全体評価:景況感は大幅に悪化したが、織り込みは不十分

日銀短観3月調査では、新型コロナウィルス感染拡大の影響により、注目度の高い大企業製造業の業況判断D.I.が▲8と前回12月調査から8ポイント低下し、景況感の大幅な悪化が示された。この結果、景況感の悪化は5四半期連続となり、D.I.の水準は2013年3月調査以来のマイナス圏に落ち込んだ。また、大企業非製造業の業況判断D.I.は8と前回から12ポイントも低下し、3四半期連続で景況感が悪化した。

前回12月調査では、米中貿易摩擦等に伴う海外経済の減速が続くなか、消費増税に伴う駆け込み需要の反動減と大型台風の影響もあり、大企業製造業(業況判断DIが5ポイント低下)をはじめ景況感に幅広い悪化がみられた。

その後、米中の「第1段階の合意」署名や英国の合意なきEU離脱回避など一部明るい動きもあったが、1月下旬からは新型コロナウィルスの感染拡大によって、内外経済が急速に悪化に向かった。当初は主に中国での感染拡大とそれに伴う人の移動や物流の制限、生産停止が問題であったが、2月以降はわが国も含む世界各地で感染が拡大したことで、各国でイベント・外出自粛や国際的な移動制限措置が取られ、問題が深刻化している。

日本経済への影響としては、(1)新型コロナ対策に伴う海外経済減速による輸出の減少、(2)主に中国を起点とする供給網の寸断、(3)渡航制限による訪日客の急減、(4)政府の要請に伴う各種イベントの休止や外出の自粛、(5)株安と円高の進行、(6)企業の資金繰り悪化といった様々なルートで複合的に経済活動への悪影響が広がっている状況だ。

今回、大企業製造業では新型コロナウィルスの世界的拡大に伴う内外需要の減少や中国を起点とする部品供給網の寸断、国際商品市況の悪化などを受けて景況感が大幅に悪化した。

非製造業も、増税の後遺症が長引く中で、渡航制限による訪日客の急減、各種イベント休止や外出自粛の影響が加わったことで景況感が明確に悪化した。特に訪日客急減や外出自粛の影響を強く受ける宿泊・飲食サービス、対個人サービス、運輸・郵便では急激な悪化がみられる。非製造業は景気に左右されにくい業種を含むため、製造業よりも景況感が変動しにくい傾向があるにもかかわらず、今回は製造業以上に低下した点が特徴的だ。

一方、今回のD.I.低下幅はリーマンショック後の最悪期にあたる2009年3月調査の低下幅(大企業製造業で▲34ポイント、非製造業で▲22ポイント、表紙右下図表)と比べるとかなり限定的に留まった。ただし、短観には調査基準日(今回は3月11日)直前以降の状況を織り込みにくい傾向があることを考慮する必要がある(1)。今回の場合、3月に入ってからの新型コロナを巡る内外情勢悪化はあまり織り込まれていないとみられ、足元の実態はさらに悪化していると推測される。

中小企業の業況判断DIは、製造業が前回から6ポイント低下の▲15、非製造業が8ポイント低下の▲1となった。大企業同様、製造業・非製造業ともに景況感が明確に悪化したが、中小企業はもともとD.I.の水準が大企業よりも低かっただけに、低下幅も大企業よりは多少小幅に留まっている。

先行きの景況感も幅広く悪化が示され、底入れ感はない。新型コロナウィルスの今後の拡大や経済への影響度合い、終息時期は不透明であるため、企業の間で経済への悪影響が長期化する事態への警戒が高まっているとみられる。ただし、中国では感染拡大が一服し、工場の再稼働など経済活動の正常化に向けた動きが徐々に進んでいることから、中国経済と繋がりの強い大企業製造業では先行きの景況感悪化幅が相対的に小幅に留まっている。

なお、事前の市場予想との対比では、注目度の高い大企業製造業については、足元の景況感(QUICK集計▲10、当社予想も▲10)、先行きの景況感(QUICK集計▲14、当社予想は▲13)ともに予想をやや上回った。大企業非製造業についても、足元(QUICK集計5、当社予想は12)は市場予想を上回ったが、先行き(QUICK集計0、当社予想は6)は予想をやや下回った。

2019年度の設備投資計画(全規模全産業)は前年比2.7%増(前回調査時点では同3.3%増)へとやや下方修正された。例年3月調査(実績見込み)では、中小企業で計画が具体化してくることによって上方修正される反面、大企業で下方修正が入ることで、全体としてはわずかな修正に留まる傾向があるが、今回も小幅な下方修正に留まった。

また、今回から新たに調査・公表された2020年度の設備投資計画(全規模全産業)は、2019年度見込み比で0.4%減となった。例年3月調査の段階では翌年度計画がまだ固まっていないことから前年割れでスタートする傾向があるが、今回の伸び率の水準は例年の3月調査を明確に上回る高い発射台となっている。

構造的な人手不足に伴う省力化投資や都市の再開発関連投資、5G関連投資などが引き続き設備投資の下支えになっていると推測されるが、収益計画同様、新型コロナウィルスの今後の感染拡大度合いや終息時期といった先行きが極めて不透明であるため、現段階では具体的な計画に落とし込めず、とりあえず無難な計画にした企業も多いとみられる。例年、設備投資計画は計画の具体化に伴って6月調査にかけて大幅に上方修正される傾向があるが、今後は新型コロナ情勢や収益の悪化を反映して、小幅な上方修正に留まるリスクや下方修正されるリスクがある。

今回の短観では、企業の景況感が幅広く大幅に悪化したが、当面の日銀金融政策に与える影響は限定的になりそうだ。

日銀にとっても、今回の短観で景況感などが悪化すること自体は想定の範囲内でサプライズではないとみられるうえ、設備投資計画は今のところ堅調を維持している。また、日銀は既に先月16日に前倒しで金融政策決定会合を開催し、CP・社債の買入れ増額やETFの積極的な買入れ方針、企業金融支援特別オペの導入などを内容とする追加緩和を決定済みという事情もある。急激に円高が進めば話が変わってくるが、既に緩和余地が乏しいとみられるだけに、当面は追加緩和の効果ならびに新型コロナの動向と影響を見極めるべく、様子見姿勢を維持すると見込まれる。

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(1)例えば、2011年の東日本大震災は3月11日に発生したが、直後に公表された3月短観では、大企業製造業・非製造業の業況判断DIがともに改善した(回答基準日は震災当日の3月11日で約7割が基準日までに回答済みであった)。

業況判断D.I.:製造業・非製造業ともに大幅に低下

全規模全産業の業況判断D.I.は▲4(前回比8ポイント低下)、先行きは▲18(現状比14ポイント低下)となった。大企業について、製造・非製造業別の状況は以下のとおり。

●大企業

大企業製造業の業況判断D.I.は▲8と前回調査から8ポイント低下した。業種別では、全16業種中、窯業・土石を除く15業種で低下した。

中韓勢との競合で受注残高が落ち込んでいる造船(22ポイント低下)、新型コロナ拡大に伴う中国経済急減速の影響を受けた生産用機械(15ポイント低下)、はん用機械(9ポイント低下)、商品市況の悪化と需要の減少に直面する鉄鋼(13ポイント低下)、非鉄金属(11ポイント低下)などの悪化が目立つ。駆け込み需要の反動減が長続くなか中国工場の停止などでサプライチェーンが混乱している自動車(6ポイント低下)でも明確な落ち込みがみられる。

先行きについては、低下が11業種と上昇の3業種を上回り(横ばいが1業種)、全体では3ポイントの低下となった。

木材・木製品(23ポイント低下)、鉄鋼(15ポイント低下)のほか、原油安が在庫損失に繋がる石油・石炭(14ポイント低下)で大幅な景況感悪化が見込まれている。産業のすそ野の広い自動車(7ポイント低下)もさらなる悪化が見込まれている。

大企業非製造業のD.I.は前回から12ポイント低下の8となった。業種別では、全12業種中、低下が9業種と上昇の2業種を大きく上回った(横ばいが1業種)。

訪日客の大幅減少と国内の外出自粛で打撃を受ける宿泊・飲食サービス(70ポイント悪化)、対個人サービス(31ポイント低下)、運輸・郵便(24ポイント低下)で急激な落ち込みを示している一方、省力化投資や在宅勤務関連需要が追い風となる情報サービス(1ポイント上昇)、通信(横ばい)、手持ち工事が潤沢な建設(1ポイント低下)などが下支えになった。なお、小売(4ポイント低下)の低下幅は限定的に留まった。訪日客減少は痛手となったが、外出自粛に伴う買いだめ需要が下支えになった可能性がある。

先行きについては、全12業種が低下を見込み、全体では9ポイントの低下となった。

足元で急激な低下となった宿泊・飲食サービス(2ポイント低下)、対個人サービス(6ポイント低下)、運輸・郵便(4ポイント低下)でさらなる低下が見込まれるほか、今回下支え役となった通信(21ポイント低下)、情報サービス(18ポイント低下)、建設(20ポイント低下)などで大幅な低下に転じることが見込まれている。

日銀短観(3月調査)_3
(画像=ニッセイ基礎研究所)
日銀短観(3月調査)_4
(画像=ニッセイ基礎研究所)
日銀短観(3月調査)_5
(画像=ニッセイ基礎研究所)