(本記事は、山田 敏弘氏の著書『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』講談社の中から一部を抜粋・編集しています)

CIA
(画像=(写真=g0d4ather / Shutterstock.com /Shutterstock.com))

年間800億ドルを費やす

CIAの本部は、ワシントンDCから15キロほど北西に位置するバージニア州のラングレーというエリアにある。映画などでも、CIA本部のことは「ラングレー」と呼ばれることもあるので、聞き覚えがある読者もいることだろう。政府中枢の機関が集中するDCに近いことで、政府からの要請によって彼らの情報が政策立案に活用されていく。

大統領は頻繁にCIAから「インテリジェンス・ブリーフィング(情報活動の説明)」を受ける。ドナルド・トランプ大統領は、これまでの大統領以上に、スパイ機関の情報を軽視していると指摘されているが、それでも前任者たちと同程度、月に数回はブリーフィングを受けている。

以前筆者が取材をしたホワイトハウスの元政策スタッフによれば、ホワイトハウスの担当職員は毎日いくつかの大統領用のプレジデンシャル・サマリー(報告書)を用意するという。さらにインテリジェンス情報や米軍の状況報告書、AP通信の記事をまとめるなどして安全保障担当補佐官ら幹部のために資料が作られる。

「朝の5時に目を覚ました大統領が新聞・テレビで流れる重要な情報を知らされていないということがないように、と意識しながら情報をまとめている」と、この元スタッフは話していた。

アメリカには、CIAをはじめ17のインテリジェンス機関が存在する。これらの機関が少なくとも年間800億ドルの予算で、国内外で情報活動を行い、大統領などの政策決定に判断材料を提供する。

これほどの予算をかけて、国民の生命財産を守るために情報工作を行っているのである。ただ、トランプ大統領は、こうした「紙」のブリーフィング資料には目を通さないという。

CIAと一口に言っても、局内にはさまざまな仕事がある。CIAに勤務しているからといって、みんながスパイというわけではないし、機密情報を扱っているというわけでもない。

現在、CIAは大きく分けて5つの部門に分かれている。作戦本部(DO)、分析本部(DA)、科学技術本部(DS&T)、デジタル革新本部(DDI)、支援本部(DS)だ。

諜報や工作活動に従事する、スパイと呼ばれる人たちが所属するのは、作戦本部だ。作戦本部の活動で世界各地から集められる情報は、分析本部でブラッシュアップされる。科学技術本部というのは、技術的な情報収集の研究・開発を行う部署であり、デジタル革新本部は、現在の諜報活動などに欠かすことのできなくなったサイバー空間やIT分野での作戦に従事する。支援本部が、ロジスティックスなど支援活動を行う。

よく映画などに登場するケース・オフィサーというのは、現地のエージェントと呼ばれる情報提供者や協力者から情報を集めたり、工作を仕掛けたりするスパイ活動を行う諜報員のことを指す。

隠された予算と巨大利権

米国経済の見通し
(画像=PIXTA)

CIAの予算額や職員の数は、機密事項として公開されてはいない。ただ、元CIAの職員だった内部告発者のスノーデンは、2013年当時のCIAの予算を機密文書から明らかにしている。それによれば、年間の予算は約150億ドルで、職員数は約2万1500人だ。

ちなみにMI6の元スパイによれば「私たちはCIAがどのように動いているのかを監視してきた。だからこそ言えるのだが、CIAには表に出ていない予算がある」と指摘している。

そもそも、1947年に当時のハリー・S・トルーマン大統領が制定した国家安全保障法によって、CIAは基本的に活動のために使途を問われない予算を与えられ、アメリカ政府の通常の手続きを経ずに工作活動をすることが可能になっている。

あるアメリカ国務省の関係者に話を聞くと「CIAには秘密の資金のようなものがあり、関係者はあまり予算の心配はしていない」と言う。

CIAが民間企業からも資金を得ているとの情報もある。それを証明するのは難しいし、CIAの中でも機密度の高い工作活動として、深く調べるのは危険でもある。

ひとつだけたしかなことは、ある国際機関に所属する人物が筆者に「CIAなどはアメリカ民間企業とも密に動くことがあり、そこからビジネスが広がっている。たとえば、安全保障などで危機を煽って、そこにアメリカ企業をねじ込むといった具合だ」と指摘していることだ。

別の元CIA諜報員も筆者に「予算はあまり気にすることがなく、活動資金についてはそれほどストレスを感じたことはない」と語っている。CIAの活動の幅は諜報活動から政界工作、ビジネスまで広がっているために、表に出ないカネも不可欠ということだろう。

2019年10月、イスラム過激派組織IS(いわゆる「イスラム国」)の最高指導者であるアブバクル・バグダディが、アメリカ特殊部隊のデルタフォースによって殺害された。このニュースは世界的にも大きく報じられたが、それを国民に向けて発表したトランプ大統領はこんな発言をした。

「われわれは米軍部隊を少し残して完全には撤退させない……石油を安全に確保するためだ……私が考えているのは、おそらく、エクソンモービルか、偉大なアメリカ企業のどれかと契約して現地で適切に安全を守ることだ」

イラク戦争当時も石油利権が背景にあると「陰謀論」のように語られたが、それが戦争に突入する動機のひとつだったことはいまさら言うまでもない。そして今回のシリアなどでの紛争でも、やはり石油利権が関与している。それを大統領自身が全世界が注目するバグダディ殺害を発表する会見で悪びれることなく認めた。これを表立って言ってしまっては関係国から批判を浴びかねないが、トランプはそれをやってしまったのである。CIAなど、水面下で動いている現地の人たちが頭を抱えたのは容易に想像がつく。

MI6の元スパイはこの会見を受けて、こんなことを言った。

「そもそもCIAはすべて、カネ儲けが動機になっているというのが元同僚たちとの共通認識だ。正直言うと、CIAがくれる情報はすべてアメリカによるいかがわしいビジネスにつながっているとすら考えていたくらいだ」

国民の監視が暴走を防ぐ

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(画像=Sasin Paraksa/Shutterstock.com)

そんなCIAのスパイ活動は完全に機密である。職員らはほとんどが国務省の勤務であると語り、国外では外交官を装ったり、民間企業に紛れ込んでいるケースもある。

CIA元幹部は、諜報機関の仕事とは如何なるものかについても語ってくれた。

「一度この世界に入ったら、けっして後戻りはできない極秘の世界であり、非常に閉鎖された世界だ。そして、一度足を踏み入れたら、まったく違う視点で世界を見ることになる。大事なことは、自国を守り、同盟国を助け、自国民を守る手助けをするためのインテリジェンスを収集することだ」と語る。

ただ諜報機関は、国のためという使命を背負いながらも、国が定める規制やルールの中でしか活動は許されないし、国民の人権も尊重しなければいけない。なんだって好き勝手にできるものではない。

「秘密と民主主義というのは、うまく解け合わないものだ。共存しないし、してはならない。そこには緊張関係が必要で、それも民主主義システムの一端だと言える。私たちは、秘密があって当然だと主張するロシアや中国とは違う。民主主義では、もちろん諜報機関が何をしているのかは問われるべきで、国民はそれを気にすべきだし、なんでも秘密にやっていいと言うべきではない。アメリカ人は諜報機関に対して健全な不快感を持っているし、持つべきだ」

CIAのようなスパイ機関は、情報を集め工作を実施するのが任務である。それゆえに、その能力は諸刃の剣でもあり、自国内で「暴走」しかねない。民主主義システムは、その暴走を止める役割を担っているとする。

さらにこの元幹部はこう続ける。

「ミスは命に関わる。インテリジェンスのユニークなところは、付き合う人たち(協力者など)に頼っており、彼らを守らなければいけないことだ。これは、倫理観のある諜報員にとってかなり大きな責任となる。私が見てきたスパイたちは常に人を守ろうとしてきた。妻以外の人で、スパイと協力者の絆ほど強いものはない。最前線においては、非常に人間的な仕事なのだ」

MI6と同じように、スパイの世界では信頼関係が重要だということだ。さらにこの元幹部はこう付け加えた。

「スパイの仕事は非常に難しい。諜報機関の任務は、いわゆる対価を求めた仕事ではない。業務ではない。どうしても担いたい、という強い衝動で働くものだ」

筆者が会ってきた元スパイたちは、自分たちがやってきたことをいわゆる「仕事」だからやっているという人はまずいなかった。上司から抑えつけられるなどプレッシャーを受けながらやるような仕事ではない。嫌々やるにはリスクは大きいし、失うものも多い。自分の人生はなくなり、家族や親しい友人にも自分の仕事について騙し続ける必要がある。そんなことから、スパイという仕事をあっさり辞めてしまうケースも多い。

世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス
山田 敏弘
国際ジャーナリスト。1974年生まれ。米ネヴァダ大学ジャーナリズム学部卒業。講談社、英ロイター通信社、『ニューズウィーク』などで活躍。その後、米マサチューセッツ工科大学でフルブライト・フェローとして国際情勢とサイバーセキュリティの研究・取材活動にあたり、帰国後はジャーナリストとして活躍。世界のスパイ100人に取材してきた。著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)翻訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)などがある。

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