シナジー効果と呼ばれる現象は、企業がM&Aを実施する最大のメリットといえるものだ。シナジー効果をうまく誘発させれば、売上の上昇によってさまざまな経営課題を解決できる。M&Aに興味を持つ経営者は、これを機にシナジー効果の概要を理解していこう。
シナジー効果とは?中小企業にとっての重要性
M&Aにおけるシナジー効果とは、複数の企業が合わさったときに発生する「相乗効果」のことだ。M&Aが成立すると事業用資産や従業員をはじめ、さまざまな経営資源を共有する形となるため、「1+1が3にも4以上にもなる」ケースが珍しくない。
特に売り手側に回ることが多い中小企業にとって、シナジー効果の重要性は非常に大きい。中小企業のM&Aでは「大きな会社が中小企業を買収する」構図になりやすいため、買い手側の潤沢な経営資源をうまく活用すれば、以下のようなメリットが発生する可能性がある。
- 〇シナジー効果によって発生する、中小企業側のメリット
・短期間で会社や事業が成長する
・資金や設備が増える影響で、これまで取り組めていなかった事業にチャレンジできるようになる
・売上が増加することで、従業員の待遇がアップする
ただし、自社より規模の大きい企業に買収されたからといって、必ずしもシナジー効果が発生するわけではない。シナジー効果を発生させるには、M&A計画を立案する段階からシナジー効果を意識しておくことが重要だ。
上記で挙げたメリットを享受したい経営者は、本記事をしっかりと読み進めてシナジー効果の基礎知識を身につけていこう。
M&Aで生じるシナジー効果の種類と事例
M&Aで生じるシナジー効果は、そのメカニズムによって大きく4種類にわけられている。シナジー効果のイメージをしっかりとつかむために、以下で解説する各種類のメカニズムを理解しておこう。
1.販売シナジー
「販売シナジー」とは、販路を共有したりお互いのブランドを活用したりすることで、販売面に相乗効果が発生する現象だ。販売シナジーが発生すると、単に両社の売り上げが伸びるだけではなく、流通システムの共有によって販売コストを大きく抑えられる可能性がある。
- 〇販売シナジーの例
地方への進出を狙っていたA社は、すでにそのエリアで地域ブランドを確立していたB社を買収した。買収後、A社はB社の流通システムを活用し、低コストで地方市場へと参入することに成功。
その一方でB社も、A社のブランド力を活用して新商品を展開し、売上を大きく伸ばした。
メカニズムとしてはシンプルだが、実際に販売シナジーを発生させることは容易ではない。生産設備や研究開発、販売組織など、さまざまな経営資源・事業用資産の組み合わせを意識したうえで、M&A計画を立てることが必要になる。
2.生産シナジー
「生産シナジー」とは、買い手・売り手が生産設備などを共有することで、生産面に相乗効果が発生する現象だ。生産シナジーが生じると生産過程が効率化されるため、企業の生産性がアップすることはもちろん、生産コストや物流コストの削減にもつながる。
- 〇生産シナジーの例
パソコン関連の部品を取り扱うA社は、同業であるB社の株式を買収した。A社とB社はお互いの生産設備をうまく共有し、その結果として生産性や市場占有率が飛躍的にアップ。
さらに、仕入れを大量に増やすことが可能になった影響で、販売元に対する価格交渉も成功させた。
生産シナジーによって大量生産が可能になると、上記の例のように価格交渉力が高まることもある。「生産性のアップ・コスト削減」の2つの面でメリットが発生するため、M&Aにおける生産シナジーの重要性は非常に高い。
3.投資シナジー
「投資シナジー」とは、研究開発などの投資面で発生するシナジー効果のこと。本来、研究開発によって新製品を生み出すには膨大な時間・コストがかかるが、投資シナジーが発生すると研究開発の効率がぐっと高まるため、時間・コストを大きく節約できる。
- 〇投資シナジーの例
医療機器の開発に携わっているA社は、以前から優秀な人材やデータの不足に悩んでいた。その点を解決するために、A社は自社にとって必要な経営資源を有している、B社の株式を買収。
B社と共同開発できる環境を整えたことによって、研究開発にかかる時間・コストの大幅削減に成功した。
投資シナジーを狙ったM&Aの中には、現時点で必要な経営資源を獲得するためではなく、将来的に発生する投資シナジーに期待して買収するようなケースも存在する。たとえば、近年では将来的に発生するキャピタルゲインを見越して、大企業がベンチャー企業を買収するようなケースが見られるようになった。
4.経営シナジー
経営シナジーは「マネジメントシナジー」とも呼ばれる、経営のノウハウを共有することで発生するシナジー効果のこと。M&Aを実施すると、買い手・売り手の経営者や役員、事業のキーマンなどが集結するため、より優れた経営戦略を実施できる可能性がある。
- 〇経営シナジーの例
A社は新しい市場への参入を計画していたものの、その市場におけるノウハウや知識が乏しい状態にあった。そこでA社はノウハウを手っ取り早く培うために、同市場ですでに成功を収めていたB社の株式を買収。
A社とB社のノウハウを融合することで、見事にA社は新市場でのシェア獲得に成功した。
新しい業界や市場にチャレンジする企業にとって、経営シナジーの意味合いは非常に大きい。経営シナジーがうまく発揮されると、1から新規参入を行う場合に比べて時間・コストを削減できるだけではなく、事業のリスクも大きく抑えられる。
シナジー効果とM&A価格の関係性とは?
買い手側・売り手側に理想的な経営資源があるからといって、シナジー効果は自然に発生するものではない。シナジー効果を発生させるには、M&Aの実施後にもさまざまな方面で努力や工夫をする必要がある。
そのため、会計士などの第三者に「企業価値評価」を依頼する場合には、シナジー効果は評価に反映されないケースが一般的だ。しかし、実際のM&A市場では以下のような状況が起こり得るため、入札額にシナジー効果を反映させない方法が必ずしも正解になるとはいえない。
- 〇入札額にシナジー効果を反映させなかった場合の失敗例
【1】売り手企業に対して、A社がシナジー効果を反映しなかった場合の入札額を提示
【2】新たに興味を示したB社が、シナジー効果を反映した場合の入札額を提示
【3】少しでも売却益を増やしたい売り手側は、入札額の高いB社と合意を結ぶ
上記の例では、入札額にシナジー効果を反映しなかった影響で、A社は入札に競り負けてしまった。そのほかの条件面が似たようなものであれば、ほとんどの売り手企業は入札額の高いB社を選ぶだろう。
このような競り負けを防ぐために、基本的にシナジー効果はM&A価格に反映されている。ただし、M&A価格はあくまでも買い手の主観によって決まるので、売り手側は「すべてのシナジー効果が反映されるわけではない」という点をしっかりと理解しておくことが重要だ。
M&Aでシナジー効果を発生させる4つのポイント
M&Aにおけるシナジー効果は、さまざまな要素が絡み合って発生する現象であるため、狙って発生させることは容易ではない。買い手・売り手のそれぞれがシナジー効果を強く意識し、綿密な計画を立てることが必要になる。
特に以下で解説する4つのポイントは、計画を立てる段階からしっかりと意識しておくことが重要だ。
1.売上につながるタイミングを考える
シナジー効果の中でも「販売シナジー・投資シナジー」の2つは、M&Aの直後にすぐ発生するものではない。特に研究開発の段階からスタートする場合は、売上につながるまで5年~10年の期間がかかることもある。
商品やサービスによっては、この開発期間のうちに市場状況が大きく変わってしまうケースもあるはずだ。流行などによって市場の需要が変わると、当初予定していたシナジー効果を期待することはどうしても難しい。
したがって、シナジー効果を発生させるには「売上につながるタイミング」を意識し、「商品・サービスを提供できる時期に、本当に需要があるのか?」を冷静に分析する必要がある。このタイミングを見誤ると、黒字どころか大きな赤字を抱えてしまう恐れもあるだろう。
2.統合プロセスのスケジュールを立てる
買い手・売り手の2つの企業を統合するプロセスは、M&Aの手順で一番重要になるといっても過言ではない。両社の経営資源はもちろん、異なる企業文化や経営理念も統合する必要があるため、一般的なM&Aでは統合プロセスだけで半年以上の時間がかかる。
この統合プロセスが遅れると、シナジー効果が発生するタイミングにも当然遅れが生じる。取り扱う商品・サービスによっては、この遅れが致命的なミスにつながることもあるだろう。
そのため、計画通りにシナジー効果を発生させるには、計画の段階で「統合プロセスのスケジュール」を立てておくことが重要だ。また、予期せぬトラブルが発生しないとも限らないため、スケジュールに多少のゆとりを持たせることも大切なポイントになる。
3.アナジー効果への対策を用意しておく
「アナジー効果」とは、M&Aによって発生する相互マイナス効果のこと。簡単にいえばシナジー効果の対義語であり、M&Aではアナジー効果が発生することで、大きな赤字を抱えてしまうケースが珍しくない。
シナジー効果と同じく、アナジー効果もさまざまな要素が絡み合って発生する。そのため、アナジー効果の発生を確実に防ぎきることは難しく、専門家の力を借りても100%防ぐことはできない。
そこで重要になるものが、「アナジー効果が発生したときの対処法」だ。万が一アナジー効果が発生したときに、どのように対処するのかを考えておくだけで、受けるダメージは最小限に抑えられる。
具体的な対処法のひとつとしては、会社もしくは事業を分裂した状態に戻す「ピュアカンパニー化」が挙げられる。ピュアカンパニー化によってM&A実施前の状態に戻せば、アナジー効果によるダメージをひとまず食い止められるだろう。
4.M&Aに潜むリスクを把握し、対策を考えておく
シナジー効果を最大限発揮し、かつアナジー効果を抑えるためには、事前にM&Aのリスクを把握しておくことが必要だ。M&Aにはさまざまなリスクが潜んでおり、主なものとしては以下が挙げられる。
M&Aに潜むリスク | 概要 | 主な対策 |
---|---|---|
隠れ債務 | 売り手企業が抱えている、事前に公開されなかった債務のこと。 | デューデリジェンスを徹底的に実施する。 |
PMIの失敗 | 経営統合(PMI)に失敗すること。PMIに失敗すると、膨大な時間やコストを無駄にする恐れがある。 | 交渉・契約を担当していた専門家に、引き続きPMIのサポートを依頼する。 |
従業員の離脱 | 社内環境が大きく変わるM&Aでは、主に売り手側の従業員が離脱してしまう恐れがある。 | 従業員に対して、M&Aに関する事情をきちんと説明する。説明を行うタイミングも重要になる。 |
法律への抵触 | 事業内容や会社のポジションが変わると、独占禁止法などの法律に抵触する恐れがある。 | 弁護士をはじめ、法務をマネジメントできる専門家に相談をする。 |
M&Aに潜むリスクは、単に把握するだけでは意味がない。上記でまとめた通り、各リスクへの対策をきちんと用意しておくことが重要だ。
抱えるリスクは企業規模や業種、相手企業との相性などによって変わってくるため、実際にM&Aを実施することを想定し、できる限りすべてのリスクを洗い出しておきたい。
シナジー効果を発生させるには、「フレームワーク」の活用も重要なポイント
M&Aにおいてシナジー効果を発生させるには、「フレームワーク」の活用も欠かせないポイントだ。シナジー効果を予測するフレームワークはいくつか存在するが、以下では特に押さえておきたい2つのフレームワークを紹介しよう。
1.アンゾフの成長マトリクス
アンゾフの成長マトリクスとは、自社の「製品・市場」から今後の成長戦略を見極めるためのフレームワークだ。横軸に「製品」、縦軸に「市場」をとり、それぞれを以下のように「既存・新規」の2つにわけて、4象限のマトリクスを作成していく。
既存製品 | 新規製品 | |
既存市場 |
市場透過 |
製品開発 |
新規市場 |
新市場開発 | 多角化 |
たとえば、新規製品を既存市場で取り扱いたい場合は、「製品開発」が今後とるべき戦略となる。この点を意識した場合、M&Aにおいては「投資シナジー」が期待できる相手企業を探さなくてはならない。
ほかにも、とるべき戦略が「市場透過」であれば同業他社、「新市場開発」であれば地方企業のように、アンゾフの成長マトリクスを活用するとシナジー効果を発生させやすい相手企業像がイメージしやすくなる。
2.PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)
PPMは「市場の成長率・市場のシェア」の2つの観点から、今後の成長戦略を見極めるためのフレームワークだ。横軸に「市場シェア」、縦軸に「市場の成長性」をとって4象限のマトリクスを作成することで、自社の事業がどのポジションに該当するのかを分析していく。
中長期的な成長を目指すのであれば、「カネのなる木」に該当する事業を複数持ち、その事業によって得た資金を「花形・問題児」のどちらかに投資する戦略が理想的だ。したがって、このフレームワークをM&Aに活かすには、自社にとって「不足している事業」を見極めたうえで、その不足事業を補える相手企業を探すことがポイントになる。
ちなみに、「負け犬」に該当する事業は将来性・収益性の両方が見込めないため、原則としては撤退が望ましい。負け犬にあたる事業は、会社にとって足手まといになるリスクが高く、アナジー効果の発生につながりかねないため、相手企業の事業も慎重に分析をするようにしよう。
フレームワークを活用しながら、綿密なM&A計画を立てよう
M&Aにおけるシナジー効果は、買い手・売り手のどちらの立場でも大きなメリットになる現象だ。シナジー効果をうまく誘発できれば、想像以上に売上が伸びる可能性もある。
ただし、本記事でも解説してきた通り、シナジー効果を狙い通りに発生させることは容易ではない。企業同士の複雑な要素が絡み合う上に、結果としてアナジー効果が発生してしまう恐れもあるので、狙うのであれば綿密な計画を立てることが必要だ。
また、M&A計画の質を少しでも高めるために、PPMなどのフレームワークも活用しておきたい。今回紹介した2つのフレームワークは、M&Aに限らずさまざまな場面での経営戦略に活用できるため、これを機にぜひ使い方を理解しておこう。(提供:THE OWNER)
文・THE OWNER編集部