はじめに
去る4月2日、台湾の富裕層で投資対象として絵画が人気であるという記事を目にした。絵画をはじめとしたアート作品の競売で有名なサザビーズの黄林詩韻(パティ・ウォン)サザビーズ・アジア会長によればアート作品にとって台湾マーケットは非常に重要視されているそうだ。台北で開催された2日間にわたるプレヴュー展示会では台湾でも有数の富裕層が集まり作品を吟味した。
一見するとなぜ台湾なのか?と思えなくもない。総人口の面では日本よりもはるかに少なく2,400万人にも満たない台湾でなぜアート・マーケットが重要視されているのかと言えば、台湾の「超」富裕層の数が実は世界第8位であるからだ。その多くが自身の保有する資産を台湾国内ではなく海外に移しており、普段はその資産規模を外から見えないようにカモフラージュしている、というわけだ。
あまり資産をひけらかすことなく控えめで謙虚であることを美徳とするという観点では日本のそれと通ずるものがある。では比較対象の日本はどうなのかというと、意外にも日本のアート・マーケット規模は約2,473億円で、全世界的に見た場合にはたった3.6%ほどしか占めておらず何とも“控えめ”である。ちなみにトップは米国の約2.84兆円で世界シェアの42%を誇る。中国は世界シェアの21%とこちらも大きな割合を占めている。国家のGDPと同様にアート・マーケットにおいても同じく1位、2位を占めているのが米国と中国のとは対照的に、日本のアート・マーケットはなぜ控えめなのか。本稿ではまずアートがそもそも投資対象として有利なのかを考えた上で、日本のアート・マーケットの現状と課題を踏まえて、日本のアート・マーケットがこれから投資対象として活発化する可能性について卑見を述べたい。
日本のアート・マーケットの現状と課題
そもそもアートというものが投資・資産運用の対象として望ましいものなのか。ひとえにアートといっても全てを同じように扱うことは難しい。なぜならば作品そのものや作者によって売れ行きも価格も異なる場合が多いからだ。それゆえどういった作品がその時その時で“推し”なのか把握することは必要である。
2016、2017年はアート・マーケット全体としてやや不調だったものの、2018年のアート・マーケットはプラス成長に戻っている。大幅な値上がりも見込むことが難しいものの、大きく値崩れすることも少ないのがアート・マーケットの特徴と言える。近年は取引総額自体は増え続けているため、個々の作品が値上がりする一方というよりも、アート・マーケットそのものが盛り上がりを見せていると表現する方が正しい。
アート・マーケットの価格を左右するにあたって、作品の希少性も重要であるがマーケットに出てくる作品数の数そのものも実は価格に影響を与える要因である。さらに、アート作品の価値はコレクターの間で共有される価値観によるものも大きく、それゆえ価値観の大転換でも起きない限り価格は安定するということになる。
もちろん価格が乱高下しない分、株式やのように大幅な値上がりを期待することもできないのがアート・マーケットの欠点といえるだろう。しかしながら資産運用という意味では適切な管理さえ守られていれば長期的なスパンでもその価値は保持され続けるの。また実は課税の対象物としても有利なのがアート作品なのである。さらには、人気アート作品の動向を注視することで、マーケットに上手く精通していれば次なる注目作品を予測、先駆的に値上がり前に購入しておくことで利益を得ることも可能である。また、先ほども述べたように海外のアート・マーケットは日本のそれと比べると流動性も高く文化財への評価も高いため、そうした観点においても特に欧米では投資対象としてのアート作品はその立場を確立しているといえる。
以上述べたように海外では既に資産・投資対象として認められているアート作品だが、日本においてそれほどではない理由は何か探ってみたい。まず第1に挙げられるのが日本のアート・マーケットの流動性の低さがある。高額な作品になればなるほどその保管方法に不安を覚えたり、そもそも今保有している作品がいくらなのか、また売却に値するのかわからなかったりするといった理由もアート・マーケットの流動性を下げている。
さらに日本人は、アート作品の価値が分からないがために倉庫などに眠らせたままにすることもあれば、逆に高価な作品であるがゆえにむしろひけらかすことなく大切にしまっておこうとするという傾向があると言われている。そういった日本独特の文化財への価値観もまたアート・マーケットの盛り上がりを今一つにする要因であると考えられている。
つまり投資対象として流動性を確保するべく輸送や保管方法に関する専門的なケアが必要であることはもちろんのこと、文化財への投資というモデル・ケースをさらに創出することが日本のアート・マーケットの停滞を打開するカギであるといえるのだ。
さらに日本でアート・マーケットが注目されるべき理由として、日本がデフォルト危機にあるということも実はあるのではないかと筆者は考えている。なぜそう言えるのかは最後に述べさせて頂きたい。
おわりに ~資産のその先の日本アートの可能性~
ここまで世界的なアート・マーケットの現状と、それと比較した日本のアート・マーケットの現状と問題点を指摘してきた。では今後日本のアート・マーケットは成長するのか、出来るとすれば如何なる要因によるものなのかを考えてみたい。
第一に流動性の確保が必要である。日本独特の文化財への価値観およびアートの取り扱い方法が同マーケットの流動性を下げてきたことは否めない。それゆえその保証やケアをディーラーが十分におこなわなくてはならないだろう。ディーラーがそもそも顧客に対しアートそのものおよびアート・マーケットの基礎知識を十分に与えることも重要である。
第二に投資対象としてのアート作品の有用性について理解することが必要である。もちろん、どういったテーマの作品、どの作者の作品が今後注目され価格を上げていくのか知ることで、売買差益を得ることも出来る。しかしアート作品はその取引価額の差を利用して儲けるだけでなく、不況時でも価格が急変動しない“安全資産”であることもまた事実なのである。筆者は後者ゆえに日本において今後アート作品がより投資対象として相対的に価値を上げていくと考えている。
ご存じのとおり日本はバブル崩壊以降政府債務が膨らむ一方である。来る2020年にもいよいよ国家デフォルトが引き起こされる可能性も指摘されている中で、“セイフ・ヘイブン”として注目されているのがアート作品なのだ。前述した通りアート作品は不況に強い。かつグローバルに価値を持つことも事実だ。仮に日本円がデフォルトによってその価値を大幅に下げたとしてもアート作品の価値はアートそのものへの価値観が大転換しない限り変わりえない。これは総体的に大幅に価値が上昇するとも取れる現象である。
アート作品もまた同様に資産として高い評価をされる可能性を十分に秘めている。デフォルトになった場合にどうすれば良いのか、そもそも来るデフォルトに対してどのような備えをするべきなのか。現金を保管しておく代わりにアート作品を持っておく、というのも1つの手かもしれない。
実は近年過去に盗まれるなどして“消えたアート作品”が発見される事例が増えている。盗まれた絵画が地下組織の麻薬や武器取引の際に担保として利用されているそうだ。またかつての戦争中に行方不明になったアート作品も徐々に再発見され始めている。そういった絵画が改めて正規のマーケットに帰ってくることでアート・マーケットはさらに盛り上がりを見せる可能性がある。
そして最後に、これからの日本のアートの将来を決めるのは取引対象としての価値だけでなく、文化的価値観の波及という可能性がある。ジャポニズムとも呼ばれる日本の和風なテイストや自然の美しさが諸外国からも評価されていることは有名である。たとえば著名なアーティストであるクロード・モネも日本を絡めた作品を発表している。そして、本当の意味で日本的なるものを代表しているのはアート作品によって表現されるそれぞれのテーマそのものなのではないだろうか。自然の美しさや過去の光景を描いたアート作品を介することで日本を中心として平和な秩序が広がっていくという思いを伝えることが出来ると感じている。これは決して過去のアート作品によってだけ果たされるものではなく、これから生み出されていく作品たちによっても担われていくものである。
実は筆者は個人的に東欧・ポーランドに滞在していた時期がある。その時に見た現地の人気観光スポットの1つに「日本風庭園」があった。これを見て日本的な風景に心地よさを感じるのは日本人だけではないと改めて実感した。弊研究所は主にレポート(テキストや音声)という形で我々なりの考えを発表させて頂いているが、目で見て、耳で聞くだけでなく、雰囲気を心で感じることやそれを共有することもまた必要であろう。日本から遠く離れたポーランドという国で日本的なものに癒されつつ、そのように考えるに至った次第である。
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
岡田慎太郎(おかだ・しんたろう)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2015年東洋大学法学部企業法学科卒業。一般企業に勤務した後2017年から在ポーランド・ヴロツワフ経済大学留学。2018年6月より株式会社原田武夫国際戦略情報研究所セクレタリー&パブリックリレーションズ・ユニット所属。2019年4月より現職。