(本記事は、斉藤 徹氏の著書『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』翔泳社の中から一部を抜粋・編集しています)

介護,老人,入院
(画像=PIXTA)

高齢期の病気や不慮の事故に備える

要介護未満の商品・サービス

加齢とともに生じる体のさまざまな不具合も、日常生活にさほど支障を来さないレベル(第1次加齢)で留まっていればよいのですが、場合によっては老人性疾患と呼ばれる病気(第2次加齢)に進行してしまうこともあります。

下図は、65歳以上の男女における通院率の高い疾患です。男女ともに高いのは、高血圧症、眼の病気(白内障、緑内障など)、腰痛症、歯の病気など。こうした病気がさらに進行すると、要介護状態や死に至る病になる可能性もあります。

超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方
(画像=超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方)
出典:「平成28年 国民生活基礎調査の概況」厚生労働省

また、要介護状態となる原因についてみると、男女で異なるようです。男性は、脳血管疾患(脳卒中)が多いのに対し、女性は認知症や骨折・転倒などが高くなっています。

超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方
(画像=超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方)
出典:「平成30年版 高齢社会白書」内閣府

近年、介護予防や健康寿命の延伸が大きな社会課題となっていますが、こうした疾病や要介護状態にならないための予防型の商品・サービスの開発も、今後ますます重要なテーマとなるでしょう。

【COLUMN】利用者視点にどれだけ寄り添えるか
高齢者の個々の困難性を克服するための商品を開発するポイントは、「いかに利用者視点で考えられるか」にあります。筆者の母親に関するエピソードを紹介したいと思います。

後期高齢者であった母親は、脳梗塞を起こして緊急入院していました。幸い後遺症はなく、退院の見込みが立ちましたが、実家は古家で段差や階段も多く、至る所につまずきの原因がありました。前述のように、高齢になると筋力が低下し、ちょっとした段差や出っ張りにつまずいて転倒骨折を引き起こします。

退院後は転倒に気をつけなくては……と考えていた折、新聞で「転倒しづらい靴下」という商品記事を見つけました。ある大学の研究機関と企業が共同開発したもので、指先が上を向いてつまずきづらくなるように、靴下の編み方を工夫したものでした。「これはいい!」と早速販売元を調べ、退院した母親にプレゼントしました。

その後、しばらくして母親に靴下の感想を聞いてみると、「一度はいてはみたけど、気に入らなかった」と言います。指先の締め付けがきつかったそうです。確かに、転倒を防ぐために指先を上向きにさせるのですから、それだけ足の甲と指先を締め付ける必要があります。この靴下は、目的である「転倒しないこと」を重視するあまり、「はき心地」を犠牲にしてしまっていたのです。高齢になると疲れやすくなることもあり、身に着けていて楽なものが好まれます。この商品には残念ながら、その視点が欠けていました。

このケースに限らず、高齢者向けの課題解決商品には、「ある問題を解決すれば事足りる」というものは実は少ないのです。全般的に虚弱になっている高齢者にとっては、一つの課題解決が、別のストレスや痛みを生み出す(リスク・トレードオフ)可能性も否定できません。補聴器を装着すると耳への圧迫感が煩わしい、介護パンツをはいたもののゴム部分が擦れてかぶれてしまう……ある対応が、新たに別の困難の原因となることもしばしばです。

ストレスの連鎖を引き起こさないためにも、本来の目的にかなうことだけでなく、使用感や心地よさについても利用者目線で追求する姿勢が大切です。

社会インフラ・環境面から「体の変化」へ対応する

少子化,高齢化,投資,最適化
(画像=(写真=lola1960/Shutterstock.com))

環境面からのアプローチ

今後、後期高齢者が増加し、日常生活にさまざまな困難を抱える人々が増えれば、社会インフラの面からの対応も重要になります。かつての人口成長、経済成長時代に拡大した中心市街地を、再度、高齢化や人口縮小時代に合わせようとするコンパクト・シティのまちづくりも、高齢社会に対応した社会インフラの再整備といえるでしょう。

2006年にバリアフリー新法が成立し、従来の建築物、公共交通機関、道路に加え、路外駐車場や都市公園にも、バリアフリー化基準の適合が求められるようになりました。しかし、一般の飲食店や商業施設まで含めると現実はいまだ遠い状況です。

現在でも、高齢者に対応しきれていない施設は数多く存在します。施設表示や案内などのハード面から人的対応まで含め、さまざまな気配りや心配りができるかどうか。今後の対応の積み重ねが、高齢者の顧客満足を形成します。

「歩きやすさ」への細やかな対応

例えば、歩行することに多少の困難さを感じている人がストレスなく日常生活を送るためには、どのような対応が必要でしょうか。生活空間や公共空間において段差をなくす配慮を行うのはもちろんのこと、つまずきやすい床面にしない、床面に出っ張りや段差があれば注意喚起するといったバリアフリーの確保が必要でしょう。

また、ストレスなく移動できる環境に加えて、休める空間、座れる場所があることや、歩きづらい時に気軽に車椅子が利用できる環境なども大切になってきます。

休める空間、座れる場所は、できれば歩行距離100メートルに1カ所程度で配置されるのが望ましいとされています。1995年に導入された東京都武蔵野市のコミュニティバス「ムーバス」は、停留所を約200メートルおきに設置していますが、これも高齢者の歩行ストレスを考慮した結果です。

休憩スポットの形状にも配慮が必要です。座面が低く、クッションの柔らかいソファは確かにくつろげますが、足腰の弱い高齢者にとっては負担の大きいものです。座面が低いと座る際に足腰への負担が大きくなりますし、柔らかくて体が深く沈むソファは立ち上がる際に苦労します。適度な座面高と適度な硬さ、肘掛けを備えた椅子のほうが、高齢者にとっては快適なのです。

車椅子の利用については、日本と海外でその意識に大きな差があるように感じます。特に米国では、空港や商業施設、テーマパークなど移動に困難をともなう大型施設には、気軽に利用できる車椅子が設置されています。無理をしないですむ環境が整えば、高齢者の「歩くこと」や「出かけること」に対するハードルも下がりますから、今後の高齢社会では重要なポイントとなるでしょう。

建築・設備計画上での高齢者への配慮事項

動作寸法・筋力の変化
・低い所や高い所における収納への配慮
・開口部の取っ手は使いやすい形状にする
・操作しやすい形状の水栓とする
・コンセントなどの取り付け高さに注意する
つまずきやすく、転倒しやすい、急勾配での昇降移動が困難
・不必要な段差を設けない
・滑りにくい床材を選定する
・勾配が緩やかで、踏み外しにくい階段とする
・必要箇所へ手すりを設ける
・浴室への出入りが安全にできるよう配慮する
運動能力の低下による車椅子の利用
・調理台カウンター、洗面台の下部にクリアランスを設ける
・便座は腰掛け式、車椅子動線部分を確保する
俊敏性、生理・感覚機能の衰え
・ガス漏れ警報器、火災報知器、消火装置の設置
・開口部の戸は適切な開き勝手のものとする
・適切な冷暖房・換気設備を設置する
・適切な室温を維持できるようにする
視力の低下・視野の低下、色識別能力の低下
・適切照度、均一照明の確保
・つまずきやすい箇所での照度に配慮する
・手暗がりになりやすい部分の照明に配慮する
・適切なスイッチを使用する
・中途半端な段差、見えにくい段差を設けない

参考文献:『高齢者のための建築環境』日本建築学会編(彰国社)より一部抜粋

被害防止・加害防止視点からの商品開発

起業アイデア1
(画像=起業アイデア1)

被害者になるケース、加害者になるケース

高齢社会課題を考えるにあたって、もう一つ憂慮すべき点が「高齢者の事故や安全」です。これには高齢者が被害者となるだけでなく、図らずも加害者となってしまうケースもあります。

超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方
(画像=超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方)
出典:「2017年 人口動態調査」厚生労働省

振り込め詐欺などの特殊詐欺では、高齢者(65歳以上)の被害件数は約1.3万件と全体の約8割を占めています。一時は詐欺の件数自体も沈静化傾向にありましたが、近年、再び上昇しています(「平成30年における特殊詐欺認知・検挙状況等について」警察庁)。

交通事故死者数に占める高齢者(65歳以上)の比率も、死者数全体の55.7%と半数以上を占めています。近年、全年齢死者数は減少傾向にあり、高齢者の占める割合だけが高くなっているという状況です(「平成30年中の交通事故死者数について」警察庁)。

住宅火災に占める高齢者の死者数の割合も70.6%(平成30年668人)と、全体の7割を占めています(「平成30年(1〜12月)における火災の状況」総務省)。地震をはじめとする災害発生時に高齢者が弱者となってしまうのと同様に、安心・安全も高齢社会における課題の一つといえるでしょう。

さらに、「不慮の事故」で亡くなる高齢者も多数います。不慮の事故と聞くと、交通事故などを想像しますが、高齢者の場合は転倒や浴室での溺死、不慮の窒息により亡くなる数のほうが圧倒的に多いのが実態です。

一方で、「加害者」という視点も忘れてはいけません。高齢運転者による交通死亡事故は年間約450件発生しています。交通死亡事故の総数が減少傾向にある中で、高齢運転者の死亡事故率は上昇傾向。特に全交通死亡事故件数に占める75歳以上の運転者の割合は、年々増加しています(2007年の8.2%から2017年の12.8%と、10年間で5%近く上昇)。増加原因は明確で、高齢免許保有者数の増加によるものです。

75歳以上の免許保有者数は、現在約540万人。10年前(約257万人)と比べると、なんと2倍以上に増えています。現在の高齢者の若かりし頃が、まさに1960年代のマイカーブームであったことも影響しているのでしょう。この数値は、全運転免許保有者の9%を占めており(65歳以上でみると25%)、もはや高齢者による運転を「少数派」として無視できるものではありません。

事故原因がはっきりしないものもありますが、多くは老化にともなう運動・反射神経、認知機能の低下などを原因とするものです。しかし、高齢者による事故が目立つからといって、強制的に免許返納を義務づければよいというものでもないでしょう。買い物や通院など、自動車が生活に欠かせない状況にある人は多く、いかにして高齢者の安全運転を可能とするか、その仕組みや方策を考えなくてはなりません。

高齢ドライバーの中には、長年運転し続けている自負から、自分の運転技術を過信している人も少なくありません。動体視力やとっさの反応など、運動能力が落ちているのは明らかなのに、たとえ軽い事故を起こしても「偶発的な出来事だ」と正常性バイアスをかけてしまいがちです。

重要なのは、高齢者が「自身の運転能力がどのレベルであるのか」をはっきりと自覚することです。将来的には、ロボットや自動運転などの機能を活用した高齢者運転支援・事故防止技術の開発も期待されるところです。

また、先に述べた交通事故被害についても、事故原因は「走行車両の直前直後横断」「横断歩道以外の横断」など、高齢者自身の交通法令違反を理由とするものも多く、実は一概に「被害者」といえない側面もあります。

火災も同様で、住宅火災原因の上位を占めるのは、「放火」を除くと「たばこ」「ストーブ」「こんろ」などです。これも高齢者自身による不注意や不始末が原因となったケースが多数あります。このように、高齢期には、本人自身が被害者になると同時に加害者となるケースも多いのです。

被害防止関連商品の開発事例

こうした状況を受けて、具体的な被害防止関連商品も登場しています。事例をいくつか紹介しましょう。

シャープ株式会社が開発した「詐欺防止対策付き固定電話」は、振り込め詐欺防止機能に加え、見守りや緊急時に家族に連絡する機能を搭載した固定電話。設定は不要で、見守り機能を使う場合も特別な工事や契約は必要ないという、ある意味で高齢者にやさしい仕様となっています。

オリックス自動車株式会社による「あんしん運転見守りサービス EverDrive」は、高齢者の交通事故防止に焦点をあてた、車搭載端末型の運転見守り装置です。急加速や急減速、速度超過など、事故につながりやすい運転を検知すると、家族などにメールで送信する機能を備えています。運転データが可視化されることで、自身の運転を振り返ることができ、加えて家族ともコミュニケーションをとることで、安全運転意識を高めてもらおうとするものです。

ナビコミュニティ株式会社が開発した「浴室システム」は、「浴室用動き検知センサー」と「自動排水栓」の組み合わせにより、入浴中の溺死の危険性を回避するシステム。検知センサーはシャワーや水流には反応せず、人の動きだけに反応します。一定時間以上(60秒)浴室で反応がない場合に何度か安否確認のメッセージを送り、90秒以上レスポンスがなかった場合は家族や警備会社に通報すると同時に、自動排水を行うというものです(同社ホームページより)。

こうした被害(もしくは加害)防止商品の開発も、今後さらに望まれるところです。

【COLUMN】被害防御がもたらす弊害
高齢者が被害者となることを防ぐのは重要ですが、一方で被害を防ごうとするあまり、本人の権利を侵害してしまうケースも生じています。

2017年6月25日付朝日新聞朝刊の「声」に「高齢者は自由にお金を使えない?」という投書記事が掲載されました。

ある高齢女性が、自分の保険が満期になり、振り込まれた金額を引き出しに夫婦で銀行に赴いた時のこと。銀行員から身分証明書の提示を求められた上に、お金の使い道を根掘り葉掘り聞かれ、さらには警察官まで呼ばれ〝取り調べ″を受けたというのです。そのお金は、納骨壇を購入するためだったのですが、購入予定のお寺に確認の電話を入れられ、娘にも電話され、住所、氏名、生年月日、携帯番号までたずねられ、お金を引き出すまでに1時間半あまりかかったというお怒りの投書でした。

こうした動きは全国の金融機関に広がっています。しかし、引き出し限度額をはじめとする対応ルールも金融機関ごとにばらつきがあり、顧客への周知が徹底していないことで、混乱を招いているようです。口座の引き出し制限は、最近はキャッシュカードの振り込み制限にまで広がっています。このような問題も、現在の高齢者を取り巻く社会課題の一つとして検討されるべきテーマといえるでしょう。

超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方
斉藤 徹
西武百貨店、流通産業研究所、パルコを経て、株式会社電通入社。現在、電通ソリューション開発センター電通シニアプロジェクト代表。長年、シニア・マーケットのビジネス開発に従事する。社会福祉士。吉祥寺グランドデザイン改定委員会幹事、一般財団法人長寿社会開発センター客員研究員も兼ねる。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます