インタビュー 社会学者・橋本健二氏

れいわ支持者たちの取材を続けながら、わたしは一冊の本のことを思い出していた。社会学者の橋本健二・早稲田大学教授が書いた『アンダークラス新たな下層階級の出現』(ちくま新書)である。橋本氏はこの本で、専門・管理職やパート主婦をのぞいた非正規労働者を「アンダークラス」と呼んだ。日本には低賃金のアンダークラスたちが約930万人いて、正社員への道は険しいため、ほとんど階級のように固定化しているという。

わたしが興味をおぼえたのは、この本がアンダークラスの過酷さを認識しつつ、そのなかに希望の光を見いだしていた点だ。橋本氏はアンダークラスの人びとのことを「日本の現状を変える社会勢力の中心となり得る」と評していた。

アンダークラスの多くは現状に不満を感じ、心の中では格差対策を切実に求めている。だが一方で政治への関心が薄く、選挙があっても投票に行かない。このため、実際には格差是正がいっこうに進まない。それが現実だが、逆にアンダークラスが政治に関心をもち、この層を主な支持基盤とする政治勢力が生まれれば、世の中は変わるーー。橋本氏の本からは、このような主張が読み取れる。

れいわはアンダークラスを代表する政党になるか

れいわ新選組が橋本氏の言う「アンダークラス」の受け皿になるのではないか。取材をはじめた頃からわたしにはそういう期待があった。6月半ば、橋本氏に直接聞いてみた。都内のマンションの一室にある彼の私用オフィスは、図書館のように部屋中に本棚が並び、「知の隠れ家」といった感じだった。以下はそのときのインタビューである。

ーーれいわ新選組が2億円ほどの寄付を集めています。わたしが取材する限り、ギリギリの生活の中から1千円や2千円などの少額寄付をした人がいました。これまでは政治に無関心だったという人もいました。この現象をどうみますか?

「アンダークラスの人びとは非常に低賃金で仕事にも社会にも不満をもっている。そして、富裕層から貧しい人に富を分け与える『所得再分配』を進める政策を求めている。ところが、支持政党がない人の割合が非常に高いのです」

ーーなぜでしょうか?

「生活に余裕がなくて政治に関心を持てないと同時に、支持したくなるような政策を打ち出す政党がない。与党も野党も支持できない、ということです」

ーー生活が苦しいのに、投票に行かないから社会が変わらないという悪循環ですね。

「そこに出てきたのが山本さんなのだと思います。たとえば、彼がかかげている最低賃金1500円。既存政党がはっきりしない中で、自分たちの要求に応えてくれる政治勢力が出てきたと感じているアンダークラスの人びとが一定程度いるのかな、と感じています」

ーー橋本さんは著書で、アンダークラスを支持基盤にすることを公然と宣言する政治勢力が必要だと主張していますね。橋本さんがイメージしているものと比べると、れいわはどうですか?

「れいわ新選組の政策の中には、辺野古基地建設禁止など、既存のリベラル色がかなり強いものがありますね。辺野古基地建設がいいか悪いか、判断できるだけの情報をもっているアンダークラスの人はそんなに多くないと思いますよ。

広くリベラル政治勢力の支持を集めようという意図がみえる。その意味では、アンダークラスに特化した政治勢力とまでは言えません」

ーーれいわがホームページにあげている「決意」は、人びとの生活苦に焦点が絞られています。「反原発」や「基地」のことが一言も書いてありません。

「なるほど。『決意』はたしかに、わたしのイメージに近いですね」

だいたい分かってきた。安全保障などを主要政策に入れると、アンダークラスの中でも意見が分かれる。むしろそういった課題はいったん脇に置き、みんなが共感できる格差対策に焦点を絞った方がいい。そういうことのようだ。

ーーとにかく、いろいろな政策を混ぜ込んでしまうと、共感できない人が出てくるということですね。

「アンダークラスの大多数が支持政党なしで、投票に行くかも分からない。そういう人たちをひきつけることを考えると、あまりたくさん争点を持ち込まない方がいいでしょう。ただ、山本さんが東京選挙区から出るとしたら(※実際は比例区から立候補したが、インタビュー当時はそういう可能性も残っていた。筆者注)、リベラルな無党派層が東京にはたくさんいるので、基地問題などを政策に盛り込むことが得策とも考えられる。山本さん個人の当選を考えるならば」

ーー橋本さんのイメージする政党を具体化するのは難しそうですね。

「政党ではないですが、『薔薇マークキャンペーン』という運動がありますね。反緊縮や積極的な財政出動をかかげています。あの運動は経済政策に特化していて、安全保障などのイシューはもちこまないようにしている。日本の左派は昔から経済主義を嫌っていました。ゼニ勘定は軽蔑する、という傾向です。今でもその傾向はなくなっていないと思いますが、こういった時代だからポジティブな意味での経済政策を打ち出す政治勢力があっていい」

薔薇マークキャンペーンとは、立命館大学の松尾匡教授(理論経済学)や思想家の内田樹氏が呼びかけている運動のこと。消費増税に反対し、社会保障や教育分野の充実や大企業・富裕層への課税強化をかかげている。

ただ、わたしは内心少し不満だった。経済も大事だが、原発や米軍基地の問題は軽んじられないのではないか。そんな気持ちが表情に出ていたのか、橋本氏がフォローしてくれた。

「もっとも、アンダークラスを支持基盤とする政治勢力の具体的なイメージができているわけではありません。世界的に見ても、極端な排外主義やトランプ氏みたいなのが支持を集めたりしている。れいわ新選組も模索しているのだと思います。辺野古基地問題を含めた政策リストを出してみたり、先ほどの『決意』みたいなものを出してみたり。ここから日本のアンダークラスに適したスタイルが生まれてきたらいいなと期待しています」

「れいわ現象」の正体
牧内 昇平
1981年3月13日生まれ。朝日新聞記者。2006年東京大学教育学部卒業。同年に朝日新聞に入社。経済部記者として電機・IT業界、財務省の担当を経て、労働問題の取材チームに加わる。主な取材分野は、過労・パワハラ・働く者のメンタルヘルス(心の健康)問題。共著に『ルポ 税金地獄』(文春新書)がある。過労死問題については、遺族や企業に取材を重ね、過労自死をテーマにした「追い詰められて」などの特集記事を数多く執筆し、それらを元に2019年3月に『過労死』(ポプラ社)を上梓。過労死の凄まじい実態をあぶりだしたとして話題になる。

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