中国経済の概況

中国経済は18年以降、「債務圧縮(デレバレッジ)」や「米中対立」で景気が減速すると、中国政府が景気対策を繰り出して、景気減速に歯止めを掛けるという展開が続いている。

17年10月に5年に1回の党大会(19大)を終えた中国では、18年に入りデレバレッジを推進し始めたことでインフラ投資が急減速した。また、18年夏に激化した「米中対立」は、中国経済の将来を担う「中国製造2025」関連産業の先行きに不透明感をもたらし製造業の投資を鈍らせるとともに、中国株が大きく下落して消費者マインドを冷やし、自動車販売は前年割れに落ち込んだ。さらに、「産業のコメ」と言われる集積回路(IC)にも影響を及ぼし、データセンター建設ラッシュが沈静化し、次世代通信規格(5G)への移行期に差し掛かったスマホの買い控えも重なって、6%台後半で推移していた成長率は18年末には6%台前半まで減速した(図表-1の減速A)。そこで中国政府は18年12月、「反循環調節(景気減速の押し戻し政策)」と呼ばれる景気対策に舵を切り、「地方債券の発行規模を大幅に増やす」とともに、金融政策を「穏健中立」から「穏健」に切り替えて、金融(預金や融資)の伸びをGDP名目成長率につり合う伸びに設定、デレバレッジの推進は事実上棚上げとなった。これを受けて、社会融資総量(企業や個人の資金調達総額)は緩やかに伸びを高め、成長率は6.4%前後で止まった。

しかし、デレバレッジは棚上げとなったものの「米中対立」は沈静化しなかったため、景気は再び減速し始め、7月にはニッセイ基礎研で開発した景気インデックス(1)が6%を割り込んだ(図表-1の減速B)。そこで中国政府は8月27日、「流通の発展を加速し消費を促進することに関する意見」を発表し消費拡大策(自動車購入規制の段階的緩和や深夜営業など20項目)を打ち出し、9月4日には地方政府特別債券の発行とその使用を加速する措置を発表した。また、8月には新たに導入したローンプライムレート(LPR)を貸出基準金利よりも低めに設定し、9月と11月にはさらに引き下げて金利低下を促すとともに、9月16日には預金準備率を引き下げて銀行の貸出余力を増やした。そして、景気インデックスは9月には6.14%、10月には6.07%と回復することとなった。

一方、消費者物価は10月に前年比3.8%上昇と抑制目標である「3%前後」を上回った。アフリカ豚コレラの蔓延で豚肉が2倍に高騰して食品全体を押し上げた。但し、工業生産者出荷価格は下落し、食品・エネルギーを除くコアは同1.5%上昇に留まるなど、それ以外は概ね安定している。

中国経済,見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(1)「景気インデックス 」は、中国国家統計局が毎月公表する「工業生産」、「サービス業生産」、「製造業PMI」の3つを、ニッセイ基礎研究所で合成加工したものであり、月次の景気指標の動きをGDP成長率に換算するとどの程度かを示している

消費の動向

まず、個人消費の代表的な指標である小売売上高は、19年1-10月期に前年比8.1%増と18年通期の同9.0%増を0.9ポイント下回った。電子商取引大手の京東が6月に開催した「京東618」 セールや7月1日の環境規制強化(国6)を前にした中古車の駆け込み登録とその反動減、それに11月の「独身の日(双11)」を前にした買い控えなどでやや乱高下しているものの、緩やかな減速傾向を示している(図表-3)。名目可処分所得(1-9月期)は所得税減税などで前年比8.8%増と高い伸びを維持しているものの(図表-4)、消費者物価の上昇で実質的に目減りしており、個人消費の足かせとなっている。

中国経済,見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

また、業種別の内訳が分かる限額以上企業の19年1-10月期の売上高を見ると、日用品類が前年比13.4%増、化粧品が同12.1%増と高い伸びを示した一方、住宅販売の不振を背景に、家具類が同5.4%増、家電類が同5.4%増と18年通期の伸びを大きく下回り、自動車は前年割れに落ち込んでいる。また、ネット販売(商品とサービス)はBAT(百度、阿里巴巴、騰訊)を代表とするプラットフォーム企業が新たな消費需要を生み出す流れが続いており、前年比16.4%増と18年通期の同23.9%増を下回るなど伸びは鈍化してきたものの、引き続き2桁台の高い伸びを示している。

今後の個人消費を考えると、所得税減税などによる名目可処分所得の押し上げ効果は徐々に薄れてくるため、ある程度の減速は避けられない。但し、アフリカ豚コレラによる消費者物価の上昇は19年末が峠と見られており、その影響が一巡する2020年下半期には、個人消費の足かせのひとつが解消に向かう。また、消費者信頼感指数は高水準を維持しており(図表-5)、中間所得層の増加がサービス消費を拡大し、ネット販売化が新たな消費を喚起する動きが潮流となっているため、個人消費が大幅に減速する可能性は低い。なお、今後の雇用情勢には注意が必要である。都市部の調査失業率は5%台に上昇し、都市部の求人倍率は19年1-3月期の1.28倍をピークに低下してきており、数年前から増え始めた国内の工場を海外へ移転する動きが、米中対立を背景に加速してくる可能性も排除できない。今後さらに雇用が悪化するようだと、個人消費の足かせとなりかねない。

中国経済,見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

投資の動向

投資の代表的な指標である固定資産投資(除く農家の投資)は、19年1-10月期に前年比5.2%増と18年通期の同5.9%増を0.7ポイント下回った(図表-6)。3大セクターで見ると、不動産開発投資は同10.3%増と18年通期の同9.5%増を上回り、インフラ投資も同4.2%増と18年通期の同3.8%増を上回ったが、製造業は同2.6%増と18年通期の同9.5%増を大きく下回った(図表-7)。

中国経済,見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

製造業の投資が大きく減速した背景には米中対立がある。槍玉に挙がったのが「中国製造2025」で、その関連投資に関する不透明感が高まったからだ。また、米中の“関税引き上げ合戦”が激化したため、対米輸出拠点を中国以外へ移転する動きが広がり、製造業の投資は18年9月の前年比18.3%増(推定(2))をピークに減速し始め、4月には同3.8%減(推定)に落ち込み、その後も一進一退が続いている(図表-8)。しかし、10月は同3.5%増(推定)と2ヵ月連続のプラスとなり、特にコンピュータ・通信・電子設備製造は7-9月期に同17.7%増(推定)と復調の兆しがでてきた(図表-9)。その背景には中国共産党・政府が次世代通信規格(5G)投資を促進し始めたことがある。中国政府は6月に5Gの免許を交付し、中国共産党は7月の中央政治局会議で「情報ネットワーク等の新型インフラ建設を加速」する方針を示した。ITサイクルは最悪期を脱した模様である。

中国経済,見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

一方、18年夏に前年割れに落ち込んだインフラ投資は、中国共産党・政府が18年12月の中央経済工作会議で「反循環調節(景気減速の押し戻し政策)」を打ち出し、その中で地方政府債の増発を決めたため、プラスの伸びに転じたものの1桁台の伸びに留まっている(図表-10)。そこで、中国共産党・政府は6月、地方政府がプロジェクトを立ち上げやすくするため、レベニュー債で調達した資金を資本金に充当することを認め、順次その使用範囲を拡大している。また、不動産開発投資は上昇基調の住宅価格とデレバレッジ棚上げを背景に10%前後の高い伸びを維持している(図表-11)。第13次5ヵ年計画の最終年である2020年までは、中国人民銀行が緩和気味のスタンスを維持すると見られるため、不動産開発投資は高い伸びを維持するとみられる。しかし、そうした財政・金融に頼った経済運営は長くは続けられない。第14次5ヵ年計画に入る2021年以降はデレバレッジを再開し、それに伴って2021年のインフラ投資と不動産開発投資は減速すると予想している。

中国経済,見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(2)中国では、統計方法の改定時に新基準で計測した過去の数値を公表しない場合が多く、また1月からの年度累計で公表される統計も多い。本稿では、四半期毎の伸びを見るためなどの目的で、中国国家統計局などが公表したデータを元に推定した数値を掲載している。またその場合には“(推定)”と付して公表された数値と区別している。

輸出の動向

消費・投資と並び中国経済の第3の柱である輸出(ドルベース)を見ると、1-10月期は前年比0.2%減と、18年通期の同9.9%増を大幅に下回り、ほぼ前年並みの水準で推移している(図表-12)。特に、“関税引き上げ合戦”が激化した対米輸出は同11.3%減に落ち込んだ。輸出の先行指標となる新規輸出受注指数を見ると、拡張・収縮の境界線となる50%を17ヵ月連続で割り込んでいる(図表-13)。また、米中両国は現在、「第一段階」の合意に向けて電話協議を重ねているが、対立の根幹には覇権争いがあるだけに予断を許さない。輸出の持続的な回復はしばらく期待できないだろう。

中国経済,見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

中国経済の見通し

1|経済見通し

以上のような中国経済の現状と政策動向を踏まえると、2020年の成長率は6.0%を維持するものの、2021年には5.5%へ鈍化するだろうと予想している(図表-14)。

中国経済,見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

個人消費は、所得税減税などによる名目可処分所得の押し上げ効果が徐々に薄れてくるため減速は避けられないものの、中間所得層の増加がサービス消費を拡大し(図表-15)、ネット販売化が新たな消費を喚起する流れが続いているため、底堅い伸びを予想している。投資は、引き続き米中対立を背景とした先行き不透明感が足かせとなるものの、ITサイクルが最悪期を脱したのに加えて(図表-16)、インフラ投資も次第に勢いを増すと見ているため、2020年の投資は伸びを高めると予想している。但し、第14次5ヵ年計画に入る2021年以降はデレバレッジを再開すると見ているため、インフラ投資と不動産開発投資の伸びが鈍化して、投資は減速すると見ている。輸出は、米中の“関税引き上げ合戦”に伴い製造拠点の海外流出が増えると見られることから、不振が長引くと予想している。

なお、消費者物価は、アフリカ豚コレラによる食品高を背景に2020年上半期にかけて4%台まで上昇率を高めるものの、食品・エネルギーを除くコア部分が緩やかな上昇に留まり、工業生産者出荷価格(PPI)も下落基調であることから、2021年の消費者物価は3%を割り込むと予想している。

中国経済,見通し
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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三尾幸吉郎(みお こうきちろう)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 上席研究員

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