古尾谷 裕昭
古尾谷 裕昭(ふるおや・ひろおき)
ベンチャーサポート相続税理士法人(相続サポートセンター)代表税理士。昭和50年生まれ、東京浅草出身。税理士・司法書士・弁護士・行政書士・社会保険労務士・不動産会社が在籍しているベンチャーサポートグループの中核を担う「ベンチャーサポート相続税理士法人」を率いている。相続税の申告のみならず、相続登記、相続争い、事業承継(M&A)、遺言書作成、民事信託、資料収集から不動産売却や財産コンサルティングまで様々な業務に対応している。年間の相続税申告1,000件超(令和1年度実績1,247件)であり、国内最大級の資産税チームを築き上げた。

新規事業の企画書の内容は多岐にわたる

企画書
(画像=PIXTA)

新規事業の企画書の書くときに、最低限必要となる事項は何か。ベンチャー企業の立ち上げや大企業の新事業の立ち上げといった新規事業を行う主体によって、検討事項は異なる。また、新規事業を始める業界や市場環境によってもそれは異なるだろう。

いずれにせよ新商品やサービス、マーケティングや販売促進の企画書とは異なり、新しい事業(ビジネス)の企画書を作る場合には、検討すべき事項が増える。そのため、慣れない人が企画書を作成すると、そこに記載すべき事項が漏れてしまうことが多い。

本記事では、新規事業の企画書を作成する際に、最低限これだけは検討しなければならない内容とポイントを紹介する。

新規事業を始める目的を考えよう

新規事業の企画書において、真っ先に検討すべきものは、事業を始める目的である。ここで重要となるのは、なぜこのタイミングで新規事業を始める必要があるのか、その理由を明確に示すことだろう。

新規事業を黒字化させて軌道に乗せるためには、多額の初期投資、ランニング費用が必要であり、複数年度にわたって赤字を垂れ流すことになる恐れもある。そのため、市場で潜在顧客のニーズが大きいと報道されているとか、競合他社が始めているとか、既存事業が停滞していて事業構造を変えなければいけないからといった短絡的な理由では、不十分である。自社の上司・経営陣や資金調達する銀行からの理解は得られないだろう。

内部経営環境の状況と、外部経営環境(市場や顧客)の状況を網羅的に検討した上で、いま自分たちが新規事業を開始しなければいけない理由をロジカルに企画書に記載しなければいけない。そして企画書を読む立場の人たちが、その状況であれば新規事業の立ち上げを真剣に考えて企画しないといけないと思えるような内容にしよう。

それには、以下で述べる「現状認識」や「顧客提供価値」をまとめていくと、説得力のある「新規事業を始める目的」になるはずだ。

新規事業の企画書を描く際の6つのポイント

経営陣や資金を融資する銀行が納得できる企画書にはポイントがある。以下に6つ挙げ、一つずつ詳しく紹介しよう。

1.新規事業が企画する顧客提供価値は何かを考える

絶対にこの商品は売れる、このサービスは成功すると思っていても、想定より顧客ニーズがなかったがゆえに新規事業が失敗に終わるケースは少なくない。企画書を作成する段階で、市場や顧客が抱えている課題、ニーズを徹底的に調べ上げる。そして顧客が求める顕在化したニーズだけでなく、潜在的なニーズまで見つけ出す必要があるのだ。

ここで基本となるのは、顧客ニーズに対してソリューションを提供するために自社の商品やサービスを開発するという考え方である。それには新規事業の対象となる顧客のニーズや市場の本質的な課題について情報を収集しなければならない。目に見えている顧客ニーズにはすでに競合他社がアプローチしていることも考えられるため、目に見えない潜在的な顧客ニーズまで見つけなければ、成功することは難しい。

これから参入する市場に十分な顧客ニーズがあり、その方向性がどれだけ正しいものであっても、その新規事業が100%成功するとは限らない。なぜなら、顧客ニーズが大きな事業分野であるほど他社にとっても魅力があり、それだけ競争が激しくなる可能性が高いからである。新規事業に多額の初期投資を行っても、競争に負けて赤字となり撤退した失敗事例は多い。

最終的に顧客に自社を選んでもらうには、提供する商品やサービスが顧客にとって価値が高いものでなければいけない。自社が顧客に対して、どれだけの価値を提供することができるか、その価値の大きさが、自社の利益の大きさに比例するのだ。つまり、顧客提供価値があること、これが新規事業の前提条件となる。

まずは顧客ニーズに対する様々なソリューションのうち、自社の顧客がどのようにしてニーズや課題を解決しているのか、または解決できていないのか、あるいは顧客自身が課題に気づいていないのかを検討する。そしてこれらのニーズや課題に対して、自社が生み出す新しい商品・サービスの活用法用を考え、新規事業のアイデアが適している理由を示す。加えて、新たな発想を得られたポイントや他社にはない独創的なポイントなど、自分がこのアイデアをひらめいたときに何に気がついたのか、それらを述べることも必要である。

顧客に提供する価値は、新規事業の企画書で最も重要な部分だ。対象となる顧客やニーズ、新規事業の付加価値の内容、その商品・サービスを販売するための戦略を企画書に記載してゆく。

2.新規事業で活用できる自社の経営資源を把握する

企画書の記載事項として次に必要となるのが、自社の経営資源の分析である。顧客ニーズが明確にあっても、それに適合する商品やサービスを開発・製造・販売するための経営資源を持っていなければ、新規事業を成功させることができないからだ。そのため市場を見るだけでなく、自社の強み(事業価値源泉、競争力の源泉、差別化要因)や、弱み(課題、問題点)をあらかじめ把握しておかなければならない。

この時、独自の製造技術や販売ノウハウといった競合他社が容易に真似できない独自の強みがあると、新規事業の必然性が高まる。顧客ニーズに対して自社の経営資源を適合できない場合は、新たな商品やサービスを開発することは難しいだろう。

新規事業の企画書を作成する際は、狙っている市場が正しいこと、自社の経営資源と強みを活かせる事業であり、競合他社との競争に勝てる理由を明記しなければいけない。そのようなストーリーで新規事業の企画書を作成すれば、上司・役員や銀行などの利害関係者からの理解も得やれすくなるだろう。

3.新規事業が狙う市場を考える

顧客ニーズと顧客提供価値を明確化し、自社の経営資源を把握したら新規事業が狙う市場の大きさを予測しよう。

具体的には、国・地域や年齢などの属性で区分した市場セグメント、潜在的なターゲット顧客数とその成長性、代替商品サービスの有無や、今後予想される競合他社などを企画書に記載する。新規事業の場合、まだ存在していない市場であるから、市場規模を予想することが難しいケースが多いだろう。そのような場合には、ある程度の基本的な情報に基づいて推定計算するしかない。

一般的に使われる推定計算の方法としては、市場規模を、特定の地域の人口や自社製品に関心を持つ顧客の割合 × 予想される市場シェア × 販売単価という計算によって推定することがある。もちろん、新規事業の市場の成長率も検討すべきであるが、新規事業が収益を上げられるかどうかわからない状況で、成長率まで予想することは無理かもしれない。

既存事業に競合他社がいる場合、競合他社も同時に新規事業に参入する可能性がある。しかもその新規事業のアイデアが容易に真似されるものであるなら、すぐに価格競争が始まり、想定の販売単価を実現することができなくなる。

結局は規模拡大のスピードや資金力の勝負になって、赤字の消耗戦が続いてしまう。そのため、競合他社の動向や経営資源を調査したうえで、競合他社と戦って勝てると考える理由を考えておく必要があるだろう。競合他社の現状を調査分析しておけば、新規事業での具体的な戦い方も想像しやすくなるはずだ。

4.新規事業から期待される効果を企画書に明記する

新規事業が成功したとき、自社に与える影響の大きさを予測しておきたい。それが、市場シェアなのか、利益額なのか、利益率なのかを明確にしておこう。その効果の大きさは、できるだけ数値で示したい。この場合も、影響の大きさを企画書の読者にイメージさせることが目的のため、数値の厳格さが重要なのではなく、計算ロジックの合理性を確保するだけでよいだろう。

利益増大など定量的な影響は重要であるが、新規事業が自社に対して定性的な影響を与えることが期待できる場合もあるだろう。そのような定性的な影響も、新規事業の企画書に書いておいたほうがよい。ここで言う定性的な影響とは、数値ではなく、ブランド力や自社イメージの向上、レピュテーション向上、他事業とのシナジー効果などである。

一方、期待されるプラスの影響と同時に、新規事業の遂行のために必要となる初期投資やランニングコストも記載しなければいけない。どれだけ大きな売上が得られても、それ以上に費用がかかって赤字になってしまうのであれば、事業として意味はない。新規事業が黒字化して利益が確保できる見通しや採算性、費用対効果の大きさを示すことができれば、企画書の説得力は高いものとなるだろう。

5.新規事業が直面する課題を明らかにする

新規事業の企画を実際に立ち上げる際、課題となることを明らかにする。企画は理解できるか、それを実現するための経営資源は揃っているのかということが課題となることが多い。もちろん、はじめから社内に経営資源(人材、固定資産など)がそろっているなら、積極的に活用させもらうとよい。ただし、活用させてもらうには関連部門と調整し、新規事業に移籍する人材の了承を得ることも必要となるだろう。

また今後課題となるのは、企画を深堀りしていくために、さらなる市場調査を外注することが必要となることや試作品を作る費用が必要になることかもしれない。テクノロジーや技術を利用するために、知的財産権を外部から借りなければならないかもしれないし、法律や制度上の制約が課題となるかもしれない。

忘れやすいのは既存の商品・サービスと似たようなものを開発することによって、自社商品・サービスとのカニバリゼーション(共食い)が発生する可能性があることだ。独自性が高く全くオリジナルの商品やサービスを開発することは稀であり、多少なりとも既存のものと重なる部分がある。新規事業の企画書を作成した後、以上のような課題に直面する可能性があることを明らかにしたほうがよい。

6.新規事業の損益計画を企画書に織り込む

ここまで検討を進めることができれば、あとは新規事業を進めたときの損益計画作りである。損益計画とは、予想される将来の損益計算書のことである。3年から5年間の損益予測、投資予測を数値計画として企画書に折り込みたい。この点に関しても、新規事業では厳密に数値を予測できないため、期待値や概算値で作成するしかない。

詳細に作るのであれば、売上高、売上原価から営業利益、主要な営業外損益まで予測し、キャッシュ・フローについても検討する。損益計算書のみの作成では不十分であり、貸借対照表を作成してキャッシュ・フローまで把握する必要がある。自ら作成できない場合は、顧問税理士に相談してみるとよい。

この損益計画を作る際、まずは予想売上高(トップ・ライン)から考える。この点については、企画書の読者から必ず詳細な質問が来るはずだから、商品・サービスの単価および販売量に分解しておくことが不可欠である。単価は、過去の趨勢や新商品投入に伴う旧商品の戦略的値下げなどを織り込む。また、販売量に関しては、商品やサービスの市場規模、その市場における販売シェアを予測することによって算出する。

現実には、「地域」や「事業」といったセグメントごとの売上高の合計について、過去の業績推移と将来の市場環境の見通しから、予測期間にわたって一定の成長率で推移するものと仮定して簡便的に算出するケースが多い。

予想売上原価については、売上原価(製造原価)に属する減価償却費とそれ以外の売上原価に区分し、それぞれ売上高に対する比率を見積もり、当該比率を各期の予想売上高に乗じて算出する。売上高に対する比率は、過去の業績分析の結果を踏まえて決めることになる。固定費に大きな変動がある場合には、質問されることを想定し事前に変動要因を説明できるように準備しておくことが不可欠である。大規模な投資、大規模なリストラを予定している場合には、変動する固定費の明細書を作っておくのが良いだろう。

新規事業の企画書の形式面を整える

これまでに述べた6つのポイントは、企画書の記載事項(中身)に係るものであった。実質的な内容であることはもちろんであるが、内容を効果的に理解してもらうには、読みやすく見やすい形式であることは言うまでもない。新規事業の企画書の形式面を整えるために、以下の点に留意することが望ましい。

第一に、企画書が読みやすいレイアウトで作成されていることだ。レイアウトに関しては、読者に事業全体像を容易にイメージしやすいよう、内容をストーリーに仕立て、ロジカルにまとめよう。それらをパワーポイントのスライドを使い、画像やグラフなどを用いて視覚的に訴えるとともに、ポイントをまとめるとよい。グラフの根拠となる情報や分析のための計算過程、数値データなどの根拠は本文に入れると読みづらくなるため、参考資料として巻末に添付することをすすめる。

第二に、企画書が筋の通った内容であることだ。新規事業がなぜ成功するのか、事実に基づいて説明し、どのようにして新規事業が成功するという見通しを導き出したのか、そのロジックを明確に記載しておく必要がある。読者である上司や役員、銀行は、それぞれの視点や立場で企画内容を検証する。効果的に読者に新規事業の企画を訴え、読者を巻き込むためには経営目標、現状分析、アクションプラン、損益予測とその見通しの5つが一体となった説明を行う必要があるのだ。つまり、新規事業の企画書が、正しい事業戦略の提案書となるよう、必要な記載事項を網羅し、流れ・ストーリーを整えるとよいだろう。(提供:THE OWNER

文・古尾谷 裕昭(税理士)