M&Aは事業の多角化などを目的に行われるが、必ずしも成功するとは限らず、むしろ失敗するケースのほうが多い。では、なぜ準備をしてから実施するにも関わらず、失敗につながってしまうのだろうか。過去の失敗事例をもとに、M&Aを成功させる秘訣を考えてみよう。
M&Aの失敗とは?失敗にあたる3つのケース
M&Aを検討している買い手側企業は、事業規模の拡大や多角化、必要な経営資源を効率よく得ることなどを目的にしている。その一方で売り手側企業においては、事業継承やコア事業への集中などが主な目的だ。これらの売り手・買い手両者の目的が達成できなかったとき、M&Aは「失敗」ということになるだろう。
では、仮にM&Aが失敗したとき、具体的にはどのような状況に陥るのだろうか。ほとんどの企業にとって失敗といえる3つのケースを、以下で詳しく見てみよう。
1.投資対効果が薄い
「投資対効果が薄い」とは、要するに“割に合わない”状況である。投資した額に比して期待する効果が得られなければ、そのM&Aは失敗と言える。
買収先企業に関する調査が不十分で、実際の評価額よりも高値で買ってしまうケースは非常に多い。特に、競合がいるなどの理由で買収を急ぐケースでは、ファイナンシャルアドバイザーの助言を鵜呑みにしたり、「条件に合う企業は他にない」と思い込んだりしないよう、十分な注意が必要である。
2.損失を計上する
M&Aの買収価格では、対象企業の時価純資産にのれんが上乗せされている。「超過収益力」とも表されるのれんは、買収先企業のブランド力や技術力、人的資源、地理的条件、顧客ネットワークといった目に見えない資産であり、わかりやすく数値化できない点に注意が必要になる。
買収後は、こののれんを長期にわたって償却する。しかし、期待したシナジー効果を得られず、買収額と現実の評価額に乖離があれば、損失を計上(減損)することになる。その結果、株価下落や役員の責任問題に発展する可能性も否定できない。買収額が大きいほど、減損の懸念を抱えることになるだろう。
さらに事業譲渡型のM&Aを行う場合は、債務調査が行き届いていないと、資産だけでなく債権も受け継いでしまうという失敗パターンもある。
3.最悪の場合、破産する
買収先企業の不正や不良資産の存在、コンプライアンス違反などに気づかず買収してしまうと、最悪の場合、破産に追い込まれることがある。破産は免れても、行政指導や人員削減などの事態が起こるケースもある。
成功すれば企業を大きく成長させるが、同時に破産という大きなリスクも抱えるM&Aは、まさに企業の命運を左右する重要な経営戦略と言えるだろう。
成功確率はどれくらい?国内におけるM&Aの現状
近年、国内におけるM&Aの件数は右肩上がりである。2019年には過去最高となる4,000件を突破し、今後も活発化が予想される。背景には後継者不在の問題、国内市場の飽和や生産人口の減少による海外進出、業界再編の必要性などが挙げられる。
そんな中、どれほどの企業がM&Aに成功しているのだろうか。実は、成功したと言えるのは、M&A全体の3割程度。つまり、7割は「失敗」と言われているのだ。特に、商慣習や法律の異なる海外企業を買収する場合は、難易度が高いと言われている。
M&Aを成功させるためには、失敗の要因を知ること、そして失敗事例から学んでハードルをひとつずつクリアしていくことが重要だ。
M&Aが失敗する2つの要因とは?
M&Aが失敗に陥る要因は、「不適切な価格での買収」と「PMIの失敗」の2つに大別できる。
1.不適正な価格での買収
買収価格が適正でなければ投資対効果が悪くなり、回収できずに減損を計上し、最悪の場合には破産といった事態を招くことがある。実際よりも高い買収価格でM&Aを進めてしまう原因としては、「M&Aのゴールが不明確であること」「企業価値評価を過信すること」「損益の見通しが甘いこと」「デューデリジェンス不足」などが挙げられる。
これらの失敗の原因について、以下でもう少し詳しく見ていこう。
・M&A後のゴール不明瞭
ゴールや戦略がなく、「いい企業があれば適正価格で買収したい」といった受け身の姿勢や、「余剰資金の範囲で買収したい」などの買収価格ありきの発想でいては、M&Aを成功には導けない。ファイナンシャルアドバイザーや仲介会社からいわれるがままに取引を進めた結果、買収額の査定や競合調査が不十分となってしまう恐れがある。
また、M&Aを成立させることそのものが目的になっているケースも、失敗に終わることが多い。M&Aの先に目的があるはずだが、「M&Aさえすれば事業が発展する」と考えていては失敗を招く恐れがある。
・企業価値評価の過信
企業価値評価は公認会計士などの専門家が試算するが、それは理論上のものだ。あくまでイコール買収価格ではない。大切なのは「回収できる価格なのか?」といった点までしっかり見極めることだ。特に、先述したようにM&Aの成立がゴールになっていると、不都合な情報に目を向けにくくなり、競合の存在を甘く見る恐れもある。
・損益見込みの甘さ
企業価値評価を正しく得ることに加え、買収後にいかにしてシナジー効果を発生させるかもしっかり検討しなければならない。「想定していたほどシナジー効果が得られなかった」という事態は珍しくないため、特にシナジー効果については慎重に判断すべきだろう。
・デューデリジェンス不足
デューデリジェンスとは、買収先企業の財務状況やコンプライアンスについての専門家による調査のこと。このデューデリジェンスでは、貸借対照表に記載されていない簿外債務(退職給付引当金、未払賞与、債務保証損失引当金など)も調べ、買収後に発覚する重大事実がないようにしたい。
デューデリジェンスを疎かにすると、間違いなくM&Aは失敗するだろう。特にコンプライアンス違反などの重大な事実を見落とすと、行政処分や企業イメージの悪化といった取り返しのつかない事態も起こり得る。
デューデリジェンスにかかる費用は決して安くない。しかし、買収が決まっていない段階だからと自社スタッフが済ませたり、徹底的に追及しなかったりすると、いざというときに痛い目を見る。
2.PMIの失敗
PMI(Post Merger Integration)とは、買収後の経営統合プロセスのことだ。M&Aでは経営面や制度面、業務面、事業面、意識面など、さまざまな側面で企業同士の統合が必要となる。
そのため、買収後は組織内外での混乱が予想される。企業文化の違いから従業員が大量離職したり、取引先との関係が悪化したりといった事態が起これば、間接的に買収効果が薄くなる。
では、PMIが失敗する原因をさらに詳しく見ていこう。
・PMI準備不足
M&A公表後に、PMIに取り掛かっていては遅い。M&A後の制度改革、各部門の業務の統合、システム統合などは、どれも数日で完了するものではないのだ。
そのため、PMIは「計画がもっとも重要な段階」と言っても過言ではない。M&A後すぐに実行に移せるよう、M&Aを検討している段階からPMI準備をしっかり整えておこう。
・デューデリジェンス不足
デューデリジェンス不足は、実際よりも高値で買収してしまうリスクに加え、PMIの失敗も招く恐れがある。デューデリジェンスは通常、法務や人事といった分野でも行う。既存の人事制度や労使関係をしっかり把握した上で条件のすり合わせを行わなければ、人材の流出が起こり得るだろう。
・PMIを実行する人員の不足
M&Aはいくら綿密に計画を立てても、不測の事態が起こってしまうものだ。さらに、各々が自由な統合を行ったり、プロジェクトチームのリーダーシップが足りず現場をコントロールできなかったりなどの混乱があれば、PMIの失敗、ひいてはM&Aの失敗を招くだろう。
M&Aをスムーズに進めるには、PMI計画を策定すると同時にプロジェクトチームを発足し、各部門の優秀な人材を確保しておきたい。このチームがPMIを理解し、それに基づく現場への指示出しをする役割を担う。
M&A失敗事例5選
M&Aは一度失敗をすると、多くの資金や時間を無駄にしてしまう。少しでも失敗のリスクを抑えるために、過去の有名なM&Aの事例から失敗要因を考えてみよう。
1.キリンホールディングス株式会社のM&A失敗例
実施年 | 2011年 |
被買収企業 | スキンカリオール(ブラジル) |
結果 | 1,140億円の減損 |
主な失敗要因 | 競合調査・マーケティング調査不足 |
国内ビール市場において、売上高2位を誇るキリンホールディングスの例。日本のビール市場の縮小、そして人口減少に直面したキリンは、海外に活路を求めブラジルのビール業界2位のビール会社スキンカリオールを3,000億円で買収した。
当時のブラジルは、年10%もの成長が見込まれる魅力ある市場だったが、予想に相反して景気は低迷。世界最大の規模を誇る、アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ベルギー)との価格競争に負けた。キリンは減損を余儀なくされ、1949年の上場以来、初の最終赤字を計上した。
このケースでは海外進出を急ぐあまり、競合・マーケティング調査に不足があったことが要因として考えられる。確かにブラジルは魅力ある市場であったが、M&Aがゴールとなっていたがために、競合を含むマーケティング調査に不足があったようだ。
2.東芝のM&A失敗例
実施年 | 2006年 |
被買収企業 | ウェスチングハウス(アメリカ) |
結果 | 2,600億円の減損 |
主な失敗要因 | 高値づかみ、PMIの失敗 |
東芝は、アメリカの原子力事業を行うウェスチングハウスを54億ドルで買収したが、これが後の東芝の経営危機を招くまでに影響した。
2011年の原発事故により、原発そのものの安全性が世界中で問われ、期待した収益が得られなかった。さらにPMIも失敗。買収後のガバナンスが欠如しており、巨額損失を早期に把握できなかったことも悪手だった。不正会計問題にもつながり、ステークホルダーから大きな非難を浴びたことはご存知の通りである。
また、ウェスチングハウスの買収価格も適正とは言えなかったようだ。ライバル企業に勝つために提示した金額は相場とはかけ離れており、M&Aが目的化してしまっていたと思われる。
3.マイクロソフトのM&A失敗例
実施年 | 2014年 |
被買収企業 | ノキア(フィンランド) |
結果 | 76億ドルの減損・7,800名の人員削減 |
主な失敗要因 | 競合調査・マーケティング調査不足 |
マイクロソフトはM&Aに積極的な企業のひとつだ。かつて世界の携帯電話市場の先頭を走っていたノキアだが、サムスンやアップルの台頭とともに業績が低迷し、マイクロソフトへ携帯電話事業を売却することを決めた。
買収価格は72億ドル。このM&Aでスマホ分野の開発を進めたかったマイクロソフトだが、業績は悪化の一途をたどり、買収価格を上回る減損処理に加え、大量のリストラを余儀なくされた。
失敗の要因は一概に言えないが、アップルやグーグルの圧倒的シェアに太刀打ちできなかったことは大きい。また、マイクロソフトとノキアの企業文化の違いを理解し、うまく統合できなかったことも要因のひとつと言われている。
4.LIXILのM&A失敗例
実施年 | 2014年 |
被買収企業 | グローエ(ドイツ) |
結果 | 660億円の減損・破産手続き |
主な失敗要因 | デューデリジェンス不足(簿外債務の見落とし) |
住設機器メーカーLIXILは、グローエを3,816億円で買収した。同時にその子会社(LIXILにとっては孫会社)のジョウユウ(中国)をも手に入れたが、多額の簿外債務があることが後に発覚。さらに不正会計処理を行っており、発覚した時点では債務超過に追い込まれていた。
この例でも、被買収企業に悪質な隠蔽があったとは言え、デューデリジェンスに不足があったと言わざるを得ない。また、海外企業の買収時には「日本の常識を当てはめない」ことが望ましい例とも言える。
5.DeNAのM&A失敗例
実施年 | 2014年 |
被買収企業 | iemo、ペロリ |
結果 | 買収した事業を閉鎖、38億円の減損 |
主な失敗要因 | デューデリジェンス(コンプライアンス意識)不足 |
ゲームアプリなどの運営で知られるDeNAも、M&Aに失敗している。
2014年、DeNAはキュレーションサイトを運営するiemoとペロリを計約50億円で買収。新たな収益の柱として期待したが、不正確な内容や医師の監修のない医療情報、著作権侵害コンテンツが大量にあることが発覚し、10サイトを閉鎖するに至った。これにより買収価格の回収は不可能となり、減損を計上。事態は大きく報道され、謝罪会見を実施、企業イメージの悪化も免れぬ事態となってしまった。
本ケースでは、買収先のコンプライアンス意識の低さを買収前に見抜けなかったことが主な原因と言える。また、企業価値評価にも疑問の声があり、組織内に統一されたM&A戦略がなかったのかもしれない。
M&Aを成功に導くために行うべき3つのこと
上記では、M&A失敗の主な要因と失敗事例を見てきた。さまざまな失敗を踏まえて、次からは「M&Aを成功に導くために行うべきこと」を考えてみよう。
1.M&A戦略を練り、明確な統合ビジョンを持つ
M&Aはあくまで経営戦略のひとつなので、「目的化しないこと」を意識したい。そのためには、明確なM&A戦略が必要だ。
自社の強みと弱みから必要な経営資源を分析し、どの企業がその経営資源を持つのかを丁寧に検討しよう。また、どのようにしてシナジー効果を得るのか、楽観的ではない見通しが必要である。
戦略のないM&Aでは、相場に合わない高値でつかまされる恐れがある。たとえライバル企業がいても、また「買収するならこの企業しかいない!」と考えてしまうことがあっても、M&A後のビジョンを冷静に描き、適正な価格を見極めるべきだ。
また、「諦める」といった決断も時には必要だろう。後に引けないからと無理に進め、最悪の事態に陥るよりは余程いい。
2.徹底したデューデリジェンスの実施
上記で挙げたM&Aの失敗例を見てわかるように、デューデリジェンスの不足はM&Aの失敗を引き起こしやすい。簿外債務の有無など財務面はもちろんのこと、人事・IT・法務に至るまで、徹底したデューデリジェンスを実施したい。
デューデリジェンスには多額のコストがかかるが、必要経費だと割り切るべきだ。コストと時間をしっかり費やすことで、M&Aの成功確率はぐっと上がるだろう。
3.M&A後のPMIの実施
PMIを適切に行うかどうかで、M&A後における企業経営のありようが左右されると言っても過言ではない。企業文化も歴史も異なる2つの会社が、ある日突然1つの組織になるわけだから、多少の混乱は免れない。しかし、それを最小限にとどめ、円滑に統合を進めるためにも PMIの実施を疎かにしてはいけない。
PMIでやるべきことには、主に以下のようなものがある。
- ○PMIをスムーズに進めるために取り組むべきこと
・意思決定プロセスと伝達方法の統合
・適切な人員配置、情報伝達・共有のための仕組みの統合
・人事評価制度、報酬制度、退職金制度の統合
・オペレーション、ITシステムの統合
・類似品を製造販売している場合、製品・サービスの統廃合 など
これ以外にも、PMIにおいて取り組むべきことは非常に多い。買い手企業と対象企業の双方が綿密にコミュニケーションをとり、同じ方向を向いて歩んでいかねばならない。そのためにも、優秀な人材をPMIプロジェクトに確保すべきだろう。
また、PMIを実施する際には少なからず問題に直面するため、随時PMI計画の見直しを行う必要がある。そして、シナジー効果が得られているか検証し、PDCAサイクルを回すことも重要だ。
M&A失敗例に学び、M&Aを成功に導こう
多額の資金を投入して行うM&Aは、投資額を上回る成長を打ち出せなければ意味がない。失敗すれば企業の屋台骨を揺るがしかねないため、確固たるビジョンを持って計画を策定し、十分な調査を重ねた上で臨むべきだ。
過去には、キリン、東芝、マイクロソフトといった、国内外の名だたる企業がM&Aに失敗している。本記事で紹介したM&A失敗事例を参考に、同じ轍を踏まないよう、自社のM&Aを成功に導くために必要なことを考えよう。(提供:THE OWNER)
文・THE OWNER編集部