(本記事は、斉藤 徹氏の著書『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』翔泳社の中から一部を抜粋・編集しています)
今までの中高年期の就労モデルは通用しない
「余生」ではなく「第二の人生」
「人生100年時代」という言葉を耳にする機会が増えました。それは、いうまでもなく日本が世界有数の長寿国だからですが、残念ながら、私たちはいまだに「『人生100年時代』における人生後半の暮らし方モデル」が築けていません。
戦後間もない頃、平均寿命が70歳前後の時代は、おおむね50代後半でリタイアし、その後の10余年を「余生」として過ごすのが一般的なライフスタイルでした。しかし、平均寿命は80歳以上に伸び、元気な高齢者も増加。リタイア後は余生ではなく「第二の人生」といえます。
年金の支給開始年齢も引き上げられた結果、多くの人々は定年を過ぎても働き続けるようになりました。すでに「60歳定年」は有名無実化し、リタイア後も働くのが当たり前の社会となっています。
しかし、現役時代の働き方を高齢期にも続けることが、本人にとって本当に望ましいもので、人生の後半にふさわしいものかどうかは、判断の留保が必要でしょう。同じ会社にそのまま居続けるのが本当に理想的なのか、長年にわたり培ったキャリアや知恵を発揮できる場所があるのか。高年齢転職市場の形成もまだ半ばである今は、答えが出ない状況です。
変化する中高年社員の「働き方」
加えて、大手企業を中心に役職定年制を採用する企業も増えています。雇用延長のバーターとして、全体の賃金カーブを見直す動きも見られます。つまり、サラリーマン人生における「定年」は一度ではなく、「役職定年」→「定年・再雇用」→「退職」という3段階で訪れるというのが現状です。
こうした変化の中で、中高年社員のモチベーション維持の難しさが明らかになってきました。経団連発表のレポート『ホワイトカラー高齢社員の活躍をめぐる現状・課題と取組み』(2016年)でも、「60歳以降の就業率が高くなっているなか、定年前後の処遇や役割の変化に対応できず、モチベーションが低下している社員への対応が、さらなる活躍推進の課題となっている」と指摘しています。
IoTやAIなどさまざまな新技術が登場し「第4次産業革命」ともいわれる社会においては、実務をする中で必要な知識や技術を身につけていくOJT(Onthe-Job Training/現任訓練)のみでキャリアを積み重ねることに無理が生じ始めています。キャリア終盤での環境変化に適応するためにも、今後は中高年以降も働きながら、新たな知識を得るための学び直しの機会を持つことも重要になってきます。
いずれにしてもこれからは、人生後半の大きな変化を見据えて「働き方」を考える必要があるでしょう。
「人生100年時代」の多様な働き方とは?
人口減少が進む日本で今後求められるのは、すべての世代が何らかの役割を持って支え合う社会の実現です。青年期から壮年期を経て高齢期まで、すべての世代が自立して活躍できる社会です。したがって、定年後も第二の人生として積極的に活動することが望まれています。
平均寿命や健康寿命が伸びるにつれて、収入をともなう職業にできるだけ長く就き続けることの重要性が増しているのは事実です。しかし、働き続けるということには、生計の維持だけでなく、社会や人とのつながりを維持するという意味もあります。何らかの形で社会の役に立っていると感じられることは、自己肯定感にもつながるでしょう。
年金生活で収入の心配がなければ、社会貢献活動やボランティア活動などに取り組むというのも一つの選択です。また、金額の多寡にかかわらず、報酬が生じることで責任感や緊張感を持って仕事に取り組めるという考え方もあります。いずれにしても、高齢期になってからも、誰かの役に立ち、張り合いを感じられることは大切です。
高齢者の力を活用する企業事例
高齢者雇用の可能性をいち早く見出した企業
定年後に、いかに社会で活躍し続けられるかは、リタイア後のサラリーマンにとって大きな課題です。近年は65歳までの雇用が義務化されたため、定年後もそのまま企業に残る人が増えていますが、それは会社にとっても本人にとっても、必ずしも満足できる状態とはいいがたいのが現状です。
一方で、一部の専門能力を持ったシニアについては、その人材紹介、人材派遣を専業とするビジネスも生まれつつあります。
先駆的な役割を果たしたのは、株式会社高齢社です。創業者の上田研二さんは、もともと東京ガスの社員でしたが、定年退職を迎えても健康で働く意欲の高い人が多いことに注目し、2000年に起業。当初は、ガス会社のメーター検針の請負業務からスタートし、その後、人材派遣業・紹介業の資格を取得して業務内容を拡大しました。
現在では、ガスメーター検針だけに留まらず、新築マンション内覧会の案内、施設管理・倉庫管理、マンション管理人、各種営業代行、さらには家事代行サービスにまで業務領域を広げています。派遣登録会員数は600人を超え、業務内容は100種類と多岐にわたります。どちらかといえば、軽労働や作業をともなう職業の紹介が中心です。
経理・財務に特化した高齢者のプロ人材を派遣する、株式会社シニア経理財務もあります。一般的に経理や財務、法務などの業務は、業種を問わずに能力を発揮できる分野。その特徴を活用して、同社はこの分野の人材を求める中小企業と、リタイアした経理マン、財務マンをマッチングする紹介・派遣ビジネスを行っているのです。
また、技術系では、「満60歳入社、65歳定年、70歳選択定年」という定年退職者のみを再雇用する会社もあります。茨城県にある株式会社フレッシュ60(シックスオー)は、主に電気工事、機械器具設置工事、設備メンテナンスを行う企業ですが、「シニア技術者の活躍で顧客に低コストで高品質のサービスを提供する」という経営理念を掲げています。豊富な知識と技術を有するシニアを即戦力として起用し、技術者集団を構成しています。
シルバー人材センターの再活性化ができないか?
高齢者の業務紹介の場として機能している組織の一つがシルバー人材センターです。しかし、近年、シルバー人材センターの会員加入数は減り続けています。理由として挙げられるのが、センターの紹介業務と現在の高齢者の業務ニーズとのミスマッチです。
また、シルバー人材センターに立ちはだかるもう一つの壁が、民間の職業紹介業とのバッティングです。近年は、介護分野、流通業、飲食サービス業などを中心とした労働力不足もあり、一般の職業紹介市場でも高齢者までを対象とした人材募集が広範に行われるようになってきています。そのために、時給単価や労働時間などに制約のあるシルバー人材センターに、企業からの依頼業務が流れてこない傾向が見られることも否定できません。
そんな中、従来の業務に加えて、高齢社会ならではの課題解決サービスに取り組むシルバー人材センターもいくつか現れ始め、センターの新たな役割として注目されています。
高齢者の力で地域産品の活性化
以前からよく知られていた高齢者の就労事例に、摘んだ葉っぱを都会の料亭に届ける徳島県上勝町の株式会社いろどり、信州名物「おやき」の製造・販売を行う長野県の山間地、小川村の株式会社小川の庄などがあります。いずれも60歳以上の高齢者の働き手を中心に、地域産品の活性化を成し遂げたケースです。
特に「いろどり」については、すでに数多くのメディアで取り上げられています。「地域産品」と「高齢者就労」を「ICT」でつなぐという、高齢社会において理想的といえる課題解決事例でしょう。
これらのケースは注目を集め、さまざまな企業や自治体から講演依頼や視察が相次いでいると聞きます。しかし、残念なのは「いろどり」や「小川の庄」に続く成功事例を、あまり見かけないことです。これは、なぜでしょうか。
一つ考えられる理由は、対象とする市場がさほど大きくないということ。「いろどり」が商品として扱う葉っぱは、あくまで料理の添え物であり、ビジネスの規模が限られます。また、同社の場合は、この事業を推進しようとする起業家精神を持ったリーダー、横石知二さんの存在がなければ、ここまでの成功は正直おぼつかなかったでしょう。
また、「小川の庄」についても、長野県の名物おやきと、それを製造するおばあちゃんというイメージが見事にマッチしたゆえの成功であり、別の地域でも同じような戦略がうまくいくとは限りません。
しかし、個々の地域資源と高齢者を結びつけ、就労につなげていく仕組み作りは大切です。次に紹介する北海道池田町の事例は、高齢期における就労の新しいモデル作りを約半世紀前から実現したものです。