(本記事は、山田 敏弘氏の著書『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』講談社の中から一部を抜粋・編集しています)

信用
(画像=PIXTA)

韓国の内情に深く食い込む米英

筆者が国内外で何度も話を聞いたMI6の元スパイは、インテリジェンス分野における日本とのつながりをこんなふうに見ている。

「MI6からすれば、今、日本と反目する理由はない。ただ全面的に協力する理由もない」日英両国の間には、軍事面で物品を提供したり、外国での緊急事態における自国民等の保護に協力してくれるなど、日英物品役務相互提供協定(日英ACSA)という協定があり、準同盟国という位置付けになっている。

にもかかわらず、元スパイは「諜報機関の協力関係」という話には首を傾げた。

「繰り返しになるが、こちら側が日本に渡す、または共有するような情報は、もっとも重要度の低いものに過ぎない。薄い情報だと考えていい」と言う。

「CIAなどもまさにそうだろうが、いろいろな重要情報を日本の情報当局と共有しているというのはあり得ない。北朝鮮、韓国、ロシア、中国、こうした国で起きていることを、CIAはほとんどすべて把握していると言える。それらを日本と情報共有するのは考えられないし、していないだろう」

事実、以前に公安調査庁の元職員から「CIAからもたらされる情報は、使えないと思えるものも多い」というぼやきのような声を聞いたことがあるが、この感覚は正しいということだろう。重要な情報は共有してくれないのである。

MI6の元スパイが続ける。

「朝鮮半島情勢で言えば、日本には韓国(韓国民団)や北朝鮮(朝鮮総連)の団体などがあり、そこから情報を集め、それなりのインテリジェンスを持っているはずだ。だがそれについても、MI6やCIAはそれほど不可欠な情報とみなしていない。CIAなら、韓国には米軍基地があり、数万人規模の兵士がいる。いや、それどころか、実際には言われているよりも多くの兵士や米政府関係者が韓国内にいて情報を摑んでいる。北朝鮮と中国、ロシアが近くにいるのだから当然だ。そんな彼らが、韓国で何が起きているのか、いないのかを独自に把握していないとは考えられない。すべて自分たちで集めている。なんなら、韓国の内政にも工作すらしている可能性がある。

MI6にしても然り。2016年に北朝鮮の元駐英公使が韓国に亡命しているが、もちろんそうした動きも、MI6が周到に関わっていないはずがない。北朝鮮なら、北朝鮮の国外にいる北朝鮮の政府幹部をスパイにする工作も行っている」

たしかに存在する協力者

近代セールス
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MI6は2014年までに、南アフリカで、北朝鮮の核開発に関与する北朝鮮高官に接触し、スパイにすべく何度か交渉をしていたこともある。協力の対価として金銭を払うことやMI6と秘密裏に接触できる極秘の連絡先などを交換していたという。そしてこの高官が南アフリカに立ち寄る際に、現地の諜報機関である南アフリカ秘密局(SASS)に協力を要請していた。この人物が南アフリカに来る際の監視や、交渉を行う安全な場所の提供をMI6は求めていたのである。この工作がうまく行ったかどうかは不明だが、こうした工作はMI6が独自に行っている。

また、最近になって米政府はCIAを中心に北朝鮮の金正恩政権と核開発問題で直接交渉を行っていたが、そうした動きも日本が関与する余地はなかったという。日本が彼らから受ける協力は、推して知るべしということだろう。

もちろん、日本の情報機関関係者の中にも、海外の諜報機関の諜報員と親しくしている人もいると聞く。ただそれと情報共有は別レベルの問題で、時には、そうした関係性から逆に情報操作されてしまったり、あげく、相手の利害に沿ってうまく利用されてしまうリスクもある。そうした国外諜報機関からの情報で動き、逆に外交問題などで混乱を起こしてしまうケースも散見されると聞く。

現在の日本はイギリスとの関係で、とくに差し迫った懸案はない。とはいえ、日本側から見ると、イギリスのEU離脱問題は関心事であり、日本企業が影響を被ることもあって日本経済に重要な影響を及ぼす。日本は情報機関や大使館勤務の関係者がその動向を追っているはずだが、逆に最近、MI6側の諜報機関関係者が日本で任務に当たっているということはあるのだろうか。

「もちろん。すべての国で、MI6はいろいろな現地の協力者(インプラント)がいる。日本にももちろんロジスティックス(支援)などを担当する人などを含めた関係者はいる。私が勤務していたころにもいたのは知っているし、今もいる」

元スパイは続ける。

「イギリスは、インテリジェンス活動という意味でアメリカやロシアと競合しており、これらの国ではMI6が抱えるインプラントやモール(スパイ)の数は数百人規模になる。MI6が利害を鑑みて、重点的に注意をはらっている国だからだ。さまざまな立場で協力をしているために、それくらいの規模になるのは当然。それぞれの国には、私たちスパイが現地入りした際に旅行をアレンジしたり、車を手配したり、運転をする協力者たちもいる。ところが、こういう人たちは自分がMI6に協力している自覚すらない場合も多い。日本の場合も同じだ。

現時点では日本とイギリスは非常に関係の良い友人同士といったところだ。大きなトラブルを両国間で抱えているなんてこともない。日本にスパイ網を張って、日本を陥れるような情報を得るために厳しくスパイ活動をする必要はないということだ。ただ、何かが両国間で起きた際には、すぐに対応できるためにMI6のスパイが足場は確保しているし、首相から情報を求められた場合に備えて情報は常に集めている」

MI6だけでなく、その他の友好関係にある国々のスパイたちも、日本が誇る自動車産業の拠点の周辺では活動を展開している。諜報機関は、世界に影響を与える人や企業の動向には目を光らせているものだ。

ゼロトラスト(けっして信用しない)

ファクトフルネス,思い込み
(画像=ANDRANIK HAKOBYAN/Shutterstock.com)

この元スパイのくわしい経歴は明かすことはできない。だが長年MI6に所属し、世界各地でスパイ工作に従事してきた人物であることは間違いない。すでに退職しているが、MI6で働いていた職歴は完全に抹消され、その空白期間は一般企業で働いていたことになっている。その「偽」の経歴は、MI6が退職に伴って用意したものである。

筆者も、アメリカやシンガポールに暮らし、長期にわたり南アジアや欧州など各地で取材活動をしてきた経験から、いろいろな要人やスパイたちに接する機会があった。そんな活動のなかで知り合うことになったこの元スパイは、何度かの交渉の末に、MI6について、筆者の取材に応じてくれることになった。

この人物は、キャリアの中で何度か日本を訪問し、日本の情報機関関係者とやりとりを繰り返した経験もあるという。そんな彼の目には、日本とMI6の関係はどう映っているのか。

「今から何年も前に私が現役だったころ、諜報活動を指揮するエージェントはいた。日本に永住しているイギリス人がエージェントをしていることもある。当時、日本のインプラントは20人もいなかったと思う。いろいろな省庁、情報機関の当局、政府関連機関や民間などに協力者や情報提供者はいた。ただ単に食事をするだけの民間企業の関係者なども、もちろんこちらの本当の顔を知らずに関わっているし、ロジスティックスで協力している人たちももちろんいる。たとえば、電話など通信手段の安全を確保する人たちもいる。企業のサービスを利用すれば、こちらの個人情報をそこまで伝えなくてもいいので、そういう企業もいくつか確保している」

MI6では、プロジェクトの指揮をとるエージェント、その下にエージェントをサポートするスタッフが数多くおり、世界中でイギリスのために諜報活動を行っているのである。末端には、MI6の仕事をしていることを知らない人も多いらしい。

MI6は組織の文化として、こうしたミッションにおいて現地で関与する人たちのことすらも、まったく信用しないよう叩き込まれているという。

「まず私たちは映画のように作戦を『ミッション』と呼んだりはしない。『フィールドワーク』と呼んでいる。『モスクワのフィールドワーク』に行く、といった具合だ。

外国の現場では信用がすべてで、自分たちの協力者であってもまったく信用はしない。私たちの中では信用度に4段階のレベルがあり、日本での作戦の際には、足がつかない通信デバイスを確保する企業を雇っても、彼らとは最も信用度の低いレベル4の関係から始まる。

インプラントなども同じレベルで、つまりいっさい信用していないということだ。相手は私がただの顧客ということ以外、何も知らない。でもレベル3になれば、もう少し情報を与えられ、こちらの要望も少し高くなる。レベル1ともなれば、必要があればコミットメント(覚悟を持たせる)の意味でも、こちらがイギリスの政府のために働いていることを伝える場合もある。MI6とは明かさなくとも、相手が気づいている場合もあったと思う。とはいえ、日本のインテリジェンス関係者は、そこまで判断できる情報がないので、政府機関と言ってもまさかこちらがMI6だと思うようなことはないだろうと思っていた。

MI6は外国人にレベル1の信用を与えることはない。レベル1のクリアランス(機密情報にアクセスできる権限)は、外国人には与えられないので、どれだけ頑張ってもレベル2だ。つまり、システム的にも、限られた情報しか外国人には提供しないし、できないことになっている」

MI6の任務においては、このゼロトラスト・モデルがになっているようだ。MI6という機関の実態については、後章でもさらに深く探りたい。

世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス
山田 敏弘
国際ジャーナリスト。1974年生まれ。米ネヴァダ大学ジャーナリズム学部卒業。講談社、英ロイター通信社、『ニューズウィーク』などで活躍。その後、米マサチューセッツ工科大学でフルブライト・フェローとして国際情勢とサイバーセキュリティの研究・取材活動にあたり、帰国後はジャーナリストとして活躍。世界のスパイ100人に取材してきた。著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)翻訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)などがある。

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