當舎 緑
當舎 緑(とうしゃ・みどり)
社会保険労務士・行政書士・CFP®。阪神淡路大震災の経験から、法律やお金の大切さを実感し、開業後は、顧問先の会社の労働保険関係や社会保険関係の手続き、相談にのる傍ら、一般消費者向けのセミナーや執筆活動も精力的に行っている。著書は、「3級FP過去問題集」(金融ブックス)。「子どもにかけるお金の本」(主婦の友社)「もらい忘れ年金の受け取り方」(近代セールス社)など。

就業規則を0から作成するのはとても難しい。そのため、厚生労働省のHPで公開されている就業規則のひな形をそのまま使っている会社もあるだろう。ただ、実際はこのままで使うと、意外とさまざまに不都合が生じるものだ。

今回、働き方改革関連の重要な法施行が2020年4月に続々と行われる。その前に就業規則を見直し、変更する際には、どんなところに注意すればよいのか、働き方関連法案の改正を見越した規定はどうすればよいのかを見ておきたいと思う。

就業規則の変更が必要になる主な場面は?

就業規則
(画像=PIXTA)

厚生労働省のHPでは、すぐにダウンロードできる就業規則を公開している。このモデル就業規則は、「法令をしっかりと遵守している」という意味ではベストといえる。ただ、会社の実態に合っていない規則もあるため、自社に合わせた変更が必要だ。

モデル就業規則と会社の実態のずれ

例えば、「勤務成績又は業務能率が著しく不良の場合、解雇する」場合の「著しく」とはどれくらい?とか「次のとおり休暇を与える。 1.裁判員又は補充裁判員となった場合 必要な日数、2.裁判員候補者となった場合、必要な時間」と書いてあるが、普通の有給を取得させるのでは不十分だろうか、などだ。モデル就業規則と会社の思惑がずれてくることはよく起こる。

できれば、会社の実態に合わせてカスタマイズし、削るところは削って使わないと、会社に馴染まないことがある。では、いざカスタマイズしようと、就業規則変更の作業に取り掛かっても、かなりの時間を費やさないと、適切なものは作成できないものだ。

労働基準法の改正により就業規則も変更しなければならない

就業規則は会社の憲法みたいなものだが、労働基準法との関係でいうと、就業規則に規定されている条文が、労働基準法よりも労働者にとって不利であれば、労働基準法の基準にあわせなければならない。そのため、労働法関連の改正があれば、その比較で就業規則も改正せざるを得ない。

これまで、労働基準法および、その関連法はたびたび大きな改正を繰り返してきた。直近では、労働者は6ヵ月経過後に有給休暇を取得する権利が発生するが、有給の取得率が低下していることを鑑みて、必ず「年5日の取得義務化」と2019年4月に改正されている、

他にもパート社員、アルバイト社員など有期雇用契約の社員が5年経過後に「無期転換の申し出ができる」ということも大きな改正だった。無期転換を申し出する社員の待遇をどうするのか、などに苦心した会社も多かった。

さらに2020年4月、派遣社員を雇用する会社に対して、「同一労働同一賃金のルール」が適用される予定だ。昔のように、正社員は優遇されて当たり前、パート社員は保険なしで都合よく雇用できる、という感覚は時代遅れとなっている。就業規則が、時代にあっているのかを、定期的に確認をする必要があるのだ。つまり、変更が必要になる場面は、「法律改正があった時」、そして「社内の実態と就業規則の記載が合わなくなった時」と言える。

就業規則変更の手続きの流れは?

就業規則を変更する際の流れを説明しよう。

改正すべき内容、追加する内容をピックアップ

まず、法律が改正され、もしくは実態と合わなくなった点について、改正すべき内容もしくは実態と合わなくなった点をピックアップすることから始めよう。もし、法律改正に伴う見直しであれば、社内でするよりも、まずは、社会保険労務士のような専門家に任せる方がいいだろう。さらに専門家に任せる場合には、追加で入れたほうがいい項目を聞いておくのもおすすめだ。

「労働者が仕事中にSNSにプライベートをアップしたが、仕事中はスマホの使用を制限するべきか。」「突然、労働者と連絡が取れなくなったときに、会社が解雇することはできるのか。」「労働者が自転車通勤をしているが、通勤中に通行人にけがをさせた場合に、会社は賠償すべきか。」など、すぐには判断できない事例について検討しなければならない場合もある。

改正前、改正後の内容を従業員に周知

変更すべき項目、追加すべき項目が整理できたら、その改正前と改正後の内容について書かれている書面を、一度、社内で回覧して、労働者の意見を聞いておこう。就業規則の変更届を労働基準監督署に提出するためには、従業員代表の意見書を添付する必要がある。この従業員代表を選出するためにも、この事前の根回しは欠かせない。

従業員代表の意見書がポイント

社内での根回しが無事に済めば、就業規則変更届に従業員代表の意見書を添付して、管轄の労働基準監督署に提出する。

昔であれば、社長が「君、ここに署名押印しておいてくれよ。」と、言われた通りにすぐに署名してくれる労働者を指名することもあったかもしれない。でも、今はそれが許されないため、この意見書がとても重要なのである。

経営者が指名をするのではなく、従業員代表を従業員の中から選出しなければならない。代表者は意見の欄には「同意します。」と書く必要はなく、「この部分が同意できない。」「反対します。」と書いてもよいのだ。意見が書いてあるということが、就業規則に添付する従業員代表の意見書の要件である。

就業規則変更についておさえておくべき3つの注意点

就業規則を変更する際には注意が必要な点がいくつかある。会社にとっても従業員にとっても不利益にならないよう十分検討しなければならない。

1.就業規則の不利益変更に該当するか

一番問題となりやすいのは、「固定残業代」など、賃金についての規程かもしれない。なぜ、これが不利益変更に該当するのかというと、労働条件が「下がる」とみなされる場合があるからだ。固定残業代を導入する場合には注意点がある。その固定残業代が「何時間分の残業代に該当するのか明示すること。」「もし明示された時間を超えた残業をしているのであれば、超過した勤務時間に対して別途残業代を支給すること。」の2点だ。

これをしっかりと理解せず、管理職手当や営業手当など、残業代と慣習的にみなしている項目を固定残業代に振り替えるというのは問題だ。それ以外を残業代の計算から除外できないし、少しでも残業代を減らそうと「残業代は手当に含まれる。」などと変更すると、「不利益変更」とみなされる場合があるので、注意が必要である。

また、退職金規程についても確定拠出年金に移行するなど、できるだけ会社の負担を削減することを規定に入れたいかもしれないが、労働者が受け取るべき退職金が減額する可能性があれば、不利益変更に該当する。しっかりと個々人に説明し、説明を受けたという署名押印するくらいの手間をかける必要がある。

そのほか、有期雇用契約労働者を雇い止めする場合にも注意が必要だ。雇用契約を更新して5年以上となった有期雇用労働者は、会社に「無期転換」を申し出ることができる。そのため、無期転換の申し出ができないような規程、例えば、「契約の更新は3度まで」など、それまでに就業規則になかった規程等を入れるのも雇い止めとみなされ、不利益変更となる可能性がある。さらに、有期雇用契約労働者を無期転換した場合に、労働条件を下げるというのも不利益変更にあたる。

2.直近の法改正、判例動向に対応するか

就業規則は直近の法改正に対応する必要がある。判例で下された結果を会社に反映できなければ、「会社のせい」だと賠償責任を負ったり、リスクを負ったりすることも多い。知らなかったでは済まされないのだ。

業務上の過重労働やうつなどで自殺した労働者などの裁判が起こった後、50人以上雇用する会社にストレスチェックの義務化もされた。2020年4月施行の働き方改革は、近年の労働問題で取りざたされてきた、メンタルヘルスや過重労働、派遣労働者の不安定な身分の解消など、問題になっているほとんどの労働者問題を解決するための改正だと考えていいだろう。

「昔はこうだった」「こんな小さい会社に調査なんて来ないんだから、変える必要はない」などと言っていては会社を存続できなくなっている。厚生労働省のHPで公開されている、全国の都道府県労働局が労働基準法などの違反事例を見てみると、大企業ばかりが企業名と違反内容が公開されているわけではない。

3.現在の自社の実状と合致した内容になっているか

厚生労働省のモデル就業規則を、そのまま使用していると不都合なことが多いことはすでに述べた。その例として挙げられるのが、有給休暇の規程である。「採用日から6ヵ月間継続勤務し、所定労働日の8割以上出勤した労働者に対しては、10日の年次有給休暇を与える。その後1年間継続勤務するごとに、当該1年間において所定労働日の8割以上出勤した労働者に対しては、下の表のとおり勤続期間に応じた日数の年次有給休暇を与える」という条文をこのまま使っている会社は多いのではないだろうか。

だが、毎年4月1日付で新入社員を採用し、中途入社の社員が全くいない会社はないだろう。そうなると、上記の文章通りに労働者に有給を取得させようとすると、有給の権利発生日が異なることに気づくだろう。4月1日入社であれば10月1日、7月1日であれば翌年1月1日、というように、バラバラに取得日が発生してしまうと、それをそれぞれ管理しなければならない。いつ有給が発生して、何日取得し、繰越は何日なのか、などを管理ができているか。会社の実態と比較してほしい。恐らく、かなりいい加減になっているのではないだろうか。

働き方関連法案改正を見越した改正項目

働き方関連法案の改正に伴い、労働時間、有給休暇の取得、セクハラ、パワハラに関する規定の変更が必要となる。改正前には十分に検討する必要がある。

労働時間の設定方法(通常、フレックスなど変形労働時間含めて)

厚生労働省のHPでダウンロードもできるが、変形労働時間制の導入も就業規則の変更時に選択できるので説明しておこう。労働時間の設定方法についての就業規則の記載方法や、変形労働時間の導入手引きが公開されている。

労働基準法に記載されている労働時間の原則は「1日8時間1週40時間」、休日は「週に1回」だ。ただ、これに当てはまらない労働時間制として、原則以外の変形労働時間制を活用することは可能だ。

変形労働時間には、「1ヵ月単位の変形労働時間」「1週間単位の変形労働時間」、そして「1年単位の変形労働時間」という方法がある。覚えておかなければならないのは、いずれの変形労働時間制を導入しても労働時間を管理する必要はあるし、もちろん残業代を支払わなければならない事だ。

ただ、残業に該当する部分がそれぞれ異なってくるので、給料計算が複雑になってしまう。導入する際には、給料計算をどうするのか、事前にしっかりとシミュレーションしておきたい。

有給休暇の取得(計画取得など)

就業規則に記載されている有給休暇の取得方法は、以下のように書かれている会社が多いのではないだろうか。

「・第1項又は第2項の年次有給休暇は、労働者があらかじめ請求する時季に取得させる。ただし、労働者が請求した時季に年次有給休暇を取得させることが事業の正常な運営を妨げる場合は、他の時季に取得させることがある。
・前項の規定にかかわらず、労働者代表との書面による協定により、各労働者の有する年次有給休暇日数のうち5日を超える部分について、あらかじめ時季を指定して取得させることがある。」

この規定を不都合だと考えている会社はとても多いだろう。労働者全員の6ヵ月経過後の有給休暇取得日を把握し、しかもその1年後には有給休暇の付与日数は増加させなければならない。また、2019年4月から、「10日以上有給休暇を付与される労働者に対し、5日は必ず取得させなければならない」という5日の取得義務が施行された。

今まで有給休暇を取りにくかった会社に「取らせる工夫」が必要となってきている。付与された有給休暇が取得されず、ほとんど残ってしまうような場合には、会社が「一斉に付与」するとか「計画的に時期を指定して付与」など、確実に5日を取得させる工夫が必要となる。

セクハラ・パワハラ規定の設定方法

就業規則の中にセクハラ、パワハラ規程を入れることが近年重要となってきている。これまで服務規程の中に一文だけを入れていた企業も多いのではないかと思う。ところがパワハラに関する指針が出て、パワハラ対策を行うことが事業主の義務となった。一気にセクハラ、パワハラ規定の重要性がアップしたのだ。

労働者が事業主に対しセクハラに関する相談をしたとき、事業主が不利益な取り扱いを行うことが禁止される。また、事業主は、自社の労働者が他社の労働者にセクハラを行い、他社が実施する雇用管理上の措置(事実確認等)への協力を求められた場合には、これに応じるよう努めるなければならない。

セクハラ、マタハラ、パタハラ、パワハラなどのハラスメントは、「自社では起こらない。みんな仲がよいし。」と思っていても起こる可能性はある。起こり得ることを想定し、起こった場合の流れや相談窓口など、しっかりと規定するべきだろう。

就業規則を作成した後にすべきこと

就業規則は作成しただけではその効力を発揮しない。作成した就業規則を有効にするために必要なことを見ていこう。

労働者への周知の方法

原則として、就業規則を労働者に周知させなければならない。周知の方法については様々だ。事務所に掲示してもいいし、会社のHPなど、個人ごとのID,パスワードなどでログインすれば自由に見られることができるシステムを取り入れても良いだろう。また、CDなどに入れて入社の際に渡すという方法もある。

会社が就業規則を作成した、もしくは変更した時に、大事にしまい込んでしまうのは許されない。何か問題が起こった時に、労働者に「就業規則があったのは知らなかった。見たこともない。」と言われてしまうと、周知の条件を満たしていないことになる。

見直し、労使協定などの要件

厚生労働省のHPに公開されている労働関連法違反の内容には、労使協定を労働基準監督署に提出していないという事案がかなり多い。労働者に時間外労働をさせるには、36協定(さぶろくきょうてい)と言われる「時間外・休日労働にかかる労使協定」を提出する必要がある。

就業規則は、労働者を常時10人以上雇用している会社が提出する義務があるが、労使協定の場合、会社の規模は関係ない。これまで中小企業に猶予されていた法施行が2020年4月に予定されている。労働時間の上限設定だ。時間外や休日労働について、特別条項を付ければ労働させられていたという慣習を改めざるを得ない。

今後、1週間単位の変形労働時間制、1ヵ月単位の変形労働時間制、1年単位の変形労働時間制などを活用しようという会社もあるだろう。一例として、1ヵ月単位の変形労働時間制についての労働時間のイメージをあげておく。

THE OWNER編集部
(画像=THE OWNER編集部)

その際には、就業規則もしくは労使協定を提出するなど、それぞれしっかりと条件を満たすことが要件となるので、就業規則の記載でいいのか、それとも、さらに労使協定の提出が必要なのか、確認しておきたい。

特に2020年4月から改正される、派遣労働者の同一労働同一賃金については、労使協定方式とする場合には、一緒に就業規則の賃金規程の見直しが必要となる。4月の施行に合わせるとすると、かなりタイトなスケジュールといえるだろう。

最後に確認だが、原則として常時10人未満の労働者を雇用する事業所では、就業規則の労働基準監督署への提出は必要ではない。ただ、助成金の申請などのために、作成し、労働基準監督署に提出することがある。そんな場合でも、助成金を受け取ったあとに、就業規則が用済みとはならない。一旦作成したものは遵守する必要がある。

労働法関連の改正に伴い、就業規則も改正しておこう

会社の規模に関係なく、労使間で何も問題が起こらないということはあり得ない。労働者を雇う場合には、大変でも社内のルールを整理し、文章に起こし、それを周知させるという手間を省いては、大問題を引き起こすことがある。

今は、労働者はネットで情報を得られる。その結果、会社が法違反していることももちろんわかる。「慣習ではこうなっている。」「今後する予定だった」と言ってあとの祭りとならないよう、就業規則をこまめにチェックすることが、労働者ともめ事を起こさない対策となり得るのだ。(提供:THE OWNER

文・當舎緑(社会保険労務士)