當舎 緑
當舎 緑(とうしゃ・みどり)
社会保険労務士・行政書士・CFP®。阪神淡路大震災の経験から、法律やお金の大切さを実感し、開業後は、顧問先の会社の労働保険関係や社会保険関係の手続き、相談にのる傍ら、一般消費者向けのセミナーや執筆活動も精力的に行っている。著書は、「3級FP過去問題集」(金融ブックス)。「子どもにかけるお金の本」(主婦の友社)「もらい忘れ年金の受け取り方」(近代セールス社)など。

70歳まで働くける社会のために、確定拠出年金の加入期間延長や在職に受け取る公的な老齢年金の要件緩和が予定されている。現在の制度は65歳まで雇用を継続するための制度となっているが、今後65歳以上も働ける社会となったとき、どのような働き方の選択肢があるのか、制度を紹介しながら考えてみたい。

これまでは「60歳」を定年と考えていた

社会保険
(画像=stoatphoto/Shutterstock.com)

これまで定年といえば「60歳」を指し、それ以降は、年金を受け取りつつ老後を過ごすというプランが、一般的なライフプランだった。だが、60歳から支給されていた特別支給の老齢厚生年金が2階建てから1階建てとなり、さらにその1階建ての部分に対して、受給開始年齢が段階的に引き上げられ、縮小している最中だ。

企業もどんどん退職金や企業年金を縮小している。そのため、年金を受け取って悠々自適に暮らすという老後プランは崩れつつあり、60歳以降も「働かざるを得ない」と考えるのは自然な流れと言える。すでに60歳定年という言葉にはあまり意味がなくなってきたのだ。

60歳を定年とした場合のこれまでの働き方とは?

これまでは、60歳で一旦会社を定年退職し、少し年金を受け取りつつ、自分のしたい働き方をするという選択ができた。しかし、高年齢者雇用安定法第9条によって、定年年齢を65歳未満としている事業主は、次の1から3の措置(高年齢者雇用確保措置)のいずれかの実施が義務化されたため、一旦定年はさせるものの、異なる労働条件で再雇用するということが多くなっていた。

1.65歳まで定年年齢を引き上げ
2.希望者全員を対象とする、65歳までの継続雇用制度を導入
3.定年制の廃止

労働者が60歳になったら雇用契約を結び直し、75%未満まで給料を低下させる。同時に、厚生年金から「老齢厚生年金」、雇用保険から「高年齢雇用継続給付」を支給してもらい、給料と年金、雇用保険の継続給付の三本柱で収入を確保していた。60歳以降は、「どんな雇用形態」であれ働いてもらうことで、会社は義務を果たせたというわけだ。会社としては、高齢者を雇用すると大義名分が果たせたし、給料を一定額減額するということにも、年金と雇用保険からの給付金が出るからという理由で、労働者に理解が得られやすかった。

雇用保険の給付金である高年齢雇用継続給付についても説明しておこう。この給付を受け取るための要件として重要な条件は二つある。

1.被保険者期間が通算して5年以上あること
2.60歳時点(もしくは5年の被保険者期間を満たしたとき)の給料と比較して、それ以降の給料が75%未満となること。

ではこの二つを満たせば、高年齢雇用継続給付が受け取れるかというと、それほど単純ではない。まず60歳で定年退職し、しばらく雇用保険の「基本手当」を受け取りつつ、ゆっくり再就職先を探すという場合は、基本手当が100日以上残っていなければ、高年齢雇用継続給付は受け取れない。それを念頭に置くと、高年齢雇用継続給付を計画的に受給できるベストな選択肢は、定年になったとしても雇用保険の失業給付を受け取ることは考えず、継続勤務するという選択肢しかないだろう。

ただし、収入によっては全く考えない方がよい場合もある。賃金月額が47万6,700円、支給限度額36万3,359円(2019年8月1日から2020年7月31日まで)という制限があるからだ。(注1:この数字は毎年8月1日に変更される。)

例えば、定年退職時に月額60万円の給料を受け取っていた労働者が、再雇用で月額36万円(プラス交通費5,000円)の給料で働くことが決定したとしよう。税金と異なり、雇用保険の対象には交通費も含まれる。給料は退職時の61%以下になっているため、支給率は15%となり、36万5,000円×15%=5万4,750円となるかというと、そうではない。

すでに賃金月額が支給限度額を超えているため、支給は0円だ。もし、再雇用後の給料が30万円(プラス交通費5,000円)であれば30万5,000円×15%=4万5,750円が高年齢雇用継続給付の支給額となる。これを2ヵ月ごと、会社がハローワークに申請すると、本人の口座に直接振り込まれる。

会社としては50%も労働者の賃金を下げるというのは、なかなか切り出しにくい。だが、雇用保険の給付は、非課税扱いとなるし、賞与や退職金は、加味されない。高年齢者の労働者を雇用するには、雇用保険を活用するというのが、これまでの60歳以降の定番の働かせ方だった。

厚生年金の在職老齢年金とは?(60歳台前半、60歳台後半の場合)

厚生年金の在職老齢年金について説明したい。働きながら年金を受け取ると、年金が調整される。年金と給料の額によって、年金の調整額が異なってくるので、働くと必ず2割カットということではない。あくまでも、判断されるのは「給料はいくらか」「年金はいくらか」という基準によって調整額が計算される。

まず、60歳代前半の在職老齢年金について説明しよう。60歳台前半の在職老齢年金の計算でポイントとなる金額は28万円だ。老齢厚生年金と給料の合計額が28万円を超えなければ、年金額は調整されない。28万円を超えた場合には、下記の表に基づいて支給停止額の計算がなされる。

THE OWNER編集部
(画像=THE OWNER編集部)
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60歳代前半の年金額の支給停止額の計算で難しいのは「高年齢雇用継続給付」が支給されるときである。高年齢雇用継続給付とは、60歳時点の給料と比較してその後の給料が下がる場合に、給料の最大15%が雇用保険から支給されるという仕組みである。しかも、最大15%支給できるとなると、年金がさらに最大6%調整されるという仕組みなのだ。具体例は以下のような仕組みとなる。

次に、60歳代後半の在職老齢について説明しよう。今度のポイントとなる金額は47万円である。新聞で、この金額が62万円となる、もしくは52万円となるというニュースを見た方は、「一体どの数字が正しいのか」わからないかもしれない。結局、高収入者を優遇しているなど批判も続出し、47万円のままに落ち着いた。

この在職老齢年金の調整については、誤解している方も多いのだが、給料と調整されるのは「老齢厚生年金」である。給料と調整される仕組みについては、以下を参照してほしい。60歳代前半の仕組と比較すると、かなり緩やかな調整となることがわかるだろう。高年齢雇用継続給付が支給されるのは65歳の誕生月までなので、もちろん雇用保険との調整もない。

親族で経営している会社の経営者など、報酬を自由に決定できる立場であれば、取締役である65歳未満の妻にこれまで経営者として自分が受け取っていた報酬を配分し、65歳以降の自分の報酬を下げて、少しでも年金を受け取るなどの選択肢を検討することも可能だろう。

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年金の繰り下げ受給、繰り上げ受給

年金の繰り上げと繰り下げについてもふれておきたい。本来受給できる65歳の老齢年金を65歳より前に前倒しして受け取るのは「繰り上げ」、65歳以降70歳までの間で、受け取りたい年齢まで繰り下げて受け取れるのが「繰下げ」という。

65歳まで段階的に受給開始年齢の引き上げが行われているが、65歳より前に何も受け取れないのが1961年4月2日(女性は1966年4月2日)生まれ以降からの世代である。繰り上げは0.5%の減額、繰り下げは0.7%の増額がされ、それが一生続くこととなる。また、一度申し出をしてしまうと取り消すことはできない。この繰下げを70歳まで行うと、42%の増額となるのはとても大きい増額といえるが、勧めても実際に申し出る方はほとんどいない。

それほど長生きするかはわからないし、受け取れる間に受け取りたいという方が多く、さらにもう一点デメリットがあるためだ。老齢厚生年金には65歳未満の配偶者に対する加給年金が加算されるのだが、老齢厚生年金を繰り下げしても、加給年金だけ受け取ることはできないし、繰り下げをしても加給年金は増額されない。年間39万900円が停止される影響は大きい。ただ、今後、夫婦共働きが増えてくると、夫婦とも20年以上の厚生年金の被保険者期間があると、二人ともに権利が発生し、お互い受給されないことになる。

65歳以上の従業員の社会保険

65歳を超えて働く場合、それまでと社会保険の加入に変更はあるだろうか。国民年金、介護保険、健康保険についてみていこう。

65歳以降の国民年金加入

厚生年金は引き続き加入できるため、そのまま継続勤務となるのであれば何も変わらない。ただし、個人事業主で国民年金に加入している方は、一旦60歳時点で被保険者の資格を喪失する。60歳以降に加入するケースとしては、繰り上げ受給をしておらず「任意加入」しているか、40年に加入期間が不足しているための「老齢基礎年金増額」のために65歳まで加入しているという2パターンである。

65歳以上は、期間を満たしていないための任意加入のみである。もし65歳時点で10年の老齢年金の受給資格を満たしていれば、65歳以降、老齢基礎年金を請求できる。65歳までに老齢厚生年金を請求していれば、はがき形式で、もし、それまで年金の請求をしていないのであれば、封筒で老齢基礎・厚生年金の請求用紙が送られてくる。年金を通常通り受け取る予定であればそのままはがきを返送、もしくは申請用紙に記入して添付書類と一緒にして年金事務所に提出するといい。

ただ、老齢基礎年金、もしくは老齢厚生年金を「繰り下げて」受け取る予定であれば、返送もしなくてもいいので、繰り下げをして受け取ろうと思った時に請求用紙を提出すればいい。

介護保険はどうなる?

介護保険の被保険者は、65歳以上の第一号被保険者と、40歳以上65歳未満の第二号被保険者に分けられる。65歳未満の方は健康保険料と一緒に納付するが、65歳になると老齢年金が受け取れる年齢であるため、年金から介護保険料が差し引かれる。65歳以上でも年金を受給していない場合は、納付書または口座振替で支払うこととなる。

65歳未満は、若年性早老症、ガンの終末期など、16の特定疾病しか介護保険の対象とならなかったが、65歳以上であれば一定の介護状態になると介護保険の対象となる

労働者と経営者で異なる健康保険

社会保険の適用事業所に常用勤務していれば被保険者となるので、それまで通り健康保険の給付を受けられる。しかし、傷病手当金については、労働者と経営者について違いがあるので述べておきたい。傷病手当金の支給要件としては、「私傷病により労務不能であり、4日以上休業して、会社から給料が支払われない時」という要件がある。これは経営者には支給されない。

なぜなら、「自分で」報酬を決定できるからである。就業規則に、「私傷病で休業しているときには、健康保険の傷病手当金を受け取る」と記載していても、経営者は労働者ではないからこの規定にはあてはまらないのだ。

働き方や家族構成により異なる65歳以上の方の社会保険の選択肢

65歳以上になると、社会保険の加入要件は就業形態や家族構成によって異なる。

おひとりさまの社会保険の加入

一人であれば、親族の扶養に入るというケースはあまりないので、自分で被保険者になることがほとんどだろう。正社員として働き続けていれば、健康保険と厚生年金に継続して加入することとなる。パートやアルバイトなどの非正規社員として働くとき、もしくは仕事をやめてしまって無職の場合は、国民健康保険に加入するということになる。

厚生年金の場合には65歳到達後も資格は継続となるが、国民年金の場合、原則として受給資格があれば、60歳で資格喪失となる。年金が65歳から通常支給されるというのは変わらない。老齢年金の受給資格期間は10年だ。65歳時点でこの受給資格期間を満たしていない時には、国民年金に任意加入できる。

ご夫婦の社会保険の加入

ご夫婦の社会保険を考えるとき、夫婦が共働きか、それとも一方の扶養になっているかどうかがポイントとなる。政府がモデルケースとしている「夫は会社員、妻は専業主婦」というパターンであれば、夫が老齢厚生年金に加入していれば、年下の妻は60歳まで第三号被保険者として、保険料を払わず国民年金に加入し続けることができるし、もちろん、健康保険料も介護保険料も支払う必要はない。

夫が個人事業主であれば、扶養という概念はないので、夫婦二人分の国民健康保険、介護保険料を二人分支払うしかない。夫婦どちらかが会社員で社会保険に加入しているのであれば、「扶養」ということを上手に使うことも考えたい。「少し働き方を変えたい」「起業したい」「これまで頑張って仕事をしてきたので、少しゆっくりしたい」ということであれば、配偶者の扶養に「一時的に」加入しても良いだろう。

税法上の扶養の範囲は1月から12月までの一年間の収入で判定されるが、社会保険の場合には、今後どうするのか「見込み」で判定される。雇用保険の手当を受け取るのであれば、収入とみなされ、その間は扶養に入れないが、受け取ったあと、しばらく加入するなど、夫婦共働きの場合には、扶養という概念を上手に活用することが可能となる。

65歳以上で厚生年金に加入し働き続ける場合の効果とは?

人生100年時代が現実的になってきている。見回してみても、元気に働く高齢者の方が多いことにびっくりする。しかも、非正規ではなく、社会保険の対象となる範囲でしっかり常用勤務をされている。ということは、それが通常モデルとなる日も近いのかもしれない。

では、65歳以上、厚生年金に加入しつづけるという効果について考えたい。厚生労働省が公開している「厚生年金事業・国民年金事業の概況」を見てみると、全国平均として、厚生年金に第一号被保険者として加入している平均年金月額は14万5,865円、国民年金の平均年金月額は5万5,809円である。ちなみに、東京を抜粋してみると厚生年金は15万9,517円、国民年金は5万4,753円である。

こう見ると、国民年金だけではなく、厚生年金に加入し続けることが、年金を増額させることにつながることがわかるだろう。経営者で高い報酬を受け取る予定であれば、厚生年金に加入し続け、老齢年金を繰り下げするというのも効果は大きいだろう。

他にも厚生年金に加入するメリットはある。年の離れた配偶者がいれば、その配偶者が65歳になるまで加給年金が加算され続ける。また、年の離れた配偶者に子どもが小さい場合など、扶養家族がいる場合には、自分が社会保険に加入し続けることで、配偶者は国民年金の保険料を支払わず国民年金の第3号被保険者になれるし、健康保険にも加入できる。

会社に勤務していても、健康保険に加入できるのは70歳まで、厚生年金は75歳までだ。しかも、国民年金は40年加入していても78万100円(2019年度価額)だが、厚生年金に上限はなく、計算式があるだけである。

加入し続けることができるのであれば、報酬を減らして、少しでも年金を受け取るのか、それともしっかり働いて70歳以降の年金につなげるのか、選択肢を広げることができるのだ。しかし、高い報酬を取り続けると、70歳以上に被保険者とならないものの、報酬との調整がされるので注意が必要である。

高齢者も働ける社会になると、社会保険の取扱いも多様化する傾向に

政府が公開している全世代型社会保障検討会議の資料から抜粋してみる。この会議は、少子高齢化と同時にライフスタイルが多様となる中で、誰もが安心できる社会保障制度に関わる検討を行うためのものである。

従来の社会保障は年齢による画一的な取扱いがなされることが多かったが、年齢 を基準に「高齢者」と一括りにすることは現実に合わなくなっている。現在の高齢者を過去の高齢者と比較すると、肉体的にも精神的にも元気な方が増加している。 高齢者の歩行速度は、10年で10歳若返っている。また、現在就労している60歳以上の方で、70歳以降まで働くことを希望している高齢者は8割にのぼる。今後は、 「高齢者」や「現役世代」についての画一的な捉え方を見直し、生涯現役(エイジ フリー)で活躍できる社会を創る必要がある。

このように70歳まで通常働ける社会を目指し、できるだけ働ける方にはそれ以上も視野に入れるという方針を目指していることがわかる。会社としても高年齢者の上手な雇用を考えざるを得なくなってきているのだ。(提供:THE OWNER

文責  社会保険労務士 當舎 緑