「たとえ偽りの春だろうと、春が訪れさえすれば、楽しいことばかりだった」アーネスト・ヘミングウェイの『移動祝祭日』に収められた短編『偽りの春』にこんな一節がある。新連載となる当コラムの執筆の際に、まず浮かんだのがこの一節だ。
米国では、経済活動の再開にしたがって新型コロナウイルスの恐怖も薄らいでいるように感じられる。行楽地ではソーシャルディスタンスを気に留めず、マスクすら着用しない人で賑わっている。株式市場もコロナ以前の水準を回復しつつあり、「さよならコロナ」のムードを漂わせている。新型コロナウイルスの感染確認者数、死亡者数が突出して世界最大となり、厳格なロックダウン(都市封鎖)を余儀なくされていた米国にも「数カ月遅れの春」が訪れつつあるようだ。米国社会は根拠のない楽観ムードが広がっているようにさえ感じられる。
数カ月遅れの春…経済活動の再開へ
米ジョンズ・ホプキンズ大学の集計によると、5月末時点の米国での感染確認者数は約179万人、死者数は約10万4000人でいずれも世界全体の3割程度を占めている。ちなみに、米国の1日の新規感染確認者数はピーク時の3万人超から5月下旬は2万人前後、同じく死亡者数はピーク時の2500人超から1000人前後に減少しており、それに伴って新型コロナ対策も緩和傾向にある。
4月下旬以降、一部の州や都市で「やや無秩序」に経済活動の再開が始まったが、5月下旬までには50の州で程度の差こそあれ部分的な経済活動を再開している。ただ、今年は5月25日がメモリアルデーに当たり、この週末からドライブシーズン(行楽シーズン)が始まることもあって、否応なしに再開した印象も否めない。
メモリアルデーの週末は全米各地で人々が海やプールへ押し寄せる様子が報じられた。感染を防ぐために人との距離をとるソーシャルディスタンスを気にする人やマスクを着用する人はほとんど見られず、さながら「さよならコロナ」の様相を呈していた。州内や州を越える人の移動が活発化しており、ニューヨークも郊外ではおおむねコロナ以前に戻りつつある、と伝え聞いている。
マンハッタンでも「さよなら、コロナ」の兆し
筆者の住むマンハッタンではまだ活動の自粛が続いていおり「コロナ以前」に戻っているとは言い難い。とはいえ、待機命令も順次緩和される見通しとなっている。
マンハッタンのレストランでは、まだ店内で食事はできないものの、店頭での受け渡しは可能となっている。営業を完全に停止していた近隣にあるスターバックスも最近になってテイクアウト限定で営業を再開し、日中は行列もできている。
セントラルパークは感染のピークでも散歩や軽い運動を楽しむニューヨーカーたちの憩いの場となっていた。観光客の不在で例年より人影が少なかったものの、一般的な意味で人が少ないという状況ではなかった。そのセントラルパークも全米で封鎖措置の緩和が広がった5月下旬からはかなりの賑わいとなり、今ではソーシャルディスタンスも確保されずにピクニックを楽しむ光景が普通となっている。もともと米国ではマスクをする習慣がないこともあり、最近はマスクの着装率も下がっているように見受けられる。
セントラルパーク近隣では、これまで休業していたレストランが次々と営業を再開している。現時点ではテイクアウトや宅配のみで、筆者が見る限りではまだ本調子ではなさそうだ。劇場や美術館など依然として閉鎖している施設もあり、新型コロナの流行が限定的だった地方都市と比べると、マンハッタンにはまだ活況が戻ったとは言い切れない。とはいえ、週末には人通りが増えるなど街角の随所で「さよなら、コロナ」の兆しが感じられるようになった。