(本記事は、山田 敏弘氏の著書『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』講談社の中から一部を抜粋・編集しています)

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(画像=(写真=LeStudio /Shutterstock.com))

イギリス情報局の組織図

設立から100年以上、歴史の裏舞台で暗躍し、現代でも活躍する最古の諜報機関であるMI6は、いったいどんな組織なのか。基本的にMI6の活動は機密であり、その内情を簡単には知ることはできない。だが内部にいた元スパイなどの証言から、その実像を窺い知ることはできるはずだ。

取材に応じた元スパイは、MI6の使命をこう説明する。

「国家の安全のためにライバル国の情報を得ること。たとえば紛争地などでも、武装部隊を相手国に送り込むことはできないが、それを埋めるためにMI6が作られ、秘密裏に敵国に入って内情や情報を獲得する。そしてそれを無事に持ち帰り、競争の中で優位に立つというのが仕事だ。MI6にとって、最大の目的は国家を守ること。2番目に大事なことは、競争の中で優位に立つこと。地政学的にも、イデオロギー的にも。世界中の国が対外情報機関をもって、国を守ろうとしている。それが世界では当たり前のことだ」

こう聞くと、対外諜報機関を持たない日本の姿は、世界ではやはり非常識だと言える。

簡単にイギリスの情報機関の構造について説明すると、イギリスには主に3つの情報機関がある。対外情報を扱うSIS(秘密情報部、通称MI6)と、国内の情報を収集するSS(保安局、通称MI5)、シギントと呼ばれる通信やデジタルネットワークなどの傍受を担うGCHQ(政府通信本部)だ。

さらに、国防省の傘下にあるDIS(国防情報参謀部)は軍部に情報を提供し、MI5に本部を置くJTAC(統合テロリズム分析センター)は政府の16組織の代表が集められたテロ対策の機関だ。また内閣府のJIC(合同情報委員会)という組織は、各情報機関からの情報を集約し、政策立案者らに提供する役割を担っている。

MI6は基本的には独立した組織という位置づけだが、GCHQと共に、外務省の下に置かれている。

イギリス政府によれば「政府内では、安全保障の問題については首相が全体的な責任を担っている。内務大臣は保安局の責任者で、外務英連邦大臣は秘密情報部と政府通信本部の責任を負う。国防大臣は国防情報参謀部に責任を持つ。これら情報機関を担う大臣は国会に説明責任があり、議会の監査が存在する。日常の業務は、それぞれの組織のトップが監督し、トップたちは首相と担当大臣に年次報告書を提出する法的な義務がある」という。

ただ近年、MI6は不祥事などを経験し、GCHQが運営に口を出すような立場になっているとの話もある。個別のスパイ工作などを監督するようなことはないが、予算面などでGCHQの発言も高まりつつあるらしい。

潰された民間スパイ会社

その転機になった問題のひとつが、2009年に起きたカリブ海に浮かぶイギリス領ケイマン諸島での事件だ。この話は公には知られていないものである。

当時、MI6のスパイが何人も組織を離れて独立した。しかも3人が中心となって、一緒にケイマン諸島で、民間の諜報組織を作るという。ケイマン諸島といえばタックスヘイブンで知られ、不透明な資金が流入することが国際的にも問題視されている。元スパイたちには、外国の情報機関から多額の資金が提供されており、しかも世界の名だたる諜報機関からも何人もが、その会社に合流していた。

彼らのビジネスは、各国の情報機関の情報を民間企業や政府に提供することだった。すぐにアメリカの大手IT企業が多額の契約金を払って情報を手にするようになった。

問題は、元MI6の人脈を活用し、MI6などが収集していた機密情報も扱って他国に提供していたり、スパイらの経験や情報も商材に使っていたことだった。クライアントは不明だが、日本の企業への調査依頼なども行われていたという。また敵対国や、宗教などで価値観を共有しないような国、さらには人権問題が国際社会で問題になる国などにも、欧米側の機密に近い情報などが流れていた。

結局、その企業はMI6によって「潰される」という結末になった。超えてはいけないラインを超えて、ビジネスを展開していたからだ。この一件はMI6のあり方を問い質すきっかけとなり、以降、GCHQによる干渉が強まり、それまでのような完全な独立性を少し失う結果になったという。MI6の動きを批判的に見る勢力も出て、組織のあり方を見直そうとの動きも目立つようになった。GCHQがMI6に影響力を持つようになったのには、そういう背景もある。

「007」はトップスパイではなかった

スパイ
(画像=(写真=jgolby /Shutterstock.com))

そもそも、MI6ではどれほどの人が働いているのか。MI6には現在、2500人以上が勤務している。イギリス公共放送BBCによれば、同機関はこの数を2020年までに1000人増やし、3500人ほどにする予定だ。もちろん、こうした人員以外にも、世界中に大量の協力者を抱えている。

元スパイによれば、MI6の内部は少数精鋭であると解説する。

「マネジメントのポジションにいる『エージェント(スパイ)』は50人以下だ。つまり、どんな作戦が行われているのかを把握しているスパイはそれだけしかいない。

彼らが、世界中のスパイ活動を実際に指揮しているのである。エージェントにもランクがあり、上級のエージェントは『009』『008』とランク付けされている。『009』が最も優れており、最も数が少ない。このランク付けについての情報は近々機密解除され、ジェームズ・ボンドの映画で扱われる予定になっていると、今、関係者の間では話題になっている。『007』のランクのエージェントはそれより少し劣る、ということだ。

その下には、アソシエート・エージェントとなる諜報員(オペレーション・オフィサー)などサポートのスタッフが300〜400人いる。彼らも優秀なエリート集団である。こうしたスタッフすべてがスパイという定義になるだろう」

オペレーションの全体像を知っている人間は非常に限られているということだ。世界各地で作戦を実行するのに1万人もエージェントは必要ないというのが、MI6の考え方だ。1つの作戦に10人のエージェントをつけても結果はあまり変わらないし、良い結果になるかどうかも保証されないためだ。

またこういう側面もある。現場の諜報員が仮に拘束されるようなことになっても、作戦のすべてが明らかにならないようにする工夫でもある。

相互監視と現地協力者

特筆すべきは、エージェントの権力が絶大だということだ。彼らはエリザベス女王にもアクセスできる。工作のためなら資金も使い放題だという。

「エージェントがもし東京に来て、ホテルが安全ではないと感じたら、必要ならマンションですら買える。カネについては、基本的に使い放題と言っていい。すべては彼ら個々の判断に委ねられている。CIAなら監査とかもあるだろうが、MI6のスパイには関係ない。サポートの諜報員でも、領収書のいらない経費は年間三万ポンド(450万円)は使える」

ただ、MI6には、独特のシステムである「ツー・アイド・シーイング」という仕組みがある。エージェントを中心に工作チームを編成する場合、サポートするスタッフの中に必ずエージェントの動きを監視する「ツー・アイド・シーイング」という役割のスタッフが、密かに任命される。「ツー・アイド・シーイング」によって、エージェントの「暴走」や「不穏な動き」を察知しようというのだ。

MI6元スパイは続ける。

「スパイはそれぞれが断片的な情報を集めてくる。例を挙げると、他の国で仕事をする場合も、常に移動はひとりでする。

現地では、インプラント(協力者)がいて、それぞれがいろいろなかたちで私をサポートしてくれる。現地でコミュニケーションのためのデバイスが必要なら、彼らが手配してくれる。車が必要だったり、家が必要だったり、ホテルの部屋をとるにも、自分でやることはない。すべて、その国のインプラントがやる。そうしたインプラントは実際に現地の市民であり、自然にいろんな準備ができる、その国の国籍を持っている人たちだ。

先に述べたとおり、インプラントは私たちがMI6であるという情報は知らない場合がほとんど。普通のビジネスマンだと思っているケースが多い。実態は、私たちは作戦に従事するためにその国に入っているのだが」

世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス
山田 敏弘
国際ジャーナリスト。1974年生まれ。米ネヴァダ大学ジャーナリズム学部卒業。講談社、英ロイター通信社、『ニューズウィーク』などで活躍。その後、米マサチューセッツ工科大学でフルブライト・フェローとして国際情勢とサイバーセキュリティの研究・取材活動にあたり、帰国後はジャーナリストとして活躍。世界のスパイ100人に取材してきた。著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)翻訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)などがある。

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