(本記事は、斉藤 徹氏の著書『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』翔泳社の中から一部を抜粋・編集しています)

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介護市場の課題と新しい可能性

「準市場」はイノベーションが起きにくい?

2000年から介護保険制度が導入され、介護は公的社会保険制度への転換が図られました。要介護状態の高齢者に対して自治体が受けるべきサービスを決める「措置」から、要介護者本人や家族が望む形で介護サービスを受ける「契約」への転換です。多様な事業者による競争原理が働くことで、介護サービスを向上させる狙いもありました。

それから約20年の時が過ぎ、当初の狙いも一定程度は実現しました。一方で近年は、増加する介護給付費の抑制に苦慮する状況も見受けられます。

介護事業を取り巻く環境は、純粋な形の「市場」とは異なり、部分的に市場原理が導入される「準市場」です。介護サービスを提供する事業者は、介護報酬を事業収入のベースにビジネスを展開するため、多くの企業が3年に1回実施される介護報酬改定に大きく影響されます。改定により、それまで介護保険の対象だったサービスが対象外となれば、介護報酬がなくなり、ビジネスが立ち行かなくなるからです。

一般的な「市場」は需要と供給のバランスで成立しますが、「準市場」である介護事業はマーケットの受給バランスに加え、介護報酬の算定基準という方針に左右されます。仮に、この市場でイノベーションを起こすような介護予防メソッドが発明されても、介護保険サービスの対象とならない限り、市場に根付く可能性は低いのです。

また、介護サービス内容が報酬加算の高い項目にシフトする「いいとこ取り現象」(クリームスキミング)が起こりやすいという一面もあります。近年、国は「介護予防」に大きく舵を切っていますが、その結果、リハビリ型デイサービスばかりが増えて、従来型のデイサービスの経営が厳しくなる事態も起きつつあります。しかし、従来型デイサービスのニーズがなくなっているわけではないので、需要と供給にミスマッチが生じてしまいます。こうした状況を見ても、介護市場には、顧客ニーズを発掘する「マーケット・イン」の発想は生まれづらいといえます。

また、介護産業を海外でも通用する産業として育成するためには、介護報酬はむしろ邪魔になる可能性すらあります。海外では、日本のような介護保険制度がない国が多数を占めています。そこでは、やはり純粋な市場でも競争力のある商品やサービスを鍛え上げなければ通用しないでしょう。

利用者ニーズをどのように考えるか?

介護市場のビジネスを考える際に特に懸念されるのが、利用者ニーズが置き去りにされ、サービス内容が規定されてしまうことです。近年の介護をめぐる動きを一言で表すならば、「予防」と「介護度改善強化」です。

いかに介護度の進行を遅らせ、かつ改善できるか。そのための方策として強化されているのが、提供サービス内容をチェックする「地域ケア会議」であり、介護度が改善した自治体に報酬インセンティブを加えようとする動きです。それらに連動する形で、機能回復強化を目的とするリハビリ型デイサービスが増えています。

これによって多くの人の介護度が改善するのなら、望ましいことです。しかし一方で、高齢者に無理矢理運動を押しつけることは、介護保険法の「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう保健医療、福祉サービスを提供する」という方針に反するのではないかという声が挙がっているのも事実です。

デイサービスのあり方も、それぞれの人のそれまでの暮らし方や好みに合わせて、より多様な可能性が志向されてしかるべきでしょう。既存の介護サービス内容にとらわれることなく、さらに新しいタイプの介護のイノベーションが起きることが期待されます。

介護の人手不足がもたらす影響

これからの介護市場を考える上でもう一つの重要なポイントが、介護に関わる人手不足です。介護人員が慢性的に不足していることは周知の事実ですが、とりわけ訪問介護に関する人手不足感が高くなっています。2017年現在の介護職員数は170万人ですが、2025年には239〜249万人の職員が必要という予測もあります。将来的に、介護の担い手が圧倒的に不足することが懸念されています。介護職については、「夜勤などもあるきつい仕事」「給与水準が低い」といったイメージも強く、なかなか新たな介護の担い手が養成できていません。

介護職員の不足により、ベッドに空きがあるにもかかわらず入居の受け入れをストップしている特別養護老人ホームも多数あるようです(厚生労働省調査)。

そうした人手不足の代替策として期待されているのが、外国人労働者やICT、ロボットの活用による作業の軽減・効率化です。厚生労働省でも、平成30年度予算で介護ロボット開発の加速化に向け、プロジェクトコーディネーターの配置などを予算化しました。しかし、現状はまだまだ実用化レベルには至っていません。介護現場の実態を理解した上での開発が望まれています。

ちなみにある介護施設では、インカムを導入したところ、スタッフ間のコミュニケーションが大幅に向上したという話も聞きます。すでに存在する技術を取り入れることでも、現場を大きく改善させる場合があります。こうした視点も重要なポイントでしょう。

今後ニーズが高まる「在宅介護」市場

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重要性を増す 「在宅介護」 市場

今後の介護市場で最も課題が多く、解決が望まれる領域は在宅介護でしょう。

現在、要介護者数は600万人を超えていますが(要支援も含む)、2020年にはこの数が800万人、2040年には988万人になると推計されています(「将来の介護需給に対する高齢者ケアシステムに関する研究会報告書」2018年、経済産業省経済産業政策局産業構造課)。

これほどまでに増加する要介護者を、特別養護老人ホームや有料老人ホームといった施設介護のみで対応するのは実質困難。今後は、要介護者の多くを在宅で対応していく必要があるでしょう。現在、進められている「地域包括ケアシステム」も、在宅介護を基本前提としています。医療・看護・介護をシームレスに提供するシステムを構築し、さらには地域共助の仕組みを加えて在宅介護を支えようという構想です。

したがって、これからは「在宅介護の質をいかに向上させるか」がビジネスを考える際のテーマとなるでしょう。在宅介護の一部は介護保険サービスとして外部化され、専門家の手にゆだねられていますが、介護のすべてを任せられるわけではありません。ともに暮らす夫や妻、近居する子どもなど家族にかかる負担は大きく、それを改善するための商品・サービスのニーズが生まれるはずです。在宅介護において、家族や介護者に多大な負担をかけず、要介護者にとっても質の高い介護をいかに提供するか、そうした視点での商品・サービスの開発が望まれます。

在宅介護分野での商品開発事例

求められるのは、要介護者の生活の質を上げ、かつ家族介護者の負担を軽減させる商品やサービスの開発です。「生活」には食事や入浴、排泄、睡眠などさまざまなテーマがありますが、先行的に進んでいるのが食の分野。嚥下機能が低下した人のための商品開発は、複数の企業が進めています。

いわゆる「きざみ食」「やわらか食」などの飲み込みやすい食品を、チルドやレトルトで提供するパターンが主流ですが、食事は提供される形状も重要です。例えば、イーエヌ大塚製薬では、素材の形状を残しながらも、舌で崩せるレベルまで柔らかく加工する独自技術(酵素均等浸透法)を活用した、「おせち」「うな重」「お花見弁当」などの行事食を提供しています。活動範囲が制限される要介護者だからこそ、四季折々の行事食の提供は大切です。

タイガー魔法瓶は、粘り気が少なく飲み込みやすいご飯を、誰でも簡単に炊ける炊飯ジャー「さらっとご飯クッカー」を開発しています。現在は高齢者施設を中心とした展開ですが、将来的には家庭用炊飯器としても期待できます。

睡眠の分野でも、いくつかの企業が商品開発しています。フランスベッドは、要介護者の褥瘡(床ずれ)を防止するための寝返り支援ベッドを開発。スプリングマットレスの全周囲に強度を持たせたマットレス「PRO・WALL(プロウォール)」も、起き上がりの際にマットレスの端に両手をつき、重みでへこんでバランスを崩し転倒する高齢者が多いことから開発されたものです。

また、在宅介護で悩む人が多いのが排泄対応です。介護用おむつは、各社からさまざまなタイプが発売されており、処理作業は以前に比べて楽にはなりましたが、それでも臭いの問題が残っています。実際、在宅介護をしているお宅にうかがうと、違和感のある臭いがそこはかとなく漂っているケースは多いです。

このような臭いの悩みを解決する商品もいくつか生まれています。例えば、エステーの「エールズ 消臭力」はしみつき尿臭に効くクエン酸を配合した消臭剤、花王の「アタック消臭ストロングジェル」は独自の消臭成分で尿臭をもとからブロックするという商品です。

超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方
(画像=超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方)
超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方
斉藤 徹
西武百貨店、流通産業研究所、パルコを経て、株式会社電通入社。現在、電通ソリューション開発センター電通シニアプロジェクト代表。長年、シニア・マーケットのビジネス開発に従事する。社会福祉士。吉祥寺グランドデザイン改定委員会幹事、一般財団法人長寿社会開発センター客員研究員も兼ねる。

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