中小企業の採用は難しい。この事実は変わらない。中小企業経営者は困難な採用状況の中でも、企業経営のために人材を確保していく必要がある。そのためには、現状と課題を再確認することが肝要だ。自社に合った対策を早期にスタートし、試行錯誤しながら、困難な採用環境を乗り切らなければならないであろう。

中小企業の採用の現状

採用
(画像=PIXTA)

中小企業だけでなく、人手不足の問題はすべての企業に共通の課題だ。しかしながら、現状は大企業と比べ、中小企業の方がより深刻である。今回は、中小企業庁がとりまとめた2019年版「中小企業白書」を参考にしながら、広い視野で採用についての現状と課題を振り返り、中小企業の置かれている現状に焦点を絞っていく。

人口と年齢構成による人手不足の現状と未来予想

採用市場の困難さを考えるときの最も基本的な基準は、採用対象者の数であろう。採用対象者の数が少なければ、採用はより困難になる。

日本の人口は2008年をピークに、2011年以降は減少に転じている。減少傾向は今後も継続する見込みだ。年齢構成で見てみると、64歳以下のいわゆる労働力と考えられる生産年齢人口が減少する一方で、75歳以上の高齢者の人口が増加している。この傾向はこれからも継続していく。

求人数・雇用者数で見た中小企業の人手不足

求人数と雇用者数を見ると、中小企業の採用の困難さが浮き彫りになってくる。

2009年から2018年の求人数は、500人以上の事業所はほぼ横ばい、30~499人の事業所は緩やかな上昇傾向にとどまっているのに対し、29人以下の事業所の求人数は大幅に増加している。

一方、2009年から2018年の雇用者数は、従業者規模が30~499人の事業所は横ばいで推移、500人以上の事業所は、右肩上がりで年々雇用者数を増加させているのに対し、29人以下の事業所は雇用者数を減少させている。

従業者規模の小さい事業所は、求人数を大幅に増加させても、採用できた雇用者数が増加しない、困難な採用状況が見えてくる。

大企業と比較して困難な中小企業の採用

求人倍率とは、求職者1人当たりに、何件の求人があるかの指標である。従業員数300人以上の企業の大卒予定者求人倍率は、2016年1.0倍、2017年1.0倍、2018年0.9倍、2019年0.9倍であった。ところが、従業員数299人以下の企業は、2016年3.6倍、2017年4.2倍、2018年6.4倍、2019年9.9倍にもなっている。

2019年の従業員数299人以下の企業では、求人倍率が9.9倍で1倍より多いため、求人数に対して求職者が少なかったことが分かる。反対に、従業員数300人以上の企業が0.9倍と1倍より下回っていたことを考慮すると、中小企業の大卒者採用の困難さが想定できる。

大卒者採用だけでなく、転職者についても、中小企業の採用は困難さが増している。2011年から2016年の転職者数推移のデータでは、転職先に従業員数300人以上の大企業に転職した人数が年々増加しており、転職先を選択する場合、中小企業が選ばれにくい傾向が継続している。

地方の中小企業が採用困難に陥っている現状

大企業と比較して中小企業の採用が困難であるだけでなく、中小企業の中でも、採用の困難さの違いが出てきている。それは、都心部の中小企業と地方の中小企業の差である。

政府の推進する地方創生の一環として検討されている「地域経済社会システムとしごと・働き方検討会」では、地方の中小企業の人材不足を分析する中で、採用の現状についてまとめている。

2019年4月の「地域経済社会システムとしごと・働き方検討会」の資料によると、大卒者採用は、大学進学と就職の2段階で首都圏の企業に一極集中が加速している。具体的には、首都圏、中部・東海、京阪神の三大都市圏は、新卒採用予定人数の充足率が高く、その他の地方は低い傾向がある。

新卒採用が困難な地方の中小企業は、中途採用へシフトしている。採用に占める中途採用の割合は、東北エリアで約9割、九州、四国、北関東エリアで約8割にのぼる。しかしながら、地方の中小企業は、中途採用を含めても、人材を確保することが難しい状況だ。

地方の中小企業が採用に成功するための3つのポイント

地方の中小企業の採用には、新規採用や中途採用への施策の継続が重要だ。それに加えて「地域経済社会システムとしごと・働き方検討会」では、下記の3点の取り組みを検討する必要性が提案されている。

1. 企業の体制整備

離れた場所でも業務可能なリモートワークなどのIT活用が、人材確保の解決策として注目されている。そのためには、中小企業が業務を細分化し、リモートワークでも可能な業務を切り分けるなどの体制整備をする必要がある。

2. 都市部の副業人材を活用する

リモートワークなどのIT活用や業務の細分化が可能な体制整備ができれば、都市部にいる副業可能な現役世代の人材をリモートワークで人材として活用できる。業務の細分化によって、土日などを活用して、地方の仕事に従事したい若手人材も活用できるであろう。

3. 新しいキャリアや成長をアピールする

採用人材が都市部に流れている現実とは裏腹に、地方で働くことについてのアンケートでは、約6割が地方で働きたいと回答している。就職先を確定する際に、決め手となった項目は「成長が期待できる」がトップだった。

首都圏から地方へ転職した転職者が、転職時に重視した項目は「希望する勤務場所で働ける」と「新しいキャリアを身につけられる、成長が期待できる」が上位となった。地方の中小企業の採用では、新しいキャリアや成長をアピールすることが重要ではないだろうか。

中小企業が今からスタートできる対策

日本経済団体連合会がまとめた「中小企業を支える人材の確保・定着・育成に関する報告書」には、中小企業の成長に向けた人材戦略として、「注目される企業」「選ばれる企業」になることを提案している。中小企業が採用のために今からスタートできる対策として、知ってもらう活動と選んでもらう活動が必要になるだろう。

中小企業が学生への認知度を上げる4つの方法

中小企業が学生に認知され、注目される企業になるためには、大前提として学生が働きたくなる魅力ある企業になる必要がある。さらに、学生が企業を選ぶ理由は、将来性や安定性といった基本的な項目だけではない。

東京商工会議所の「2019年度中堅・中小企業の新入社員意識調査結果」によると、入社した会社を選んだ理由は、「仕事の内容がおもしろそう(42.6%)」、「職場の雰囲気が良かった(39.8%)」、「自分の能力・個性が活かせる(35.5%)」、「待遇(給与・福利厚生等)が良い(25.3%)」となっている。

中小企業が、学生が働きたくなる魅力ある企業になるためには、自社独自の強みやアピールポイントを見直して、さらに高めていく必要があるだろう。自社独自の強みやアピールポイントを見直す際には、経営者の見解だけではなく、従業員のアンケート調査などを行い、従業員の声を積極的に採用していくことが望ましい。

将来性と安定性のある、学生が働きたくなる魅力ある企業になる大前提を踏まえた上で、中小企業が学生への認知度を上げる具体的な方法は次の4つがある。

一つ目は、インターネット上に企業のオウンドメディアやFacebook、TwitterなどのSNS、新聞、雑誌などの各種メディアや、エリアの広報誌、地方自治体の広報誌、求人サイトなどの媒体を活用して認知度を上げる方法だ。

二つ目は、企業経営者が、学生に接触する機会を設ける、もしくは講演会を開催するなどして、経営者自身が学生への認知度を上げる取り組みを積極的に実施する方法である。

三つ目は、従業員の声を活用する方法だ。実際に業務を行う従業員の声を発信することは、リアルで学生の認知度を上げるのに効果的である。企業のオウンドメディアや企業のSNSなど各種媒体を通して、従業員の現場での声を掲載するのである。

四つ目は、地方の大学と連携して、地方での就職や、自社を紹介する場面を作っていく方法だ。経営者自ら講演を行うのも良いだろう。

中小企業が学生に選ばれる企業になる3つの方法

中小企業が学生に選ばれる企業になるための大前提は、前述と同様、「将来性と安定性のある、学生が働きたくなる魅力ある企業になる」ことであろう。この大前提を踏まえた上で、中小企業が学生に選ばれる企業になる具体的な方法は次の3点だ。

  1. 企業理念・ビジョンの明確化

企業理念やビジョンは企業を表す最重要の要素である。企業のオウンドメディアや採用関連の情報には、企業理念やビジョンの考え方が統一感をもって表現されていることが望ましい。

  1. 個人の能力・個性が生かせる職場環境の整備

東京商工会議所の「2019年度中堅・中小企業の新入社員意識調査結果」によると、入社した会社を選んだ理由の上位にある「自分の能力・個性が活かせる」という点は、採用だけでなく、中小企業の経営にとっても重要だ。

中小企業にとって、従業員の能力とスキルは企業の業績に影響する度合いが高い。従業員の能力・個性が生かせる職場環境の整備には、具体策として「各種資格取得・自己啓発への支援」「社内研修・社外研修の実施」「OJT制度の実施」などがある。

個人の能力・個性が生かせる職場環境の整備は、能力とスキルに対する対応だけではない。「従業員のモチベーションを高める仕組み作り」や「コミュニケーションの活性化・円滑化」なども重要である。

  1. 学生・大学へのアピール

認知度を上げる方法でも記載したが、学生に選ばれるためには、企業からのダイレクトのアピールが重要である。具体的には「会社説明会の実施」「大学の就職課への訪問および説明」「オフィス見学会の実施」「インターンシップや職場実習の実施」などを積極的に工夫して実行する。

国や地方自治体とのコミュニケーションの重要性が高まる

国や地方自治体においても、人材不足の問題を最重要課題として認識しており、対策を実行している。例えば、厚生労働省は「人材確保対策」として各種支援を実施しており、政府は「地方創生」として各種施策を実行している。中小企業が採用を見直し、対策をスタートさせる際には、国や地方自治体とコミュニケーションを取ることも重要であろう。(提供:THE OWNER

文・小塚信夫(ビジネスライター)