3月25日夜に小池百合子東京都知事は記者会見を行い、そこで首都封鎖(ロックダウン)に言及した。翌日からも都内の新型コロナの感染者数は増加が続き、そのときよりも首都封鎖は現実味を帯びてきている。万一、それが実行されると、東京都だけで1か月間に実質GDPが▲5.1兆円も減少するインパクトがあると試算できる。また、同様の措置が南関東で実施されれば、▲8.9兆円とさらに経済損失は大きくなるだろう

封鎖
(画像=PIXTA)

大きなリスクが目前に

首都封鎖の可能性がかなり高まっていると、筆者はみている。3月25日夜に小池都知事は、「ロックダウンなどの強力な措置を採らざるを得ない状況が出てくる可能性があります」と語った。

奇しくも、小池都知事が会見した3月25日から東京都で発生する感染者数は増加する。24日までは感染者の増加が20人未満だったのが、25~27日は40人台、28~29日は60人台に増加している。この数字の増加は、首都封鎖が以前に比べて現実味を増していることを示すものである。

筆者は当初、小池都知事の発言を聞いたときに耳を疑った。行政の長が民衆の不安を煽るよう なことを語ったのがにわかに信じられなかったからである。この発言は、民衆の不安心理を刺激して、彼らを動揺させると思った。すると、案の定、翌日の朝からスーパーマーケットなどでは食料品をまとめ買いしようとする人が押し寄せた。

しかし、禁句を都知事が敢えて口にするからには、何か意図があるに違いない。その裏を読む と、本当に首都封鎖をやる気があるから、それを徐々に伝えようとしているのだろう。首都封鎖に本気だからこそ、本気ではないときには絶対に語るはずのないことを語ったとみる。

伏線は、東京五輪の延期である。それまでは、五輪開催が重石になって、強権発動は自制されていた。欧米主要国では、すでに都市封鎖を先に始めていた。日本は、それらの国々のように後手には回っていなかった。しかし、日本でも実施した方がよいという思惑があり、東京都は暗黙のプレッシャーを感じていたのだろう。3月24日に東京五輪開催を1年程度延期することを、安倍首相とIOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長の間で合意した。これで、首都封鎖をして感染阻止に動くという強権発動をしてはいけないという理由がなくなり、振り子が大きく振れたのだろう。

計り知れない経済損失

東京都を封鎖して、埼玉県、千葉県、神奈川県などからの人に移動を禁止したならば、日本経済は頭に回っていく血流を止めるに等しいダメージが起こる。だから、首都封鎖と言っても、必要最低限の経済活動は行いながら、それ以外の活動を停止させることになるのだろう。

すでに、東京都心の大企業は、テレワークに勤務形態を切り替える前提で動き始めた。もちろん、全従業員がテレワークで仕事ができる訳ではない。筆者の見方では、自宅待機に近い状態になっているとみている。

これで経済活動がどのくらい縮小するのかは、正確にはわからないが、必要最低限のラインをしばらくは手探りしながら、自宅勤務などの方法を採っていくのだろう。筆者がその必要最低限の活動の割合を計算すると、約6割減(▲58.0%)という数字になる。これに基づき、東京都が1か月、つまり4月1日から4月末の大型連休までを首都封鎖したと考えると、実質GDPが▲5.1兆円ほど低下する計算になる。さらに、外出禁止などの封鎖状態を、神奈川県、千葉県、埼玉県を加えた南関東で実施すると、損失は▲8.9兆円にもなる。

考え方は、企業の稼働率が、平日の出勤状態を日曜日並みに抑えることにしたと仮定した。最低限度の稼働率の状態を仮想して、経済活動がそこまで停滞すると考えた。基礎データは、NHK放送文化研究所「国民生活時間調査」(2015年)による。そこでは、有職者の平日の出勤率が88%で、日曜日のそれが37%となっている。両者の差を求めると、日曜日は平日に比べて▲58.0%の稼働率低下となっている。東京都の2019年度の実質GDPが106.4兆円だから、その1か月分の▲58.0%が実額で▲5.1兆円になる。

また、東京都の昼間就業者数は、800.6万人とされる(2015年総務省「国勢調査」)。その中から約6割が出勤しないことになると仮定して、首都封鎖になると464万人が自宅待機に近い状態に追い込まれる。この中には、神奈川県、埼玉県、千葉県から東京都へ出勤してくる人も含まれている。

この計算は、実はたいへん楽観的に計算していると思っている。実際の首都封鎖は、私たちの日曜日の生活よりもさらに息苦しいものになりそうなことが予想される。また、東京都や南関東の経済活動が平常の4割に低下すると、その打撃は全国とのサプライチェーンや交易取引を抑制させる。その波及効果は、ここでは考えていない。それでも、1か月間で▲5.1兆円、つまりGDP比で▲1.0%ポイントの押し下げ効果になる。

見通しにくい制限の範囲

日本の都市封鎖があるとしても、欧米に比べるとより穏当なものになると予想される。海外では、警察官が街中を巡回して、外出者に職務質問するという。外出禁止を行っている国では、個人や企業に罰金が科されている。おそらく、日本では首都封鎖になっても、外出禁止は「お願い」の範囲に止まるだろう。

問題になりそうなのは、外出制限の範囲である。外出自粛が「不要不急の外出」の範囲をどこまで越えるかがわかりにくい。現在の不要不急であっても、それはスーパーや薬局への買い物、病院などへの通院は認められるとされる。しかし、散歩はどの程度まで許されそうなのかはよくわからない。スポーツも禁止とはならないだろうが、1人でのジョギングはよくて、集団競技への参加は認められないだろう。むしろ、個人の活動は店舗・公共施設の閉鎖によって大きく制約されるだろう。そのことの不便さが問題視されることとなろう。

実行するのなら必ず補償は必要

仮に、今後、行政が首都封鎖を実行するのならば、いくつかの条件を満たさなくてはいけない。それは、まず、判断を下した根拠の説明である。費用対効果をどう比較して決定したのかという点である。

筆者は、医療の素人であるが、一定期間の移動制限をしたときの感染阻止の効果はどう計算しているのか。それによって、どのくらい多くの感染者数の抑制ができるのか。そこが見えないと、納得がしにくい。例えば、「1か月間続けてみましたが、東京都の感染者数の増加は減りませんでした。もう1か月間ほど継続します」と言われても納得しにくい。

また、感染者数の増加の中から病院・介護施設での集団感染を除かないといけないだろう。その人数は移動制限によって変化するものではないからだ。

経済的な対応としては、東京都内の店舗休止・出勤停止で事業ができないことの経済損失への補償も必要だと思う。なぜならば、事業者の損失は、この移動制限に従ったことで生じるもので、自己責任を問うことができないからだ。それをしなければ、中小企業などへの損害は、経営存続が耐えられないほどの膨らむだろう。

財政運営では、そうした社会的費用の一部を肩代わりすることはやむを得ない。政府がそうした経済的なバックアップをするからこそ、地方の行政は思い切った感染阻止の対応を採ることができる。これは飽くまで感染阻止の科学的な費用対効果が「見える化」されているという前提の話であるが、政府は民間企業と行政の間の利害調整コストの一部を負担することで、スピーディに行政の特別措置を促すことができる。

万一、東京都が首都封鎖を決定するときには、科学的な費用対効果の判断基準を示して、どのくらい先まで封鎖の必要性があるのかという期限を最初から示す必要があるだろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生