役員や社員は年末や年始に「源泉徴収票」が渡されるが、個人事業主等には「支払調書」が発行されることがある。ここでは、支払調書とはどういうものか、どのようなときに発行され、どのように使用されるのかを説明する。
「法定調書」と「支払調書」の違いは?
法定調書と支払調書は名前が似ていて混同しやすいので注意してほしい。
法定調書とは、税法等の規定により税務署に提出が義務づけられている資料をさす。その中に、今回説明していく「報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書」や、給与を受け取った場合に毎年発行される「源泉徴収票」や、ストックオプションを付与した際に発行する「特定新株予約権等の付与に関する調書」、多額の財産を保有している際に提出する「財産債務調書」等が含まれる。
所得税法で規定される「報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書」は、支払額の一部から所得税を徴収するいわゆる「源泉徴収」の対象となる報酬について記載するものである。
以下、「報酬、料金、契約金及び賞金」を「報酬等」と呼ぶこととする。
法定調書制度の目的は、税金を負担する能力があるかどうかを国税庁が的確に把握し、適正な課税を確保することにある。たとえば源泉徴収票は給与収入の情報を、報酬等の支払調書は事業等による収入の情報を、支払者から税務著に提出させる。仮に給与などの情報を受取者から申告させるのみであると、故意やミスで申告せず、課税が漏れてしまう可能性がある。支払者からも提出を義務づけることで、情報を正しく把握しようというわけである。
「報酬等」とは?給与と報酬の違い
支払調書は「馬主である法人に支払う競馬の賞金」を除いて個人の所得が対象となる。ここで対象とする報酬等は、個人が受け取るものである。報酬等は、所得税法に定義されていない広い概念だと考えられる。
所得税法においては、個人が受け取る収入は殆どすべてが課税されるが、そのなかの論点の1つは、それが給与となるのか否かである。給与は、受け取る側としては、レシートを集めるような経費が認められない一方で、一定額を経費(給与所得控除という)とみなして差し引いて課税される。支払う側としては、支払額に消費税が含まれない。給与か否かで税務上の扱いが異なるため、税務調査や裁判などでたびたび争われている。
給与となる基準を確認し、事業主から個人が受け取る収入のうち給与でないものを「報酬等」と考えることとしよう。
給与であるものの例は、
- 雇用契約に基づく労務であること
- 使用者の指揮命令下で労務を提供すること
- 収入が労務の対価であること
である。よって、雇用契約がなく、指揮命令ではなく自己の裁量で業務をおこない、成果の対価として受け取る収入は、給与ではないと考えられる。
所得税法上の「報酬等」をさらに厳密に定義する
さて、所得税法においては、一定の「報酬等」については、支払者は報酬等から所得税を源泉徴収した上で、徴収した月の翌月10日までに税務署に納付する義務があると規定されている。該当する「報酬等」は以下である。
イ 原稿料や講演料など
ロ 弁護士、公認会計士、司法書士等の特定の資格を持つ人などに支払う報酬・料金
ハ 社会保険診療報酬支払基金が支払う診療報酬
ニ プロ野球選手、プロサッカーの選手、プロテニスの選手、モデルや外交員などに支払う報酬・料金
ホ 映画、演劇、テレビジョン放送等の出演等の報酬・料金や芸能プロダクションを営む個人に支払う報酬・料金
ヘ ホテル、旅館などで行われる宴会等において、客に対して接待等を行うことを業務とするいわゆるバンケットホステス・コンパニオンやバー、キャバレーなどに勤めるホステスなどに支払う報酬・料金
ト プロ野球選手の契約金など、役務の提供を約することにより一時に支払う契約金
チ 広告宣伝のための賞金や馬主に支払う競馬の賞金
これらは何らかの成果を期待したり役務を委任したりするものであり、給与とはならないと考えられる。このような業務に対する支払いを「報酬等」と呼ぶこととする。
支払調書の種類は?
さて、ここでは報酬等の支払調書に絞って詳細を説明していくが、その前に、支払調書の全体像を紹介しておこう。2019年4月1日現在の法令等に基づくと、法定調書は60種類、支払調書と名の付くものは全部で35種類ある。
1.報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書
2.不動産の使用料等の支払調書
3.不動産等の譲り受けの対価の支払調書
4.不動産等の売買又は貸付のあっせん手数料の支払調書
など、比較的よく目にするものもあれば、
5.非居住者等に支払われる組合契約に基づく利益の支払調書
6.株式等の譲渡の対価等の支払調書
7.先物取引に関する支払調書
8.金地金等の譲渡の対価の支払調書信託受益権の譲渡の対価の支払調書
など、あまりお目にかからないものもある。ビジネス実務において目にするのは殆どが1だと思うが、それ以外にも様々な支払調書が存在し、場合によっては作成や提出が求められることを認識しておけばよいだろう。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hotei/7401.htm
支払調書の記載事項
支払調書の記載内容は、その種類によって異なる。不動産の支払いであれば、物件の詳細や支払額やあっせん手数料等を記載することになる。株式の譲渡は、その銘柄や金額や源泉徴収額を記載する。どのような場合に提出が必要か、どのような情報が必要かを理解しておくことで、提出期限の直前になって慌てることがなくなるだろう。
報酬等についての支払調書の記載事項は以下7点である。
- 支払いを受ける者の氏名・住所・マイナンバー又は法人番号
- 原稿料、講演料、税理士報酬といった報酬区分
- 支払回数や名称といった細目
- 支払金額
- 源泉徴収税額
- 摘要(その他のメモ欄)
- 支払者の氏名・住所・マイナンバー又は法人番号
支払調書と源泉徴収票の違いは?
最初に書いたように、「支払調書」と「源泉徴収票」は「法定調書」の一種である。対象が異なるだけで、目的は同一である。支払調書が主に個人に対して支給した報酬等について各種の情報を記載して税務署に情報提供するものであったのに対し、源泉徴収票は給与と退職金についての情報を提供するものである。
源泉徴収票とは?
給与をもらう会社役員や会社員にとっては、給与の源泉徴収票のほうが身近であろう。年末または年初に年末調整をした後、会社から配布されるのが一般的である。こちらの記載内容は、給与額や源泉所得税額に加えて、年末調整の内容として各種の保険料や住宅ローン控除、転職者は前職の情報、家族の情報など多彩な情報になっている。
退職金を受給した場合の源泉徴収票がある
退職金を受給した場合は、別途退職所得の源泉徴収票を受領するはずである。退職金は税金計算上、特別な扱いとなっている。勤続年数が20年以下なら「40万円×勤続年数」を退職金から差し引いて税金を計算できる。20年を超えている場合は、「40万円×20年=800万円に、20年を超える年数×70万円{800万円+(勤続年数-20年)×70万円}」を加えた金額を差し引ける。これを収入から引いた額に対して、さらに2分の1の金額に課税するため、税金を抑えることができる計算式となっている。源泉徴収票には、総支給額に加え、上記のような計算や、その結果としての税金額などを記載することになる。
支払調書も源泉徴収票も同一の目的をもった法定調書の一種であって、支給する内容が報酬等なら支払調書、給与や退職金なら源泉徴収票、というわけである。
支払調書を発行するのは誰?
支払調書を発行するのは、報酬を支払う側であり、源泉徴収義務者という(所得税法第6条)。先述した報酬等、つまり原稿料や講演料、弁護士や公認会計士等へ支払う報酬・料金などを、日本国内において、日本の居住者に支払う場合は、「所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない」とされている(所得税法第204条)。これを源泉徴収義務という。
源泉徴収義務者は何をする?
源泉徴収義務者は、文字通り源泉徴収の義務がある。つまり支払う報酬等の源泉から所得税を徴収し、残額を受取者に支払い、徴収した所得税は翌月10日までに納付をしなければならない。源泉徴収義務者としては払う金額の合計は同じである。受け取る側は報酬の一部を税金として国に前払いしているイメージである。
源泉徴収をしていなかったら?
源泉徴収義務を果たしていなかった場合は、源泉徴収したが所得税の納付を怠った場合と、そもそも源泉徴収を怠った場合がある。
源泉徴収義務者が所得税の納付を怠った場合は、該当する所得税と、ペナルティとしてその税額の10%を納付しなければならない。これを国税通則法第67条に定められた「不納付加算税」という。ただし、自主的に納付した場合は5%でよいとされている。ほか、利息相当の延滞税もかかる。不納付加算税と延滞税は、会計上は税金費用となるものの、税金計算上は経費にならないので、二重に痛手であるといえる。
源泉徴収自体を怠った場合、つまり報酬等を全額支払ってしまい、所得税を徴収していなかったケースはさらに厄介である。これは税務調査等で発見・指摘されることがある。たとえば個人に講演を依頼する際、会場までの交通費として渡したため会社としては源泉徴収が不要と判断したが、実態は交通費という名目で講演料を渡したものとされ、源泉徴収が必要だとされることがある。
源泉徴収をすべきところをしなかった時の正しい手続きは、源泉徴収すべきだった所得税を受取者から返金してもらい、それを税務署に納付することである。この場合でも、正当な理由がない限りは不納付加算税と、延滞税が課されることになる。
しかし、たとえば税務調査で2年前の源泉徴収義務違反を指摘された場合、受取者である個人は源泉徴収をされていない前提で確定申告を実施しているはずである。よって、返金をするときは、受取者も確定申告をやり直す手続きが発生することになる。受取者は源泉徴収義務者へ税額を返金し、同額を税務署から還付を受け、源泉徴収義務者が同額を税務署に納めるため、三者の間に損得はなく、手続きだけが生じるのであるが、あくまで源泉徴収義務者による源泉徴収義務への違反として対応を迫られることになる。
では、受取者から返金が望めない場合はどうなるのだろうか。受取者としては上記返金をすると確定申告をやり直す手間が生じるため、返金を拒否されたり、過去の取引先で連絡がつかなかったりする等の事象が想定される。この場合は、源泉徴収せずに支払った金額が、あたかも源泉徴収をした後の金額になるように計算しなおし、所得税を納付する。簡略化した具体例としては、以下のようになる。
- 総額900円の源泉徴収対象の報酬が発生した
- 本来は報酬の10%である90円を源泉徴収して810円払うべきところ、900円全額を取引先に支払ってしまった
- 源泉徴収漏れが分かった時には取引先と連絡がとれない状態になっていた
- 支払った900円は、報酬が1,000円で、その10%である100円を引いたものと考える
- 税務署に100円を納付する(90円ではない)
支払調書は必ず発行しないといけない?発行するかどうかは内容と金額によって変わる
以下の基準を満たした場合には、支払調書を発行して税務署に提出することになる。
- 弁護士や税理士等に対する報酬、作家や画家に対する原稿料や画料、講演料等については、同一人に対するその年中の支払金額の合計額が5万円を超えるもの
- その他の外交員や広告宣伝のための賞金などの報酬等は、同一人に対するその年中の支払金額の合計額が50万円を超えるもの
裏を返すと、上記に満たない少額な報酬等については支払調書の発行を要しない。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hotei/7431.htm
報酬を受け取る側への交付義務はあるのか
結論から言うと、支払調書を受取者に交付する義務はない。給与や退職金の源泉徴収票など、一部の法定調書については交付の義務があるが、報酬に関する支払調書はその対象にはなっていない。一部の受取者から発行を依頼される場合があるが、義務がないため拒むこともできる。もちろん、受取者との関係などを考慮し、交付しても差し支えない。このとき、マイナンバーを記載してはいけないことになっている。
交付されない場合、受け取る側はどのように確定申告すればよいのか
受け取る側の確定申告においては、支払調書がないと正確な計算ができないかというと、そうではない。請求書があれば源泉徴収税額が記載されている場合が多く、それらを基にして集計した資料を用いればよい。そうした資料がない場合は、支払調書のみが客観的な証拠であることもある。
支払調書を発行するタイミング
報酬等の支払調書は、支払った年の翌年1月31日までに発行する。一年間の報酬額や源泉徴収額などを集計して記載した「法定調書合計表」を作成し、支払調書を添付して税務署に提出することが義務付けられている。
支払調書には、相手の住所や氏名、マイナンバーの記載が必要になるため、前もって情報入手の依頼をしておく必要がある。
支払先別、報酬・料金の計算方法
具体的には、以下のようになる。所得税の徴収額は10%または20%であるが、東日本大震災からの復興のための財源として、所得税の2.1%を復興特別所得税として2037年まで課すこととなっている。よって10%とその2.1%を加味した10.21%が源泉徴収額となっている。
【報酬などが100万円以下の場合の計算式】
報酬額×10.21%で算出する。
報酬10万円 + 消費税10% - 源泉徴収額(10万円×10.21%)
=100,000 + 10,000 - 10,210 = 99,790円を支払い
【報酬などが100万円を超える場合の計算式】
(報酬額-100万円)×20.42%+10万2,100円で算出する。
報酬200万円 + 消費税10% - 源泉徴収額(100万円×20.42%+102,100)
=2,000,000 + 200,000 - 300,630 = 1,893,700円を支払い
【司法書士・土地家屋調査士・海事代理士への報酬の場合の計算式】
(報酬額-1万円)×10.21%で算出する。
報酬10万円 + 消費税10% - 源泉徴収額((10万円-1万円)×10.21%)
=100,000 + 10,000 - 9,189 = 100,811円を支払い
源泉徴収対象の報酬等に含むもの/含まないもの
報酬等には、謝礼、研究費、取材費、車代などの名目で支払われていても、実態が報酬等と同じであれば源泉徴収の対象となる。ただし、支払者から直接交通機関等へ通常必要な範囲の交通費や宿泊費などを支払った場合は、源泉徴収の対象に含めなくてよい。また、金銭ではなく物品で支払う場合も報酬等に含まれる。消費税については、原則として税込金額で考えるものの、報酬等と消費税の額が明確に区分されている場合には税抜きでも構わないとされている。
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/gensen35.htm
正しく理解し、手続きを
法定調書の一種としての報酬等の支払調書を説明してきた。税務署への情報提供であること、作成の方法、義務を怠ったときのペナルティなどをお分かりいただけたであろうか。必要に応じて発行や税務署への提出が必要になるため、正しく理解し、手続きをしていただきたい。(提供:THE OWNER)
文・新井良平(スタートアップ企業経理・内部監査責任者)