シンカー:欧米の中央銀行が金融政策の引き締めに動こうとしている姿勢はマーケットで過度な警戒感という形で、グローバルにリスクオフの動きを活発化させている。中央銀行は現段階では、世界的にリスク要因は上昇しているが、足元の実質経済が弱まっている明確なシグナルはまだ無いと判断しているようだ。ハードデータを総じて見ると、グローバル経済の拡大基調は続く可能性が引き続き示されている。一方で軟調なソフトデータはマーケットの警戒感を高めている。政治の不透明感は長期化する可能性が高く、景気減速リスクも意識され続けるだろう。市場参加者は堅調なハードデータと弱いソフトデータのどちらをより信じるべきかと迷っているようだ。中央銀行関係者もソフトデータの悪化が実質経済に悪影響を与え、ハードデータが弱まってくることに警戒しているようである。マーケットの動きを受け、中央銀行関係者はハト派的なスタンスを強めている。今後ハードデータが明確に転換し始めると、従来の政策見通しの大幅な修正が行われ、マーケットのボラティリティの更なる上昇に繋がるリスクがあるだろう。しかし、目先の可能性はまだ小さいだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

金融政策見通しの変要

2019年には25bpの利上げを2回(3月と6月)実施するだろう。12月のFOMCでドットチャートは、2019 年中の利上げ回数を(3 回ではなく)2 回と示す形になったが、分布は弊社見込みよりはるかにタイト(中間値の周りに集まる)になった。このため、FRB が 2019 年中に3 回の利上げという路線に戻るには、経済指標が見込みを明らかに上回ることが必要になる。弊社はFRBは2019年には2回(3月と6月)の利上げに踏み切り、その後、2019年後半から景気後退の兆しが見え始めることで利上げをストップすると予想している。そまたイールドカーブのフラット化(場合によっては逆イールド)が第2の要因になるとみられる。インフレリスクは景気トレンドが基になるが、世界的にみると、中国や新興国での景気減速が、米国にとってリスク要因になる可能性がある。

ECBは12月にQEプログラムを終了したが、初回利上げの後も引き続き長期にわたって再投資を続ける姿勢を示している。2019年6月に?400bn程度のTLTROの残存期間が1年を切ることもあり、今後ECBは新たなTLTROを含めたあらゆる金融政策ツールを検討する必要があるだろう。弊社は2019年9月には、預金金利のみに15bpの利上げ、その後12月と翌3月に全ての政策金利に25bpの利上げが実施されるとみている。その後は米国のリセッション入りにより、追加利上げは停止する見込みだ。

日銀が、「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」というフォワードガイダンスで、日銀が金融緩和の早期出口論を封じる形は継続することになろう。デフレ完全脱却に向けて財政政策を緩和するとみられる政府とポリシーミックスの共同歩調をとるため、政府・日銀ともに2019年10月の消費税率引き上げに対する警戒と景気下押し緩和対策の必要性が認識されていることもあり、日銀の長期金利の誘導目標自体の引き上げは消費税率引き上げによる景気底割れが回避されたことが確認できる2020年度中頃まで先送りされることになるだろう。

PBoCは景気減速を避けるために緩和を行いながらも、金融規制の見直しを続けていくだろう。景気後退懸念が高まる中、RRR(預金準備率)引き下げを行ったが、さらに金融システミック・リスクの回避のために複数のツールを使い追加緩和政策を行う可能性がある。貿易戦争懸念とFRBとPBoCの金融政策の違いにより、人民元への低下圧力は続くだろう。

BOEの次回の利上げは2019年5月だろう。ただ、Brexitの経済への影響により、利上げが先延ばしされる可能性があるが、あまりに利上げを延期すれば米国のリセッション入りによりタイミングを逃してしまうかもしれない。

米国(Fed)

FFレート(予想: 2019年に3月と6月に25bpの利上げを予想):

12月の利上げでFFレートの誘導目標は2.25%-2.50%になった。2019年には2回(3月と6月)の利上げに踏み切り、その後、2019年後半から景気後退の兆しが見え始めることで利上げはストップする予想だ。

12月のFOMCでドットチャートは、2019 年中の利上げ回数を(3 回ではなく)2 回と示す形になったが、分布は弊社見込みよりはるかにタイト(中間値の周りに集まる)になった。このため、FRB が 2019 年中に 3 回の利上げという路線に戻るには、経済指標が見込みを明らかに上回ることが必要になる。また、FRB によるFFレートの長期予想は2.8%へと引き下げられ、最近の世界景気減速懸念、多少の金融状況タイト化、イールドカーブのフラット化を考慮したものだと考えらえれる。

声明に関しては「さらなる緩やかな利上げ」("further gradual increases")という文言が残された。また少し修正があり、FOMC は「多少のさらなる段階的な利上げが」正当化されると「判断している」という文言に変わった(従来は「見込んでいる」だった)。そのため、この声明は市場の予想よりもややタカ派的だったと言えるだろう。記者会見で、パウエル氏はFF レート予測中間値はコンセンサスでも「計画」でもないと述べ、「実際の政策はいつものとおり、発表される経済指標が明らかにする、経済の現況と見通しや、リスクバランス変化に沿って調整される」と語り、「経済政策次第である」ことを強調した。

FOMCメンバー(予想:空席が残るがFRBの政策に大きな変化はないだろう)

4月にFRBのコミュニティバンク担当理事に指名されたミシェル・バウマン氏は上院から承認され、11月からFOMCメンバーに加わった。一方で、2017年11月に理事へと指名を受けたマービン・グッドフレンド氏は未だ議会で承認されておらず、9月に指名されたネリー・チャン氏は今年に入って指名を辞退した。2019年からはFOMCで投票権を持つメンバーとして、ハト派の連銀総裁(セントルイス連銀ブラード総裁)とタカ派の連銀総裁(カンザスシティー連銀ジョージ総裁)が参加する。だが、パウエル氏をはじめとしてFRBは金融政策は指標次第で調整されうることを繰り返し強調しており、FRBの政策が大きくタカ派もしくはハト派に傾くことはないだろう。

ユーロ圏(ECB)

金融緩和政策(予想:再投資は初回利上げ後も長期間継続されるだろう):

ECBは10月の政策会合で、示した通り2018年12月にQEを終了した。再投資の満期、行うタイミング、資産クラスの変更は主にテクニカルなもので、各国への影響はほとんど無いと考えられているが、キャピタルキーが基準の一つになるだろう。ドラギ総裁は、今後もECB がTLTRO も含む他の金融政策ツールを引続き検討すると述べており、弊社は今年の3・4 月にこうした議論が行われると見込んでいる。2019年6月 に?400bn程度のTLTROの残存期間が1年を切ることに先立ち、新たなTLTROを含めたあらゆる選択肢について考える必要があるだろう。

12月のECBスタッフ予測で、比較的強気な景気見通しに大幅変更は無かった。コアインフレ率の修正幅は少し大きめで、現時点(修正後)では 2020 年が 1.6%、2021 年が 1.8%となっている。景気見通しに対するリスク評価は「総じてバランスしている」で据え置かれた。ドラギ総裁は労働市場が引続き力強いことと、投資を含む内需見通しの明るさを指摘した。ドラギ総裁は、リスクが下方に動いていると認識しつつ、「低成長」ではなく主に「成長率が減速する」状況に向かいつつあるとも主張した。ただ弊社は、今後1年は下方リスクが重要になると見込む。

政策金利(予想:2019年9月には預金金利の利上げを行い、12月と翌3月にすべての政策金利の利上げに踏み切るだろう):

量的緩和(QE)が終了したため、今後ECBの利上げをめぐる議論が再び白熱しても驚きではない。初回利上げが近づくにつれ、ECBが考える金利パス(金利の道筋)の見通しがますます興味深くなるだろう。ECBは2019年9月に預金金利のみ15bpの利上げを行うだろう。その後、2019年9月には全ての種類の政策金利が25bp引上げられ、中銀預金金利は従来と同じゼロに達する可能性があるだろう。その後2020年にもう一度全政策金利に25bpの利上げがあった後、米国のリセッション入りによりこれ以上の追加利上げはないとみている。

日本(日銀)

誘導目標(予想:次の政策変更は2020年中頃に長期金利の誘導目標を引き上げ):

日銀が、「0%程度」の長期金利の誘導目標自体を引き上げることができるための最も重要な必要条件は、展望レポートでの経済と物価のリスク判断が「下振れリスクの方が大きい」という下方から中立化されることである。2019年度の成長率については9人の政策委員の内5人が、物価についても7人が下振れリスクをみているため、「経済・物価ともに下振れリスクが大きい」との判断が維持され、しばらくは中立化することはないだろう。「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」というフォワードガイダンスで、日銀が金融緩和の早期出口論を封じる形は継続することになろう。デフレ完全脱却に向けて財政政策を緩和するとみられる政府とポリシーミックスの共同歩調をとるため、政府・日銀ともに2019年10月の消費税率引き上げに対する警戒と景気下押し緩和対策の必要性が認識されていることもあり、日銀の長期金利の誘導目標自体の引き上げは消費税率引き上げによる景気底割れが回避されたことが確認できる2020年度中頃まで先送りされることになるだろう。

マイナス金利政策(予想:2%の物価上昇を達成する2022年に解除):

日銀は長期金利の誘導目標を徐々に引上げ、長期国債の買入額は減少していく。日銀は2%の物価目標達成が確認でき、短期金利の引き上げに踏み切るのは、かなり先の2022年となろう

中国(PBOC)

銀行間金利(予想:緩和は既に始まっており、追加も見込まれる):

景気減速の懸念が高まる中、システミックな金融危機の回避が PBoC の優先事項の 1 つであり、そのためには、銀行にとっての比較的安定した流動性状況を維持する必要がある。RRR はすでに引き下げられ、信用拡大を支えるために、銀行間金利の低下が実施(誘導)される可能性もある。PBoC はさらに、様々なツール(リバースレポ、SLF/常設貸出ファシリティ、MLF/中期貸出ファシリティ)での緩和策を実施するかもしれない。民間および中小企業向けの貸出を支援する目的での追加緩和(再貸出割当ての拡大、MLF 担保を拡大して対象となる民間債券を増やすなど)や、 四半期 MPA(マクロプルーデント評価)を通じた貸出インセンティブ民間銀行へのインセンティブ提供なども考えられる。その結果今年は、銀行融資伸び率が現状よりも高くなると弊社は見込んでいる。

減税や料金引下げを通じた拡大的な財政政策も進められているが、効果が実感されるには比較的時間がかかるだろう。インフラ投資を通じた景気刺激策も拡大されるだろうが、 地方政府のシャドー借入れに対する規制強化によって、規模が限定されることにもなろう。

為替政策(予想:人民元は下落圧力を受けることになるだろう):

FRB と PBoC の金融政策に差があること、市場が貿易戦争(への発展)を恐れていることが背景に挙げられる。PBoC は為替ボラティリティ上昇を許容する意向を示してはいるが、政策コミュニケーションと市場介入を通じた、人民元に対する強い下落圧力を緩和する取組みを今後も続けると見込まれる。弊社は、中国が報復手段として通貨切下げを使う可能性は、非常に低いと考えている。

英国(BOE)

政策金利(予想:次回の利上げは2019年5月。ただ、その後は2020年末まで利上げが停止される可能性がある):

12月の政策会合で、MPCは予想通り政策金利を0.75%で据え置くを決定した。さらにBrexitをめぐる不透明感の高まりから、2018年10-12月期と2019年1-3月期のGDP成長率予想が引き下げられたことだ。さらに、MPCは“国内のインフレ圧力は積み上がり続けている”としながらも、足元の物価予想については燃料価格の低下や物品税の一部凍結を背景にやや下方修正した。BoEは引き続きBrexitがスムーズに進むという仮定の下で、将来の利上げについて“緩やかで限定的な引き締めを行う”ことを示唆している。

弊社はBrexitは最終的に合意に至り、そうなればMPCは再び国内の労働市場環境と利上げによるインフレ圧力に注目することになるだろうとみている。次回の利上げは2019年5月になるという予想は据え置くが、Brexitをめぐる不透明感による経済への悪影響が増していることを考えると、MPCによる次の動きがやや先延ばしされる可能性もあるだろう。だが、利上げがあまりに先延ばしされると2020年の前半に予想している米国の景気後退の影響により、タイミングを逃してしまうリスクもある。

カーニー氏をはじめとしたMPCのメンバーたちは、Brexitがスムーズに進まなければ将来的な政策の方向性を述べることはできないと繰り返している。すなわち、Brexitが実際に大きな混乱をもたらしてみなければ、BoEは需要側のショックか供給側のショックのどちらが主なものになるかを知ることができないということだ。そのため、BoEは来年2月のインフレーションレポートで、供給側についてのアセスメントを行うとしている。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司