企業の経営活動における重要な要素の一つとして「マーケティング」がある。モノやサービスを供給する際に、利益を生み出す要因ともなるのがマーケティングだが、さまざまな考えがあり、その定義は明確に定まっているわけではない。企業経営、そして社会においてマーケティングの表す意味を日米の違いから考え、戦略について解説する。

マーケティングとは「誰に対して」「どのような価値を」「どのような方法で提供するのか」を考えること

マーケティング
(画像=Rawpixel.com/Shutterstock.com)

マーケティングとは、売れる仕組みを作ることだ。具体的には、「誰に対して」「どのような価値を」「どのような方法で提供するのか」についてのベストな答えを明らかにすることである。

誰に対して

「誰に対して」というのは、自社が供給するモノやサービスを必要としている人は誰なのか、すなわち「顧客」の人物像を明らかにすることだ。必要としている人のもとに必要なモノやサービスを提供することでモノやサービスは売れる。そのために顧客が存在する市場を定義し、さまざまな要素で細分化した後に真の顧客(ターゲット)を抽出するのがマーケティングでは必要である。

どのような価値を

「どのような価値を」というのは、自社が供給するモノやサービスを必要としている人たちが「どのような利便性を求めているのか」、すなわち「価値」の内容を明らかにすることだ。必要としている人たちに「求めている利便性が実現すること」を認識させることでモノやサービスは売れる。そのために顧客のニーズを認識し、競合相手との差別的要素を明らかにしたうえで顧客に対して伝えていく。

どのような方法で提供するのか

「どのような方法で提供するのか」というのは、自社が供給するモノやサービスを必要としている人たちが「必要としているモノやサービスを確実に手に入れられる」ようにするためにはどうすればよいのかということである。すなわち、供給体制を明らかにすることだ。必要としている人たちが「必要としているモノやサービスを確実に手に入れられる」方法を広く知らしめることでモノやサービスは売れる。

そのために顧客の特性を認識し、モノやサービスの最適な供給体制を整えるのがマーケティングである。モノやサービスの供給体制に関しては、4Pという視点で考えることが一般的だが、4Pとは、以下の内容のことだ。

・Product(どのような製品(モノ)やサービスを)
・Price(そのような価格で)
・Promotion(どのような販売促進方法で)
・Place(どのような販路で販売するか)

市場や顧客の特性、競合相手の存在などによって最適な提供方法が異なるため、モノやサービスごとに「売れる仕組み」を考えなければならない。価格に関しては「何をいくらで売るのか」ということについて、標準的な価格の水準や競合となる商品価格との差、種類ごとの価格の体系などについて明らかにする必要がある。

販売促進では「どのような方法でモノやサービスの存在や内容を顧客に知らせるのか」ということや使用する媒体や運用体制などを検討することが必要だ。販路に関しては、「どのようなルートでモノやサービスを供給するのか」ということについて、供給する方法や販売する店舗の業態などを明らかにしなければならない。

マーケティングの歴史とトレンド

1450年にドイツで印刷技術が開発されて以降、モノやサービスを広く知らせるため、紙媒体を使った広告が行われてきた。そのような中、経済発展によりモノの大量生産が行われるようになったアメリカで1902年に「マーケティング」という言葉が使われはじめた。1937年に「アメリカマーケティング協会」が設立され、本格的なマーケティングに対する研究が行われるようになった。

日本では、アメリカのマーケティングの実態を視察した日本生産本部(経産省管轄の財団法人)が1955年ごろよりマーケティングの必要性を訴えてから、マーケティングに対する研究が盛んになった。それ以降、企業のマーケティングは、以下のトレンドを基調に推移してきた。

製品中心のマーケティング
   ↓
消費者志向のマーケティング
   ↓
価値主導のマーケティング
   ↓
自己実現に対するマーケティング

モノが不足していた1950年代は、作ったら作った分だけ売れる大量生産・大量消費の時代であったため、製品を作ったこと、販売していることを消費者に周知する活動がマーケティングの中心だった。1970年代になると世の中にモノがあふれるようになり、消費者がモノやサービスを選ぶ時代へと変化した。それにより企業では「消費者が欲しているモノやサービスとは何なのか」を意識する消費者志向のマーケティング活動が行われるようになった。

1990年代からはインターネットが普及し始め、消費者が自ら情報を入手できるようになった。それにより企業は「消費者にどのような価値を提供することがよいのか」ということを意識するようになる。価値主導のマーケティング活動が行われるようになったといえるだろう。

2010年代になり消費者の物質的欲求が満たされた時代になると、自己実現という言葉が注目されるようになる。それにより企業では「消費者がどのような自己実現を求めているのか」ということを意識するようになり、自己実現に対するマーケティング活動が行われるようになった。

4つの日本におけるマーケティング定義

日本の各種研究機関や用語辞典などによって次のようなマーケティング定義が行われている。

(1)日本マーケティング協会のマーケティング定義

日本マーケティング協会とは、1957年に創設された公益社団法人である。高度経済成長期に向けて経済が急速に発展しつつある中、誕生した。

“マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である”

日本マーケティング協会が考えるマーケティングの定義は、上記のように民間の企業だけではなく顧客が存在するすべての機関、団体において顧客との相互理解関係を生み出すことを目的に行われる活動のことである。調査、モノやサービスの供給、価格決定、プロモーション実施、流通の確保などの「総合的な活動をマーケティングとする」というものだ。

(2)日本オペレーションズ・リサーチ学会のマーケティング定義

オペレーションズ・リサーチ(OR)とは問題解決学とのことである。あらゆる問題に対して、さまざまな答えがあり、極めて応用分野の広い学問だ。日本オペレーションズ・リサーチ学会はマーケティングの定義をこう考える。

“マーケティングとは、個人や組織が製品の創造を行い、市場での交換を通じて自らのニーズや欲求を満たすために行う様々なプロセスのことである”

「市場機会を分析」「標的市場を選定」、「標的市場に対してアプローチするための戦略を構築」「戦略を実行」「活動を管理・運営する仕組みを構築」というそれぞれのプロセスがマーケティング活動であるという考え方を表している。

(3)株式会社ミツエーリンクスのマーケティング定義

IT業界の幕開けともいえる1990年に設立された会社である。インターネットビジネスの隆盛に歩調を合わせるかのように規模を広げ、さまざまな分野を手掛けてきた。

“マーケティングとは、顧客の創造、維持を目的とする企業が、その目的を満たすような交換を顧客とのあいだに生み出すために、アイデアや財やサービスの考案から、価格設定、プロモーション、流通に至るまでを計画し実行するプロセスです。”

ミツエーリンクスが考えるマーケティングの定義のキーワードは「顧客」である。顧客に合ったモノやサービスが自然に売れるようにするためのプロセスがマーケティングであるという考え方だ。

(4)グロ-ビス経営大学院のマーケティング定義

ビジネスリーダーの養成を手掛けるというグロ-ビス経営大学院は、MBAの取得を目指す人にとっても人気の大学院だ。

“マーケティングとは、顧客満足を軸に『売れる仕組み』を考える活動”

マーケティングを経営側の視点で表した。長期的な視点から顧客支持を得ることを目的とした活動がマーケティングという考え方を表している。

3つのアメリカにおけるマーケティング定義

一方、アメリカでは、アメリカマーケティング協会や著名な学者たちによって以下のようなマーケティング定義が行われている。

(1)アメリカマーケティング協会のマーケティング定義(American Marketing Association:AMA)

Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and
exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large.

マーケティングとは、顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセスである。
(慶應義塾大学 高橋 郁夫氏による翻訳)

これは、2007年にアメリカマーケティング協会が改訂したマーケティングの定義だ。企業と顧客という関係性にとどまらず、社会全体という考え方がアメリカらしいともいえるだろう。社会を構成するさまざまな人が価値を創造し、伝達、供給する、こうした仕組みがマーケティングなのだという考え方を表している。

(2)ピーター・ドラッガーのマーケティング定義

ドラッガーといえば、経済を語るうえで今や欠かせない存在だ。マネジメントの発明者ともいわれるドラッガーはマーケティングをこう定義した。

The aim of marketing is to know and understand the customer so well the product or service fits him and sells itself.

『マーケティングの目的はセリング(単純販売活動)を必要なくすることである』
(『マーケティングのきほん』翔泳社より)

マーケティングの究極の目的は顧客を認識し、顧客に合わせた商品を販売すること、そうすればおのずと売れる、つまり売り込みせずとも売れるようにすることと定義した。顧客を創造しつなぎとめるためのプロセスそのものがマーケティングなのだという考え方を表している。

(3)フィリップ・コトラーのマーケティング定義

フィリップ・コトラーは経営学者であり、マーケティングの入門書ともいわれる『マーケティン原理』の著者だ。マーケティングに関して、さまざまな言葉を残している。これは、その中の一つである。

Marketing is about identifying and meeting human and social needs.

『マーケティングとは社会活動のプロセスである。その中で個人やグループは、価値ある製品やサービスを作り出し、提供し、他社と自由に交換することによって、必要なものや欲するものを手に入れる』
(『マーケティングのきほん』翔泳社より)

個人や集団が、製品および価値の創造と交換を通じて、そのニーズや欲求を満たす社会的・管理的なプロセスを行うことがマーケティングであると説く。プロセスの中身が、「調査」「セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング」「マーケティング・ミックス」「実施」「管理」という5つのステップで構成されるという考え方を表している。

その他、セオドア・レビットは、マーケティングを「顧客の創造」と説くなど、マーケティングに関してはさまざまな定義が存在する。突き詰めれば同じものにたどり着くのかもしれないが、その表現や言葉の性格性などを考えるとマーケティングの奥深さが感じられるのではないだろうか。

マーケティング戦略とは?

企業が、自社の現在置かれている状況を把握したうえで自社のモノやサービスが売れる道筋と行動を明確にしていくことをマーケティング戦略という。

マーケティング戦略の目的

企業は、限られた経営資源のもとでモノやサービスを販売し、経営目標を達成していかなければならない。そのために論理的にモノやサービスが売れる理由を明らかにし、市場に対して効率的にアプローチしていく必要がある。それらを実現するには、市場を選択し、真の顧客を見つけ出し、顧客が自社のモノやサービスを買う仕組みを整えたうえで市場に参入することが必要だ。

これに関する道筋を明らかにすることが、マーケティング戦略の目的である。

マーケティング戦略の基本

マーケティング戦略は、「誰に対して」「どのような価値を」「どのように提供するのか」という3つの要素から成り立っていることは、最初に述べた。それらの要素を決定するために必要なことは、顧客の特性や競合相手、自社商品やサービスの強み、弱みについて調査、分析を行い、市場を細分化することだ。そのうえで、顧客が求めている価値の内容と自社が提供するモノやサービスが与えることのできる価値の内容に整合性があるかどうかを確認する。

さらに顧客が製品やサービスを購入するシーンを考え、競合相手よりも手にしやすい経路や価格、販路、決済方法や受け取り方法を決める。そして顧客に価値を伝えるより効果的なPR、プロモーション活動を検討し、マーケティング活動を実践していくのが基本となる。

マーケティング戦略の5つのポイント

マーケティング戦略を構築するときのポイントは、以下の5つである。

・ターゲットを絞る
・ターゲットの特性を把握する
・自社のビジネスをシンプルに定義する
・ベネフィットを明らかにする
・競合との違いを明確にする

不特定多数のターゲットに向けたマーケティングを行うのは効率性が悪いため、ターゲットを特定する必要がある。加えて特定したターゲットの思考や嗜好、購買行動などの特性を把握することも重要だ。ターゲットを明らかにした後は、ターゲットに対して自社のモノやサービスを的確に伝えるための工夫を行う。

そのために自社のビジネスのコンセプトをシンプルに伝えられるように定義しなければならない。ターゲットが自社のモノやサービスから得られる価値、満足の内容を明らかにし、競合相手のモノやサービスと比べて何がどう違うのかを明らかにすることがポイントだ。

マーケティング戦略が成功した事例

衣服、生活雑貨、食品などの生活関連商品の販売を行う無印良品(株式会社良品計画)は、「生活の合理性を求める消費者に対して」「高品質で安いモノを豊富な品ぞろえの中から選ぶことのできる価値を」「多様なチャネルで提供する」マーケティングの基本方針を貫いてきた。

「高品質で安いモノ」を取りそろえることに関しては、見栄えが良くないなどの理由で安く手に入る高品質素材を使用する、生産工程の手間を省く、包装を簡略化することで低価格を実現する。加えて「壊れにくい」「安っぽく見えない」という生活関連商品を安く販売する他社との差別的要素を明確に打ち出すことで、生活の合理性に対する価値を創造している。

その価値を顧客に伝え続けるために店頭プロモーションやネットメディア、SNS、スマホアプリなどの多様な媒体を通じた暮らし方スタイルの提案を行った。さらにブランドの維持や顧客との関係強化を図るとともに、全国各地の無印良品店舗やコンビニ、駅ナカ店舗、ネット販売などの多様なチャネルを通じて商品を提供し続けている。

マーケティングとは顧客の視点で物事を考えること

マーケティングとは、「企業が顧客との関係性を保ちながら利潤を生み出していく道筋」を明らかにするための設計図としての役割を果たすものである。その背景には、「顧客の視点で物事を考える」という思考がなくてはならない。(提供:THE OWNER

文・大庭真一郎(中小企業診断士)