シンカー:日銀は、物価の基調には変化はないが、原油価格の大幅な下落などのテクニカルな下落圧力があるため、2019年度の物価の見通しを大幅に下方修正した。一方、特殊要因による変動とマクロ的な需給ギャップのプラスの状態の拡大が予想される2019年を経て、特殊要因が剥落する2020年の物価上昇率の基調(除く消費税と教育無償化)は前年比+1%を十分に上回り、加速感が出てくると予想される。2019年の物価上昇率がテクニカルな理由で弱ければ弱いほど、2020年は逆に強くなるという確信が強くなる展開である。物価の動きは弱く、2%の物価安定の目標の実現は困難であり、その達成の後ずれは金融緩和策の副作用を大きくし、緩和からの出口へのハードルを下げるため、日銀はより現実的な水準へ目標を修正する可能性があるという見方である。2%の物価目標はグローバル・スタンダードであり、その達成のため、円安誘導ではなく、内需を拡大させるための国内要因として日銀は大規模な金融緩和を続けていると、各国を説得する必要に迫られている。貿易赤字を問題視する米国を説得する必要もあり、大阪で開催されるG20では経常収支の不均衡が大きな議題となる可能性が高く、金融緩和の継続は円安ではなく内需拡大のためであるという2%の物価目標の「鉄板」ロジックは必要不可欠である。物価目標をより現実的な水準に引き下げれば、日銀が為替目的のために大規模な金融緩和を続けているとの批判を受けるリスクがある。その結果としての円高への転換は逆風となるため、その「鉄板」ロジックに穴が開くようなリスクはとれず、2%の物価目標を引き下げる政策オプションはほとんどなくなったと考えられる。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

12月22・23日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き、量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金残高の一部の金利を-0.1%程度、長期金利を0.0%程度とする政策の現状維持を決定した(7対2)。

1月の展望レポートでは、「所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大している」とされ、需要超過の領域に入りながら景気が引き続き上向いていることを示す「拡大」という景気判断は維持された。

7-9月期の実質GDPは、地震や台風の自然災害、そしてインフラへの損傷により、一時的に活動が鈍ったため、大きめの前期比マイナス(年率-2.6%)に陥った。

しかし、復旧への財政支出のすみやかな拡大が見えてきていること、企業収益や雇用を含めたベーシックなファンダメンタルズは引き続き良好であるため、落ち込みは一時的であると、日銀は判断したとみられる。

先行きについては、景気が「緩やかな拡大を続ける」から「拡大基調が続くとみられる」へやや表現を弱めたが、「マクロ的な需給ギャップがプラスの状態を続けることや中長期的な予想物価上昇率が高まることなどを背景に、2%に向けて徐々に上昇率を高めていく」との判断は維持された。

貿易紛争への懸念や不安定なマーケット環境などがもたらすグローバルな景気減速への警戒が現れている。

2018年度の実質GDP成長率の見通しは+1.4%から+0.9%へ大きく引き下げられたが、消費税率引き上げに対する経済対策が積み上がったことなどで、2019年度は+0.8%から+0.9%へ、2020年度は+0.8%から+1.0%へ引き上げられた。

消費税率引き上げでも、潜在成長率なみの成長が維持され、2%の物価上昇に向けての基調に変化はないとの判断だろう。

しかし、前回の展望レポートが作成された10月から原油価格が大きく下落し、年末商戦で耐久消費財や被服で販売を促進する大きな値下げがより広範囲に行われたとみられる。

当社の見通しは、原油価格の持ち直しがこれまでよりかなり緩やかである予想の変更なども織り込み、生鮮食品及び消費税率引き上げ(2019年度が0.5%、2020年度で0.5%程度の押し上げ)と教育無償化の影響(2019年度が0.3%、2020年度で0.4%程度の下押し)を除く消費者物価指数で、2019年度を+1.4%から+0.8%へ、2020年度を+1.6%から+1.4%へ引き下げた。

日銀も、物価の基調には変化はないが、原油価格の大幅な下落などのテクニカルな下落圧力があるため、下方修正した。

生鮮食品及び消費税率引き上げと教育無償化の影響を除く消費者物価指数は2019年度が+1.4%から+0.9%程度へ、2020年度も+1.5%から+1.4%へ引き下げられた。

日銀が、「0%程度」の長期金利の誘導目標自体を引き上げでることができるための最も重要な必要条件は、展望レポートでの経済と物価のリスク判断が「下振れリスクの方が大きい」という下方から中立化されることである。

今回も、下方リスクが大きいという判断は維持された。

2019年度の成長率については9人の政策委員の内5人が、物価についても8人が下振れリスクをみているため、「経済・物価ともに下振れリスクが大きい」との判断となっている。

「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」というフォワードガイダンスで、日銀が金融緩和の早期出口論を封じる形は継続している。

デフレ完全脱却に向けて財政政策を緩和するとみられる政府とポリシーミックスの共同歩調をとるため、政府・日銀ともに2019年10月の消費税率引き上げに対する警戒と景気下押し緩和対策の必要性が認識されていることもあり、日銀の長期金利の誘導目標自体の引き上げは消費税率引き上げによる景気底割れが回避されたことが確認できる2020年度中頃まで先送りされることになるだろう。

当社の見通しでは、2019年度の実質GDP成長率は+1.2%と、日銀より高い。

深刻な人手不足の企業はとうとう人材獲得のための賃金競争を始め、名目賃金上昇と物価の伸び悩みは、家計に実質所得が増加している安心感をもたらすであろう。

その安心感と大規模な経済対策が、2019年10月の消費税率引き上げの影響を大きく緩和することになろう。

2019年は賃金上昇が強くなる中で物価が伸び悩むことで、実質所得の増加通じて、実質GDP成長率はマーケットの予想以上に強くなる可能性があると考える。

特殊要因による変動とマクロ的な需給ギャップのプラスの状態の拡大が予想される2019年を経て、特殊要因が剥落する2020年の物価上昇率の基調(除く消費税と無償化)は前年比+1%を十分に上回り、加速感が出てくると予想する。

2019年の物価上昇率がテクニカルな理由で弱ければ弱いほど、2020年は逆に強くなるという確信が強くなる展開である。

2020年度の物価見通しの数字は当社と日銀は近いが、日銀は成長率の強さより物価上昇期待の拡大による効果を織り込んでいるのだろう。

物価の動きは弱く、2%の物価安定の目標の実現は困難であり、その達成の後ずれは金融緩和策の副作用を大きくし、緩和からの出口へのハードルを下げるため、日銀はより現実的な水準へ目標を修正する可能性があるという見方である。

2%の物価目標はグローバル・スタンダードであり、その達成のため、円安誘導ではなく、内需を拡大させるための国内要因として日銀は大規模な金融緩和を続けていると、各国を説得する必要に迫られている。

貿易赤字を問題視する米国を説得する必要もあり、大阪で開催されるG20では経常収支の不均衡が大きな議題となる可能性が高く、金融緩和の継続は円安ではなく内需拡大のためであるという2%の物価目標の「鉄板」ロジックは必要不可欠である。

物価目標をより現実的な水準に引き下げれば、日銀が為替目的のために大規模な金融緩和を続けているとの批判を受けるリスクがある。

その結果としての円高への転換は逆風となるため、その「鉄板」ロジックに穴が開くようなリスクはとれず、2%の物価目標を引き下げる政策オプションはほとんどなくなったと考えられる。

2%の物価目標の達成まで時間がかかることが見込まれ、日銀の金融政策は、積極的な緩和から我慢の緩和に転換したとみられる。

長期金利を0%程度に誘導することが主で、そのために必要な国債買い入れオペを含む流動性供給の量は従となっている。

設備投資が強い拡大を始めたことにより企業貯蓄率が正常なマイナスに向けて低下する中で、財政政策も緩和方向に進むとみられ、ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が復活し、それをマネタイズしてはじめて働くことになる金融緩和の効果も強くなるとみられる。

ネットの資金需要はアベノミクスが始まって以降、16兆円程度が最大であり、日銀の流動性供給は以前の年80兆円程度から30兆円程度まで減少しているが、量の金融緩和効果としては十分であると考えられる。

我慢の緩和が維持される中で、2020年には物価上昇率は1%超へ強くなっていき、金融緩和効果への評価も高まっていく中で、超低金利政策の副作用に対する懸念で日銀が2%の物価目標を引き下げ、早期に緩和の出口に進むのではないかとのマーケットの見方は更に縮小していくだろう。

表)日銀政策委員の経済・物価見通し

日銀政策委員の経済・物価見通し
(画像=日銀、SG)

表)日銀政策委員の経済・物価に対するリスク判断

日銀政策委員の経済・物価に対するリスク判断
(画像=日銀、SG)

表)SGの経済・物価見通し

SGの経済・物価見通し
(画像=SG)

図)ネットの資金需要

ネットの資金需要
(画像=内閣府、日銀、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司