「考えること」の本当の意味とは?

――成熟した社会を考えるにあたって、「多様性」は避けて通れないキーワードだと思います。大森監督は、多様性について何か思うところはありますか?

大森 多様性って「わからないもの」が乱立していることですよね。生きることは「わからないもの」と出会う連続です。そのとき、人は初めて「考える」っていうことをすると思うんです。

卑近な例で言えば、映画も本もそうですよ。この作品は何を伝えたかったんだろう、自分はどう思ったんだろう、自分は何がわからなかったんだろう、何が噛み合わなかったんだろう……。

こうしたことを、自分の頭で考えて言葉にするから、自分の価値観に気づけるんです。自分の頭で考えたことは、しっかりと頭に刻まれますよ。人に言われたことは3日で忘れます。

――確かに、最近は映画も本も考えずに消費されるものが多くて、「なんか楽しかった記憶だけあるけど、あんまり内容を覚えてない」という作品が多い気がします。ただ、「自分では受け止めきれない作品」を観ると、今までのモノの見方が揺さぶられる気持ちがして、なんとも言えない気持ちになりますが……。

大森 そういう感覚を、大切にしていきたいと思います。社会が、これからますます「わからないもの」を排除するようになっても、せめて映画は自由でありたい。映画に限らず、本、写真……、広く言えば芸術には「わからないもの」を受容する余地が残されています。個人的には、だからこそホッとする。世の中捨てたもんじゃないかもしれない、と思える力が芸術にはあります。

芸術だけでなく、社会が「わからないもの」を受容した先に、本当の意味での成熟があるのではないでしょうか。


※相模原の障がい者施設での事件 2016年に神奈川県相模原市の障がい者施設で、入居者19名が刺殺されるなどした事件。犯人の「障がい者は生きている意味がない」などといった、障がい者蔑視の発言は波紋を呼んだ。

タロウのバカ,大森立嗣
(画像=THE21オンラインより)

『タロウのバカ』
9月6日(金)より、テアトル新宿ほか全国ロードショー
配給:東京テアトル
(c)2019「タロウのバカ」製作委員会

監督・脚本・編集:大森立嗣 出演:出演:YOSHI、菅田将暉、仲野太賀、奥野瑛太、植田紗々、國村隼

大森立嗣(おおもり・たつし)
映画監督
1970年、東京都出身。大学時代にな言った映画サークルをきっかけに自主映画を作り始め、卒業後は俳優として活動しながら新井晴彦、阪本順治、井筒和幸らの現場に助監督として参加。2005年『ゲルマニウムの夜』で監督デビュー。第59回ロカルノ国際映画祭コンペティション部門、第18回東京国際映画祭コンペティション部門など多くの映画祭に正式出品され、国内外で高い評価を受ける。13年に公開された『さよなら渓谷』では、第35回モスクワ国際映画祭コンペティション部門にて日本映画として48年ぶりとなる審査員特別賞を受賞するという快挙を成し遂げる。その他の作品に『セトウツミ』(16)、『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』などがある。(『THE21オンライン』2019年08月24日 公開)

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