企業経営において、事業の柱が1つだけというのは誠に心許ない。ほんの些細な状況の変化が事業を危うくし、会社の命取りになってしまうことがある。だが、事業の柱を増やしたくても、一から育てていく時間も資金も、人材もない。

そんな時、頭に浮かぶのは他社とのアライアンスや合併だろう。同じ悩みを持つ他社と組んで、規模を大きくし市場で生き残っていく。そのような機会があったなら、その「1+1」を数倍にしてみたいと考えるのが経営者というものだ。

本記事では、M&Aやアライアンスが生み出すシナジー効果について解説していく。

シナジー効果とは?

シナジー効果
(画像=PIXTA)

シナジー効果は、日本語にすると相乗効果だ。さまざまな分野で使われる言葉だが、ある要素と他の要素を組み合わせることによって、1+1以上の効果が得られることを指す。

経済の場合は、合併や他企業とのアライアンス、多角化経営によってお互いが影響し合い、個々で活動する以上の効果があった場合に「シナジー効果が出た」「シナジーがあった」などと言う。企業経営におけるシナジー効果の種類を紹介しておこう。

売上(販売)シナジー

・販売チャネル
ホームページの相互リンクやECサイトの相乗り、実店舗の一部を共有するなど、販売に関わるチャネルを共有しシナジー効果を狙う。

・ブランド効果
相手がブランド力のある企業であれば、商品ブランドを統合するなどして信用力を利用し、ラインナップの拡充を図ることで売上増を狙う。

・クロスセリング
顧客がすでに利用している相手方の商品・サービスなどに関連する自社製品をすすめて売上増を狙う。

コスト(生産)シナジー

・物流コスト
倉庫の共有や統廃合、トラックの共同運行などで物流コストを削減する。

・スケールメリット
同じ材料や調達品であれば、共同購入による大量発注を条件に仕入価格を下げる交渉を行う。

・営業拠点
店舗や営業所、サービスセンターなどを統廃合することで、人件費や運営コストを圧縮する。

・生産拠点
工場のラインを共有し、統廃合してコストを削減する。相手方がコストの安い海外などに生産拠点を持っていれば、さらに効果は高くなる。

・間接部門
総務や人事、経理など双方が持つ間接部門を統合し、余剰人員を振り分けるなどして人件費を圧縮する。

財務シナジー

・資本調達余力
企業規模の拡大による信用力アップを利用し、金融機関からより良い条件で資金を調達する。

・余剰資金活用
双方に余剰資金があれば、合算してより大きな投資を行う。

研究開発(投資)シナジー

・研究開発投資力
両社の研究開発資産(ヒト・モノ・カネ)を統合し、研究開発に関わる投資力を向上する。

・技術・ノウハウ
両社の特許・ノウハウを共同利用し、企業としての競争力を向上する。

その他のシナジー

・人材獲得
企業規模の拡大によるイメージアップを利用し、より良い人材を獲得する。

多くの企業が吸収合併や事業買収を積極的に行う理由は、上記のようなシナジー効果を期待するからだ。次に、このような効果を生むための方法を解説していく。

シナジー効果を出す方法

前述のとおり、シナジー効果は複数の企業または事業を統合することによって生まれる。では、統合にはどのような方法(種類)があるのだろうか。

M&A

M&Aは、Mergers and Acquisitionsの略だ。M&Aを吸収合併のことだと思っている人は多いが、正確には企業の合併(Mergers)と買収(Acquisitions)の総称だ。吸収合併は、M&Aの一種だと覚えておこう。合併とは、複数の企業を1つに統合することだ。合併には、以下の2種類がある。

 ・吸収合併
一方の企業が、もう一方の企業を吸収するタイプの合併だ。吸収される会社の法人格は消滅するので、吸収するほうを「存続会社」、吸収されるほうを「消滅会社」と呼ぶ。資本関係のない企業同士はもちろん、親会社が子会社を合併する場合も吸収合併と呼ぶ。

主な目的は組織の再編だが、経営状況の悪化した企業を健全な企業が吸収するケースが多く、消滅会社の社員のケアが必要になることが多い。シナジー効果も狙えるが、相応のコスト負担が必要になる合併と言える。

 ・新設合併
新設合併は、新しく会社を設立し、各企業の資産すべてを承継するタイプの合併だ。吸収合併は一方の法人格が消滅したが、新設合併は統合する企業の法人格がすべて消滅する。吸収合併に比べると前向きなケースが多く、近年の事例では富士ゼロックスが新会社として富士ゼロックスマニュファクチュアリングを設立、子会社数社を新設合併し業務効率の向上を実現している。

次は買収だ。買収とは企業買収のことで、株式譲渡、事業譲渡、会社分割などの方法で他企業を買い取ることを言う。合併との違いは、法人格が消滅しないことだ。

 ・株式譲渡
相手企業の全株式を譲り受け、経営権を取得する。取得後の企業と連携を行うことによりシナジー効果が発生する。

 ・事業譲渡
経営権を取得するのではなく、ある事業の全部または一部を買い取る方法。メリットは、相手企業に負債などがあっても承継する必要がないことだ。

 ・会社分割
相手の事業の一部を切り出し、新会社を設立するか別会社に吸収して事業承継を行う。

M&Aには、必ず相手が存在する。M&Aはシナジー効果を狙うなら近道ではあるが、相手との合意を慎重に行う必要がある。あるIT企業が放送局に対して敵対的買収を仕掛け、失敗したことを覚えている人は少なくないだろう。

アライアンス(協働)

アライアンスは「同盟」という意味だが、ビジネスの世界では企業同士の提携を意味する。「お互いの事業を組み合わせるとシナジー効果が生まれる」と判断すれば、契約交渉を行ってアライアンスの枠組みを構築する。メリットは初期コストが比較的安く済むことと、効果がなければ提携を解消できることだ。合併や買収は、失敗したからといって簡単に後戻りはできない。

近年、意外性のあるアライアンス(両社はコラボと言っている)で話題となったのが、「ビックカメラ」と「ユニクロ」が提携した「ビックロ」だ。コンセプトは「ファッションと家電で培った両社のノウハウを重ね合わせ、さまざまな人に喜びと驚きを提供する新しいタイプの店舗を提案する」。2012年にスタートしたこのアライアンスは2020年現在も継続中で、家電とカジュアルウェアを含め、何でも揃う専門店の集合体をアピールし続けている。

多角化戦略

多角化戦略とは、自社の経営資源を新たな事業分野に投下することでシナジー効果を狙う戦略だ。メリットはコストや売上、研究開発などでシナジー効果を狙えるほか、企業としてリスク分散ができることも大きい。

多角化戦略で成功している企業に、キヤノンがある。キヤノンはもともとカメラメーカーだが、この事業で培った「光学技術」と「メカトロニクス技術」を応用して、コピーやプロジェクタなどの事務機器、個人向けのスキャナや複合プリンターを販売し、シナジー効果を上げている。

アナジー効果

アナジーとは、企業や事業間の相互マイナス効果を表す言葉だ。M&Aやアライアンスが、必ずしもシナジー効果を生むわけではない。合併や提携を行ったものの、期待するほど効果が出ず、やむなく関係を解消する例も多々ある。

有名なアナジーの例に、1998年のダイムラー・ベンツとクライスラーの合併がある。この合併は両社の規模の大きさから「世紀の合併」と言われ、資本提携によりダイムラー・クライスラーが発足した。

ところが、両社の立場が対等であったことから利害の対立を解消できず、ドイツとアメリカの企業文化の違いもあってか両社の経営陣は次第に対立するようになる。結局、当初期待したようなシナジー効果が生まれないまま、2007年に合併は解消された。ダイムラーが合併時にクライスラーに投下した資金は400億ドル(約4.3兆円)、合併解消時に株式を売却して回収した資金は60億ドル(6,520億円)だった。

シナジー効果の成功事例

ここからは、シナジー効果の成功事例を見ていこう。少し長くなるが、ソフトバンクを中心に紹介したい。

ソフトバンク(M&A)

ソフトバンクの歴史は、企業買収の歴史といっても過言ではない。現在ではソフトバンクグループとして多くの企業を傘下に持つが、始まりは1981年に設立されたパソコンのパッケージソフトを扱う会社「日本ソフトバンク株式会社」だ。当時の資本金は1,000万円である。

日本ソフトバンクはその後、出版事業、データ処理事業と経営の多角化を開始する。出版では黎明期のパソコンファンに向けた雑誌を作り、将来のコンピュータ時代を予見してデータ処理事業を始めた。どちらも、創業時からの事業やパッケージソフト流通業とのシナジー効果を考えてのことだ。

1990年に社名をソフトバンクに変更、株式を店頭公開した1994年から、企業買収を加速させる。米国Yahoo!などの買収を経て、1998年には東証一部上場を果たす。2000年代に入るとインターネットバブルの波に乗り、2001年にブロードバンド通信事業に参入、2004年には日本テレコムを完全子会社化し、通信事業での地位を確立した。

ここからはよく知られているが、2006年にボーダフォンの日本法人を買収し、ソフトバンクは携帯電話事業者となった。これによって、ソフトバンクはインターネットのポータルサイト(Yahoo!)と地上の通信網、携帯の通信網のすべてを手に入れたことになる。さまざまな通信設備とデータストレージはすべて共用され、莫大なシナジー効果を生んでいるのだ。

その後もソフトバンクグループが世界各地で買収を行い、規模拡大と事業の幅を拡げていることはご存じのとおりだ。特定の業界でしか話題にはならなかったが、ソフトバンクは2016年に英国の半導体設計企業ARMホールディングスを買収している。買収金額は3.3兆円。当時の役員は当初全員買収に反対したが、孫正義会長兼社長が決断した。この買収金額はソフトバンク史上ではもちろん、日本企業による海外でのM&Aとしても過去最大規模だ。

なぜ、孫正義会長兼社長はそこまでして半導体設計企業を買収したのだろうか。実は、そこに今後のソフトバンクの戦略が見えてくるのだ。

ARMホールディングスは半導体そのものを作っている企業ではなく、CPUの回路情報(専門的にはIPという)を売っている会社だ。CPUとはコンピュータの頭脳のことで、半導体を作っている会社はARMからライセンスを受け、自社の半導体に組み込んで販売する。

ARMのCPUを組み込んだ半導体は、スマホの90%以上に採用されている。パソコンに入っているCPUはインテルが多いが、それ以外のIT機器にはARMのCPUがかなりの割合で採用されている。つまりARMを子会社化すると言うことは、世界の半導体市場を抑えたようなものなのだ。

千代田区のほとんどの飼い猫には、マイクロチップが埋め込まれている。目的は、迷子や野良猫化を防ぐことだ。海外では人間の腕や手にチップを埋め込み、通勤定期やキャッシュレスの買い物に活用し始めている。医療分野では人間の脳にチップを埋め込み、てんかんの発作を防ぐ試みが本格化している。

現在ソフトバンクは、AI(人工知能)に関係する世界中のベンチャー企業をターゲットにしている。通信インフラ(地上)、移動体通信(携帯)、インターネット、マイクロチップ、AIなどだ。これらを抑えたソフトバンクグループが、今後どのようなシナジー効果を生むのか。俯瞰して見ると、おぼろげながら見えてくる。

エネオス・ファミリーマート(アライアンス)

ガソリンスタンドに、コーヒーショップやコンビニが併設されているのを見かけることが多くなった。エネオス・ファミリーマートもその1つだ。両社はM&Aなどを行ったわけではなく、アライアンスを組みことでシナジー効果を期待しているのだ。

車の運転をしていると、車を止めてエンジンを切り、シートベルトを外して車外に出るという行為はとても面倒だ。ドライバーは、一旦車を止めたなら一度に様々な用事を済ませたいと思うもの。この心理をうまく使ったのが、ガソリンスタンドとコンビニのアライアンスだ。他にもガソリンスタンドとスーパーマーケット、パン屋、マンガ喫茶などがあり、給油の際のドライバーの心理をうまく活用している。

航空アライアンスも、よく聞く提携のかたちだ。旅客機の空席を出したくない航空会社は、昔からコードシェアというかたちで提携を行ってきた。最近では予約システムや、マイレージ(マイル)を共同で使えるようなアライアンスを組んでいる。

現在、世界には3つの大きな航空アライアンス(スターアライアンス、スカイチーム、ワンワールド)があり、それぞれ所属する航空会社間でマイレージの共有や予約システムの連携を行い、顧客の利便性を向上させている。顧客の利便性が向上し旅客機を使う頻度が上がれば稼働率が上がり、収益向上につながるというわけだ。

鉄道会社(多角化戦略)

多角化戦略を使ったシナジー効果で昔から有名なのが、鉄道会社だ。鉄道会社は、沿線に系列の百貨店(デパート)を持っていることが多い。京王電鉄は京王百貨店、西武鉄道は西武百貨店、東急電鉄は東急百貨店といった具合だ。

平日は通勤客で混み合う電車や駅も、休日はすいている。そこでターミナル駅に百貨店を置き、休日にファミリーに電車を使ってもらう戦略だ。電車(資産)を効率良く稼働させ、百貨店の利益も期待できる。

他にも、ファミリーの利用を見込んで遊園地などを作る場合もある。西武遊園地や京王よみうりランドなどが、それにあたる。路線が延伸すれば、新駅の周辺で宅地開発を行い、住宅供給なども行っている。東急不動産や西武不動産(西武プロパティーズ)などは、分譲マンションの販売やリゾート開発、ゴルフ場運営まで幅広く手掛けている。

鉄道会社は自社の最大の資産である鉄道を使って、「人の移動」をどのようにして利益に変えるかを常に考えている。ソフトバンクのように派手ではないが、着実な経営の多角化を実行しているのだ。

お互いの得意分野がシナジーを生むか、がカギ

シナジー効果を生み出すことを目的とした提携や合併で大切なことは、お互いの得意分野を組み合わせた時に効果的があるかどうかを検証しておくことだ。自社の事業で弱い部分(うまくいっていない事業)がある場合、「他社の強い事業と組み合わせることでシナジー効果を生み出せないか?」と考えがちだ。

だが、連携や合併候補となった企業にしてみれば、この組み合わせにはまったくメリットがない。このように発生するシナジー効果に格差があれば、提携や合併は成立しないのだ。

アライアンスにおいても、弱い企業同士が強い競合に立ち向かうために提携し、勝利したという話はあまり聞いたことがない。残念だが得意と得意、強みと強みが一緒にならなければ、十分なシナジー効果は望めないのだ。もしあなたがシナジー効果を狙って他企業とのアライアンスを考えているなら、この法則を踏まえて提案資料を作成して欲しい。(提供:THE OWNER

文・THE OWNER編集部