(本記事は、斉藤 徹氏の著書『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』翔泳社の中から一部を抜粋・編集しています)

介護,支援,栄養士
(画像=PIXTA)

「日常の困りごと支援ビジネス」が必要とされる背景

日常の困りごと支援の仕組みが必要

地域社会で、今後大きく浮上するのが高齢者の日常生活支援問題です。現在、社会問題化している「ゴミ屋敷問題」などもその一つです。

後期高齢者の増加により、日常生活に困難や不便を抱える人が増えることは確実です。かつて、高齢者が抱える困りごとは、同居家族や近隣住民が解決してくれましたが、少子化が進み、コミュニティのつながりも希薄になった現在では、そうはいかなくなってきました。

来る2025年問題に備え、現在、国が積極的に進めているのが「地域包括ケアのまちづくり」です。これは、住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最後まで続けられるよう、住まい・医療・介護予防・生活支援が一体的に提供されるまちづくりのことを指しますが、具体的には「在宅ケアへの移行」「介護予防の推進」「地域の互助の仕組み作り」の3つが柱となっています。地域コミュニティの今後を考える上で、互助の仕組み作りはとりわけ重要なテーマです。

2018年4月より介護保険の予防給付(要支援)部分が、「介護予防・日常生活総合支援事業」に移行されました。これからは、自治体の独自施策で住民やボランティア、NPOなどが支え合う互助の仕組み作りを強化することが求められます。現在、各自治体は、元気高齢者を対象にボランティア養成講座を行うなど、住民参加の仕組みを作ろうと努力を重ねていますが、うまく軌道に乗せているところはまだ少ないのが実情です。将来の地域における困りごと支援のメインの担い手は、当然今後増加する元気高齢者であるべきですが、彼らをどのように動機づけ、育成していくか、その道筋はまだ不明です。

ニーズの高い買い物難民問題

日常生活支援の中でも、近年特に大きな課題となっているのが「買い物難民」です。日常の買い物はライフラインに直結するだけに、緊急度も高くなります。

買い物難民に対しては自治体も施策を講じており、主なものとしては、①出張販売や移動販売など「店側が出向く」もの、②宅配、御用聞き、配食サービスなどの「食料を届ける」もの、③コミュニティバスや乗り合いタクシーなど「出かけるための手段を提供する」ものがあります。

超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方
(画像=超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方)
出典:『「食料品アクセス問題」に関する全国市町村アンケート調査結果』2019年、農林水産省

しかし、いずれも決定打とはならず、個々の施策には不満が残ります(例えば、出張販売では品数が少ない、コミュニティバスでは自分の都合の良い時間に出かけられないなど)。また、このような施策を実施する際には、行政単独ではなく、社会福祉協議会や自治会、地元の商業者や交通機関の協力が必要となります。それぞれ、どこかに過度な負担がかかってしまえば持続可能性は担保されません。

近年では、生協やスーパー各社、通販企業によるネットスーパーの宅配ビジネス参入もあり、どこまでが民間企業の範囲で、どこからが行政の介入すべき事項かの線引きが難しいこともあります。

自治体でも、対応部門が不明瞭なところがあります。産業振興部や総務企画部門が対応する場合もあれば、福祉部門が主管の場合もあり、監督官庁も農林水産省、経済産業省、国土交通省、厚生労働省と複数にわたります。このファジーなところも、問題解決を困難とする一因でしょう。

参入しているネットスーパーや宅配事業者が課題として挙げているのは、事業収益の低さです。高齢者世帯の増加、共稼ぎ世帯の増加、加えてネットリテラシーの向上など、事業を取り巻く環境は大きく変化しているにもかかわらず、買い物支援事業がいまひとつ伸び悩んでいるのは、物流コストと人件費コストを回収できるだけのビジネスになっていないからです。

超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方
(画像=超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方)
出典:『「食料品アクセス問題」に関する全国市町村アンケート調査結果』2019年、農林水産省

「日常の困りごと支援ビジネス」を広げるには?

ライフステージ別ケーススタディこんな状況にある企業に対してどんな支援を行えばよいか【低迷期】
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高齢者の日常の困りごとをどう支援するか?

日常生活の困りごとは、発生単位が個人や家族という小ユニットです。困難そのものの対処単位も小さく(例えば、電球を交換してほしいなど)、その結果、報酬対価も少額にならざるを得ません。これが、ビジネスとしての成立を困難にしています。また、困りごとがいつ発生するかわからないという不安定さも、定期的な収益を生み出しづらくしている要因でしょう。だからこそ、行政は「日常生活総合支援事業」など、地域の互助で対応しようとしているのです。

「日常の困りごと支援」に取り組む企業

現在、こうした日常生活の困りごとに取り組んでいるのは、主に地域に根ざす商店街や電気店など、個人商店主の方々が中心です。シルバー人材センターの事業として対応するケースなども生まれています。大手企業では、ダスキンベアーズが家庭向けサービスの一環として、家事代行サービスに取り組んでいます。流通大手のイオンリテールも、ちょっとした困りごとに対応する代行サービスの提供を発表しています(2017年12月31日日本経済新聞「イオン、家庭の困りごと代行30分500円」)。

宅配便最大手のヤマト運輸株式会社も、多摩市において、UR都市機構や多摩市、地域のさまざまな事業者と連携しながら、荷物の配送だけでなく、買物代行や困りごとに応える家事代行サービス、地域コミュニティの活性化につながるイベントを提供する生活サービス拠点「ネコサポステーション」を設置・運営しています(2016年4月)。これは国土交通省が推進する「地域を支える持続可能な物流ネットワークの構築に関するモデル事業」からスタートしたものですが、モデル事業終了後も拠点を増やしながらサービスを継続しており、2019年10月からは、松戸市でも同サービスを展開しています。

このように見ると、多くの日常の困りごと支援ビジネスは、既存事業の付帯サービスとして取り組むところがメインで、単独でビジネス化しているのは、生活にゆとりのある層向けであると整理できます。しかし、2025年問題に備えるためには、より多くの人々が比較的安価に利用できるサービスの構築が求められます。

先端テクノロジーの活用

日常の困りごと支援ビジネスを成立させていくための要件として、今後大きく期待されるのがICTやIoT、ロボットなどの先端テクノロジーの活用です。これを高齢者の困りごとや課題解決につなげるというアプロ−チは、今後ますます重要なテーマとなるでしょう。

買い物難民についても同様です。この領域のテクノロジーによる課題解決として筆頭に掲げられるのは、ドローンや自動運転などの新テクノロジーです。

過疎地でのドローン活用については、国家戦略特区構想のもと宅配事業の可能性なども検討されていますが、現行法では、人口密集地帯での飛行禁止、目視の範囲内での飛行が義務づけられるなど、実用化へのハードルはまだ存在しています。

自動運転も同様です。現在、自動運転に向けた実証実験として、いくつかの公道実証プロジェクトが進められています。ロードマップとしては、2020年に高速道路での「レベル3」(条件付き自動運転化)、主要幹線道路での「レベル2」(部分運転自動化)が目指されていますが、「レベル4」(完全自動化)の実証実験は2025年以降であり、実用化の目途は当分先です。しかし、将来的にはこれらのテクノロジーが買い物難民を救う可能性を切り開いていくでしょう。

ただし、留意点が一つあります。例えば、AIスピーカーやアプリなどによる高齢者の日常の困りごと解決というアプローチは、誰しも考えやすく魅力的なテーマですが、ビジネスの視点に立つとそう簡単ではありません。高齢者のITリテラシーの問題もさることながら、本当にそこにニーズがあるのかどうかをきちんと検証した上での事業化が求められます。

ノウハウのビジネス化

もう一つの可能性として考えられるのが、困りごとを効率的に解決するノウハウのビジネスモデル化という視点。「とくし丸」や「MIKAWAYA21」などが採用する方法です。これはビジネス化が困難と思われた領域において事業を成立させるための、大いなるヒントになります。彼らは、さまざまな創意工夫を凝らしながら日常の困難を助ける事業をローンチさせ、事業領域を広げるべく努力を重ねているのです。

超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方
斉藤 徹
西武百貨店、流通産業研究所、パルコを経て、株式会社電通入社。現在、電通ソリューション開発センター電通シニアプロジェクト代表。長年、シニア・マーケットのビジネス開発に従事する。社会福祉士。吉祥寺グランドデザイン改定委員会幹事、一般財団法人長寿社会開発センター客員研究員も兼ねる。

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