2019年は敵対的買収の事例が多く見られた年であった。村上ファンドを代表とするアクティビストの敵対的買収の事例も増えてきた。本記事では、エイチ・アイ・エス対ユニゾホールディングス、コクヨ対ぺんてる、プラスの事例を挙げ、敵対的買収の対象となる企業の特徴、事例における敵対的買収の対応策について説明する。
事例でわかる!敵対的買収とは何か?
2019年には、敵対的買収の事例が多く発生した。敵対的買収とは、対象会社の取締役会の同意を得ないで、M&Aの買収をしようとすることをいう。上場会社であれば、証券取引所で株式を買い集めることになるため、株式公開買付け(TOB/テイク・オーバー・ビッド)を通じて敵対的買収が行われる。すなわち、敵対的なTOBの実施である。
<企業買収のスタイル>敵対的な買収と友好的な買収の違いとは?
一般的に、企業買収とは、会社の経営権を獲得することをいう。そのためには、株主総会の決議を支配できるに足る議決権を所有していなければならない。それゆえ、M&Aの企業買収では、発行済議決権株式を過半数、取得することを目指す。
この点、友好的な買収では、対象会社の経営陣が買い手による買収に同意する。反対意見は表明しないし、防衛策も発動しない。しかし、敵対的な買収では、対象会社の経営陣は、買い手による買収に同意しない。
これまでの敵対的買収のケース
これまで、日本企業は、敵対的なスタイルをとることを好まなかったため、敵対的な買収の事例はほとんど見られなかった。M&A初期で最初に行われた敵対的な買収は、投資ファンドであるスティール・パートナーズによるソトーおよびユシロ化学工業に対する敵対的TOBではないかと思われる。しかし、敵対的買収は失敗に終わっている。
これまで、敵対的買収といえば、アクティビストと呼ばれる投資ファンドの事例が全てであった。しかし近年は、買い手自身が営む事業とのシナジー効果を実現すること、企業価値の増大を目的とする事例が現れてきた。すなわち、事業会社による敵対的買収の事例である。
事例でわかる!敵対的買収の対象となる企業の特徴とは?
敵対的買収は社会的に批判される場合があるため、事業会社が仕掛けるケースはほとんどない。2019年においてエイチ・アイ・エス社がユニゾホールディングスに対して仕掛けた敵対的買収の事例は珍しいものだろう。それゆえ多くの事例では、投資ファンドが敵対的買収を仕掛けている。彼らの事例を分析してみると、敵対的買収の対象となる企業の特徴を理解できる。
敵対的買収の対象となりやすい企業の特徴としては、事業に魅力がある、株価が安い、買収防衛策が導入されていないなどがある。これらの条件を満たす場合、TOBによって敵対的買収が成功する可能性が高くなるため、敵対的買収の対象となりやすい。
【敵対的買収の特徴1】事業に魅力がある
第一の特徴は、事業に魅力があることである。事業価値が高く、大きな将来キャッシュ・フローが期待されることだ。
敵対的買収であったとしても、買収側から見れば投資であるから、その投資を回収するために、十分な将来キャッシュ・フローが不可欠である。そのために、将来キャッシュ・フローを生むための事業価値が必要となる。その事業価値には、含み益を持つ不動産、知的財産権や営業権など無形の資産が含まれる。これらは目に見えないため、投資家に認識されにくく、したがって株価に反映されにくい。
買収対象の無形資産の価値を見抜いた買い手が、敵対的買収を仕掛けるのである。価値の高い無形資産を持つ企業を買収して、その無形資産を利用することができれば、大きな将来キャッシュ・フローを実現し、大きな利益を獲得することができる。事例を見ると、不動産の含み益に着目した敵対的買収が多いようだ。
【敵対的買収の特徴2】株価が安い
一般投資家は、不動産の含み益や価値ある無形資産など、目に見えない資産の価値を認識できていないことが多い。したがって、それらの目に見えない価値を有する企業の株価は価値を反映した適正な株価よりも、割安となっている。株価が割安で放置されている原因は、業績によるものや注目度の低さなどほかにもあるが、いずれにしても一般投資家に事業価値が認識されていない。
上場企業で大株主が議決権比率の過半数を握っているケースは少ない。とすれば、割安な株価で株式を買い集めれば、その会社を支配することができ、株価を上昇させて売却することができる。つまり、敵対的買収を仕掛けやすい企業は、株価が割安ということだ。
その一方で、目に見えない価値に気がついた買い手は、そこに投資機会を見つける。村上ファンドなどの投資ファンドは、これらの価値を常に探し回っているのだろう。知名度が比較的低い上場企業には、適正な価値が株価に反映されていない企業が存在している。株価が低ければ、投資額が低くて済み、価値を実現した後に回収し、獲得する利益が大きくなる。敵対的買収を行う買い手は、大きな投資利益を実現することができるのだ。
【敵対的買収の特徴3】買収防衛策が導入されていない
敵対的買収の成否を決める要因として大きなものは、買収防衛策である。コーポレート・ガバナンスの観点から、買収防衛策は経営者の保身をもたらしやすく、批判されるケースも多い。しかし、ポイズンピルや買い手の持株比率希薄化など買収防衛策が取られていると、敵対的買収は失敗する。
買収防衛策は、TOBを仕掛けられてから発動するものだが、それが導入されていると、対象の企業はTOBを仕掛けにくい状態になる。それゆえ、買収防衛策は、敵対的買収を予防する効果があるといえる。
一方で買収防衛策を導入することで企業の価値が下がる、株の流動性が下がるといった株主にとっての不利益もある。そのため経営者の保身、株主の利益、どちらが企業価値の向上の観点から望ましいか、それによって敵対的買収の防衛策導入の妥当性は変わる。いずれにせよ、いったん買収防衛策が導入されてしまうと、投資ファンドなどの買い手は買収意欲が低下したり、簡単に手を出すことができなくなったりする。
2019年の敵対的買収事例(1)エイチ・アイ・エス対ユニゾHD
2019年8月6日、株式会社エイチ・アイ・エスによるTOBに対して、ユニゾホールディングスは、それを敵対的買収だと批判し、TOBへの反対意見を表明した。
ユニゾHDが反対を表明した理由1:業務提携によるシナジーの創出が期待できない
エイチ・アイ・エスの事業の9割は旅行事業によって占められているのに対して、ユニゾホールディングスの事業の8割は不動産事業によって占められている。そのためエイチ・アイ・エスが不動産事業主軸のユニゾホールディングスの株式を取得する異業種間シナジーは明確になっていないとユニゾホールディングスは主張している。
私見ではあるが、確かにシナジー効果があれば企業価値は向上するものの、その向上した価値を享受すべき主体は買い手であるエイチ・アイ・エスであろう。エイチ・アイ・エスが企業価値の向上に大成功するかもしれないが、その一方で大失敗するかもしれない。そのような事業経営に、雇われサラリーマンであるユニゾホールディングスの経営陣が意見する立場にあるのかどうか、悩ましいところである。
ユニゾHDが反対を表明した理由2:ユニゾホールディングスの企業価値を毀損するおそれがある
ユニゾホールディングスが問題視しているのは、エイチ・アイ・エスがユニゾホールディングスの不動産情報ネットワークの積極活用により、不動産事業の用地取得の迅速化・効率化を企図している点だ。ユニゾホールディングスの不動産事業のノウハウが一方的に収奪され、企業価値が毀損されるおそれがあるとのことである。
私見ではあるが、買収が成功しエイチ・アイ・エスの子会社になったとすれば、少数株主が残される場合は別として(彼らの利益を考えなければいけないので)、子会社が親会社の経営に支配されることは当然であろう。企業価値が向上する場合もあれば、毀損される場合もある。毀損された企業価値で損失を被るのは、他ならないエイチ・アイ・エス自身である。それについてユニゾホールディングスの経営陣が意見する立場にあるのかどうか、悩ましいところである。
ユニゾHDが反対を表明した理由3:公開買付価格が不十分であること
ユニゾホールディングスは、エイチ・アイ・エスが示した公開買付価格が適正な企業価値を反映していないことも理由の一つとして挙げている。不動産事業が8割を占めるユニゾホールディングスでは、それまでの市場価格が割安のまま放置されており、適正ではなかったとしている。財務状況や経営成績、中期経営計画等による株式価格は、エイチ・アイ・エスにより提示された株価よりも上回るとのことだ。
私見として、TOB価格が安すぎるという主張は理解できる。つまり現在の株主は、TOBに応募してエイチ・アイ・エスに売却するよりも、今の経営陣を信頼して株式を持ち続けるほうが、将来高く売却できますよという主張である。日経平均が伸び悩んでいる中、高いTOB価格を超える水準まで、企業価値を向上させる予定だとは、驚きである。現在のユニゾホールディングスの経営陣は、企業経営にものすごい自信があるようだ。
2019年の敵対的買収事例(2)ぺんてるをめぐるコクヨとプラスの買収
ぺんてる株式会社は、サインペンなどの筆記具で有名な、とても価値ある文具メーカーである。ここにコクヨがTOBを実施した。これが敵対的買収だと言われる事例となった。
しかし、ぺんてるは非上場企業であり、有価証券報告書提出会社ではない。ぺんてるは公開買付規制に応じる義務はなく、委任状勧誘規則の適用もない。ここにTOBを仕掛ける敵対的買収がなぜ実行できるのか、疑問になるかもしれない。しかし、非上場企業であっても株主数が極めて多く、個別の相対取引で取得することが難しいため、TOBが実施されたものと推測することができる。
ぺんてるは、コクヨのTOBに対して、一方的かつ強圧的な敵対的買収であるとして、反対意見を表明している。ぺんてるからの公表では、コクヨとぺんてるは、会社の成り立ちや社風も異なっているため、業務提携の効果が得られないと主張している。ぺんてるは、コクヨの子会社になるよりも、自主独立の経営・事業活動を継続し、ホワイトナイトであるプラスとの業務提携関係を深めていくほうが株主利益に資するという。
私見ではあるが、コクヨはすでに37.45%のぺんてる株式を取得している。筆頭大株主としてぺんてるの経営に参画し、株式公開(IPO)や配当金によって投資回収できればよいが、それができなければ大損である。これが非上場株式に投資するリスクであろう。ハイリスク・ハイリターンの未公開株投資であった。コクヨによる株式投資は失敗に終わったと考えることができよう。
買収防衛策で敵対的買収に備える
敵対的買収は買収対象となる企業の同意を得ずに株を取得する買収方法であるため、リスクも大きく成功例は少ない。敵対的買収には買収防衛策が有効であることが多いが、一方で経営者の保身目的との見方もあり、企業の価値が低下する、株主の利益が減少するというデメリットもある。そのため、買収防衛策については企業価値の向上、株主や社員の利益をふまえて導入を検討する必要がある。(提供:THE OWNER)
文・古尾谷 裕昭(税理士)