新型コロナウイルスがもたらす経済危機は、消費性向を大きく低下させるものだ。だから、現金給付をしても貯蓄を上積みするばかりになるだろう。この不安心理こそが障害であるのだが、それに対する有効性の高い処方箋は見出されていない。今回は、伝統的な金融・財政政策が効きにくく、政策の限界を痛感させられる。

絶望
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政策の限界

まず、今回のコロナ・ショックが、通常の不況とは異なる点を確認しておきたい。それは、国 民の不安心理が特に強いことである。家計には、まだ十分な購買力があるのに、不安心理が極めて強いために、所得が購買行動に結びつかない。消費減少は、消費割合(=消費支出/所得、消費性向)の低下によって起こっている。

通常の不況は、製造業の輸出が減少して、企業収益が落ち込む。それから雇用・賃金が削減されて、消費が悪化する。2008・09年のリーマンショックは、こうしたケースだった。このとき、消費者は「買いたいものはあるけれども、収入が減って買えない」となる。現在は、それとは違って、まだそれほど家計所得は痛んでおらず、感染拡大の不安があるから、買い物を手控えるということになっている。「集団になると、感染リスクが高い。混雑したところは危険だ」という感覚がなくならないと、いかなる経済対策も効かない。今、現金を配っても、ほとんど貯蓄を積み上げるだけだ。今回は、伝統的な金融・財政政策が効きにくく、政策効果の限界を痛感させられる。

不安心理の正体は、安全確認ができていないことが、「もしかすると、集団のメンバーすべてが怪しい」という疑心暗鬼を生み出していることにある。経済対策の前提として、不安心理が落ち着くことは必須である。おそらく、感染者数の増加がたとえピークアウトしたとしても、この疑心暗鬼はそう簡単にはなくならないだろう。この部分の限界に対しては、まだ有効な処方箋が見出されていないのが実情だ。

景気ウォッチャー調査でのインパクト

コロナ・ショックが打撃を及ぼしている業種は、ホテル・飲食店、レジャー、航空など運輸・ 交通、百貨店などの小売といったセクターである。まだ、経済統計でそのインパクトは十分に捉え切れていないが、内閣府「景気ウォッチャー調査」が2月までの状況を捉えている(図表1)。すなわち、現状の判断DIでは、過去20年間ではリーマンショック、東日本大震災に次ぐ悪化幅である。もしかすると、3月はもっと悪くなる可能性も捨て切れない。

コロナ危機の性格分析
(画像=第一生命経済研究所)
コロナ危機の性格分析:2020 年3月30 日(月) コロナ危機の性格分析
(画像=第一生命経済研究所)

2月時点では、飲食店がたった1か月間で▲23.8%ポイントも悪化した(図表2)。飲食店の 現状判断DIの水準(16.0)は、震災時(10.0)に次いで過去最悪である。地域別には、東京都のダメージが激しく、近畿、東海といった大都市圏を含む地域が地方経済以上に悪い。これは、自粛によって法人需要が冷え込んだことが、大都市に顕著に表れているからだろう。

それらと比べると、製造業はまだそれほど悪くはない。もっとも、欧米経済は3月初から急速 に悪化しているので、3・4月には製造業もきっと大幅な悪化になるはずだ。つまり、通常の不況と同じような製造業の悪化は、これから追い打ちをかけてくるとみた方がよい。反対に、中国経済は、感染拡大が早かった分、これからは盛り返してきて製造業の回復に寄与することだろう。

次は雇用ショック

今後の悪化は、需要減少が雇用悪化を通じて長引くかどうかにかかっている。東京都は、首都 封鎖(ロックダウン)の可能性を示唆しており、事態はもっと悪くなるだろうと感じさせている。心配なのは、今後ホテル・飲食店などのサービス業種が、我慢し切れなくなって、雇用調整に踏み出すかどうかだ。政府が3月10日に示した雇用調整助成金と資金繰り支援は、極めて効果的ではあったが、それは「止血」対策としてである。今は、次の治療を行う段階に徐々に移行しているとみている。

心配なのは、サービス業の中でも、宿泊・飲食サービス業は非正規雇用比率が76.5%と極めて高いことだ。彼らが、正規雇用を守ろうとして、非正規の雇用調整を始めると、失業者が増えていくことになろう。また、サービス業は、中小企業が多い。彼らが倒産することでも、今まで雇用調整助成金で支えてきた効果が失われて、失業の増加になる。消費マインドは、身近に失業者が増えることで大きく冷え込むことが知られている。昨年までの完全雇用の図式が崩れていくことも恐ろしい。

過去、同じようにサービス業など消費産業が悪化した経験は、2011年3月の東日本大震災の後である。当時は、放射能のリスクを疑って人々は外出しなかった。データを調べると、厳しい消費減少が90日間程度続いた。このとき、驚くことに雇用は悪化しなかった。過剰雇用は、企業が抱えたまま、何とは凌いだのである。理由を推測すると、当時は震災の苦難に負けてはいけないという気概が、リーダーに強くあって頑張ったことがある。「がんばれ東北」、「応援消費」といったフレーズが、人々を奮い立たせた。こうした雰囲気があるとき、企業経営者は、雇用カットで自分の身を守ろうとしてはいけないと感じる。

おそらく、現在であれば、自粛の期限を具体的に示すことが、「ここまでならば耐え凌ごう」という意識を醸成するのではないか。中小企業、事業者には、いつまでこの自粛が続くのかという厭戦ムードが漂う。自粛は一気になくならないと思うので、段階的に自粛を緩和・解除していく「自粛のガイドライン」が是非とも必要だ。そうした自粛の出口戦略が、予見可能性をもって示されることが望まれる。

また、自粛が終わったとき、全企業が一斉にホテル・飲食店を利用するという暗黙の約束があることも、ホテルなどの事業者がリストラをせずに耐えるための心理的柱になるだろう。予算措置を伴うような経済対策にも、政治・経済のリーダーが旗を振るべきことは多くある。

五輪延期で▲2.1兆円

2020年夏の東京五輪が延期されることによって、予定されていた経済成長のパスが大きく下振れする見通しである(図表3)。本来は、エコノミストの平均的な経済見通しでは、2020年4~6月、7~9月の2四半期は前期比年率でともに+1.0%程度の伸び率の上乗せが予定されていた。それがなくなる効果は、実額で実質GDPが年間▲2.1兆円ほどになる計算だ。正確に言えば、これは損失ではなく、得られそうだった利得の喪失だから「機会損失」という言葉が適切である。

また、コロナ・ショックが経済全体を停滞させている状況も、従来は「7月には東京五輪があるからそこで必ず挽回できる」という期待感を国民が共有していたと思う。その期待感がなくなったことは大きい。

だから、心理的な期待感の喪失を穴埋めするために、大規模な財政出動で需要を増やすだけではなく、経済政策の限界を超えるようなアイデアを必要としている。その時のポイントは、心理的なインパクトであろう。それを具体的に言えないところがもどかしいが、人々の期待感を再起動させるような大胆な政策プランを組んでいくことが望まれる。海外からみても、「日本という国はたとえ災難に見舞われても、ただでは起き上がらない、さすがの国だ」と思われるような再起動戦略にする必要がある。(提供:第一生命経済研究所

コロナ危機の性格分析
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第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生