中国経済の概況
中国では経済成長の勢いが再び鈍化した。19年第2四半期(4-6月期)の成長率は実質で前年比6.2%増と前四半期の同6.4%増を0.2ポイント下回った(図表-1)。
中国経済は昨年、「債務圧縮(デレバレッジ)」による景気下押し圧力と、それに追い討ちをかけた「米中対立」を背景に減速し始めた。中国政府がデレバレッジに舵を切ったのは、17年の党大会後に開催された中央経済工作会議でのことで、20年までの中期的な目標とされている。非金融企業が抱える債務残高はGDP比約150%とG20諸国で最大、このまま放置すれば大きな禍根を残すと考えたからだ。債務が拡大した発端はリーマンショック後の4兆元の景気対策だが、15年に株価が急落した時(チャイナショック)の景気対策でも債務が上乗せされた。そして、デレバレッジを推進した18年、インフラ投資は急減速することなった。また、「米中対立」は、中国経済の将来を担う「中国製造2025」関連産業で先行き不透明感を高め、中国株は大きく下落して16年1月の安値を割り込み、消費者マインドを冷やして自動車販売は前年割れに落ち込んだ。さらに、「産業のコメ」と言われる集積回路(IC)にも悪影響を及ぼし、データセンター建設ラッシュは沈静化、中国における仮想通貨バブル崩壊によるマイニング需要の落ち込みや次世代通信規格(5G)への移行期に差し掛かったスマホの買い控えも重なり、ITサイクルはピークアウトした(図表-2)。
そこで、中国共産党・政府は18年12月に開催された中央経済工作会議で「反循環調節(景気減速の押し戻し政策)」と呼ばれる景気対策に舵を切り、「地方債券の発行規模を大幅に増やす」とするとともに、金融政策を「穏健中立」から「穏健」に切り替え、デレバレッジの方針を微調整し、金融(預金や融資)の伸びをGDP名目成長率につり合う伸びに設定した。これを受けて、社会融資総量(企業や個人の資金調達総額)は緩やかに伸びを高め、製造業や建築業・不動産業の減速にも歯止めが掛かったため、19年第1四半期(1-3月期)の成長率は横ばい(前年比6.4%増)に留まった。しかし、「デレバレッジ」による景気下押し圧力は減じたものの、「米中対立」による景気下押し圧力は残ったため、第2四半期の成長率は前年比6.2%増へ再び減速することとなった。特に、輸出や製造業の投資への悪影響が鮮明化している。
一方、19年1-7月期の消費者物価は前年比2.3%上昇で、今年度の抑制目標である「3%前後」を下回っている。また、食品・エネルギーを除くコア部分は同1.7%上昇に留まっており、家畜伝染病「アフリカ豚コレラ」の蔓延で、豚肉価格が同10.3%上昇した以外は概ね安定している。
消費の動向
個人消費の代表的な指標である小売売上高の動きを見ると、電子商取引大手の京東が6月に開催した「京東618」 セールや7月1日の環境規制強化(国6)を前にした中古車の駆け込み登録とその反動減で乱高下しているが、1-7月期は累計で前年比8.3%増と18年通期の同9.0%増をやや下回ったものの、概ね8%前後を中心とした伸びが続いている。(図表-3)。
業種別の内訳が分かる限額以上企業の1-7月期の売上高を見ると、日用品類が前年比13.9%増、化粧品が同12.7%増と18年通期を上回る伸びを示した一方、住宅販売低迷を背景に、家具類が同5.8%増、家電類が同6.2%増と18年通期の伸びを下回り、自動車は同0.6%増と低迷している。なお、乗用車の販売(新車、台数)をブランド別に見ると、中国系が前年比20.9%減、米国系が同22.5%減、韓国系が同13.5%減、ドイツ系が同3.9%減と落ち込んだ中で、254万台を販売した日本系は同5.1%増と好調だった。また、ネット販売(商品とサービス)はBAT(百度、阿里巴巴、騰訊)を代表とするプラットフォーム企業が新たな消費需要を生み出す流れが続いており、前年比16.8%増と伸び率はやや鈍化したものの、引き続き2桁台の高い伸びを示している。
今後の個人消費を考えると、消費者信頼感指数が高水準を維持しているため、個人消費が失速する恐れは今のところ小さいと見ている(図表-4)。また、個人消費への影響が大きい雇用情勢も概ね良好な状態が維持されており、都市部の登録失業率は低下してきている。但し、4-6月期の都市部求人倍率は1.22倍に低下、農民工が含まれる都市部の調査失業率も5%台に上昇してきており、農村部からの出稼ぎ労働者に余剰感がでてきた可能性がある(図表-5)。今後さらに米中対立の影響が広がり、雇用情勢がもう一段悪化するようだと、個人消費の足かせとなる恐れもあるだけに注視する必要がある。
投資の動向
投資の代表的な指標である固定資産投資(除く農家の投資)を見ると、月次の推計値は5%台後半を中心に一進一退の動きを示している(図表-6)。また、1-7月期累計の投資は前年比5.7%増と18年通期の同5.9%増を小幅に下回った。3大セクター別の内訳を見ると、不動産開発投資は前年比10.6%増と18年通期の同9.5%増を上回り、インフラ投資も同3.8%増と18年通期と同水準に留まったが、製造業が同3.3%増と18年通期の同9.5%増を大きく下回った(図表-7)。
製造業の投資が大きく減速した背景には米中対立があると見ている。槍玉に挙がったのが「中国製造2025」で、その関連投資に関する不透明感が高まっている。また、米中の“関税引き上げ合戦”が激化したため、対米輸出拠点を中国以外へ移転する動きが広がり、製造業の投資は18年9月の前年比18.3%増(推定(1))をピークに減速し始め、4月には同3.8%減(推定)に落ち込んだ。但し、5月にはプラスに戻り、6月以降も徐々に伸びを高めるなど、底打ちの兆しがでてきている(図表-8)。その背景には中国共産党・政府が5G投資を促進し始めたことがある。中国政府は6月に次世代通信規格(5G)の免許を交付し、中国共産党は7月の中央政治局会議で「情報ネットワーク等の新型インフラ建設を加速」する方針を示した。そして、ITサイクルは最悪期を脱した模様である(2ページの図表-2)。また、低下傾向だった設備稼働率も一旦下げ止まっている(図表-9)。
また、インフラ投資は今のところ低い伸びに留まっている(図表-10)。中国共産党・政府が18年12月の中央経済工作会議で「反循環調節(景気減速の押し戻し政策)」を打ち出し、その中で地方政府債の増発を決めたため、期待が高まった。1-7月期の地方政府債の発行状況を見ると約3.4兆元(日本円換算で約54兆円)と、前年同期を約1.2兆元も上回っており、資金調達面は順調と見られる(図表-11)。また、昨年夏に一時前年割れに落ち込んだインフラ投資がプラスに転じたという点では、景気テコ入れ効果があったと評価できる。しかし、期待どおりの効果とはなっていない。そこで、中国共産党・政府は6月、地方政府がプロジェクトを立ち上げやすくするため、レベニュー債で調達した資金を資本金に充てることを認めた。今後はその効果が注目される。
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(1)中国では、統計方法の改定時に新基準で計測した過去の数値を公表しない場合が多く、また1月からの年度累計で公表される統計も多い。本稿では、四半期毎の伸びを見るためなどの目的で、中国国家統計局などが公表したデータを元に推定した数値を掲載している。またその場合には“(推定)”と付して公表された数値と区別している。