遺言等による預貯金の帰属

●いわゆる相続させる旨の遺言-必要種類の取得や遺言執行者選任の手間がかかる-

これまで述べてきたように、払戻制度にせよ、仮処分制度にせよ、預貯金の払戻に当たっては、たくさんの書類の準備や家庭裁判所の手続きといった負担は避けられない。それでは本シリーズ第一回の基礎研レターで述べたように銀行預金自体を遺言で特定の相続人に相続させる(いわゆる相続させる旨の遺言、特定財産承継遺言)ことで簡易に払戻ができるようにならないのであろうか。本件ケースでいえばA銀行の普通預金を配偶者に相続させるとの遺言を作成しておけばどうかということである。

結論から言えば、手続きはそう簡易にはならないようである。ウェブ上で確認した限りであるが、自筆証書遺言(4)があっても被相続人(口座名義人)の出生からの戸籍や共同相続人全員の同意書を求める金融機関があり、また遺言執行者が指定されていない場合はその選任を求めて、遺言執行者から請求させるような金融機関もある模様である(5)。

これは別の相続人が異なる遺言書が所持しているような場合や、遺言書の内容とは異なる遺産分割を相続人が行い、別に遺産分割協議書があるような場合に銀行が二重払いを求められるリスクを考慮したものと思われる。

いずれにせよ、確実を期すのであれば取引先の銀行の実務を確認した上で、遺言を作成することが望ましい。

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(4)現時点では自筆証書遺言には家庭裁判所の検認が必要である。令和2年7月10日から自筆遺言証書の保管制度ができるが、この制度により法務局で保管されていた自筆証書遺言には検認が必要なくなる。詳しくはhttps://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=61839?site=nli 参照。なお、公正証書遺言には検認は不要である。
(5)遺言執行者に預貯金の解約権があるかどうか明文の規定がなかったが、今回の改正で明文化された(民法第1014条第3項)。

●遺言代用信託-最も簡素な手続きで使い勝手が良い-

信託銀行や一部の地方銀行等で取り扱っている商品で、被相続人(委託者兼第一受益者)が生前に金銭を銀行に信託し、被相続人生存中は銀行が被相続人のために財産を運用し、被相続人死亡時にはあらかじめ被相続人が指定した特定の相続人が受益者(第二受益者)となり、その受益者が一時金もしくは定期金として銀行から受け取ることができるとするものである(図表2)。このスキームの金銭信託では、被相続人死亡時に預貯金のように相続財産を構成するのではなく、直接的に特定の相続人の財産に帰属することになる(6)。

改正相続法,銀行預金
(画像=ニッセイ基礎研究所)

設定時と運用時に信託報酬を銀行に支払わなければならないが、相続発生時には死亡診断書(あるいは除籍謄本)と受益者である相続人の本人確認書類だけで払戻を受けることができるので、手続きの簡素化という側面では有用である。

銀行によっては中途解約の制限等の条件があるので、活用に当たっては取引先銀行からよく説明を受ける必要がある。

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(6)ただし、相続税の対象にはなる(相続税法第9条の2)。

おわりに

相続の体験記等を読むと戸籍謄本(除籍謄本)の取得に苦労したことが書かれていることが多い。戸籍謄本は平成に入ってから、ほとんどの自治体でデータ化されているが、被相続人の出生からの戸籍を全部取得するには、このデータ化された戸籍謄本を取り寄せれば済む話ではない。

たとえば昭和10年代に生まれ、昭和30年代に結婚した人については、まずは、データ化されている現在の戸籍謄本(除籍謄本)に加えて、その前の改製前戸籍を取ることになる。そして結婚して夫婦の戸籍に移る前の戸籍、さらに戸籍が家制度のもとで作成されていた時代の戸籍を取らないといけない。途中で戸籍地を変えていれば、それも取らないといけない。戸籍は最寄りの市役所等で取れるのではなく、戸籍の所在地の市役所等を訪問するか、郵送で交付申請をしないといけない。

相続に当たって価値の少ない不動産が放棄されるのは、メリットもないのに名義変更だけは大変な不便を強いている戸籍制度も一因ではないだろうか。大相続時代を迎える中で、せめて法務局で戸籍を統一的に管理するなどの施策は取れないものであろうか。検討が進められることを期待したい。

松澤登 (まつざわ のぼる)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 取締役 研究理事・ジェロントロジー推進室兼任

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