(本記事は、宇都出雅巳氏の著書『図解 仕事のミスが絶対なくなる頭の使い方』=クロスメディア・パブリッシング、2019年4月1日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
メモリーミスの主犯格は「ワーキングメモリ」
覚えたことを急速に忘れてしまう原因は、「ワーキングメモリ」という記憶にあります。これがメモリーミスを起こす主犯格です。
ワーキングメモリの日本語訳は「作動記憶」もしくは「作業記憶」。情報を長期間にわたって貯蔵する「長期記憶」とは異なり、何かの目的のために情報が「一時的に」貯蔵される記憶で、「脳のメモ帳」にたとえられます。
コンピューターでいえば、「長期記憶」に当たるものがHDD(ハードディスク)で、ワーキングメモリがRAM(メモリ)です。HDDはデータを長期保存する場所ですが、RAMはソフトやアプリの稼働中にデータを一時的に蓄える「作業領域」です。
このRAMが不足したり、いっぱいになると、ソフトの動作が遅くなったり、フリーズしてしまいます。人の脳において、これと同じように、その働きを左右する大事な個所がワーキングメモリです。
たとえば、今この瞬間もあなたのワーキングメモリが働いています。この文章が読めているのもそのおかげです。文章を読んで理解するためには、直前の文章の内容を記憶しておくことが必要ですよね。
もし、読んだそばから本の内容を忘れてしまったらどうなるでしょう?引き返して読むこともできますが、それではいつまでたっても先に進めません。
また、会話はさらに大変です。言葉は話すそばから消えていきます。相手の言葉をワーキングメモリに記憶しているからこそ、言葉をつなぎながら理解することができるのです。
このように、ワーキングメモリはすぐに、しかも明確に情報を記憶できるすぐれものです。では、それだけ便利な記憶が、なぜメモリーミスを引き起こすのでしょうか。実は、この「すぐに」そして「明確に」覚えるという特徴が落とし穴なのです。
ワーキングメモリは増設できない
最近では「ワーキングメモリトレーニング」や「ワーキングメモリを鍛える」といった言葉を見かけますが、ワーキングメモリの容量は増やせないと考えるのが現実的です。なぜなら、ワーキングメモリは「注意」と深く絡んでいて、これを鍛えるというのであれば、「注意」自体を増やすしかないからです。
そして、実際にワーキングメモリの容量を増やす研究はたくさん行われていますが、ほぼ下記のような結論に至るようです。
残念ながらワーキングメモリトレーニングが、実験室課題を超えて、たとえば、学業成績や日常生活の課題にまで効果があると報告した研究は今のところまだない
『ワーキングメモリと日常』T・P・アロウェイ、R・G・アロウェイ編著
今後、以前の「脳トレ」ブームのようにワーキングメモリを鍛えるブームが起きるかもしれませんが、くれぐれもこの点にご注意ください。
このため、メモリーミスを減らすためには、「ワーキングメモリの負荷を減らす」ことが大きなポイントになります。
その1つの方法が経験・知識といった記憶を蓄えて、入ってきた情報を結びつけられる受け皿を増やしておくことです。
たとえば、ある全く関わりのない人について多くの情報を覚えるのは困難ですが、仕事になじみのある人名や社名に関する情報であれば、少しは楽に覚えられるはずです。
なぜならそういった人名や社名はすでに記憶にあるため、入ってきた情報はその記憶に結びつき、使う腕の本数が少なくて済むからです。
そのほかにもワーキングメモリの負荷を減らすポイントはいくつかあります。詳しくは右ページをご覧ください。
最強のメモ術は「あなたがいちばん気楽にできるもの」
メモが面倒だと感じる人にぜひお伝えしたいのは、「完璧な記録など残す必要はない」ということです。
メモは本来「記憶のフック」として機能すれば十分。脳のメカニズム上、ひとことでもなぐり書きをしていれば、よほど情報が多いか時間が経つかしなければ、芋づる式に情報が引き出せます。メモの体裁やとり方などは、本来はなんでもいいのです(もちろん、電話の取り次ぎメモなど、他人に情報を伝えるものは除きます)。
私の場合は、20代の頃、仕事の中で常にメモを残して業務改善を行っていました。その時はメモ用紙など買っていません。「メモを入れる封筒」を用意しただけでした。メモするものは、それこそナプキンでも紙の裏でもお箸袋でもなんでも構わなかったのです。
それよりも、私にとってはメモが散逸せずにまとまる「場所」だけが必要だったのです。逆に言えば、メモ自体に関する細かい取り決めをしなかったことがよかったともいえます。
仕事をしていてメモをすべきだなと思う瞬間は度々訪れます。そのとき手元にお気に入りのメモがないこともあるでしょう。メモの作法にこだわりを持ちすぎると、作法通りにいかないときにモチベーションが下がったり、無意味に行動に制約を加えてメモする手間がだんだん面倒になったりしてくるものです。それでは本末転倒です。
「何事も形から入る性格なので」という人もいるでしょうし、それを全否定するつもりはありません。ただ、作法とは手段であって、目的ではないことだけは認識しましょう。
目的はメモを習慣づけて、ワーキングメモリに頼らないことです。これからメモを習慣づけたい人は、自分にとってもっとも気楽な手段、続けられそうなルールを選ぶことがベストです。
筆記具のいらないメモ術→外部記憶補助
メモの重要性について触れてきましたが、実はあなたの記憶を補助し、ワーキングメモリを解放するものはメモだけではありません。周りにあるすべてのものが、メモの役目を担うことが可能なのです。
たとえば、忘れ物の代表である「傘」。傘は、雨が降っていないと注意が向かなくなるので、いとも簡単に忘れてしまいます。ではどうするか。たとえば出張先のホテルに傘を持ってきて、「このままだと帰りに忘れそうだな」と心配になったら、退出時に必ず目につくドアノブに傘をかけておく。これも1つの「メモ」です。
この傘の例のように、あなたの記憶を思い出すきっかけを与えてくれる外部のものを、認知科学では「外部記憶補助」と言います。
アメリカ人の心理学者が、多種多様なカクテルの注文をバーテンダーがどうやって記憶しているのか調べたことがあります。その結果、バーテンダーは注文が入ると、あらかじめ決められたグラスを目の前に並べることで、注文を「メモ」していたそうです。最初から入れておいていい材料は、忘れないうちにグラスに入れることも行っていました。
バーテンダーは、グラスやそこに入れられたものを見ることで、記憶を呼び出していたわけです。
あなたもラーメン屋で、お店の人が注文を受けると同時にどんぶりを並べるのを見たことがあるでしょう。もちろん、これは準備の1つであると同時に、注文を記録しておく「メモ」の働きも果たしているのです。
もしあなたが上司に頼まれごとをされたときは、それに関連する資料をとりあえず取り出して机の上に置いておくだけでも「メモ」になるということです。その資料を見ることで、「そうだ、上司に頼まれていたんだ」と思い出することができます。ぜひ、「外部記憶補助」を積極的に活用してみましょう。