要旨
●今回の骨太・成長戦略のポイントの一つが高齢者の就労拡大に向けた雇用・年金制度の改革だ。
●今回方針では70 歳までの就業確保措置を企業に求めることを明記。従来の定年延長などに加え、他企業への就職や起業する際の支援なども就業確保措置として認める。当面は企業の努力義務、後に義務化の方針だ。65 歳の継続雇用措置においても、希望者全員の義務化までには努力義務化から十余年を掛けており、義務化までには相応の時間を掛けることとなろう。
●年金制度においては、①年金繰り下げオプションの拡充、②在職老齢年金の縮小廃止、③短時間労働者への被用者保険の拡充、が掲げられている。
●いずれも単発での高齢者就業促進効果は大きく無いだろう。しかし、2040 年・団塊ジュニア世代の高齢化を見据えた対応は早期に進めるべき課題であり、政策のベクトルの方向を揃えることには意味があろう。一歩ずつ着実に改革を進めることが求められる。
今年の骨太方針・成長戦略案が公表
11 日の経済財政諮問会議において、「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)の原案が提出された。また、5日の未来投資会議では成長戦略実行計画案が示された。本稿では、今般明らかになった政策方針のうち、高齢者雇用・年金制度の改革に関して概説する。一連の政策に通底している点は高齢者の就労長期化をターゲットとし、更なる高齢化を見据えた経済システムの構築を目指していることである。
70 歳迄の就業確保措置を努力義務、のち義務化
今回の骨太・未来投資戦略では、70 歳までの就業機会確保措置を企業に求めることが明記された。KPI(Key Performance Indicator:主要業績評価指標)として65 歳~69 歳の就業率を2025 年に51.6%に引き上げることが掲げられている。
「就業確保措置」として挙げられているのは、①定年廃止、②定年延長、③継続雇用制度導入(子会社・関連会社での継続雇用を含む)、④他の企業への再就職、⑤個人とのフリーランス契約への資金提供、⑥起業支援、⑦社会貢献活動参加の7つである。来年2020 年の国会における法案提出を図るとされている。
現行の高年齢者雇用安定法でも、65 歳までの希望者全員への雇用確保措置が義務付けられており、方法は上記の①~③が規定されている。これとは別に70 歳までの雇用確保措置を努力義務として新たに法制化し、新しく④~⑦の方法も就業確保措置として認め、自社での雇用以外の選択肢を就業確保措置として認める形だ。当面は企業に課せられるのは努力義務となるが、将来的には義務化する方針も示されている。企業経営への影響などもみながら、時間を掛けて義務化に歩を進めていくこととなろう。現行の高年齢者雇用安定法も2000 年に65 歳までの雇用確保措置が努力義務化されてから、現行の65 歳までの希望者全員の義務化に至るまでは十数年の時間をかけている(資料4)。
高齢社会の本格化を見据え公的年金制度を改正
公的年金制度については大きく3点の改正が掲げられている。高齢者の就労を促進する、公的年金を充実させるための選択肢を増やすことが主な狙いだ。
第一の繰り下げ制度の柔軟化。現行制度では年金の受給開始年齢を原則年齢から5歳繰り上げ・繰り下げ選択をすることができる。この繰り下げ期間の柔軟化が明示されている。報道等によれば繰り下げ可能期間を5年拡充し、最大10年とする方向で検討がなされている。
第二に、在職老齢年金制度の縮小・廃止。年金と勤労収入が一定額を超える場合、年金支給を一部削減する仕組みだ。これが高齢者の就労意欲を削いでいるとの認識の下、制度の縮小・廃止を検討する。
第三に、短時間労働者への適用拡大。現在、適用要件を満たさない短時間労働者は健康・厚生年金保険に加入することができない。第一号被保険者として国民年金に加入するか、配偶者などの被扶養者となって第三号被保険者となるかの2つが選択肢となるが、いずれも厚生年金に比べて将来得られる年金額は少なくなる。この社会保障格差を是正する意味合い等から、適用要件を緩めて厚生年金の加入者を拡大する。
いずれも今年予定されている公的年金の財政検証後、社会保障審議会での議論を経て年内にも具体案が固まり、来年の通常国会で法案が提出される見通しとなっている。
2040年を見据えた経済社会システムの構築は不可欠
これらの政策は、施行によって即座に高齢者の就労長期化に大きな効果を発揮するものではないだろう。例えば、年金の繰り下げ受給を選択する割合は現在でも1%程度にとどまっており、制度拡充によって繰り下げ利用者が増えるかは疑問だ。在職老齢年金の拡充に関しては、特に65歳以上に適用される在職老齢年金の廃止を行っても、直接的な就労促進効果は薄いとの分析が中心となっている(例えば、内閣府(2018))。
しかし、政策はそれ一つで大きな効果を発揮するものでは無い。また、過去のデータを基にした分析は、過去の経済構造を前提にしたものであり、これから起こる構造変化を織り込むことは基本的に難しい。今回の施策が効果を発揮するかどうかは、構造変化が起こるかどうか、換言すれば、企業や労働者が就労長期化に対応した行動を起こすかどうかに掛かっている。そのために政府が政策のベクトルの方向を揃えることは、政策のメッセージ性を高める上でも重要な意味がある。
今後の日本経済を考えたときに、最も重要な課題の一つは高齢社会の本格化を見据えた社会経済システムを構築することだ。一朝一夕で進むものではないからこそ早期対応が肝要であり、その先送りは将来世代にツケを残すことに直結する。特に団塊ジュニア世代が高齢者(65歳以上)となる2040年に向けて、一律60~65歳引退を前提としたままでは、低年金の高齢者増加や現役世代の負担増は避けられないだろう。資料6では、政府推計値をもとに生産年齢人口あたりの社会保障給付費を計算、2015年度実質価格で現役世代一人当たりの給付額(≒負担額)がどのように推移するのかを試算している。社会保障給付費の総額が変わらずとも、それを支える働き手が増えれば一人当たりの負担増は和らぎ、将来の絵姿は大きく変わることとなろう。一歩ずつ着実に改革を進めていくことが求められているといえよう。(提供:第一生命経済研究所)
<参考文献> 内閣府政策統括官(経済財政分析担当)(2018)「60代の労働供給はどのように決まるのか?-公的年金・継続雇用制度等の影響を中心に-」 政策課題分析シリーズ
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 副主任エコノミスト 星野 卓也