インド,ショック,注意
(画像=Ivan Aleshin/Shutterstock.com)

はじめに

本コラムで何度か触れてきたが、インドが難渋している。カシミール問題を巡りパキスタンとの関係性が深刻化しているからである。去る5日(デリー時間)にインド政府がカシミール州に特別自治権を与えることを規定した憲法第370条の停止を決定した。これを受けパキスタンは駐パキスタン・インド大使を国外追放し、印パ間の二国間貿易を停止した。

(図表1 去る2月に生じたカシミール地方を巡る戦闘)

カシミール問題は印パだけでなく、中国をも巻き込む問題であるため、グローバルにも深刻な事態をもたらし得るものである。去る1998年にも印パ両政府が核ミサイル実験を行い世界中に衝撃を与えたのは記憶に新しい。

本稿は深刻化するカシミール問題を中心に緊迫するインドを巡る地政学リスクの現状をアップデートする。

インドを巡る3つの問題

カシミール問題を巡って事態が深刻化しているのはこういった問題では取り上げるのが遅れがちな本邦メディアでも報道されているとおりであり言うまでも無い。これを巡っては更に去る15日(時間)に中国が安保理の開催を提案しフランスも開催を提案しており、議長国であるポーランドが調整中であるという。

これが深刻な事態に陥っていることは他にも兆候として現われている。カシミール問題を巡っては中印パの3国が関わっているというのは良く知られているが、実はそれ以外にも大きく影響を受ける国家がある。それがタジキスタンである。直接隣接している訳ではないものの、人口の多数を占めるタジク人が近隣諸国に分布していることもあり、近隣諸国における争いが同国に与える影響は小さくない。そのため同国の動きはカシミール問題を見る上で参照に値する訳である。実際、カシミールとタジキスタンの関係が親密である旨、去る2015年に駐インド・タジキスタン大使が発言するなど、その関係性を強調しているのだ。そうした中で興味深いのが、印パ対立が最悪化した1998年5月にタジキスタンにおいても反対運動が起こったのだが、それに似たような事態として去る5月にも囚人が脱走して反乱を起こしたのだ。こうした類似性を見ても、印パ問題の深刻性は明らかなのだ。

このようにカシミール問題が深刻化しているのは“喧伝”されているとおりだが、インドが抱える問題はそれだけではない。実はカシミール問題を含めて三正面作戦を余儀なくされているのだ。まずは拙稿でも述べたように米国との貿易問題である。米国は変わらずパキスタンを支持する一方でインドに対する関税措置を緩めていない。にもかかわらずトランプ大統領は印パ勢の仲介に意欲的である旨、今月5日(米東部時間)に発言しているのだ。

それ以上に注目しなければならないのが、カシミール問題にも直接的に関連する中印対立の激化である。中国マーケットにおけるインド企業、その逆のインド・マーケットにおける中国企業を巡り深刻な対立が生じているのだ。具体的には、インドが華為技術(ファーウェイ)を締め出す可能性がある中で、中国政府もまた国内からインド系IT企業を追放する可能性が生じているのだ。実はFintechを巡ってインドが既に中国を超克している旨“喧伝”されているのであり、諸国のターゲットはやはり“インド”であるというのが卑見である。

ただし事態を複雑化させているのが、ロシアがインド支持を表明しているのである。ロシアがこの問題を通じて中央アジアへのコミットメントを更に深化させる可能性がある点に留意しなければならない。

おわりに ~インドはどうなっていくのか?~

実はカシミール問題を始めとするインド周辺の諸問題の根源である英国も反インド姿勢を強めており、ますますインドが凋落していくのは不可避であると言わざるを得ない。

もっともパキスタンも問題を抱えていることを忘れてはならない。それはバロチスタンの独立問題である。以下の図表2を見て欲しい。去る2006年中盤より米欧諸国や北大西洋条約機構(NATO)の高級将校間で“流布”されてきた、中東勢の新たな構図であるという。これを見ると現在のパキスタンは領土を縮小し、南西部が「自由バロチスタン(Free Baluchistan)」として独立しているのだ(なお厳密にはイランやアフガニスタンからも一部独立している)。

そもそもこの「自由バロチスタン(Free Baluchistan)」に相当する土地にはバローチ人(Baloc)と呼ばれる人々が居住している。我が国ではこのバローチ人が語られる場合が少ないが、19世紀からの簡単な経緯について梅棹忠夫監修「新訂増補 世界民族問題事典」(平凡社)第926頁によればこうだという:

“1842年第1次アングロ・アフガン戦争で手痛い敗北を喫したイギリスは、カラート(引用者註:現在のパキスタン・バロチスタン州にある一都市)のハーンと同盟して、バローチスターン(引用者註:ママ。以下同様)全体を18世紀後半のような統一と安定のとれた状態に復するという理想を口実に、バローチスターンの間接統治を行った。(・・・中略・・・)カラートのハーンを名目上の統治者とするこのイギリスのバローチスターン間接統治のあり方は、独立したパキスタンと合併されてからも継承された。(・・・中略・・・)この自治もしかし、(引用者註:19)70年7月パキスタンの一州としてバローチスターン州に統合されることで終息する。軍隊や官僚組織へ進出することの少なかったバローチやブラーフイー(引用者註:バローチ人と同様に同地域に居住する民族)の人たちの、パキスタン政府への不信感と自治への希求は強く残った”

(図表2 「新しい中東(The New Middle East)」)

新しい中東(The New Middle East)
(出典:Global Research)

その直後、バロチスタン州のバローチ人はブットー政権に対して武力闘争を行い、1974年までに双方合わせて1万人近い死者を出しているのだ。この問題は当然未解決問題である。たとえば去る5月12日(イスラマバード時間)にはバロチスタン州のホテルでバローチ人の分離派によるテロ事件が生じている。また今月14日(BST)にはロンドンにある政治団体「自由バロチスタン運動(Free Balochistan Movement)」は彼らが独立日とする(1947年)8月11日を祝うセミナーを開催した。

こうしたバロチスタン問題が再燃する可能性は、先月2日(米東部時間)にトランプ米政権がバロチスタン自由軍(Balochistan Liberation Army (BLA))をテロリスト認定したことが端的に示しているというのが卑見である。

「すわ、開戦か」とでも言うべき印パ紛争が中国を巻き込む可能性、更には核問題の再来が実際にあり得ること、こうしたことを通じて金融マーケットでは波乱=ヴォラティリティーが大きく“演出”されていることを忘れてはならない。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。