事業承継を円滑に行うためには、事業承継計画書を作成することが重要だ。計画書を作成することにより、経営者と後継者や親族などの認識のすり合わせができ、外部関係者の理解が得やすくなるとともに、事業承継税制(特例措置)も利用できるようになる。この記事では、事業承継計画の必要性と計画書の書き方について、徹底的に解説する。
事業承継計画書の作成はなぜ必要か?
事業承継計画書の作成が必要である理由は、
- 親族や後継者候補と事業承継について話し合うきっかけになる
- 事業承継についての認識を後継者とすり合わせることができる
- 外部関係者の理解が得やすくなる
- 事業承継税制(特例)を利用できるようになる
の4点だ。
1. 親族や後継者候補と事業承継について話し合うきっかけになる
事業承継は、経営者の一存で決めることはできない。しっかり話し合うことで、親族や後継者候補の理解を得ることが不可欠だ。事業承継計画書の作成は、そのための良いきっかけとなる。話し合いの結果を計画書にまとめれば、それが事業承継についてのさまざまな行動の根拠となる。そうすることで、事業承継について周囲から横槍を入れられることも少なくなり、トラブルの防止につながる。
2. 事業承継についての認識を後継者とすり合わせることができる
事業承継は、経営者も後継者も自分の意思だけで進めることはできない。経営者と後継者が共通認識を持って進めていく必要がある。事業承継計画書は、経営者と後継者が事業承継について話し合い、合意するためのツールとしても利用することができる。
3. 外部関係者の理解が得やすくなる
事業承継計画があれば、従業員や取引先、金融機関などから事業承継に対する理解と信頼を得ることができ、支援や協力を期待できる。
4. 事業承継税制(特例)を利用できるようになる
平成30年度の税制改革により、事業承継税制が改正された。事業承継計画書を作成することで、一定の条件を満たした場合は、事業承継税制(特例措置)の適用を受けられる。
以下の表のように、事業承継税制(特例措置)はこれまでの一般措置と比較して多くのメリットがあり、事業承継に係る負担を大幅に軽減できる。
一般措置 | 特例措置 | |
---|---|---|
納税猶予の対象 | 株式数:上限3分の2 相続税:80% | 株式数:上限撤廃 相続税:100% |
税制の対象 | 1人の先代経営者から1人の後継者への贈与・相続のみ | 親族外を含む複数の株主から、最大3人までの後継者への承継も可能 |
雇用確保条件 | 5年間で平均8割以上の雇用を維持できなければ猶予打ち切り | 未達成の場合でも猶予を継続可能 |
後継者が廃業や売却を行う際の条件 | 承継時の株価をもとに贈与・相続税が計算されるため過大な税負担が生じうる | 廃業・売却時の評価額をもとに納税額を計算し、承継時の株価との差額は減免。 |
事業承継税制(特例措置)の適用を受けるためには、事業承継計画書の作成が前提となる。事業承継計画(特例措置)の適用を受けられることは、事業承継計画書の作成が必要な理由と言えるだろう。
事業承継計画書の書き方
事業承継計画書の書き方を、中小企業庁の『事業承継ガイドライン20問20答』に沿って見ていこう。
1. 事業承継の骨子
事業承継計画書の作成にあたって、最初に後継者と承継方法、承継時期の骨子を決める。
(例)
2. 経営理念・事業の中長期目標
次に、経営理念と事業の中長期目標を確認する。経営理念を明確にすることで、事業承継後に後継者や従業員が目標を共有することができるようになる。中長期目標は、事業の方向性についても明示することが重要だ。
(例)
3. 関係者の理解を得るための対策と実施時期
事業承継について、関係者の理解を得るための対策と実施時期を決める。具体的には、以下のような内容になる。
・家族や親族と、後継者を誰にするかをどのように合意するか
・社内に対し、後継者をいつどのように公表するか
・金融機関や取引先に、後継者をいつどのように告知するか
・後継者に、どのように権限を移譲していくか
・役員の世代交代をどのように図っていくか
・現経営者は後継者をどのようにサポートし、どの時期に引退するか
(例)
4. 後継者教育の内容と実施時期
事業承継の完了までに、後継者に対して経営者としての教育をどのように行っていくかを決める。
(例)
5. 株式や財産分配の対策と実施時期
株式や財産を分配するための基本方針、および具体的な対策と実施時期を決める。
(基本方針 例)
(具体的な対策と実施時期 例)
6. その他の対策
その他、必要な対策と実施時期を決める。
(例)
7. 以上の対策・実施時期を計画表にまとめる
以上で決めた対策と実施時期を、対策の種別を行に、実施時期を列にした表にまとめる。
(例)
事業承継計画書を作成するのに適切な経営者の年齢とタイミングは?
事業承継計画書を作成するのに適切な、経営者の年齢およびタイミングを見てみよう。
経営者の年齢
事業承継計画書を作成するのに適切な経営者の年齢は、「遅くとも60歳」と言える。その理由は2つある。
1つ目は、経営者の引退予想年齢が「平均67歳」であることだ。事業承継は、10年程度のスパンで考えていく必要がある。経営者が67歳で引退するためには、57歳で事業承継計画を開始しなければならないことになる。
2つ目は、日本人男性の生存率が60歳頃から大きく下降することだ。経営者が突然亡くなると、残された親族や従業員は大混乱に陥り、業績が悪化する可能性が高い。
これらの理由により、経営者は遅くとも60歳までには事業承継計画を策定する必要があるのだ。
タイミング
事業承継計画書作成の適切なタイミングは、決算の直後である。事業承継計画を策定するためには、株式の評価が不可欠だからだ。
決算直後は、事業計画を見直す時期でもある。そのため、直近の業績や方向性を踏まえて事業承継計画を策定することができる。
事業承継計画書を作成したら、毎年決算の直後に進捗の確認と計画の見直しを行うといいだろう。事業承継は、当初計画したとおりに進むとは限らないからだ。
事業承継計画書を作成するにあたって必要となる準備
事業承継計画書の作成にあたって必要となる準備は、以下のとおりだ。
1. 会社をとりまく現状を正確に把握する
事業承継計画書の作成にあたって最初に必要になるのは、会社をとりまく現状を正確に把握することだ。具体的な内容は、以下のようなになる。
(1)会社の経営資源
最も大切なことは、会社の経営資源を把握することだ。従業員数や年齢、資産額とその内容、キャッシュフローの現状と将来の見込みなどは、事業承継に大きな影響を及ぼすことになる。
(2)会社の経営リスク
会社の経営リスクを把握することも重要だ。負債がどの程度あるのか、会社の競争力はどの程度で、将来見込みはどうなのか。これらは、事業の継続を左右する重要なファクターである。
(3)経営者自身の現状
経営者自身の現状も把握しておく必要があるだろう。健康状態が良くない場合は、事業承継を急ぐべきだ。後継者に引き継がれることになる保有株や、個人名義の土地・建物などの資産、個人名義の負債や個人保証などについても正確に把握しておきたい。
(4)後継者候補の現状
言うまでもなく後継者候補が誰になるかも、よく考えておかなければならない。まずは親族内、あるいは社内・取引先に適切な後継者候補がいるかどうかを考えてみよう。後継者候補の能力や適性、年齢、経歴、会社経営に対する意欲なども考え合わせる必要がある。誰が後継者になるかによって、事業承継の方法が変わる可能性もある。
(5)相続発生時に想定される問題
事業承継に伴って相続が発生する場合は、それによって起こる可能性がある問題についても、よく考えておく必要がある。法定相続人が誰なのか、その人間関係や株式保有の状況はどうなっているか、相続財産の内容、相続税額はどの程度で、納税資金はどのように工面するか。これらの内容によって、さまざまな問題が発生する可能性があるからだ。
2. 事業承継の方法を決定する
事業承継計画書の作成にあたっては、事業承継の方法を決めることも必要になる。事業承継の方法には、主に「親族内の承継」「従業員などへの承継」「M&Aによる承継」がある。
(1)親族内の承継
親族内の承継には、関係者から受け入れられやすいこと、後継者を早期に決定し教育することができること、相続により財産や株式を後継者に移転できることなどのメリットがある。しかし、親族内に適切な後継者がいないケースは少なくない。
(2)従業員などへの承継
従業員などへの承継には、「親族内の承継と比較して候補者が多くなる」「承継後の経営が一体性を保ちやすい」などのメリットがある。しかし従業員には、株式取得のための資金力がないケースが多い。また、個人債務保証の引き継ぎが難しいことも多い。
(3)M&Aによる承継
親族や従業員の中に適切な後継者候補がいない場合は、M&Aによる事業承継を検討することになる。M&Aによる事業承継は、創業者が会社売却の利益を得られるというメリットがあるが、希望の条件を満たす買い主が現れるとは限らない。また、事業承継後の経営の一体性は期待できないケースが多い。
事業承継は計画書を作成して着実に進めよう
事業承継を進めるためには、事業承継計画書の作成は不可欠だ。経営者の頭の中だけで計画を練っていても、計画書を作成しなければ、実行はおぼつかないからである。
事業承継は、経営者の最後の責任であると言えるだろう。次の世代にしっかりバトンを渡すためには、計画に基づいて着実に事業承継を進めていくことが重要だ。
文・THE OWNER編集部