに必死だったり、後を継いでくれる子どもがおらず事業承継を諦め廃業するケースもあります。さらには、事業承継を検討したいものの、自分がまだまだやれると思い、後継者教育を後回しにする経営者もいます。しかし、永続的に愛される企業であり続けるには自社の目指す方向性や理念、カルチャーを次世代に浸透させ、優秀な人材を多く輩出できるよう育成を行うことが大切です。もしも、事業承継についてまだ考えなくても大丈夫だと思っているなら、10年後15年後の引退時期を見据えて自社の今後を考えるべきです。

マー氏が事業承継に充てた10年間を長いと考えるのか短いと考えるのかは個人の感覚によりますが、永続的に発展し続ける企業になることを願うなら、早めに事業承継のサクセションプランを考え、実行することが重要だといえるでしょう。(提供:企業オーナーonline

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