株式会社日本M&Aセンター 地域金融1部 部長
斎藤弘樹 (さいとう・ひろき)
中小企業が抱えるさまざまな問題を解決する手段として、近年「M&A」が注目されている。ただし、M&Aは多方面に影響を及ぼすので、安易に実施を決めるべきではない。M&Aを検討中の経営者は、これを機に概要や基礎知識をしっかりと身につけておこう。
目次
- M&Aとは?
- M&Aの歴史
- M&Aはなぜ注目されている? 現状と背景をチェック
- 中小企業がM&Aを行う3つの目的
- M&Aで特に押さえておきたい手法は?それぞれの特徴も解説
- M&Aのメリット・デメリット
- M&Aを成功させるための重要ポイント
- M&Aの流れを3ステップで解説
- 買い手がM&Aを進める手順
- 売り手がM&Aを進める手順
- PMIで必要になる業務は?アフターM&Aを成功させるコツ
- M&Aにおける企業価値評価
- M&Aにかかる費用は?発生する税金と手数料
- M&Aの会計・税務の基本とは?
- M&A案件の探し方は?仲介会社を探そう
- M&A仲介会社を探すときに注意したい3つのこと
- M&Aの事例から学ぶ成功・失敗のポイント
- 将来的に拡大が見込まれているM&A市場
- M&Aのよくある質問集
- 最適な方法を見極めるために、専門家に相談することも検討しよう
M&Aとは?
M&Aは「Mergers and Acquisitions」の頭文字を取った言葉であり、直訳では「合併と買収」を意味する。この直訳の通り、2社以上の合併や吸収、資本による買収も当然M&Aに含まれるが、広義では以下のようにさまざまな種類がある。
M&Aの種類(広義) | 具体的な内容 |
---|---|
【1】買収 | 株式譲渡や事業譲渡 |
【2】合併 | 新設合併や吸収合併 |
【3】分割 | 新設分割や吸収分割 |
【4】業務提携 | 販売提携や技術提携、生産提携など |
【5】資本提携 | 資本参加や相互保有 |
つまり、何らかの企業戦略によって会社の形態が変わる場合は、M&Aの一種に含まれる可能性がある。ちなみに上記【1】~【3】は「経営統合」、【4】~【5】は単に「提携」と呼ばれることもある。
もともとM&Aは、主に海外企業が企業戦略としていた手法だ。近年では日本にもその考えが浸透しており、後継者問題を解決する手段や、経営資源や販売チャネルを獲得する戦略などとして活用されている。
以前の日本では「敵対的買収」のイメージが強かったが、日本国内では友好的買収が圧倒的に多い。M&Aが中小企業の救いの手になる事例も多いため、戦略として学んでおくことが重要だ。
M&Aの歴史
かつての日本では、「成長戦略のために企業買収をする」という考えは一般的ではなかった。どの時点から国内でのイメージが変わったのか、ここからはM&Aの歴史を見ていこう。
バブル景気をきっかけに、クロスボーダー型のM&Aが流行する
国内でM&Aが増えたきっかけは、1980年代に到来した「バブル景気」と言われている。この時期には余った資金で海外投資をする企業が多く、その投資対象としてリゾートホテルやマンションなどの不動産が含まれていた。
つまり、もともと日本ではクロスボーダー型のM&A(※海外企業を対象としたM&A)が流行っていたが、1990年代に入ってからバブルが崩壊すると、以下のような中小企業が目立つようになった。
○1990年代の中小企業の特徴
・少子高齢化を懸念し、事業承継を意識する中小企業が増えた
・後継者のいない中小企業が、事業承継の悩みを専門家に相談し始めた
・一部の中小企業が、M&Aによる事業承継に取り組み始めた
このように、事業承継問題は1990年代から注目され始めたが、その解決策としてM&Aが多用されるのはまだ先の話となる。
事業承継ガイドラインの策定により、M&Aは成長フェーズへと移行
ITバブルが訪れた2000年代に入ると、M&Aを取り巻く状況は大きく変化する。当初は、ライブドアによる敵対的買収のニュースなどによって、M&Aの悪いイメージのみが広がっていった。しかし、2006年に中小企業庁が「事業承継ガイドライン」を公表すると状況が一変し、M&Aを「会社を存続させる手段」として認識する中小企業が増加していく。
実際に、2010年代に入ってからは国内のM&A件数が急増しており、後継者不足の解決策としてだけではなく、業界再編型や成長戦略型のM&Aなども活発に行われるようになった。その流れは現在も続いているため、今後も国内のM&A件数は伸びることが予想されている。
M&Aはなぜ注目されている? 現状と背景をチェック
レコフデータの調査によると、国内のM&A実施件数は2011年頃から伸びている。さらに、中小企業のM&Aを手がける大手3社の成約件数も増えていることから、世の中の中小企業がM&Aに目を向け始めていることが分かる。
ここからは、今になってM&Aが注目され始めた要因や市場動向について解説する。
国内のM&A件数は2000年の2倍以上に
以下の表は、レコフデータの調査をもとにM&Aの実施件数をまとめたものである。
2010年を基準にすると、国内のM&A実施件数は2倍以上に増えていることが分かる。ただし、2020年については前年比8.8%の減少であり、種類別に見ても実施件数が一時的に落ち込んだ。
2019年までは8年連続で前年比プラスであったことから、2020年は一つのターニングポイントになったことが分かる。
M&Aを支援・促進する動きはさらに拡大へ
2020年の実施件数が減少した要因としては、新型コロナウイルスの蔓延が挙げられる。M&Aでは当事者同士のコミュニケーションが重要になるため、特に渡航制限が設けられた時期には海外企業とのM&Aが難しくなってしまった。
ただし、2021年に入ってからは再び増加傾向に転じており、2022年には過去最高となる4,300件超を記録した。その要因としては、以下のような点が考えられる。
・後継者不足など、中小企業が抱える問題点の解決策になる
・当事者(買い手と売り手)にメリットがある成功例が増えたことで、M&Aのイメージが向上した
・M&Aを実施しやすい環境が整ってきている
特に2000年以降には会社法が見直される、公正なルール作りへの取り組みが実施されるなど、M&Aを支援・促進する動きが社会全体に広がった。現在ではM&Aを仲介する企業やアドバイザーも多く見られ、そのような専門家に中小企業が相談するケースも珍しくない。
このようなM&Aを支援・促進する動きは、今後も拡大すると考えられている。中小企業にとっては、M&Aにより取り組みやすい環境が整えられる可能性があるため、こまめに情報を確認しておきたいところだろう。
中小企業がM&Aを行う3つの目的
中小企業がM&Aをする場合、一般的には売り手の立場に回ることが多い。では、会社や事業を売却する中小企業は、どのような目的でM&Aを実施しているのだろうか。
数ある目的の中でも、以下では特に重要なものを紹介していこう。
【目的その1】後継者不足を解決するため
近年M&Aの注目度が大きく上昇したのは、「後継者不足を解決できるから」と言っても過言ではない。後継者不足に悩まされている中小企業は非常に多く、そんな会社を存続させるためにM&Aが実施されているのだ。
たとえば、後継者が見つからないまま経営者が倒れてしまえば、その会社は一気に窮地に立たされてしまう。また、仮に後継者の候補となる人物がいたとしても、株式の承継に伴うコストや税負担によって、事業承継を断念してしまうケースも多い。
このような問題に直面している企業にとって、M&Aは救いの手となり得る。買い手が見つかれば後継者問題が解消される上に、経営者の手元に売却益が残る点も大きなメリットとなる。
【目的その2】従業員の雇用を守るため
中小経営者のなかには、これまで会社を一緒に支えてきた従業員を家族のように考えている方もいるだろう。しかし、後継者が見つからないまま経営者が引退すれば、多くの従業員は路頭に迷ってしまう可能性がある。
また、仮に後継者が見つかっていたとしても、事業承継をきっかけに経営が傾いてしまうかもしれない。後継者となる人物に必ずしも経営能力が備わっているとは限らないため、安易に事業承継を進めるべきではないのだ。
その点、M&Aによって経営地盤が安定した企業に買い取ってもらえば、従業員の雇用も守られるため安心できる。ただし、雇用条件が変わることで従業員が戸惑う恐れもあるので、各従業員の処遇については事前協議でしっかりと固めておくことが重要だ。
【目的その3】不採算事業を整理するため
不採算事業とは、マイナス収支の赤字事業である。不採算事業を抱えている中小企業は、その事業の赤字が大きな負担となり、どうしても経営が伸び悩んでしまう。
そのため、中小企業が不採算事業から撤退することは珍しくないが、すべての不採算事業に成功の可能性がないわけではない。たとえば、生産性を向上させれば採算がとれる事業になるものの、その資金を用意できないようなケースもあるだろう。
このように何らかの魅力がある事業については、M&Aの買い手が見つかる可能性がある。もし買い手が見つかれば、経営者の手元には事業の売却益が残るうえに、ほかの事業に集中する環境も整えられる。
つまり、M&Aは「不採算事業を整理する」という企業戦略として実施されることもあるのだ。自社にとっては不採算事業であっても、ほかの企業から見れば魅力的な事業になる可能性がある点は、しっかりと覚えておきたい。
M&Aで特に押さえておきたい手法は?それぞれの特徴も解説
M&Aの手法は「合併・買収・会社分割」の3つに大きく分けられ、スキームによって買い手・売り手の状況は変わってくる。また、細分化すると多くの手法が存在するため、ここからは特に押さえておきたい手法と特徴を解説していこう。
合併
合併とは、複数の企業をひとつの会社に統合する手法である。細かく分けると「吸収合併」と「新設合併」の2つがあり、権利義務や資産の承継先に違いがある。
・吸収合併
吸収合併は、一方の企業にすべての権利義務を承継させ、もう一方の企業は消滅させる手法である。新設合併に比べるとスピーディに実施できることから、急を要するM&Aなどで活用されるケースが多い。
ただし、現場の従業員に負担がかかる点は、計画を立てる前に注意しておきたいポイントだ。合併の実施日からひとつの法人として運営することになるため、迅速に統合作業を進めなくてはならない。
また、存続会社と消滅会社の顧客が重複している場合は、取引を縮小されてしまう恐れがある。これは新設合併にも言えることだが、状況次第ではシナジー効果が表れにくくなる手法なので、その点に注意しながら計画を立てることが必要になる。
・新設合併
一方で新設合併は、権利義務や資産などを承継させる新会社を設立する手法である。基本的な特徴は吸収合併と同じだが、新設合併には以下のようなデメリットがあるため、M&Aにおいて活用されるケースは少ない。
○新設合併のデメリット
・許認可や資格が承継されない
・新会社の設立に手間がかかる
・上場企業の場合は、再度審査を受けなくてはならない
また、新企業の設立にあたっては、登録免許税や印紙税などのコストも発生する。ほかの手法と比べてもデメリットが多いので、基本的には選択肢から除外しても構わないだろう。
買収
M&Aにおいて買収は最も活用されている手法であり、仕組みや手続きもそれほど複雑ではない。ただし、具体的な方法によって特徴が大きく異なるので、以下でそれぞれの特徴をチェックしていこう。
・株式譲渡
株式譲渡は、売り手が保有している自社株式を売却することで、買い手に会社の経営権を譲渡する手法だ。仕組みが比較的シンプルであり、複雑な手続きも不要であることから、中小企業のM&Aにおいては最も活用されている。
企業の価値次第では多くの売却益を残せるが、株式譲渡では「税金」に特に注意しなければならない。株主が法人の場合は法人税、個人の場合は所得税・住民税が発生し、取引価格によっては税金面で不利になってしまう恐れもあるため、売却額は慎重に検討するべきだろう。
なかでも創業者利潤を目的としている場合には、専門家に相談しながら最適な方法を模索することが重要だ。
・第三者割当増資
第三者割当増資とは、特定の第三者に新株の引き受け権利を付与し、その対価として現金を受け取る手法である。資金調達手段としても用いられるが、M&Aの場合は売り手が新株の発行者、買い手が引き受け側となる形で実施される。
第三者割当増資のメリットは、新株を付与する相手を確実に選べる点だ。また、売り手側の企業は経営資金を手に入れられるため、第三者割当増資は企業再生型のM&Aで活用されることが多い。
ただし、M&Aのために新株を発行すると、持ち株比率の低下によって既存株主が不利益を被ってしまう。株式の希薄化はデリケートな問題であるため、第三者割当増資を実施する前には株主への十分な説明が必要になるだろう。
・株式交換
株式交換とは、売り手側の株主が保有株式を引き渡す代わりに、その対価として買い手側の株式を受け取る手法だ。文字通り、株式の交換によってM&Aが行われるため、買い手側に買収資金がなくても実施できる。
また、中小企業にとっては少数株主を排除しやすい点も、株式交換を実施するメリットになるだろう。株式交換は、株主総会特別決議における承認を受けるだけで実施できるため、反対する株主がいても強制的に株主を移転させられる。
ただし、買い手側が新株を発行して対価を支払う場合は、株式の希薄化が生じてしまう。つまり、買い手側の既存株主が不利益を被るので、第三者割当増資と同じく株主への説明が必須となる。
・事業譲渡
事業譲渡は株式譲渡とは違い、会社そのものを売却する手法ではない。譲渡会社が営む事業の全て、もしくはその一部を譲渡する手法であり、中小企業のM&Aにおいては株式譲渡に次いで多く活用されている。
事業譲渡の最大のメリットは、不採算事業のみに絞って整理できる点だ。さらに買い手も必要な事業に絞って買い取れるため、コストを抑えた形で事業拡大や新たな市場への進出を狙える。
ただし、事業譲渡は株式譲渡に比べると手続きが複雑であり、多くの手間と時間がかかる点は軽視できない。具体的には、資産・債務の移転手続きや株主総会による特別決議などが必要になる。
この点が大きなハードルとなり、事業譲渡になかなか取り組めないケースは珍しくない。特にスピードが求められるようなケースでは、事前にしっかりと計画を立てておく必要があるだろう。
・MBO
近年のM&Aでは、「MBO(マネジメント・バイアウト)」と呼ばれる方法が注目されている。これは、企業の経営陣がファンドや金融機関などから資金を調達し、既存株主から自社株式を買い取る方法のことだ。
ここまでの方法と大きく異なるポイントは、買い手となる企業が存在しない点である。基本的にMBOでは、会社に理解のある人物が新たなオーナーとなるため、統合作業や引き継ぎなどの面で苦労することがない。
ただし、MBOは既存株主からの理解が前提であり、買い取りに応じてもらえない場合は実施できないこともある。また、ほかの手法に比べると経営体質の変化が少ないので、経営改善や企業再生の手法としては活用しづらいだろう。
会社分割
会社分割には「新設分割」「吸収分割」の2つがあり、いずれも複数の企業に分割することでM&Aを進める手法である。資産や契約をスムーズに引き継げる特徴があるため、事業譲渡よりも確実なM&Aの手法として用いられている。
・新設分割
新設分割とは、分割した事業やそれに関する権利・義務を、新たに設立した企業に引き継がせる手法である。事業をまとめて移転する手法であるため、資産や契約、資本準備金、資本剰余金などをスムーズに済ませられる。
また、一定の要件を満たすことで、資産の含み益が課税対象外となる点も新設分割のメリットだ。ただし、移転資産の支配権などの要件が複雑であり、ケースによっては税理士などの専門家に相談をしないと判断が難しいこともある。
ちなみに、売り手側が非上場企業にあたる場合は、その株式のすべてを現金化することが難しい。つまり、設立した新会社が損をするリスクがあるので、新設分割は主に上場企業のM&Aに活用されている。
・吸収分割
一方で吸収分割は、既存の企業に事業やその権利・義務を移転させる方法である。新設分割に比べると新たな会社を設立する手間を省けるので、吸収分割では資産・契約などのさらにスムーズな移転が可能だ。
そのほか、労働者の同意なしに人材を移転できる点も吸収分割のメリットである。ただし、人材の移転にあたっては「労働契約承継法」に基づいた手続きが必要であり、この工程を飛ばすと分割自体が無効になってしまう。
また、株主構成の変化によって業務に支障が出るケースもあるため、新たな株主に「敵対的な人物がいないか?」はしっかりと確認しておく必要があるだろう。
M&Aは手法によって特徴が異なるため、目的に応じたスキームを選びたい。たとえば、創業者利潤を目的としている場合は「株式譲渡」、コア事業に集中したいときは「事業譲渡」、一部事業の組織再編をしたい場合は「会社分割」が主な選択肢となる。
M&Aのメリット・デメリット
M&Aは、売り手・買い手の双方に経営の三大資源であるヒト・モノ・カネに変化をもたらす。そのため双方のメリット・デメリットを把握しておくことが大切だ。主なメリット・デメリットを次表にまとめたので確認して欲しい。
表を見て分かるようにM&Aを実施するメリット・デメリットは、買い手側・売り手側のどちらの立場に該当するかによって変わってくる。そこでまずは、買い手側から見たM&Aのメリット・デメリットを解説していこう。
以下で解説する内容は、買い手側の企業を探す際に役立つ知識となるので、売り手側の企業もしっかりと理解しておくことが大切だ。
買い手側に発生するメリット
・必要な経営資源をスピーディに獲得できる
買い手側の最大のメリットは、必要な経営資源をスピーディに獲得できることだ。経営資源を新たに作り出す場合、設備はもちろん知識・ノウハウを持った従業員も用意する必要があるため、多くの時間を費やすことになる。その点、M&Aでは資金面のコストだけで経営資源を獲得できるので、従業員を1から見つけたり育てたりする必要がない。
そのため特に市場の変化が早いような業界では、経営資源を迅速に確保できるM&Aが重宝されることもある。
・シェア拡大を見込める
既存事業を強化する目的で同業の会社、または事業部門を買収するM&Aでは、基本的に買収した会社が保有していたシェアや顧客を引き継ぐことになる。そのため業界内でのシェア向上を見込めるだろう。
・優秀な人材&技術を獲得できる
先述したように優秀な人材や技術を獲得できるのは、大きなメリットの一つだ。例えば経験豊富な従業員や有資格者を獲得することで市場における競争にも即効性を期待できる。自社より優れた技術を獲得する場合には、なおさらだ。
・事業多角化を図れる
これまで自社で扱ってこなかった事業を展開している会社、または事業部を取り込めば、新規事業に参入・展開することも可能だ。事業の多角化が図れるため、業績拡大や事業リスクの分散などを期待できる。
・シナジー効果を期待できる
既存の事業と新たな事業の融合によって、多角化だけにとどまらず「シナジー効果」を期待できる点も大きなメリットだろう。シナジー効果とは、複数の企業・事業を組み合わせることで、単体で得られる以上の成果を得られることだ。この解説だけでは少し分かりづらいため、以下では具体的な例を一つ挙げてみよう。
シナジー効果の例
あるバス会社がM&Aによって、近くにあるテーマパークを買収した。買い手側の企業はより大きな収益を上げるために、駅からテーマパークまで運行するバスの路線を新たに開通。交通の便が良くなった結果、テーマパークに訪れる人がどんどんと増えていき、バスとテーマパークの両方の事業の売り上げが向上した。
シナジー効果による恩恵は、想定以上に大きいこともある。事業の組み合わせ次第では、利益が何倍にも伸びる可能性があるため、シナジー効果を狙ってM&Aを実施する例も多い。
買い手側に発生するデメリット
・想定外の費用が発生する恐れがある
簿外債務や偶発債務など想定外の費用が発生する恐れがある点は買い手にとって軽視できないデメリットだ。引き継ぐ資産を指定できる事業譲渡では問題ないが、それ以外の手法でM&Aを進めると、売り手側のさまざまなマイナス要素を引き継ぐ恐れがある。
・デューデリジェンスの実施にコストや時間がかかってしまう
一般的なM&Aでは、この点を防ぐために「デューデリジェンス」が実施されている。デューデリジェンスとは、売り手側の資産状況を詳しく調査することだ。デューデリジェンスを実施すれば確実性は高まるが、当然実施するためのコストや時間がかかってしまう。
・必ずしもシナジー効果を得られるわけではない
シナジー効果を得られない可能性がある点もデメリットの一つだ。仮にシナジー効果を織り込んで計画を立てていた場合は、M&Aにかかった費用が無駄になってしまう恐れがある。
・優秀な人材が流出する可能性がある
優秀な人材を獲得できる一方で労働条件変更・統合や派閥争いなどによって優秀な人材が流出してしまうリスクもある。優秀であればより条件が良く働きやすい他の会社に移ることも可能であり、派閥争いなどで面倒な想いをするより第3の会社に移ることを選ぶ人もいるだろう。
M&Aによる買収を進める場合には、人事デューデリジェンス(DD)を念入りに行い、売却側の既存の従業員に不利にならない人事制度・評価制度にすることが重要だ。
売り手側から見たM&Aのメリット
次は、売り手側から見たメリット・デメリットを確認していこう。将来的にM&Aによる会社・事業売却を検討している場合は、以下のメリット・デメリットをしっかりと意識したうえで、慎重に計画を立てることが重要だ。
・創業者利潤を獲得できる
中小企業の多くは、未上場であり自社株を現金化しにくい。しかし株式譲渡によるM&Aでは、株式を保有するオーナーが譲渡益を獲得できる点は、メリットだ。新たな事業を始めたり、自身のために使ったりできる。
・事業継続(技術・ノウハウの承継)できる
M&Aの売り手側に発生するメリットは、創業者利潤の獲得だけではない。特に近年注目されているのは、「事業承継問題を解決できる」というポイントだ。M&Aでは外部から次期経営者を探すため、身内で後継者を見つけたり育てたりする必要がない。
M&Aで事業承継することで長年磨いてきた技術や蓄積したノウハウが失われるのを防ぐことができ、売り手側が抱える事業承継問題は一気に解決される。
・従業員の雇用を守れる
従業員の雇用を守れる点も中小経営者が確実に押さえておきたいメリットの一つだ。特に経営地盤が安定している買い手が見つかれば、企業や従業員の生活を今よりも安定させられる可能性がある。
・経営基盤を強化できる
採算の合わない事業を売却する場合、自社の経営資源を残りの事業に集中させられる点もメリットである。強固な経営基盤が可能となるだろう。
売り手側に発生するデメリット
・必ずしも買い手が見つかるわけではない
売り手側にさまざまなメリットが生じるM&Aだが、必ずしも買い手が見つかるわけではない。買い手側も資金を無駄にできないため、何かしらの魅力がある企業・事業にしか興味を示さないのだ。仲介会社を利用する手もあるが、それでも買い手を見つけられないケースは多く存在することは心得ておきたい。
・想定していた価格で譲渡できない
仮に買い手の候補が見つかったとしても想定価格で譲渡できないこともある点は、デメリットの一つだ。買い手企業は、売り手企業(事業)の将来性を見据えて売却価格を決める。収益性の判断が買い手と売り手で異なることもあるため、売却価格が想定を下回る場合もあるのだ。
・M&A交渉決裂した場合に信用低下の可能性がある
交渉が決裂する可能性もゼロではない。M&Aでは、このような状況に陥ると売り手側もコストや時間を無駄にしてしまうだけでなく、交渉決裂が明るみに出れば取引先や顧客からの信用が低下する恐れがある。
・従業員のモチベーションが低下する恐れがある
労働条件や企業文化が変わることで従業員のモチベーションが低下する可能性も軽視できない。そのため従業員とも事前にしっかりと話し合い各従業員が納得できる形でM&Aを進める必要があるだろう。
M&Aを成功させるための重要ポイント
売り手・買い手共にM&Aのメリットを活かすためには「組み合わせ」「条件交渉」「アフターM&Aマネジメント」の3点が重要になる。各ポイントの概要を以下で解説しよう。
組み合わせ
M&AでWin-Winの関係を築くには「シナジー効果を発揮しやすい」「相互に補完し合える」といった相手であることが大切だ。自社の強みや弱み、課題を整理することで求める相手が絞られてくるだろう。またM&A後、スムーズに事業運営するために企業文化が似ている相手であることも意識しておきたい。
条件交渉
M&Aでは、ヒト・モノ・カネに変化をもたらすが、その変化の仕方は条件次第だ。手法の検討からM&A後の事業運営のことまで考えた上で、シナジー効果を発揮できるような条件交渉をすることが求められる。売り手・買い手と2者の関係は違っても、あくまで対等な立場での条件交渉を意識したい。
アフターM&Aマネジメント
アフターM&Aの詳細は後述するが、M&Aで成功するためには成約後の統合プロセスを慎重に行うことが重要だ。企業文化が似通っている相手であっても日常業務では多くの相違点があるだろう。従業員のモチベーションを低下させたり、取引先に不便を感じさせたりすることのないように注力したい。
M&Aの流れを3ステップで解説
細かく見るとM&Aにはさまざまなプロセスがあり、段階ごとに意識したいポイントが変わってくる。そこで以下では、買い手・売り手に共通するM&Aの全プロセスを、大きく3つに分けて解説していく。
【STEP1】事前準備
M&Aのステップのなかでも、特に「事前準備」は多くの時間をかけるべき部分だ。希望条件に適した相手を見つけなければ、買い手側・売り手側のどちらの立場になってもメリットが発生しないため、少なくとも以下の準備に取り組む必要がある。
上記のなかでも「【4】調査・分析」は、M&Aの成功・失敗を大きく左右するポイントだ。単に相手企業の情報収集をするだけではなく、自社の事業との相性を考えながら、発生するシナジー効果なども予測しなければならない。また計画を進めていくうちに方向性がブレないよう最初に「M&Aの目的」を明確にすることも忘れてはいけないプロセスだ。
とはいえ「自社がいくらで売れるか」によって、その後の交渉が揺れることもある。そのため売り手企業は、あくまで目安であっても譲渡価格の基礎となる株価を算定しておくことも需要だ。
【STEP2】交渉・検討
検討を経て候補となる相手を絞ったら、いよいよ交渉の段階へと移っていく。ただし、M&Aはお互いの企業に多大な影響を及ぼすため、一般的なケースでは交渉に入ってからも慎重に事が進められる。実際にクロージングの段階まで進むには、以下のような工程が必要になるだろう。
上記で注目しておきたい点は、基本合意契約の締結後にデューデリジェンスが実施される点だ。デューデリジェンスでは財務や法務、会計など、売り手側のあらゆる情報を確認していく。企業情報の確認には専門知識が求められるので、一般的なケースでは買い手側が専門家に依頼することになる。
この段階でもし問題が見つかれば、基本合意契約書を交わしても破談になる可能性が高いので、売り手側の企業は特に注意をしておきたい。
【STEP3】契約締結(クロージング)
ここまでの過程で問題がなければ、買い手側・売り手側の間で「最終譲渡契約書」を交わす。これが最終的な成約であり、最終譲渡契約を締結した後は株券や会社代表印をはじめ、必要なものをお互いに引き渡していく。またM&Aではクロージングまで進んだ後にも、「PMI」と呼ばれる統合作業を進めなくてはならない。
PMIも今後の状況に大きな影響を及ぼすので、計画を確認しながら慎重に作業を進めることが重要だ。
買い手がM&Aを進める手順
ここからは買い手と売り手に分けて、M&Aのさらに細かい流れを紹介しよう。まずは、買い手がM&Aを進める手順から解説していく。
1.買収先の条件を絞り込む
前述の事前準備が完了したら、買い手は買収先の条件を絞り込んでいく。明確にしておきたい条件としては、例えば業種や地域、事業内容、従業員数(規模)などが挙げられる。
買収先の条件を決める際には、自社の成長戦略やビジョンを意識することが重要だ。買収後の会社の在り方まで深く考えることで、より目的に適した相手企業を探しやすくなる。
2.候補企業にアプローチをかける
M&Aアドバイザーを利用する場合は、設定した条件をもとにロングリストを作成し、さらにショートリストへと絞っていく流れが一般的となる。
・ロングリスト:対象企業を20~30社に絞ったリストのこと
・ショートリスト:ロングリストの企業を比較し、さらに対象企業を8社程度に絞ったリストのこと
ショートリストまで作成できたら、次は残っている候補企業に対してアプローチをかけていく。この候補企業の選び方によってM&Aの成功率は変わってくるため、特にショートリストを作成する際には情報収集や分析に力を入れて、専門家のアドバイスも参考にしていこう。
3.秘密保持契約を締結する
交渉を進める相手企業が決まったら、まずは秘密保持契約を締結する。秘密保持契約とは、M&Aに関する情報の漏えいを防ぐ契約のことだ。
基本的には財務情報などを提供する売り手を守るための契約だが、秘密保持契約には買い手を守る意味合いもある。例えば、買収に乗り出していることが公になると、企業によっては従業員や株主などから反発される恐れがあるため、買い手の立場からも秘密保持契約はしっかりと結んでおきたい。
4.売り手の基礎情報を分析する
秘密保持契約を締結すると、売り手側から経営資料が送られてくる。次はその資料を確認しながら、売り手の基礎情報を丁寧に分析していく。
ここで注意しておきたいのは、必ずしも経営資料が実態を表すわけではないという点だ。特に財務情報は時期によって変化するため、受け取った資料はあくまで参考程度に受け止め、独自の観点から企業価値などを分析する必要がある。
また、自社のニーズに合致する相手企業が見つかったら、最適なM&Aスキーム(手法)についても考えなくてはならない。前述の通り、どの手法を選ぶかによってお互いのメリット・デメリットは変わってくるので、本格的な交渉を始める前に大まかな方針を決めておこう。
5.トップ面談を経て、基本合意書を交わす
基礎情報の分析で問題が見つからなかったら、いよいよトップ面談を経て基本合意書を締結する。
ちなみに、トップ面談の目的はあくまで意思確認であり、本格的な交渉をする場ではない。一般的なM&Aでは、トップ面談までの間にお互いの条件を調整しておく。細かいことを確認する程度であれば問題ないが、有利な条件にしようとすると破談する恐れがあるため注意しておこう。
また、基本合意契約はM&Aを決定づけるものではないが、この後のクロージングまでの流れに影響する。特に、M&Aスキームやデューデリジェンスの協力、独占交渉権などは重要なポイントになるので、漏れがないように契約書をしっかりと確認しておきたい。
6.デューデリジェンスを実施する
買い手のプロセスの中でも、最も重要なものが「デューデリジェンス」である。
買い手側がデューデリジェンスを行う目的は、シナジー効果を最大限発揮させることと、新たなリスクの発生を抑えることの2つだ。これらはM&Aの成功を大きく左右する要素なので、多くの費用や時間がかかったとしてもデューデリジェンスを省くことはできない。
ちなみに、デューデリジェンスには以下の6つがあり、それぞれ調査や評価を行う対象が異なる。
○6つのデューデリジェンス
・ビジネスデューデリジェンス:相手企業を取り巻く市場全体を分析・評価すること
・財務デューデリジェンス:財務情報をもとに企業価値を分析・評価すること
・法務デューデリジェンス:過去の契約を遵守しているかや、取引行為の正当性などを調査すること
・人事デューデリジェンス:人材の採用環境など、主に人事や労務に関する調査を行うこと
・税務デューデリジェンス:申告納税の妥当性や透明性を評価すること
・ITデューデリジェンス:M&Aを進めるにあたって、管理システムをどうやって統合するのかを調査すること
すべてのデューデリジェンスを行う必要はないが、買収後に大きな影響を及ぼしそうな懸念点については、必ずデューデリジェンスで細かく調査・評価することを意識したい。
7.最終条件を交渉してクロージング
最終条件の交渉は、主に基本合意契約とデューデリジェンスの内容を踏まえて行われる。買い手側が行うべきことは、デューデリジェンスの内容に基づいてM&Aスキームや取引価格を調整し、必要な対策を売り手側に要求することだ。このタイミングで補償やリスク対策の実行などを要求しておかないと、想定外のトラブルが生じた場合に対応ができなくなってしまう。
しかし、売り手の義務や責任に関する内容は、一方的に決めると争点になりやすい。クロージング前に破談すると、ここまで費やしてきたコストや労力が無駄になってしまうので売り手側に寄り添う姿勢も見せることが重要だ。これらのことを踏まえたうえで以下の事項について合意をとるとともに最終契約書に盛り込むことが求められる。
・株式譲渡の合意
・譲渡価額
・対価の支払い方法
・表明保証
・誓約事項
・損害賠償
・一般条項
・(M&Aの実行に合わせた取り決めがある場合)付帯合意
売り手がM&Aを進める手順
次は、売り手がM&Aを進める手順を紹介する。買い手とは意識すべきポイントや注意点が異なるので、その点を意識しながらひとつずつ確認していこう。
1.決算書(3期分)を準備する
M&Aを検討している売り手の状況は、直近の業績だけで判断することが難しい。中長期的な課題を抱えている可能性も高いため、M&Aアドバイザーとの初期の打ち合わせでは3期分の決算書を提出することになる。
また、このときに算定した株価をもとに計画を立てていくので、そのほかの経営資料についても積極的に提示しておきたい。
2.ノンネームシートを作成する
ノンネームシートとは、特定されない範囲で会社の情報をまとめた資料のことである。買い手がロングリスト・ショートリストを作成する際に活用する資料なので、間違った内容や虚偽の情報を記載することは許されない。
記載する主な情報としては、地域や設立年月日などの会社概要のほか、想定しているM&Aスキームや財務内容、オーナー情報などが挙げられる。利用するサービスによっては、従業員や取引先の情報もまとめる必要があるため、自社の現状を把握できる資料をきちんとそろえておこう。
3.秘密保持契約を締結する
M&Aの売り手はさまざまな情報を提供するため、秘密保持契約の内容には細心の注意を払わなくてはならない。契約にあたって特に意識しておきたいポイントとしては、主に以下の4つが挙げられる。
○秘密保持契約で意識しておきたいポイント
・対象となる情報が書面上で特定されているか?
・秘密保持義務の範囲に問題はないか?
・効力発生日や失効日を正しく設定できているか?
・秘密情報の返還方法や破棄方法が明示されているか?
また、契約に違反した場合のペナルティや対処についても、できるだけ書面上で明確にしておきたい。一般的なケースでは違約金の発生が多いものの、ほかにも損害賠償請求や差し止め請求、専門機関による調査の要求といった方法がある。
管理ミスによって情報が漏えいする可能性もあるため、仮に信頼できそうな買い手企業が見つかっても、秘密保持契約の内容にはしっかりとこだわることが重要だ。
4.IMを作成・提示する
IM(インフォメーションメモランダム)とは、会社概要や事業内容、財務データ、雇用状況などをまとめた資料のことである。基本的にはM&Aアドバイザーなどが用意するものだが、買い手側はこのIMをもとに相手企業を絞っているため、専門家に作成のすべてを任せることは望ましくない。
IMの作成においては、主に「自社の魅力をアピールできているか?」や「問題がある内容に見えないか?」などを確認することが重要だ。虚偽の内容を記載することは厳禁だが、プラス評価につながる情報が漏れている場合は、積極的に指摘・修正をする必要がある。
なお、利用するサービスによってはIMのほか、「プロセスレター」と呼ばれる資料も作成する。これは入札のルールや手順などをまとめた資料となるため、もし細かい希望がある場合は早めに伝えておこう。
5.トップ面談を経て、基本合意書を交わす
自社に興味を示す買い手候補が見つかったら、次はトップ面談を経て基本合意契約へと進む。基本合意書を交わすと、その内容に法的拘束力が発生するため、M&Aに関する不安や疑問はトップ面談の時点で解決しておかなくてはならない。
ただし、買い手の手順でも触れたように、トップ面談において過度な交渉をすることはマナー違反だ。トップ面談は条件交渉の場ではないので、疑問に感じている点を質問したり、細かい部分を突き詰めたりする程度に留める必要がある。
買い手に対して細かい条件交渉を行いたい場合は、前もってM&Aアドバイザーなどに相談しておこう。
6.デューデリジェンスを実施する
デューデリジェンスは、基本的にM&Aの買い手が行うものである。そのため、一見すると売り手側は何もできないように思えるが、買い手と良好な関係を築くためにも協力する姿勢を見せることが必要だ。
特に意識しておきたい点は、情報の提示を求められた場合にすぐさま対応することである。資料の提出などが少しでも遅れると、買い手から「何か隠しているのでは?」「不正を働いているのでは?」のように疑われてしまう。
また、買い手から要求されなかったとしても、重要な情報・資料などが見つかったら迅速に提示することが望ましい。情報開示に積極的な姿勢を見せることが、買い手・売り手の信頼関係を築くことにつながるので、不利になりそうな情報であっても正直に提示することを心がけよう。
7.最終条件を交渉してクロージング
デューデリジェンスの結果によって、最終条件の交渉内容は変わってくる。例えば新たに簿外債務などが発覚した場合は、クロージングまでの解決を要求されるかもしれない。買い手の要求に対しては真摯に対応することが望ましいがすべての点を妥協することは危険だ。クロージングの前であれば引き返すことも可能なので焦って最終契約を結ばないように注意しておきたい。
しかし最終契約書に調印したあとでもM&Aが白紙に戻されるケースもある点には注意しておこう。なぜなら通常最終契約書に調印すると株券や会社代表印・通帳などといった重要物品の授受(デリバリー)や決済が行われるが、クロージングの条件を満たしていないと決済ができなくなるからだ。
特に取引価格や補償内容などは、経営者個人にも影響が及ぶ。そのため買い手の要求をそのまま受け入れるのではなく専門家などと相談しながら慎重に交渉していくことが必要だ。
上の図は、一般的なM&Aの流れを簡単にまとめたものだ。実際の手順はケースによってやや異なるが、この流れを頭に入れておくだけでも全体の計画は立てやすくなる。い手・売り手の立場の違いを意識した上で、どのような準備から取りかかるべきか慎重に見極めていこう。
PMIで必要になる業務は?アフターM&Aを成功させるコツ
M&Aはクロージングで終わりではなく、その後にも「PMI」や「アフターM&A」と呼ばれる統合プロセスを行う必要がある。具体的にどのような業務が発生するのか、5つの分野に分けて確認していこう。
PMIは複数の会社をひとつにする作業であるため、お互いの経営理念や企業文化がかけ離れていると思わぬ失敗を招く可能性がある。では、PMIを成功させるにはどのような点を意識すべきだろうか。
1.デューデリジェンスの段階で計画を立てておく
前述の通り、PMIではさまざまな業務が発生するため、実際に統合してから計画を立てていたのでは間に合わない。統合直後からスムーズに動き出すには、遅くてもM&Aを実施するまでに計画を立てておく必要がある。
計画を立てるベストなタイミングとしては、デューデリジェンスの実施後が挙げられるだろう。デューデリジェンスの直後であれば、売り手企業の課題やリスクが明確になっているため、優先的に取り組むべき作業を見極めやすくなる。
2.リーダーシップのある人材を探しておく
PMIには経営者も積極的に関わるべきだが、すべての統合プロセスを1人で指揮することは不可能だ。中小規模のM&Aであっても、実際に統合作業を進めるのは現場の従業員となるので、前もってリーダーシップのある人材を探しておく必要がある。
特に業務面や人材面の統合プロセスは、現場の状況をしっかりと見ながら細かく調整しなければならない。また、場合によってはステークホルダー(株主や顧客など)に対する説明も求められるため、指揮をとるリーダーには経営者から近しい人物や、M&Aの意図を十分に理解している人物を選ぶことが望ましいだろう。
3.明確な目標を周知する
PMIには分かりやすいゴールがないため、各々の従業員に任せていると本来の目的を見失ってしまうことがある。したがって、M&Aの実施前には「明確な目標」を設定し、すべての従業員に周知しておくことが重要だ。
PMIの目標は、事業計画やデューデリジェンスの結果、期待できるシナジー効果などを組み合わせることで策定できる。また、売り手企業の経営者や役員からのアドバイスも参考になるだろう。
明確な目標を設定できたら、ステークホルダーなどの外部に発信することも検討したい。例えば、株主や顧客に「自社の目指すべき姿」が伝われば、外部からの信用性や期待感を高めることができる。
4.両社の経営幹部が十分なコミュニケーションをとる
そもそも経営理念の異なる2つの企業を、完璧な形で統合させることは非常に難しい。統合を進める過程で新たな課題が浮き彫りになるケースも多いため、こまめに計画を微調整することが求められる。
だからこそ、両社の経営幹部による十分なコミュニケーションが必要であり、しっかりと認識を共有しなければならない。特に経営のビジョンや方向性、PMIを進めるスピードなどは認識がズレやすいため、両社が納得できるまできちんと話し合っておこう。
5.想定外のトラブルが生じたら優先順位をつける
PMIを実際に進めると、以下のような想定外のトラブルに見舞われることがある。
○PMIで発生しやすいトラブル
・負担の増加により人材が流出する
・部署ごとの進捗に差が生じ、会社全体がうまく回らなくなる
・短いスケジュールの影響で、現場のオペレーションが混乱する
上記のようなトラブルが発生したら、まずは優先順位をつけることから始めたい。無理にすべてのトラブルを解決しようとすると、現場の従業員に大きな負担がかかってしまうため、さらなる混乱を引き起こすことになるだろう。
また、PMIを進める前の段階で、あらかじめトラブルを想定しておく方法も効果的だ。各トラブルへの対策を事前に考えておけば、解決までにかかる時間を大きく短縮できる。
従業員の負担を考えると、PMIはできるだけ早めに完了させることが理想であるため、どのような状況にもスピーディに対応できる体制を整えておこう。
M&Aにおける企業価値評価
ここでM&Aで重要な「いくらで買うか」「いくらで売るか」といった企業価値評価の仕方について説明しておこう。M&Aにおいては、企業の価値を「企業が保有する資産の価値」に加えて「今後見込まれる収益力やその源泉となる無形資産」も含めて評価する。
ちなみに「企業価値」から有利子負債といった債権者に帰属する部分である他人資本を控除したものが、株主に帰属する「株式価値」だ。企業価値を算出する方法として「コストアプローチ」「マーケットアプローチ」「インカムアプローチ」の3つの評価アプローチがある。それぞれの特徴をまとめると次表の通りだ。
実際の算出手法には、それぞれのアプローチ法のなかでいくつかの方法がある。例えばコストアプローチでは「簿価純資産価格法」「時価純資産価格法」「時価純資産+営業権法」といった具合だ。自社の状況によって適する評価法が異なるため、専門家に相談するのがいいだろう。
M&Aにかかる費用は?発生する税金と手数料
M&Aにはさまざまな費用がかかるため、実際に進めてみると予想以上にコストがかさむケースもある。特に売り手には税金も課されるので、翌年の納税を見越した上で計画を立てることが必要だ。
そこで次からは、「売り手」と「買い手」に分けてM&Aにかかる費用をまとめた。会社の将来や経営者の人生にも関わってくる要素なので、費用の内訳はしっかりとチェックしておこう。
売り手側に発生する税金・手数料
売り手側に発生する費用としては、まず「税金」が挙げられる。売却益に対する税金なので計算はそれほど難しくないが、以下の通りM&Aの方法によって課税方式が異なる点には注意したい。
また、買い手を探すにあたって仲介会社やM&Aアドバイザーを利用した場合は、税金に加えて以下の費用も支払うことになる。
・事前相談料
・着手金や最低手数料
・リナイティーフィー(定期顧問料)
・成功報酬
実際の料金体系は依頼先によって異なり、中でも「成功報酬」は差がつきやすい費用といわれている。M&Aの規模次第では数百万円の差が出ることもあるため、成功報酬の計算方法や金額は契約前に細かくチェックしておきたい。
また、相談料や着手金については無料のところも多く見られるので、「買い手が見つからないかも」と不安を感じている経営者はそのような相談先を探してみよう。
買い手側に発生する費用
M&Aの買い手は取引価額を負担する側なので、売り手のように税金が課されることはない。ただし、仲介会社やM&Aアドバイザーに支払う費用(着手金や成功報酬など)に加えて、事前調査にかかる「デューデリジェンス費用」を負担する必要がある。
では、デューデリジェンスにはどれくらいの費用がかかるのか、以下で一般的な相場を紹介しておこう。
さまざまな企業でIT化が進んだ現代では、M&A契約の前に「ITデューデリジェンス(※情報システムを統合するための調査)」を実施するケースも多い。ITデューデリジェンスの費用には明確な相場がなく、両社のシステム数や依頼先によって金額が変動するため、実施を予定している場合は事前の情報収集を欠かさないようにしよう。
M&Aの会計・税務の基本とは?
M&Aではさまざまな利益・費用が発生するため、会計や税務の基本についても確認しておきたい。ここからは、M&Aで用いる会計処理と会計基準をまとめたので、経営者や経理担当者はしっかりと確認していこう。
M&Aには3つの会計処理がある
M&Aで行われる会計処理は、「個別会計・連結会計・税務会計」の3つに大きく分けられる。それぞれ特徴や意味合いが異なるので、「何のために行うのか?」や「自社のケースで必要なのか?」などを意識しながら確認してみてほしい。
・【1】個別会計
個別会計とは、個別財務諸表(※ひとつの企業について作成する財務諸表)に反映される会計処理のことである。公認会計士による監査の対象にも含まれるため、すべての会社が遵守すべき会計処理として知られている。
M&Aにおいては、売り手側の企業が存続するかどうかで処理方法が異なり、合併の場合は買い手側が売り手側を合算する形で処理が行われる。一方で、株式譲渡のように売り手側が存続する場合は、売り手・買い手のそれぞれが独自に処理を行う必要があるので注意しておきたい。
・【2】連結会計
次に紹介する連結会計は、親会社と子会社による「グループ」が関わっている場合に行う会計処理だ。例えば、あるグループ企業が株式譲渡によってM&Aを実施した場合は、株式の取得については個別会計、グループ全体の処理については連結会計で行う。
連結会計において、かつての日本では「持分プーリング法」と呼ばれる処理方法が用いられていたが、2008年の会計基準改正によってこの方法が廃止されてからは「パーチェス法」による処理が一般的となっている。
○連結会計で用いる処理方法の違い
・持分プーリング法:売り手側の資産や負債、資本を、帳簿価額をもとに処理をする手法のこと。
・パーチェス法:売り手側の資産や負債、資本を、グループに参画したタイミングでの時価をもとに評価する手法のこと。
上記を見ると分かるように、M&Aのグループに関連する会計については、時価による評価・処理しか認められていない。なお、海外の親会社・子会社と連結会計を行う場合は、原則として処理方法を統一する規則があるため、お互いの処理方法を確認し合いながら作業を進めていく。
・【3】税務会計
ここまで紹介した2つの会計処理は、主に財務諸表の作成や報告義務のために行うものだ。一方で、税務会計は税金(課税所得)の計算を目的とした処理であるため、個別会計・連結会計とは意味合いが大きく変わってくる。
M&Aの税務会計で注意しておきたいポイントは、スキームによって税金の種類や課税される対象、税率などが異なる点である。これらの違いを理解した上で処理を行う必要があるので、担当者にはやや専門的な会計・税務の知識が求められる。
ちなみに、税務会計には会計基準が存在しておらず、基本的には各種税法(法人税法や所得税法など)に準拠する形で処理を行っていく。
M&Aで用いられる会計基準
日本国内のM&Aでは、ほとんどのケースで「日本基準」と呼ばれる会計基準が用いられている。しかし、ほかの会計基準を用いる企業も少なからず存在しているため、ここからは主な会計基準による違いを見ていこう。
・【1】日本基準
ひとつ目の日本基準は、「企業会計原則」をベースに運用されている会計基準である。一般原則や損益計算書原則、貸借対照表原則を活用した日本独自の基準であり、現在では多くの国内企業が日本基準を採用している。
ほかの会計基準との大きな違いは、M&Aにおいて発生する「のれん」の処理方法だ。後述する2つの基準ではのれんが償却されることはないが、日本基準では20年以内の償却期間が設けられている。
なお、日本基準は度重なる改正によって海外の会計基準に近づいているため、将来的にはのれんが償却されない形に変更される可能性がある。
・【2】国際財務報告基準
国際財務報告基準(IFRS)は、ロンドンに本拠地を構える国際会計基準委員会が策定した会計基準である。主に欧米で多く活用されており、特にEUではすべての上場企業に導入が義務づけられている。
国際財務報告基準は世界的に統一された基準であるため、日本基準の改正にも大きな影響を与えている。また、当該基準を導入する日本企業も存在しており、2019年の時点では約200社が国際財務報告基準を適用したとされている。
・【3】米国基準
最後に紹介する米国基準は、主にアメリカで活用されている会計基準だ。米国財務会計基準審議会(FASB)が策定した財務会計基準書などがベースとなっており、日本基準と比べると国際財務報告基準にやや近い特徴をもっている。
国際財務報告基準との違いとしては、企業に与えられる裁量の大きさが挙げられる。
○米国基準と国際財務報告基準の主な違い
・米国基準:「規則主義」の基準であり、会計処理に関する細かい規則が定められている
・国際財務報告基準:「原則主義」の基準であり、細かい判断を企業に任せる部分が多い
ちなみに、アメリカの市場に上場する場合は、国内企業であっても米国基準を導入しなければならない。本記事では割愛するが、日本基準とは考え方や規則が大きく異なるため、米国進出を目指している企業は注意しておこう。
上の表は、ここまで解説したM&Aの会計・税務の知識をまとめたものである。
M&Aのプロセスの中でも会計・税務に関する業務は特に複雑なので、自社の力だけで無理に進めることは望ましくない。PMI(統合作業)に集中できる環境を整えるためにも、処理に悩む項目が出てきたら迷わず専門家に相談することを検討しよう。
M&A案件の探し方は?仲介会社を探そう
M&Aの相手企業を探そうにも、ひとつの企業が調査できる範囲は限られている。自社と同じくM&Aに興味を持っており、かつ希望条件も合致する相手企業を自力で探すことは至難の業だ。
そのため、ほとんどのM&Aは「仲介会社」に依頼する形で実施されている。仲介会社とは、M&Aにおける相手探しや調査、交渉などを広くサポートしてくれる業者のこと。
本記事では「仲介会社」と一括りにして解説するが、実はM&Aの仲介会社に該当する存在は非常に多い。
○M&Aの仲介会社の例
M&A仲介会社、ファイナンシャルアドバイザー(FA)、ファイナンシャルプランナー(FP)、弁護士、税理士、公認会計士、証券会社、銀行など
いずれもM&Aをサポートする存在だが、得意分野やサポート内容は業者によってやや異なる。たとえば、M&A仲介会社は売り手・買い手の間に入ってサポートをするが、FAはどちらか一方が依頼人となり、M&Aに関するアドバイスを提供するケースが多い。なお、いずれの業者に関しても、実際にM&Aをサポートする担当者は「M&Aアドバイザリー」と呼ばれる。
着手金や成功報酬などのコストは発生するが、買い手・売り手の膨大なデータを所有している仲介会社を選べば、最適な相手を見つけられる可能性がぐっと高まる。また、経営者がM&Aだけではなく、本業に集中できる点も仲介会社に依頼をするメリットだろう。
なお、仲介会社に依頼をする場合は、前述【STEP1】の「事前準備」の段階で業者と契約を結ぶ必要がある。
M&A仲介会社を探すときに注意したい3つのこと
M&Aのサポートを仲介会社に依頼する場合は、その業者が成功のカギを握ることになる。つまり、仲介会社選びにもこだわらないと、成功の可能性を高めることは難しいだろう。
そこで以下では、仲介会社選びで注意しておきたい3つのポイントをまとめた。これから仲介会社を探す経営者は、以下のポイントを強く意識しておこう。
1.得意分野や実績を確認する
仲介会社によって中心的に扱っているM&A案件は異なり、大規模な案件を得意とする業者もいれば、中小企業同士の案件に特化した業者も存在する。つまり、仲介会社ごとに知識・スキルには偏りがあるので、自社のケースに該当する分野を得意とする業者を選ぶことが重要だ。
また、その中でも「取引実績数」の多い仲介会社は、より多くのデータ・情報を持っている可能性がある。取引実績はホームページ上でチェックできる場合もあるが、すべての実績が公開されているとは限らないので、できれば担当者に直接確認をしておきたい。
2.税金に詳しく、税務をサポートしてくれる仲介会社を選ぶ
一般的なM&Aでは、株式譲渡や事業譲渡にともなって多額の税金が発生する。そのため、成約後の節税対策にも力を入れるべきだが、M&Aに関する税金にはやや複雑な側面があるので、専門的な知識を備えていないと万全な対策をとることは難しい。
そこでぜひ検討したい点が、税理士や公認会計士が在籍しているような「税金に詳しい仲介会社を選ぶこと」だ。税務まで広くサポートしている仲介会社を選べば、安心して節税対策を任せられるため、経営者はその後のPMIや事業に集中できる。
3.悪徳業者の存在
中小企業同士の案件であっても、一般的なM&Aでは多くのお金が動く。また、M&A仲介会社の運営には特別な資格や免許が必要ないため、いわゆる「悪徳業者」が潜んでいる可能性も否定できない。
悪徳業者に依頼をすると、思わぬ不利益が生じてしまう恐れがあるので、特に以下のケースに該当する業者は強く警戒することが必要だ。
・守秘義務を守らない
・成約に不利な情報を隠して交渉を進めようとする
・ほかの業者に依頼させないように、強引な契約を結ぼうとする
・利益だけを優先して、クライアントの利益にならない案件を勧めてくる
悪徳業者から身を守るには、契約前の段階で「信用性」を細かく判断する必要がある。ホームページだけではなく、実際の担当者とじっくり話し合ったうえで、契約するかどうかを慎重に検討しよう。
M&Aの事例から学ぶ成功・失敗のポイント
M&Aの成功率を高めるには、先に説明した「成功のための重要ポイント」を念頭におきながら具体的な事例から学ぶのがいいだろう。成功事例からは見習うべきポイントを、失敗事例からは避けるべきポイントを学べる。そこで以下では、M&Aの成功事例・失敗事例を3つずつまとめた。自社のケースと照らし合わせながら、成功につなげるポイントを学んでいこう。
【成功事例1】必要な経営資源を補い合うM&A
最初に紹介する事例は、国内の中小企業同士のM&Aだ。シャッターや住宅建材を取り扱う「文化シヤッター」は、建材分野の事業領域や販路を拡大する目的で、2015年3月に「西山鉄網製作所」の全株式を取得した。
両社はいずれも、建築関連の事業に長く取り組んできた中小企業。同じ業界ではあるものの、それぞれが異なる強みを持っていたため、協業によって以下のようなメリットが発生したと予測される。
・経営基盤の強化
・収益モデルの多様化
・顧客基盤の強化
・商品やサービスの拡充
このケースのように、不足している経営資源を補い合うようなM&Aは、多くのシナジー効果を発生させる。どんな経営資源を共有でき、さらにその経営資源を組み合わせることでどんな変化が生じるのかについては、M&Aでは特に意識しておきたいポイントだろう。
【成功事例2】海外進出・事業拡大を狙ったM&A
国内の大手食品メーカーである「味の素」は、2017年8月にトルコの「キュクレ食品社」を買収した。このM&Aの最大の目的は、トルコや中東地域において事業強化を果たす点だ。
つまり、味の素にとってこのM&A案件は「海外進出への足がかり」であり、売り手企業の販売網やマーケティング情報などを活用することで、狙い通りに海外進出を果たしている。また、2018年3月には事業拡大の加速化を目指して、さらに「イスタンブール味の素食品販売社・キュクレ食品社・オルゲン食品社」の3社を統合した。
この成功事例のように、近年では海外企業とのM&A案件も多く見られるようになった。海外進出を目指している企業にとって、現地の販路や顧客情報を確保している海外企業は魅力的な存在だろう。
また、M&Aが実施されてからさらに事業拡大を狙っている点も、ぜひ見習っておきたいポイントだ。企業にとってM&Aは最終的な目標ではないため、成約後も積極的に行動を起こすことが重要になる。
【成功事例3】イノベーションを狙ったIT企業同士のM&A
世の中にはイノベーションを狙って、IT企業同士でM&Aを実施するケースも多い。大手電機メーカーである「シャープ」は、東芝の子会社にあたる「TCS(東芝クライアントソリューション)」を2018年10月に買収した。
シャープがこのM&Aを実施した目的は、自社の「AIoTプラットフォーム(※人工知能とインターネットを組み合わせたプラットフォーム)」を強化することだ。同社は2009年頃にパソコン事業から撤退した影響で、世界的な市場においては競争力を失いつつあった。しかし、TCSの技術(パソコン製品等の製造など)とAIoTプラットフォームを組み合わせることで、今では新たな競争力を身につけつつある。
この事例のように、AIやIoTに関する技術はさまざまな分野への応用がきく。シナジー効果はもちろん、既存事業の強化や海外進出、ケースによってはイノベーションを起こせる可能性もあるだろう。
そのため、自社だけでの開発や価値創造に行き詰まっているIT企業は、これを機に同業界でのM&Aを検討してみてほしい。
【失敗事例1】景気低迷による多額の損失
大手飲料メーカーの「キリンホールディングス」は、2011年8月にブラジルの飲料メーカーである「スキンカリオール」を買収した。当時は人口減少によって生じる国内市場の縮小が懸念されていたため、同社は新興国であったブラジルに目をつけた。
しかし、約2,000億円の費用をかけて買収したにも関わらず、その後ブラジルの景気は低迷。2015年には1,000億円を超える減損損失を計上しており、さらに2017年にはブラジルの子会社を手放した。
その売却益によって被害を最小限に食い止めてはいるものの、最終的な損失は300億円を超えている。このように海外企業とのM&Aでは、国内はもちろん海外の景気の影響も受けるので、さまざまな観点から情報収集・分析をする必要がある。
【失敗事例2】文化・慣習の違いによる計画のズレ
スーパーマーケットチェーンである「西友」は、2002年にアメリカの小売大手「ウォルマート」と資本提携を結んだ。このM&Aは業績不振に直面していた西友を、ウォルマートが立て直す目的で実施されたと言われている。
資本提携が結ばれると、ウォルマートはさっそくアメリカで取り組んできた手法を西友に導入。しかし、日本国内ではその手法が期待通りに通用せず、結果的に西友の経営状況を立て直すまでには至らなかった。
このように、M&Aでは文化や慣習による違いも、深刻なリスクになる恐れがある。国内と海外に限らず、国内企業同士のM&Aにおいても地域によって文化・慣習が異なる可能性があるので、やはり業界や市場の調査は欠かせない事前準備と言えるだろう。
【失敗事例3】デューデリジェンスの不足
大手製薬会社の「第一三共」は、2008年にインドの医薬品メーカー「ランバクシー」を約4,900億円(※当時のレート)で買収している。これは事業基盤の強化や海外進出につながるM&Aではあったものの、翌年の2009年3月期にはランバクシー関連だけで3,900億円もの特別損失を計上した。
このM&Aが失敗した大きな要因は、デューデリジェンスの不足といわれている。第一三共はデューデリジェンス自体を省いたわけではなかったが、ランバクシーの元株主がFDA(アメリカ食品医薬品局)に関する情報を隠ぺいした影響で、一部の製品をアメリカへ輸出することができなくなってしまった。
デューデリジェンスには費用や手間がかかるものの、丁寧に実施をしなければリスクは抑えられない。特に文化や慣習の異なる海外企業を買収する際には、多くの費用をかけてでも慎重に調査をする必要があるだろう。
将来的に拡大が見込まれているM&A市場
国内のM&A実施件数は1990年代から増加しており、2000年代には毎年1,500件以上のM&Aが行われるようになった。2010年以降は増加のペースが速まり、2017年には初の3,000件超、2019年には4,000件超を記録している。
なかでも以下で挙げる業界は、今後もM&Aの市場規模が拡大すると予想されている。
上記のほか、飲食業界や建設業界、調剤薬局なども、M&A市場の拡大が見込まれている業界だ。
例えば、飲食業界は2019年に発生した新型コロナウイルスの影響を大きく受けており、早急な経営改善・経営再建を必要とする企業が増えてきた。テイクアウトなどの工夫で乗り切ろうとする店舗も見られるが、それでも客足減少の根本的な解決には至っていない。
また、M&Aは全業種共通の課題(後継者不足、人材不足など)を解決できるため、業界に関わらず実施件数は増えると考えられる。
M&Aのよくある質問集
M&Aをスムーズに進めるには、当事者となる企業が正しい知識をつけておくことが必要になる。ここからは、M&Aに関する基礎知識や気になるポイントをQ&A形式でまとめたので、本記事のおさらいとして一つずつ確認していこう。
Q1.M&Aとは?何の略?
M&A(エムアンドエー)とは、「Mergers and Acquisitions(合併と買収)」を略したビジネス用語である。合併や買収を通して会社の経営権などを移す戦略であり、近年では中小企業が抱えるさまざまな課題の解決策として注目されるようになった。
M&Aの当事者は、買い手側にあたる「譲受企業」と売り手側にあたる「譲渡企業」に分けられる。いずれの立場であっても、M&Aの実施には専門的な知識やスキルなどが必要になるため、M&Aアドバイザーや仲介業者などの専門家に相談をするケースが多い。
Q2.M&Aは何のために行う?
M&Aの実施目的は、当事者の立場によって異なる。
買い手側は経営資源の獲得や販路拡大など、さらなる成長を目指すためにM&Aを実施するケースが多い。また、多角的な事業を展開することで、リスクを分散させようとする買い手企業も多く見受けられる。
一方で、売り手側は早期のイグジットのほか、近年では事業承継のために実施するケースも増えてきた。後継者が見つからない地方企業などにとって、外部から経営者を招へいできるM&Aは自社を守ることにつながっている。
Q3.M&Aをすると会社はどうなる?株式は?
M&Aが実施されても、基本的には売り手側の企業が消滅することはない。事業や資産、従業員などの統合作業は必要だが、通例であればそのまま経営が継続されることになる。
譲渡される株式については、株主名簿の名義書換を経て買い手企業が保有する。なお、株式の移動が発生するのはあくまで当事者のみであるため、例えば子会社をもつ親会社が買収されるケースでは、子会社の株主や保有割合は変化しない。
ちなみに、当事者のイメージや事業の相性によっては、M&Aをきっかけとして株価が大きく変動することもある。
Q4.M&A後の社員や従業員はどうなる?
国内のM&Aにおいては、売り手側の社員・従業員の雇用は継続されるケースが多い。基本的には待遇面も引き継がれるため、一般従業員はこれまでとほぼ同じ環境で働き続けることになる。
ただし、就労条件や環境の調整は買い手企業が行うため、必ずしも売り手企業が希望する形になるとは限らない。社員や従業員の雇用を守りたいのであれば、トップ面談などで契約内容を十分に話し合う必要がある。
また、役員などの上層部については、M&Aをきっかけに待遇面が大きく変わることもあるので注意しておきたい。
Q5.M&Aの企業価値は?利益の何倍が目安?
売り手側の企業価値については、採用する計算方法によって異なる。
例えば、企業のキャッシュフローや業績から計算する方法では、営業利益の5~10倍がひとつの目安だ。業績の安定性や将来性が高い企業では、さらに高い倍率が採用されるケースもある。
一方で、企業の保有資産から計算する方法では、「純資産額+資産の含み益の50%+2~3年分の営業利益」などが基準とされている。実際の算出方法はケースによって大きく異なるため、これらの数値はあくまで目安として認識しておきたい。
Q6.M&Aの減税措置とは?
M&Aの減税措置とは、株式購入などのために費やした資金の一部を損金算入できる制度である。正しくは「経営資源集約化税制」と呼ばれており、2021年8月2日から申請受付が開始された。
中小企業のM&Aでは、「設備投資減税」「雇用確保を促す税制」「準備金の積立」の措置が用意されており、設備投資や雇用確保、準備金の積立などが減税対象となる。特に買い手にとってはメリットが大きい制度であるため、M&Aの実施前には概要をしっかりと確認しておきたい。
Q7.M&Aのメリットとデメリットは何?
M&Aのメリットとしては、買い手・売り手の経営資源やノウハウを統合できる点、後継者問題を解決できる点などが挙げられる。買い手にとっては販路拡大や事業多角化がスムーズになる施策なので、M&Aは「時間を買う」と表現されることが多い。
その一方で、異なる企業文化の統合が難しい点や、簿外債務を引き継ぐリスクがある点などのデメリットも存在する。
Q8.日本のM&Aはなぜ増えた?
日本のM&Aは増加傾向が続いており、2022年の実施件数は4,304件(※)に上った。その理由としては、業界構造の変化(市場の飽和や縮小など)や、中小企業の後継者問題が挙げられる。
中でも後継者問題は深刻であり、近年では5~6割程度の企業が後継者不在に直面している。
(※)レコフM&Aデータベースによる調査結果。
Q9.M&Aが多い業界や会社は?
国内でM&A件数が多い業界としては、情報通信業やサービス業、製造業、商業が挙げられる。中でも情報通信業は、IT化やDX化の影響で買収ニーズが高まりやすいので、今後も実施件数を伸ばす可能性がある。
また、M&Aは後継者問題の解決策となるため、業界・業種に関わらず中小企業や地方企業の実施件数が増えると考えられる。
Q10.M&A業界の年収や給料はなぜ高い?
大手M&A仲介会社の平均年収は、1,000万円~1,800万円と言われている。他業界と比べて年収が多いのは、収益性や継続性が高いビジネスモデルであるためだ。
また、成果報酬型の料金体系が多い点も、M&A業界の平均年収を引き上げている要因だろう。
最適な方法を見極めるために、専門家に相談することも検討しよう
中小企業はM&Aに取り組むことで、現在抱えているさまざまな問題を解決できる可能性がある。ただし、今回解説したようにM&Aにはメリットがある反面で、注意しておきたいデメリットやリスクも潜んでいるため、計画を立てずに安易に行動を始めるべきではない。
M&Aを成功させるには、多方面への影響をしっかりと予測した上で、最適な方法を見極めることがポイントだ。そのためには、ある程度の専門知識を身につけておく必要があるので、実際のM&Aでは専門家に頼るケースが多い。
M&Aに興味を持ち始めている経営者は専門家に相談することも考えながら、慎重に計画を立てるようにしよう。
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斎藤弘樹 (さいとう・ひろき)
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