鈴木 まゆ子
鈴木 まゆ子(すずき・まゆこ)
税理士・税務ライター。税理士・税務ライター|中央大学法学部法律学科卒業後、㈱ドン・キホーテ、会計事務所勤務を経て2012年税理士登録。「ZUU online」「マネーの達人」「朝日新聞『相続会議』」などWEBで税務・会計・お金に関する記事を多数執筆。著書「海外資産の税金のキホン(税務経理協会、共著)」。

新規事業開始にともない融資の理解や社内外の協力を得るには新規事業計画書の作成が欠かせない。ただ、経営者の中には、事業遂行は得意でも計画書の作成は苦手という人もいる。今回はそんな経営者に向けて新規事業の計画書を作成するコツをお伝えしよう。

新規事業計画書を書くのが苦手な経営者の特徴

新規事業計画書
(画像=Rawpixel.com/Shutterstock.com)

経営者は会社を指揮する立場であるが万能ではない。新規事業計画書の作成につまずくこともある。新規事業計画書の作成が苦手な経営者の特徴について3つ紹介しよう。

特徴1.経験がない

苦手な理由の一つはその事業に必要な経験が不足していることだ。誰でも試行錯誤を繰り返した経験については語りやすい。

成功・失敗パターンや必要資金、費用対効果などがわかっていれば周囲を説得できる。

しかし、未経験の分野では経験もノウハウも活用できず、見込みと予測で書くしかないため説得力は落ちやすい。

特徴2.周囲に説明したことがない

説明の経験不足も苦手意識の原因といえる。資金に困ったことがなく、一人で事業を展開してきた経営者に多い。

説明の機会がないとわかりやすく伝える経験を積めないため、事業計画書の作成が苦手になる。

部下に説明してきた経験を持つ経営者もいるかもしれない。ただ、社内の人間は普段から経営者と接しているため、説明が下手でも内容を共有できることが少なくない。

しかし、事業計画書は社内の人間だけでなく金融機関などの第三者を説得する武器だ。共通認識に頼れないので、言葉や図表、数値などで説得しなければならない。

特徴3.情報のインプットが足りない

事業計画書の最終目的は、利害関係者を説得して人的資本や資金を調達することだ。

説得するには自分の思いだけでなく、実現可能性の高さを証明する客観的データが求められる。つまり、日頃からさまざまな分野の情報に接していないと説得力のある事業計画書は作れない。

忙しすぎて新聞を読む暇すらない経営者だとインプットが不足がちで事業計画書の作成に苦労する。

効果的な事業計画書に共通する3つの要素

では、計画書の作成が苦手な人はどうすべきか。ここでは効果的な事業計画書に共通する3つの要素を紹介する。意識するだけでも読み手が納得する事業計画書に近づくはずだ。

要素1.取り組む内容が具体的

説得力の弱い事業計画は抽象的で実行すべきことが不明確だ。たとえば、「市場の需要の変化」や「より顧客のニーズに合ったサービスを」という表現などだ。

変化や顧客のニーズがはっきりしていないので、提供すべきサービスが読み手には理解できず、よくわからない計画に資金や時間を提供する人間はいない。

読み手を行動させるには、提供する商品やサービスについて深く理解してもらうことが必要だ。そのためには、「何を」「どうするのか」を軸に、事業内容を具体化しなければならない。

要素2.取り組む意義が明確

新たな事業計画を提案したはいいが、「それ、やる意味あるの?」とダメ出しをくらうこともある。

新たな事業プランは思いついた本人にとっては素晴らしいアイデアかもしれないが、多くの人はリスクの高い変化を嫌い、安全な現状維持を好む。

そのような状況で他社を説得するには、リスクをかえりみずチャレンジするだけの意義が必要なのだ。

具体的には、下記の理由を明確にしたい。

・新規事業に取り組む理由
・事業を選ぶ理由
・顧客の悩みを解決する理由
・新規事業のタイミングが今である理由

取り組む意義は、一般的な事業計画書のひな形の「事業の背景と目的」に該当する。

新規事業の意義に説得力を持たせるには、客観的なデータをできるだけ多く集めておくことが必要だ。官公庁やシンクタンクが公表している統計数値や現状分析に関するレポートなどを有効活用したい。

要素3.根拠が明確

読み手に重要なのは実現可能性である。内容が具体的で意義が明確でも、売上や利益が期待できないと貴重なリソースを提供しづらい。

そこで3つ目に大事なのが、検証や証明によって事業の実現可能性を示すことだ。具体的には下記の内容を明示するとよい。

・顧客層の所在や需要ボリュームに関する数値
・目標の顧客満足度を実現できる根拠
・期待通りの製品・サービスが実現するまでの過程
・予定する売上・利益が実現する根拠

根拠を示すための検証・証明には記事・統計などの公的なデータや分析、顧客・関係者へのインタビューやアンケートを用いる。

一般的には官公庁やシンクタンクの公表データを用いるが、読み手に基礎知識や共通認識を与える程度の効果しかない。

実現可能性を感じさせるには、より肉薄した根拠を示すことが重要だ。既存顧客や関係者からの声を拾い、表現を工夫して読み手に伝えるとよい。

効果的な事業計画書を作成するためのステップ

説得力のある事業計画書を作るのは簡単ではない。適切な手順に沿って作成することが大切である。早速5つのステップについて解説していく。

ステップ1.事業コンセプトの作成

事業コンセプトと事業アイデアは混同しがちなので注意したい。アイデアが単なる思いつきだとすれば、事業コンセプトはアイデアをもとに具体的な取り組みを示し、読み手の共感や同意を引き出す役目を果たす。

事業コンセプトを検討する場合、次の手順に沿うとよい。

手順1.30~50件を目安に事業アイデアをどんどん出す

ゼロから新しいアイデアを生むのは難しいので、既存の技術・商品・サービス・市場などの要素を組み合わせて発想するとよい。

大事なのは思いもよらぬ組み合わせだ。発想は柔軟であればあるほどよいので、自社の業界だけでなくほかの業界にも目を向けるとよいだろう。

インプット量に比例して多くのアイデアが生まれる。また、複数人でアイデアを出すのもおすすめだ。

手順2.アイデアを絞り込む

市場や競合他社、実現性、需要を意識しながらアイデアを選定する。一般的に、成長している市場、簡単に利益を生む方法、誰も実行していない内容などに着目して選ぶ。

出資や融資を目的に事業計画書を練るならそれでも良いが、社運を賭けた事業展開が目的なら不十分だ。

なぜなら、簡単にできることは他社に真似されて競争が激化するからである。第一人者として事業展開したいなら下記の基準にもとづいて選定するとよい。

・事業化が難しそうであること
・非常識であること
・経営者本人が実現したいこと

非常識かつ事業化のハードルが高いものであれば他社は真似しづらいほか、需要を掘り起こせば大きなビジネスチャンスになる。また、経営者本人の情熱は事業実現のためのエネルギーとして欠かせない。

ステップ2.顧客に提供する価値の明確化

事業の実現において誰に何を提供するのかという命題は必須だ。事業コンセプトが立派でも、顧客がいなければビジネスとして成り立たない。

また、提供する対象が明確でないと顧客が対価を払う理由がわからず説得力に欠ける。ビジネスの成立を読み手に納得させるため、次の2点を明確にしたい。

ポイント1.誰が顧客なのか

顧客層は具体的に絞り込んでいくとよい。たとえば、主婦向けのサービスを検討している場合、「顧客は主婦」とするだけでは絞り込みが足りない。

同じ主婦でも専業主婦やパート、正社員など立場が異なる。子供の有無や子供の数、夫の年収、住んでいる地域によってニーズも違う。

「パートで働きながら小学生の子供を育てる都市部在住の主婦」などとすれば顧客層がより明確になり、対象のニーズが徐々に見えてくる。

ポイント2.何を提供するのか

提供するモノやサービスもできるだけ具体的でないと読み手の理解を得られない。たとえば、ポイント1.で例に挙げた顧客層に対し食材配達サービスを提供するとしても、まだあいまいで特徴がつかめない。

具体的にするためには、以下の観点にもとづき検討する必要がある。

・顧客に提供する価値
・自社が提供できる価値
・他社が気づいていない価値

ビジネスでは提供するモノやサービスに対価を払ってもらえないと意味がない。すなわち、顧客が提供されるものに価値を感じることが重要だ。

価値を考える場合、「心理的な価値」と「経済的な価値」を意識するとよい。先の食材配達サービスでいうと、「有機野菜で安心」「健康になれる」などのメリットが心理的な価値になる。

一方、「無理してスーパーに行く必要がない」「サプリを飲むよりコスパがよい」などのメリットが経済的な価値になる。

なお、この価値は対象の顧客に聞かないとわからない点が多い。社内や取引先などでターゲットに近い人がいたらヒアリングしたりアンケートを取ってみたりするとよいだろう。

試作品を提供して感想を得るのもよい。肝心なのは、提供すべき価値と顧客の需要を一致させることだ。

ステップ3.モノ・サービスを提供する仕組設計

コンセプトや顧客、モノ・サービスの内容が決まったら、次は提供する仕組みを設計する。ここでは次の2点を検討する

ポイント1.マーケティング

マーケティングとは、モノ・サービスを顧客に向けて創造・伝達・配達・交換するための活動であり、具体的には販路(チャネル)開拓やプロモーションなどが該当する。

マーケティングの方法には主にプル型とプッシュ型がある。プル型は広告やPRにより顧客を引き寄せて購入を促す方法だ。プッシュ型は代理店など既存のチャネルを通じて顧客とつながり、直接購入を促す方法をさす。

インターネットが普及するにつれ、近年はプル型のマーケティングが多くなった。しかし、不特定多数の広告だとターゲットに情報が届くか不明で、費用対効果の問題が生じる。

アフィリエイターを活用したり、掲載すべきサイトを厳選したりして、既存チャネルをうまく利用したい。

ポイント2.オペレーション

オペレーションとは、提供するモノ・サービスを顧客に届けるための仕組みだ。次の流れに沿って仕組みを構築していく。

手順1.業界の全体図の洗い出し・把握

業界ごとにヒト・モノ・サービス・カネ・情報について構成を把握する。

食材配達サービスであれば購入者である主婦や小売業者、流通会社が主役だが、主婦の家族や生産者である農家、トラックの販売会社などの関連者も存在する。

こういった要素を適切に洗い出し、全体を把握することで適切なオペレーションが可能となる。

手順2.オペレーションの設計

洗い出した内容をもとに誰が何をするのかについてフローチャートを組み立てる。このとき、モノ・サービスの提供の流れだけでなく、マーケティングの流れも示せるとよい。

フローチャートを作ったとき、材料やインフラ、ノウハウなどの資源が足りないことがある。この資源を外部から調達することも視野に入れておくとよい。

ステップ4.収益を上げる方法の検討

良質なコンテンツで仕組みを設計し、価値を提供できたとしても、それが収益につながらなければビジネスではない。

ここでは、事業で収益を上げる方法を検討していく。その際、下記の4つの要素が重要である。

要素1.課金の対象者

通常、受益者=支払者と考えるが、広告モデルのように受益者と支払者を別々に考えることもできる。

要素2.収益を得る方法

高価格・低コストで提供し特定顧客の納得を得る方法(マージン型)、低価格×高回転で利益を生み出す方法(回転型)、顧客を確保してから後日継続利用料や成功報酬を得る方法(顧客ベース型)などが代表的だ。

自社サービスがどれに適合するかをよく検討する必要がある。

要素3.収益を安定化する方法

一回だけの購入にとどまらず、長く収益を得る方法もある。販売後の付属品購入による定期的な収入や、サービス提供にともなう利用料・保守料などがよい例だろう。

要素4.価格設定

コストに利益を足して価格を設定する方法や、競合他社との比較から価格を設定する方法、提供価値に応じて価格を設定する方法などがある。

価格は一回設定すると変更が難しい。自己都合だけはなく提供された価値に顧客が納得する価格について吟味しなくてはならない。

ステップ5.利益計画

事業計画の最大のポイントは儲かるかの一点に尽きる。協力してほしい相手が金融機関や投資家ならば、利益計画は彼らが納得する内容でなくてはならない。

利益計画は5つの手順で構築していく。

手順.1売上の見通しを作成

市場規模を推定し、顧客が購入する頻度を視野に入れつつ「顧客数×客単価=売上高」を計算する。

手順2.コスト構造の設計

固定費と変動費を分類し、損益分岐点達成時の売上高を計算する。さらに、売上高が現実的になるようコストと価格を調整する。

手順3.収支見通しの作成

各期の売上高やコスト、初期投資、追加投資の額を整理してキャッシュフローの値を算出する。この作業で黒字化の時期が見えてくるので、時期を早められるかどうかを収支調整で検討していく。

手順4.資金見通しの作成

算出した各期のキャッシュフローを累計して資金見通しを作成する。結果をもとに必要な資金総額と資金回収期間を確認し、初期投資や収支見通し、資金繰りに無理がないかどうかを再調整する。

手順.5シナリオの作成

売上とコストの条件を変えて利益計画の変化をチェックする。事業は成功ばかりではなく、失敗もある。

失敗を見定め、事業撤退の判断基準となる損失額も事前に見積もっておくことも大事だ。手順1.から手順4.の流れを一つに絞り込まず、いくつかのパターンを用意しておこう。

新規事業計画で周囲を事業に巻き込む

以上が新規事業で心得ておきたい事業計画書のポイントとなる。新規事業計画書で大事なのは具体性や実現性に重点を置いてストーリーを描くことだ。

ただし、最終目標は読み手の感情を動かし、「ぜひ協力したい!」と思わせることである。いったん作って満足するのではなく、何度も読み返してほしい。

計画作成段階でいろいろな人に相談して意見を聞くことも大事だ。作成過程から周囲を巻き込めば、説得力のある内容に仕上がるほか、応援によって事業の現実味も増してくるだろう。

経営者一人の頭の中で練り上げるのではなく、ぜひ周囲の手を借りて作成してほしい。(提供:THE OWNER

文・(税理士・税務ライター)鈴木まゆ子