矢野経済研究所
(画像=PIXTA)

この1~2年で、街中でラグジュアリーブランドのロゴTシャツやモノグラムのバッグを見かける機会が格段に増えた。2~3年前までは、総じて中国人インバウンド(訪日外国人)のスタイルのように思っていたが、日本人の若者の間でも各段に増加しているのはお気付きだろうか?

10年前、いや3年前くらいでも、ブランドロゴがはっきり分かる商品はむしろ格好悪いとされ、特に日本では完全に下火だったのだが、今は空前のロゴブーム、そして、ストリートトレンドがラグジュアリーブランド業界を席巻している(業界ではややピークを過ぎた感もあるが)。

今回のロゴブームは、よく言われる“トレンドは繰り返される”というレベルのそれとは根本的に違う。何故なら、そのブームは、富裕層やブランド好きの中間層といった従来の客層ではなく、今までラグジュアリーブランドには興味を示していなかったミレニアル世代を中心に起こっているからだ。

因みに、ミレニアル世代とは、年齢の定義は諸説あるが、1980年代序盤から1990年代後半までに生まれ、2000年台に入って社会に出てきた世代を指している(現在の年齢は24歳から38歳くらい)。世界でも人口の約4人に1人がミレニアル世代とされており、消費の中心世代にさしかかっている。彼らの消費志向は国の事情によっても異なるが、デジタルネイティブという共通する大きな特徴を持っている。SNSを使ったコミュニケーションがごく当たり前で、過去のマーケティング手法が通じない新たな世代として注目を集めている。

世界の有力ラグジュアリーブランドは、このミレニアル世代を最大のターゲットと据え、数年前から本気の変革に乗り出している。今までの歴史や伝統、ステータス性、高級感といった一部の富裕層向けのコミュニケーションを止め、彼らの世界へ降りてきた。具体的には、新進クリエイティブディレクターへの交代と商品の刷新、ストリート系ブランドやアーティストとのコラボレーション、彼らに影響力のあるアンバサダーの起用、そしてデジタルコミュニケーションの強化等々。あまりにも今までのブランドイメージと異なるその戦略に、戸惑った従来の顧客が多かったことも事実だ。例えば180度ブランドの世界観が変わった「グッチ」では、当初は顧客の離反が多かったと言われている。しかし、1年とたたずに、「新生グッチ」はミレニアル世代を中心に受け入れられ、世界中での大ブレイクに繋がった。

尚、日本におけるミレニアル世代は、人数においても消費力においても、バブル世代や団塊ジュニアには到底及ばないとして、特にラグジュアリー業界では、当初はかなり懐疑的な意見が多かった。しかし、蓋を開けて見ると、世界と全く同じような状況が起こっている。因みに、先ほど挙げた「グッチ」は、日本においてもこの2年で驚異的な大躍進を遂げたのだが、やはり消費の中心はミレニアル世代で、今や客層の6割以上を占めている(これはラグジュアリーブランドでは稀にみる数字)。「バレンシアガ」も同様に、ミレニアル世代の圧倒的な支持を受け、数年前とは別ブランドとして大ブレイクしている。そして、ミレニアル世代のもう一つの功績でもあるが、他の世代への影響力がいい意味で大きい。ミレニアル世代が飛びついたブランドは、従来の客層にとっても再注目の対象となり、ブランドの売上が格段に伸びるという相乗効果を起こしている。日本で最も売上規模の大きい「ルイ・ヴィトン」は、18年に過去最高の業績を更新した。これも、ミレニアル世代を中心とした新たな客層の増加と、ミレニアル戦略によるブランドの活性化が奏功した結果だと考えられる。

ここで改めて思うのは、ミレニアル世代の予想を超える消費力への驚きも然りながら、彼らの目を向けさせ、虜にしたラグジュアリーブランドの凄さは、さすがと言わざるを得ない。価値観の多様化で、ブランド離れが起こっているだとか、若者がお金を使わないなどと言われているこのご時世に、ブランド側の世界的な本気の戦略が、ある意味勝利したのだ。

ラグジュアリーブランドの業界では、エントリーしてくれたミレニアル世代を、本当のブランドの顧客としてどう継続させるか、ステージアップさせていくかが次の課題となっている。一過性の消費とも思われる移り気な彼らと、どのように関係を構築していくのか、なかなか難しい課題だが、それをクリアしない限りはラグジュアリー業界の未来はない。今後の動向に益々注目していきたい。

2019年9月
上級研究員 木下 千春