居抜き物件とは何か?という疑問を持って検索し、この記事をお読みになっている方は、おそらく以下の三者のいずれかではないでしょうか。
・テナントビルなどの物件オーナー
・新規出店者、出店を検討している方
・店舗を閉じる予定の方
居抜き物件は、これら三者の方々すべてにメリットがあります。そのため近年では居抜き物件の流通量は増加傾向にあります。居抜き物件とは、どのような物件なのでしょうか。
本稿では居抜き物件の基礎知識からメリットとデメリット、契約の際の注意点について解説します。
1.「居抜き物件」の3つの基礎知識
この章では、「居抜き物件」の基本知識を3つ解説します。
1-1.居抜き物件とは
居抜き物件とは、店舗やオフィスなどの収益用物件において、前貸借人(直前に物件を借りていた人)の内装や造作物、設備などが残ったままになっている物件を指します。
これに対して内装や設備が何もない物件のことを、スケルトン物件といいます。個々の契約内容によりますが、一般的な賃貸契約では「スケルトン渡し・スケルトン返し」が原則とされているため、内装などが残ったままになっている物件は区別するために「居抜き物件」と呼ばれています。
基本的に店舗やオフィスなどの賃貸物件はスケルトンで流通するはずなのですが、内装の費用や時間を節約したい出店者が元・同業種の居抜き物件を探すケースが増えています。
1-2.居抜き物件とスケルトン物件の違い
前項で述べたように、居抜き物件とスケルトン物件は、引き渡しの際の状態が異なります。
「スケルトン渡し・スケルトン返し」という原則では、前貸借人が退去する時には室内の状態を元どおりに戻さなければなりません(原状回復)。しかし次に入居する出店者が同業者でそのまま使用できるなど、原状回復しないほうが好都合の場合には、居抜き物件であることを了解した上で契約が成立します。
このように、居抜き物件は物件オーナーと前貸借人、そして新規出店者の三者が合意することではじめて成立する特殊な契約形態ということがスケルトン物件との大きな違いです。
1-3.居抜き物件と造作譲渡
居抜き物件には、前貸借人が使用していた内装や設備などがそのまま残されています。それは「たまたま残されているだけ」として現状渡し(無償扱い)になる場合と、それらを前貸借人の財産と見なす場合があります。
後者のように前貸借人の財産と見なされるほど価値のある内装や設備がある場合は、それらを別途、造作譲渡という形で金銭取引されることがあります。無償でそのまま引き継がれるか造作譲渡の形がとられるかは、内装や設備の状態によってケースバイケースです。
なお、造作譲渡の平均金額は東京23区で約249万円、大阪府内で約247万円(2017年のデータ、シンクロフード社調べ)となっています。造作譲渡が行われる場合はおおむねこれらの金額が目安になるといえるでしょう。
2.なぜ、居抜き物件が存在するのか
元来スケルトンであること前提で流通してきた店舗やオフィス物件ですが、なぜ居抜き物件が存在し、近年流通量が増えているのでしょうか。
2-1.それぞれの事情とは
居抜き物件が存在している理由として、三者それぞれに以下のような事情があります。
・物件オーナー:原状回復費用を節約したい、空室期間をなくしたい
・出店者 :開業費用と時間を節約したい
・前賃借人 :原状回復費用を節約したい、造作物を金銭で譲渡したい
これらはすべて、それぞれの立場におけるメリットです。三者それぞれのメリットがあるため、個別に居抜き物件であることを前提に賃貸契約をしたほうが合理的であると考える関係者が増えています。
2-2.居抜き物件は増えている
三者それぞれにメリットのある居抜き物件は、近年増えています。元々は飲食店によく見られた形態ですが、近年ではサロンや医院、クリニックなどにも広がりを見せています。
例えばカー用品店の「イエローハット」は、出店費用節約のために居抜き物件を活用しており、全くの異業種店舗だった物件を活用するノウハウが注目を浴びました。
次章では、それぞれの立場から見た居抜き物件のメリットとデメリットを詳しく解説します。
3.立場別に見る、居抜き物件のメリットとデメリット
この章では「出店者」と「物件オーナー」、それぞれの立場から見た居抜き物件のメリットとデメリットを解説します。
※「前貸借人」にとっては原状回復費用の節約と造作譲渡の可能性というメリットが大半でデメリットは特に無いため、ここでは割愛します。
3-1.「出店者」の場合:居抜き物件のメリット6つとデメリット3つ
新規にお店を始める「出店者」にとって、居抜き物件にはどんなメリットとデメリットがあるのでしょうか。
(1)居抜き物件のメリット6つ
「出店者」は居抜き物件のメリットを最も享受できるといえるでしょう。
①低コストで開業できる
居抜き物件を選ぶことで、開業資金を節約できます。初期コストを抑えることで人件費をかけられるため、優秀な人材を確保でき、それによって接客サービスの質が上がるなど、二次的なメリットも期待できます。
②内装工事の期間短縮
スケルトン物件は内装や設備が全く無いので、出店者が手配のうえ一から工事する必要があります。居抜き物件はその費用が不要となるうえ、工事期間の短縮というメリットがあります。状態が良ければ工事不要でそのまま開業することも可能なので、機会損失の回避にもつながります。
③開業イメージに近い物件を実際に見て選べる
居抜き物件はすでに内装や設備のある物件の「現物」があるため、開業するお店のイメージに近い物件を選ぶことができます。
④以前の顧客を獲得できる可能性がある(同業種の場合)
同業種に限られますが、前貸借人が経営していたお店の顧客が来店してくれる可能性があります。居抜き物件で飲食店を開業すると、前の店と勘違いして入店した人を含めて「どんな店ができたのだろう」と興味を持った人が来店してくれるかもしれません。全くの新規開業と比べるとメリットだといえるでしょう。
⑤店舗づくりの知識がなくても始められる
初めて自分のお店を始める人には、店舗づくりのノウハウがあまりありません。初心者がお金をかけて店舗づくりをするのは時間や費用がかかるほかにリスクを伴うので、居抜き物件は開業資金を節約する以外にも、前貸借人が作ったものを活用できるメリットがあります。
(2)居抜き物件のデメリット3つ
①出店者の意向や思いを完全には反映できない
絵に例えるとスケルトン物件は白紙のキャンバス、居抜き物件はすでに絵が描かれている作品です。白紙であれば好きな絵を描くことができますが、すでに絵がある場合はそこに手を加えることはできても根本的に異なる絵にするのは難しいでしょう。
居抜き物件は手軽で節約が可能な物件ではありますが、出店者の思いを反映する余地は少なくなります。
②前賃借人の閉業理由が悪影響を及ぼすことがある
前貸借人が経営していたお店があまり良い評判ではなかった場合や、閉業理由に問題がある場合は、同じ物件を居抜きで借りた出店者にまでその悪影響が及んでしまう可能性があります。
リスクを念頭に置いて、不動産業者など事情を知っている当事者に前貸借人のことを聞いておいた方が良いかもしれません。
③そのまま使えるとは限らない
居抜き物件は、物件オーナーが内装や設備の状態を保証しているわけではありません。造作譲渡など有償で譲渡されている場合はクレームに対応してもらえる余地がありますが、物件内の内装や設備などを無償の現状渡しで引き継いだ場合は、たとえそれが使えない状態だったとしても、物件オーナーや前貸借人は責任を負う義務はありません。
居抜き物件に残されているものは付帯的なものであり、物件オーナーがリニューアルした物件ではないことを留意しておきましょう。
3-2.「物件オーナー」の場合:居抜き物件のメリット3つとデメリット1つ
物件オーナーにとっては、居抜き物件にはどんなメリットとデメリットがあるのでしょうか。
(1)メリット3つ
物件オーナーにとって最大の関心事は、賃貸経営の安定化ではないでしょうか。居抜き物件には、その要求を満たすだけのメリットがあります。
①出店者(テナント)を見つけやすい
居抜き物件が発生する=前貸借人が退去することです。退去したまま誰も入居しない空室の状態が続くと賃料収入が入らなくなるため、空室リスクが顕在化します。次の貸借人が途切れることなく契約するのが理想的ですが、ここで居抜き物件であることが有利に働きます。
居抜き物件は出店者にとってコストと時間を節約できるため人気が高く、前貸借人から解約が予告されてから実際の退去までに次の貸借人を見つけられる可能性が高くなります。
②原状回復の費用にかかわるトラブルが起きにくい
スケルトン返しの契約では原状回復が前提になりますが、その費用負担をめぐるトラブルが起きる場合もあります。居抜き物件は三者が承諾した上で内装や設備をそのまま引き継ぐため、前貸借人にも出店者(新たな貸借人)にも、もちろんオーナーにも原状回復の必要がありません。費用が発生しないため、トラブルも起きにくいと言えます。
(2)デメリット1つ
前貸借人がどんな管理をしていたのかは、その人の性格や元の店の方針によるところが大きく、管理状態は一様とはいえません。
①前貸借人の管理状態にばらつきがある
原状回復を前提としたスケルトン返しであれば、管理状態が悪かったとしても「ゼロ」の状態に戻した上での退去になりますが、前貸借人の管理やメンテナンスの状態が悪かった場合、居抜き物件だとその状態のまま退去されてしまう恐れがあります。そのため、内装や設備の瑕疵が後からわかった場合、物件オーナーが修理費用を負担することになる場合があります。
特に有償の造作譲渡の場合は、内装の破損や設備の故障が後からわかった際、トラブルになる可能性があります。
こうした問題を防ぐためには、次章で解説する注意点に留意する必要があります。
4.居抜き物件を契約する際の5つの注意点
居抜き物件には、居抜き物件特有のデメリットやリスクがあることを解説しました。この章ではデメリットをなくしリスクを回避するために注意したい点を、5つにまとめました。出店者向けの注意点のほか、物件オーナーが注意したいポイントについても解説します。
4-1.内装、造作の状態をチェックする
居抜き物件とはそもそも、内装や設備といった造作が「前貸借人が使っていたままの状態」であることを条件にした賃貸物件のことです。そのため物件内にある内装や造作は「保証外」となります。契約をしてから使い物にならないものがあったとしても、それは借主である出店者の責任で対処しなければなりません。
保証外である以上、居抜き物件で瑕疵担保責任を求めることはできません。物件の内覧をしている時には問題がなかったものが、契約をして使い始めたらすぐに壊れてしまったという事例もあります。そうなった場合であっても前貸借人や物件オーナーはその責任を負わないとする契約内容になっていることが大半なので、特段の取り決めがない限りは出店者の自己責任となります。
こうした事情を鑑み、内覧時など契約前の段階で、内装や設備などについては入念にチェックを行いましょう。
4-2.飲食店の場合は特に水廻りを入念にチェックする
居抜きの状態で流通している物件の大半を占めているのが、飲食店です。水廻りは飲食店に欠かせない設備のため、飲食店の開業を目的として居抜き物件の契約をする場合は、水廻りのチェックを特に入念にしておく必要があります。
なぜなら、水廻りの故障は内装など他の部分と比べて修理代が高額になる傾向があります。水廻りの不具合が後になって発覚すると、居抜き物件を契約した費用的なメリットが水泡に帰す可能性があります。上水道はもちろん、排水の状態や臭いの有無などについても正常であるかどうかをチェックしましょう。
なお、水廻りの不具合については保健所の営業許可に影響を及ぼすこともあるので、ひどい場合は開業すらできない事態も考えられます。
4-3.リース物件がないか確認する
飲食系の居抜き物件の場合、物件内に厨房機器などが置かれていることがあります。これらの機器や設備が誰のものであるかを、しっかりと確認してください。もしこれらの物品がリース物件であると、リース会社が前貸借人との契約解消に伴って物品を引き上げてしまう可能性があります。居抜き物件に付随しているものだと思っていたとしたら思惑が外れてしまうことになるので、要チェックです。
契約前にリース契約の有無を確認することはもちろんですが、契約後にこうした事態が万が一発生した時に備えて契約書には物件内のどの物品を引き継ぐことができるのかを記載しておくと安全です。
4-4.個人的なやり取りはトラブルのもと
前貸借人と個人的な人間関係がある人が、当人同士の話だけで店舗を引き継ぐことはおすすめしません。契約を変えずにそのまま次の出店者が開業すると又貸しになってしまいますし、当人同士が「居抜きで引き継ぐ」という約束をしたとしても、それを物件オーナーが承諾するとは限りません。また、当人同士がお店を引き継ぐと決めたとしても、出店者が物件オーナーと契約できない可能性もあります。
居抜き物件は物件オーナーと前貸借人、そして出店者という三者が合意してはじめて成立する契約です。前貸借人と出店者が合意しているからといって自動的に成立するものではないことに留意しておきましょう。
4-5.未解約物件の特性を理解して有利な交渉を
前貸借人が退去の意思表示をしているものの具体的な閉店の時期を決めていないことがあります。その場合も、空室期間の発生を防ぐために物件オーナーが未解約物件のままテナントの募集をかけることがあります。
こうした物件では、物件オーナーがテナントを今すぐ見つけたいという明確な意思をまだ持っておらず、契約の内容や条件が実際に募集をかける時と異なる場合があります。「せめて問い合わせだけでも獲得しておきたい」という意向だとすると、居抜き物件であることも含めて契約条件の情報が不正確であるかも知れません。
気に入った物件が未解約物件の場合、物件オーナーとの交渉を有利に進めるためにも、安易に飛びつかず他の物件と比較検討をする広い視野と交渉力を持つことが大切です。
【物件オーナーが注意するべき点とPM担当をつけるメリット】
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5.まとめ
主に飲食店など店舗物件で広く流通している居抜き物件について、その基本から「物件オーナー」「出店者」それぞれの立場からのメリットやデメリットを解説してきました。メリットの多い居抜き物件ですが、契約の内容や取り扱いを間違えると思わぬトラブルの原因になってしまうこともあります。正しい理解をもってすべての当事者が居抜き物件のメリットを享受できるよう、当記事の情報をお役立ていただければ幸いです。(提供:ビルオーナーズアイ)